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【 第4回 】
「はい、皆様お元気でしたでしょうか八重垣悟です。お送りしております座談会『L’ombre blanche』、本日は第4回めということでですね、いよいよ中盤にさしかかってきているんですけれども、ここで更新がモタつくとね、後がどうもキツくなってくるというのは、今までの何度か、経験上…判ってはいるつもりなんですけれども。はい。」
「そうだよ判っているんだよ。判っちゃいるんだけれども、仕事放り出して原稿書くのダケは、それは無理じゃおまへんかぁ〜!の木村智子ですこんにちは。もぉね、あちこちで青組の皆様のお声を聞きますとね、ドラマのオンエアが終わったからって直江病はそう簡単には癒えないみたいなんで、あんまり焦らなくてもいいのかなぁとは、チラッと思ったりしたんだけどね。」
「駄目です思っちゃ(笑) 水は低きに流れるんですから。」
「あ、それはそう。確かに確かに。週イチUPのペースは崩すことなくね、行きたいと思ってますもちろん。ただ今年度からウチの会社、休みの曜日が変わりましてねー。今までは火・水だったのが、今度から水・木になったのよ。だからL’ombre blancheのUPは、多分金曜日の朝になると思う。」
「水・木休みですか? それも何だか変じゃありません?」
「まーなー。しょうがないのさ住宅業界。でもね、基本的に国民の祝日は定休日になったんだわ。だから今までよりは連休だとかも取れるし、セケン様と交わりやすくなったと思うよ。ただ…いいともがねぇ。当たれば絶対行ける火曜日!ではなくなっちゃったんだけど。」
「でもあれじゃないですか。高崎だったら終わってから急いで行けば、夕方には会社に着くでしょう。」
「そりゃ物理的には着くさ。着くけどもね八重垣。生中居の暴力的オーラを浴びたあとで、そのカラダのままで仕事せぇっちゅんかい。え? てゆーかアンタどう考えても、マトモに仕事になるはざァねぇだろぉ。えぇ?」
「僕にすごまないで下さいよ。まぁとにかく始めましょう第4回。」
「おおそうだそうだ第4回ね。えーっと、前回は川原で倫子がブッ倒れ直江は彼女を抱き上げて運んでいき、置き去りにされたスクーターがカンカンに怒ってるところまでだったね。」
「いえ別にスクーターはどうでもいいじゃないですか。」
「いーやどうでもよくない。そういうところに意味なく突っ込むのがこの座談会の特色。時にはスクーターの気持ちになって、ドラマを見てみるのも大切なことだと思うよ。」
「うーん…。スクーターの気持ちになって『白い影』を見た人は、日本全国1億2千万人中、ただの1人もいないと思いますけどねぇ。ここはやっぱり直江先生に注目しないと。主人公・直江の気持ちになって…いやもしくは直江を想う女性の気持ちになって、ドラマに入りこんで下さいよ。」
「そっか、直江の恋人か。…気分は直江の恋人、気分は恋人気分は恋人気分は恋人……… よし、なった。」
「なりましたか(笑) じゃあそのまま行っちゃいましょう。それではVTR、スタート。」
■直江の部屋■
「しかしここで私が何より不思議だったのはね、自分の女でもない異性の…何だろう倫子は…。まぁこの場合は同僚か。同僚が倒れた時にさぁ、自分の部屋につれてきて自分のベッドに寝かせるもんかね。いやもちろんこれはドラマなんだから、ストーリー展開上そうしないと続かないのは判るんだけども。」
「そうですねぇ…。相手によるでしょうね。その倒れた相手に対して、少しでも好意に近いものを持っていなかったら、自分の部屋の自分のベッドに、とはまず考えないと思いますよ。」
「なるほど。言われてみればそうだね。石倉さんのために探していたたんぽぽを見つけた時の倫子の笑顔を、直江はもう見てるんだ。」
「ええ。倫子に対する気持ちの片鱗はすでにこの時、直江の中に芽吹いていたと解釈するべきじゃないですか?」
「ああねぇ。そういうことだねー。虫の好かない大ッ嫌いな異性を、自分のプライベート・スペースには間違っても入れないか。八重垣くんもさ、例えば職場の女の子とたまたま2人で飲みにいったら、その子が気分悪くなっちゃったと。自分の家は近いんだけど彼女の家はここから遠い。時間も遅いしどうしようかなぁ…って時に、部屋に連れていくのはやっぱ”好きな相手”だから?」
「だってそりゃそうですよ。自分の部屋に異性を上げるっていうのは、まぁ、仮にそういう関係になるにしても、この子だったらいいかな、って意識がなかったらできないですよ。女性だってそうでしょう? 指1本触られたくない男、自分の部屋に入れます?」
「入れないっ。ぜってーヤだっ。そんなヤローがもし目の前で倒れら、側溝に叩き込んで見捨てていくか、せいぜいタクシー呼んで座席に放り込むね。」
「ね? そうでしょう? でも直江はそれをしなかったんですよ。」
「はっはぁー…。タクシー読んで放り込みはしなかったのかぁ…。考えてみりゃムカつくねそれ。そのへん倫子は判ってるのかなぁ。」
「判ってるでしょう。直江先生は自分をベッドに寝かせて、血色を見て大丈夫だと確信してから、1人で病院に行ってしまった―――」
「ええええそうなのそうなのよっ! その血色を見る時の手の形が! これまた手フェチ同盟垂直落下、愛欲地獄にいらっしゃあ〜い!の美しさでね! 下まぶたをめくるという動きがああもキマると、憧れのセンセイに実質アカンベーさせられるのは嫌だろうなって気にもならなかったねー。うん。」
「ですからそうやって話の腰を折らないで下さい。…で、それで直江は病院に行っちゃって、倫子は1人ぐっすりと眠って夜になってから目を覚ましますよね。そのあとの倫子、けっこう嬉しそうにしてるじゃないですか。彼女は直江の部屋に連れてこられたことで、ちょっと特別な幸せを感じてるんだと思いますよ。」
「ふんふんなるほどね。支笏湖の写真を見上げたり、部屋の中をウロウロきょろきょろしたりね。『やだー、ここったら先生の部屋だぁ。お部屋に連れてきてくれたってことは、先生はあたしを嫌いじゃないんだぁ♪』みたいな気分かも知れないね。」
「窓の外の夜景を見た時なんて、気分は最高だったと思いますよ。直江はいつもここに立って、この夜景を見てるんだなぁ…とか、倫子は思っていたに違いありません。」
「イルミネーションを浮かべた川かぁ。綺麗だよね江戸川区にしちゃ。大好きな川が宝石を浮かべてきらきら光っているのを見下ろして、倫子は幸せシュミレーションをしている。するとそこへピンポーンと音がして、倫子はてっきり直江が帰ってきたんだと思うんだよね。」
「ええ。出かける前に直江は鍵を置いていってますからね。倫子はいそいそと玄関へ出ていって、…」
「ここでさぁ。ノンキに『はーい♪』ってドアあけなくてよかったよねぇ…。」
「よかったですねぇ。とんでもないことになるところでしたね。」
「靴脱ぎに裸足で下りていって、穴からそーっとのぞく時のあの光の点がよかったね。外にいたのは直江ではなく三樹子だと判って、倫子がハッと身を引いた時にも、あの光がいい演出になってた。」
「ここでの三樹子のブザーの鳴らし方は、直江は中にいるものと思っている遠慮のない鳴らし方でしたからね。仕事上急ぎの連絡か何かがあって訪ねて来たなら、もう少し控えめに鳴らすんじゃないかと思いますよ。」
「つまり三樹子は直江の部屋に、”個人的に習慣的に”やってくる女である、と。これを悟った倫子は愕然としたろうね。今が今まで『あたしったらセンセイの特別なのかも♪』とか思ってたのに、直江がこの部屋に女を入れるのは決して珍しいことではないんだと判っちゃった訳だから。」
「そうですね。倫子の幸せシュミレーションは、無残にも打ち砕かれちゃうんですね。可哀相に。」
「でもさ、見てはいけないものを見てしまったって感じで慌てて下がる倫子の動きがさ、けっこうバタバタしてるっていうか…気配を消してはいないよね。だからこれ多分さぁ、三樹子は思ったろうね。なによ、誰か中にいるんじゃないの?って。」
「だからこのあとの病院の廊下のシーンで三樹子は……って話は、これはその場面で語りましょう。」
■行田病院特別室■
「やっぱ行儀が悪いねこの院長。駄目よ病室のベッドに靴のまんま寝そべっちゃあ。小橋先生をごらんなさい小橋先生を。きっちり膝揃えて座ってるじゃない。」
「多分この時の院長は、何かもうこの件については馬鹿馬鹿しくてやってられないって気分なんじゃないですか? 繭子が妙なことさえ言わなければ出ていってくれた方がいい、くらいのことを言っていますし。人気女優なんて決してオイシイ客じゃあないと、判ったのかも知れませんね。」
「なのに繭子を受け入れようとする直江は、ここでもまぁお見事な美貌です事。小橋とか院長とかをさ、こう…睨むというか、ひたりと目を据えて見るというか、その時の視線にはマジでゾクッとするよなぁ。ナースセンターからのコール音に応対する、『何分後。』なんていう低い声もねぇ。たまりませんね全く。」
「いったんは立ちふさがるようにしたものの、『どうぞオペ室へ』と言って直江を通す院長は、彼のその気迫というか、有無を言わさぬ自信みたいなものに押し切られるんでしょうね。」
「そうやって押し切られるたんびに、直江に対する黒いムカツキを腹の底に溜めこんでね。そういうのがいつか爆発するんだよな。直江への憎悪が育っていく感じ。」
「この男いつか”切って”やる、みたいな感覚でいるかも知れませんね、院長は。」
「直江が部屋を出るところは、廊下側からの映像になってるじゃん。『処置自体よりもその後の”お手並み”を拝見してますよ』みたいに言われた時の直江のアップが、これまた心のファインダーにずっきゅーんと迫ってくるよねぇ…。nagaiっちとかとも言ったんだけどさ、直江を演じてる時の中居さんって、何ていうか狂暴なまでの美貌っていうの? なんかこう…ぎゅっと食いついてくるみたいな綺麗さなんだよね。そう、まさに凄絶って感じ。眉目秀麗なんて生易しいモンじゃないのよ。うん。」
「凄絶な美貌ですか。まぁ確かにね。迫力はかなりありますね。」
■夜間入口〜オペ室■
「ドアをあけて駆け出てくる直江の、ここでのセリフはちょっと噛みかけだったかもな(笑) サイレンにかぶって聞きとりづらいのが逆に幸いしたかも。」
「こういう時の報道陣って、本当にハイエナみたいですよね。芸能人は追いつめるべき獲物なんでしょうか。動物的狩猟本能みたいなものを、かきたてられちゃうのかな。」
「中居さん本人も幾度となく煮え湯飲まされてる相手だろうからねー。マイクの群れにつかまる姿がすごく自然に見えるのは、こっちの見方がそうなんだろうね。」
「しかしすごい人数ですね。ああ、でも完成披露パーティーの会場で倒れたんだから仕方ないのか。何百人っていう報道陣が、集められてた訳ですから。」
「そいつらがわーっとついて来ちゃったんだねぇ。迷惑なことだ。マイクの群れをキッと睨みつけて、力いっぱいドアをあける直江の動きがなかなかリアルだった。よっ!てハズミつけてあけなきゃあ、ありゃちょっと無理だろうからなー。」
「でもこの繭子のマネージャーも、かなりいい加減な男ですよね。その場しのぎで会見の約束はするし、勝手に病院を抜け出しておいて、まさか死んだりしませんよね、みたくオロオロしちゃってますし。」
「『だから言っただろう!』って顔でマネージャーを睨んで、黙らせる直江がいいわぁ…。でもって睨んだその一瞬あとには、冷静な医者の顔に戻ってかすかにうなずいてみせる。ホントにさぁ、前回も言ったけどね。中居さんはこのドラマで、かなり細かい芝居をきっちりやってるんだよねぇ。
そのへんのことをいっちゃん気づいてなかったのが、実はバリ青なのかも知れない。初回オンエアではおそらくね、そこまで見てる余裕なかったと思うんだ。バリ青ってねぇ、のほほ〜んと受け身で中居さんを見てらんないから。数字だの評価だの自分自身の満足だの、そういう複雑で面倒臭いことが頭の中ぐるぐるしてるんだよね。そこへさらに畳みかけてくれるのが、無条件に桁外れな直江の美貌ときたもんだ。心配してドキドキ、ノックダウンされてズキズキ。一昔前のアイドルソングみたいに韻なんか踏んじゃったけど、これじゃあ翻弄されるよなー。気力と体力の両方を使い果たしちゃってたよ、オンエア中の青組は。」
「なるほどね。それが”直江ショック”の症状になってあらわれていたんですか。」
「うん。今になってみるとよーく判るね。んでオンエアが終わってさ、ようやく余裕を持ってビデオと向き合ってみると、中居さんの美貌には改めて目を釘付けにされるは、こんなとこまでしっかり演じてたんだぁ…と感動させられるはでまた翻弄されまくり。
だからもぅこれは駄目だね八重垣。直江ショックは慢性化する。ぜってー完治せんわこれは。延々とぶり返して持病になって、いずれは青組の風土病になるね。」
「風土病ですか(笑) それって言ってみれば病気の殿堂入りですね。」
「だってさぁ、ここでもさぁ。血だらけの繭子の手に袖を掴まれて、『宇佐美繭子を助けて』って言われた時のあの直江の表情。低く短く『判った』とだけ告げて、白衣は繭子の血で染まってる…。これじゃ持病にもなろうもんでしょお。DNAの鎖の中に、強引にガッと食い込んでくる映像だよね。遺伝子組み替えどころの騒ぎじゃない、遺伝子割り込み攻撃だな。」
「…それはまたすごい病気ですね。」
■廊下■
「青いマスクをはずしつつ出てくる直江と、走ってくる倫子、プラス向こうからやってくる三樹子。第1回めと同様に、三樹子の赤いセーターが印象的ですね。」
「このシーンで意味をもってくるのがさ、さっきの直江のマンションでの倫子と三樹子のニアミスね。いやニアミスじゃないか、ダブルブッキングか。」
「ダブルブッキングね(笑) ナイス比喩ですね。」
「この手術室前の廊下で三樹子は、倫子が直江に『あわててたんで鍵をポストに入れ忘れた』と言うのを耳にし、またそれを何ら咎めず『ああ』と受け取る直江を見た。直江の部屋にこの子はいたのか…。ということはつまり2人は特別な関係なのか。これは誰だって思うよねぇ。」
「思うでしょうね。ラブホテルに入るところを見られたら、何もしなかったは裁判でも通らないじゃないですか。それと同じですよ。」
「しかもさぁ。自分の鳴らしたチャイムに誰も出てこなかったってことは、出られない状態だったからではないか。これも自然な想像だよね。2人でベッドでオールヌードじゃあ、いくらピンポン鳴らしたって出てこない訳でね。うわー、三樹子崖っぷちぃ(笑)」
「一方の倫子は倫子で、別にオールヌードだった訳じゃなく鍵穴から外をのぞいてますからね、ここで『直江先生』と呼びかけながらカツカツ近づいてくる院長令嬢が、彼の部屋を訪ねてきたことを知っている…。つまり何も知らないのは直江だけですね(笑)」
「大抵、男ってのは常にそんなもんだ。女が散らす火花には疎い。もしくは見て見ぬフリをする。なあ八重垣。このシチュエーションなら君もそうであろう?」
「ノーコメント(笑) …ええとそれで、三樹子が倫子に対して言った『あなたもね』はけっこう怖かったですね。前回はただの我儘なお嬢様キャラだった三樹子も、このあたりから存在感を増してきてます。」
「あ、それは言えた。倫子に嫉妬するようになってからの三樹子には、リアルな存在感が出てきてすごくよかったね。歳も立場も倫子よりは上であるがために、髪の毛振り乱して牙剥き出して、ガーッと向かっていく訳にいかない。そのへんもつらいところだと思うよ。」
■院長室■
「やっぱりいい加減なマネージャー。病院が会見をするなんてどっから出てきたんだろうね。あきれたもんだ。」
「ですけど女優のマネージャーなんて、実際はこれくらいじゃないとつとまらないんじゃないですか? この場では平身低頭してますけど、本当は病院に悪いなんてこれっぽっちも思ってないんでしょうし。」
「もしかしてフクシマ君も実際はこんななのかねー。あとカミクボさんとか、ミッチーとか。」
「いやそれは知りませんけど…。このマネージャーにしてみれば、直江は案外”使える協力者”みたいに思ってるかも知れませんね。主治医が矢面(やおもて)に出てくれるなんて、事務所的には願ったり叶ったりじゃないですか。」
「そういうのが大嫌いな小橋は反対するけど、腹黒い院長は冷静にソロバン勘定したんだろうね。うちにも入院を隠していたいきさつがある、なんつって小橋をなだめてるけどさぁ、アンタこないだは繭子の救急車を、よその病院行かせようとしたクセに。ッたくくるくると態度変えるクセモノだよホント。典型的なタヌキ親父だね。」
「つまりしたたかな経営者なんですよ行田は。こういうやり手がいなかったら、大病院がたちゆかないのも現実でしょう。」
「確かにねー。またそのしたたかな院長をウンと言わせる策を、直江ってば即座に打ってくるんだ。大腸下腹部のケイシツ炎―――どういう字を書くのかはちょっと判んないけど、何とも条件に適した、当たり障りのない病名を。」
「こういうところが直江の頭のよさと、抜け目のなさなんでしょうね。実行可能で利益に直結する方策を、柔軟にスパッと立てられる。同じ頭がよくても小橋の場合は、支える足回りが貧弱なんです。小橋は要するに頭でっかちなんですよ。」
「『おまかせしましたよ』って言いながらうっすら笑ってる院長と、『はい』と一見真摯にうなずく直江の対比もいいね。またこの直江のアップがさぁ、冴えててさぁ…。いい角度で押さえるよなーカメラさんも。ここまで映(は)えると撮り甲斐もあるだろうて。うん。」
■医局■
「誰もいない医局でガサガサやってる次郎。足だけを映すことで秘密感が増してて、いいねー。何か直江の弱みになるようなものを、必死で見つけようとしてるんだよねこの坊主は。」
「でも直江のノートとか資料とかって全部専門用語ばかりでしょうから、仮に次郎が見たところで何も判らないんじゃないですか?」
「そこだよ八重垣。それで私はオンエア当時に思った。次郎はここでね、直江たちが帰ってきちゃったもんだから戻すに戻せなくなった資料を―――直江のレントゲン写真とか投薬のメモだとか、そんなもんを持ち出す結果になったんじゃないかと。んで、田舎に帰る時か帰ったあとか、倫子宛てに『実は直江に返しそびれたんでお前から返しておいてくれ』か何か言ってそれを渡すか送るかして、それによって倫子は直江の病気に気づくんじゃないかと。そんな風に考えたりもしたんだけど、全然違う展開だったねー。」
「ああ、そんな感じの展開でも面白かったかも知れませんね。そうすれば次郎ももう少し、メイン・ストーリーに絡んだ存在になれたでしょう。」
「うん。なんかさ、私テキに言って次郎ってキャラはすごくもったいない。この第3〜4回あたりではこれだけ重要なキャラだったのに、終わってみたら全然印象に残ってないの。原作にはいないキャラなのかしらん。読んでないんで判らないけど、ドラマ世界の全体からすれば、ちょっと浮き上がってる感じがする。」
「確かにそうですね。次郎役の吉沢悠くんはけっこういい感じでしたから、もう少し活かしてあげてもよかったんじゃないかと思います。」
「ねー。それに比べて『催眠』に出てきたあのキャラ…。ほら、ストーカーの男の子が1人いたじゃない。彼はちょっとドラマ的に失敗だったんじゃないかなって、私は今でも思ってる。『催眠』のストーリーは決して悪くなかったし、吾郎も瀬戸さんもすごく素敵だった。でもねぇ…。何ていうかあのドラマ、見ていてチャンネル変えたくなるほど”イヤ〜な感じ”のする世界だったんだ、私には。
その原因の1つがあのストーカー小僧だと思う。何とも陰湿で病的で、リアリティありすぎたんだよねー。現実においてさえ耳をふさぎたくなるような事件が多発してるのに、なんでソレをまたドラマで見せつけられにゃならんのだと。吾郎には大変申し訳ないと内心手をあわせつつも、あの子を見るのが嫌で私リタイヤしたんだもん。まぁ演じてた本人が上手かったからリアリティが出すぎたんであって、役者さんをケナす気は毛頭ないけどね。
それに比べてこの次郎はいいやね。ノーテンキで、毒がなくて。馬鹿だなぁとは思うけど憎たらしくはならない。決して邪魔にならない”軽み”があるっていうのかな。そこがいいよね。救いになってる。」
「ドラマには”抜き”も必要ですからね。どこかでスッと肩の力が抜ける感じ。弛緩があってこそ緊張が際立つ訳ですから。その何よりの好例が、『踊る大捜査線』のトリオロス・アミーゴですよ。」
「だよねー。『催眠』にはその”抜き”がなさすぎた、つうか失敗してたと思うんだ。まぁその話はいいとして、…すいません八重垣さん、ここでやっぱ言ってもいいですか?」
「はいはいどうぞ。今度は何ですか? 白衣を脱ぐ直江先生がセクシーだったんですか? それとも横顔のアップがお見事? なんで睫毛があんなに長いの? 何としても熱血を通したいドクター小橋に、『主治医の僕が言ってるんだから間違いありません』と言い放つ口調がクール?」
「すんげー、全部言ってくれたぁー。アンタひょっとして隠れ中居ファン?八重垣。」
「…もう4回めともなりますとね。智子さんの好みくらい覚えるんですよ。」
「へぇぇー…。さすがだねぇ…。」
■病院前〜夜の道■
「どっかで革命でも起きて政権が交代したのか、っていうような騒ぎをしている報道陣を、しらっとした顔で眺めて歩き出す直江。こいつら馬鹿だな、くらいに思ってるんだろうね。」
「報道合戦もこうなると滑稽ですよね。女優が1人入院したくらいでこの騒ぎ…。要するに日本は平和なんでしょうね。」
「直江もそんなこと思ってたかもね。『平和な国だ…』みたいに。それにしても歩いていく道の脇から吹き出してるあの湯気はいったい何なんだ。クリーニング屋の店先か、はたまた鳴子温泉か。」
「寒さを強調したかったんじゃないですか? 直江の歩く寒々としたアスファルトの夜道を。」
■志村宅■
「ここでちょっと思ったのはね、こういうニュースではせいぜい、『都内の病院』ってくらいしか言わないもんなんじゃないの? 『江戸川区の戸田病院』ってきっちり言うかね。」
「ああ、言わないと思いますよ。別に犯罪じゃないんですから。」
「だよねー。これはちょっと気になったなー。…あっと、でもあれか。そう言わないと清美が、これは娘の働いてる病院だって判らないのか。清美は東京に越してきたばかりで、勤めてる場所も違うんだし。」
「なるほど。倫子の病院には直江というカッコいい先生がいるんだってことを、母親の清美にここで印象づけておく必要があったんでしょうね。」
「しかし架空の世界での話だけどさ、このニュースを見た人のほとんどが、うわぁこの先生カッコいい!って思っただろうね。いい宣伝じゃんか行田院長。おなじ診察してもらうならこんな素敵な先生に!つって、患者が増えるかも知れないじゃんか。」
「いや、それはどうですかねぇ。…智子さん、直江先生に診察されたいですか?」
「―――ヤだ(笑) 聴診器当てられただけで心臓が…てゆーかその前に、直江先生の前でハダカになんかなれるかい! 病院行く前にエステ通わなならんよ!」
「じゃあいっそ併設すれば儲かるかも知れませんね。行田病院エステ部門。」
「『直江先生の診察前に、アナタもナイスバディになろう!』って? すげー間違ってるけど繁盛はするかも知んないね。」
■記者会見会場■
「このシーンはホントにもー、直江先生カッコいいー! いくら天才外科医だからってさぁ、これだけのフラッシュを前にして、しかもたった独りでね、ああも堂々と嘘を述べあげられるもんじゃないよ。やっぱ直江はタダもんじゃないんだよなー。」
「確かに、憎らしいほどの落ち着きっぷりですよね。まさに絵になります。」
「これさぁ、会場にはスポーツ新聞なんかも来てる訳じゃんか。この異例の『病院記者会見』はぜってー明日のトップ記事なはずで、普通はその時紙面を飾る写真は宇佐美繭子のものに決まってるじゃん。会見会場の写真なんて、せいぜいすみっこにチョロッと載るだけでしょ。でもこれだけ集まってる記者の中に1人くらいはさ、シロートとは思えないほど写真映えのするドクター直江に目を止めて、『おい、ちょっとこの写真1面に載せてみろ』とか言うのが出そうな気がするよね。明るい窓をバックにしてまぶしいほどの白衣がアンタ、医者のクセにそんなにセクシーでいいのかぁ!みたいな写真。」
「どうでしょうね。ネタが女優で媒体がスポーツ新聞となると女性読者はほとんどいないでしょうから、果たして反応も効果もあるのかどうか。」
「ちょっと微妙? そっか、やっぱなー。じゃあ女性誌とかだったらどうだろう。載るかも知んないよ。」
「ああ、女性誌だったらありえるかも知れないですね。あとはそうだな、写真誌とか。」
「F誌に載っちゃう直江先生? まースキャンダラスでカッコいいっ!」
■院長室■
「院長室の直江ってさ、ビジュアル的に絶対ハズレがないのね。まぁドラマ全編通してハズレの直江なんてどこにもいないんだけども、それにしてもお見事!なショットの羅列。ここでも最初の立ち姿からして、あの絶妙な白衣の長さといい…。溜息つきまくりだよ。見とれるよね全く。」
「僕はここでの院長がけっこう好きですね。言葉つきは柔らかく、かつ表情は苦笑いで。でも言いたいことはニュアンスごと直江に伝えているという。」
「”ニュアンスごと”かぁ。確かにそうだねー。『まぁどうぞ』っつってソファーを勧めるのもいいな。別に荒々しいケンカする気はないんですよって態度。『そうでなければこんなに穏やかに話はしていません』ていうセリフとかもいいね。」
「直江がしゃあしゃあとやってのけたスタンドプレイは腹立たしくても、この時点では結果オーライな訳ですからね。そう強くも叱責できない、その気持ちの微妙さがいいと思います。」
「またそれに対して直江がねー! 何も言葉を発しゃあしない。今さら院長が何を言ったところで、自分が記者たちに発表してしまった以上、どうにもならないのを知ってるからよね。実に傲岸不遜。院長に『宇佐美問題については今後は表に立って頂かなくて結構!』と言い渡された時だけ、チラッと目を動かすの。百戦錬磨のタヌキ親父vs油断のならない自信家の青年。なんかこう、伝統的な対戦の構図って感じね。」
「構図としてはそのまま戦国時代に持っていけますね。」
「ねー。いいなぁ戦国時代かぁ…。チキショー、見てぇなぁ中居さん主演で『平家物語』…! 緋縅(ひおどし)の鎧とか、ぜってー似合うと思わない? でもってそのドラマはね、清盛だ重盛だ知盛だといった華やかな武将たちじゃなくて、へぇそんな奴いたっけ?みたいな無名の青年をメインに、知られざる平家の影の部分を描いていこうと思うんさぁ。平家っていうのは武士の家には違いないんだけども、文化的にはむしろ”最後の平安貴族”に近いんだよなー。藤原氏の栄華を真似しようとしたんだから。ところが源平の戦さに負けて、荒々しい新時代の担い手である鎌倉武士に、貴族社会は完全に滅ぼされていってだね、…」
「はいはい判りました判りました。そのへんで止めないと違うコーナーになっちゃいます。平家の武将話はこっちに置いておいて、天才外科医の直江先生に戻って下さい。」
「おおいかんいかん悪いクセが出た。ハナシがさまよい歩くところであった。でもって何だ、えーと…このシーンの最後のキー、じゃないな伏線といっていいな。それは三樹子と院長だね。繭子からの呼び出しで部屋を出る直江の、テメーその背中が罪なんだよ!という後姿を見送る三樹子と、娘のその様子を目の隅でじっと見ているパパ院長ね。スタンドプレイくらいならともかく、愛娘に手ェ出してると判ったら、院長は直江を許さんだろう。」
「とはいえ院長もうすうすは、嫌な気配を感じとっているんでしょうけれどね。」
■特別室〜ナースセンター〜特別室■
「直江の嘘に合わせて自分の手を傷つける繭子。すげーいい女じゃんか繭子って。ねぇ。こういう激しい女って私は好きだなー。しかも直江の目の前であれをするのがいいや。恩返しじゃあないけども、直江のしてくれたことに対して、ちゃんと自分の痛みを返してる。同時に、返してることを見せつけている。ちょっとだけ自己陶酔もあったりなんかしてね。いやーいい女じゃんかぁ。私が男だったらやっぱ惚れるね繭子には。」
「激しい人、には違いないですね。実際につきあうとちょっとしんどいと思いますけど。」
「ふ―――ん。だけどその繭子の行為を、目の奥ではちょっと驚いてるんだけども態度には出さず、平然とした風情で見てる直江もいいやねぇ。ふんでねふんでね八重垣。ここで挿入的に、ナースセンターの様子が入るじゃん。ナースたちは直江について、カッコよかったとか嘘の上塗りだとか、秘密が似合う男だとかキャイキャイ言ってる訳だけども、その間の特別室の様子を、私は勝手に想像したね。画面には映ってないけども、こんな状況だったんじゃないかなぁと。」
「ははぁ、架空のディレクターズ・カットですね。」
「うん。繭子は自分の左手の甲に、利き手の右手の長く伸びた爪を立て、痛みをこらえて傷をつける。流れ出る鮮血は彼女の意志と欲望と、燃えるような生命力の証。それを見て美しいと思わない直江じゃない。彼は手を後ろに組んだまま目をそらさずにその様子を見ているんだけども、繭子が傷をつけ終わるとその手をとり、口もとに引き寄せて傷口に口づけるのよ。離した時の彼の唇には、当然血がついている。繭子ははじかれたように両手を彼の首に回して、抱きつきながらキスをする、と。」
「なるほどねぇ。中居の唇に女の血ですか。それを見せられたんじゃあ青組の皆さんはゾクリとくるでしょうね。」
「でね? そのあと”ほうごうしゃ”だか”ほうこうしゃ”だか今いちよく聞き取れず、どうヘンカンするんだかもよく判らないんだけど、つまりはガーゼだの消毒液だのが一式揃ったセットを持って特別室に行った倫子は、直江の後ろ髪の裾と白衣の衿に、血がついてるのを見つけるんだな。『この人…』って感じに倫子は繭子を見て、繭子はそ知らぬ顔で無視する。」
「何ですか、また直江だけが何も知らない状態じゃないですか(笑)」
「いいんだってそれはそれで(笑) 見たかったなぁ、そういうシーン…。まぁ全体のバランスを考えてね、ディレクターもカットしたんだろうと思うけど。」
「いろんな想像ができますね。いいですね、ドラマをたっぷり楽しめて。」
「うん、あたしもそう思うよ。あと1つ、ナースセンターのシーンでさ、小夜子が『私は神崎派』って言った時の柴田2号の、『うそ!』って言い方がご本体にそっくりだったね。思わず笑っちゃった。」
「あと僕が気になったのはですね、繭子の『1人の医者に2度も救われた命』のところなんですけれども、これはパーティー会場で倒れた時の手術が1回と、それに嘘の記者会見で2回ってことなんですかね。記者会見での直江は、繭子の”女優生命”を救ったに等しい訳ですから、現時点では。」
「うんうん、そういえば私もちょっとひっかかったそれ。少しだけ深読みしてみればさ、繭子は以前にも直江に命を救われてんのかなとも取れるんだよね。何せ2人の過去に何があったのかを、ワレワレは一切知らされてないから。」
「ですよねぇ。気になりますよねこれ。意味深なセリフだなぁ。」
■駐車場/医局■
「おそらくは三流以下であろう記者たちに、盗み撮りしたカメラを渡す次郎。いいひとな小橋先生の電話とずっとかぶってるのが切ないねぇ。」
「ここはすごくいい演出ですね。最初に駐車場に走ってくる足が、あの晩医局でウロウロしてたのと全く同じじゃないですか。ああ、あれはやっぱり次郎だったんだなって、そりゃもうバレバレなんですけどね? でもそう演出されることでスリリングさを増していて、なかなかよかったと思います。」
「グレイのジャージにサンダル履きでね。電話してる小橋の明るい声と、『これ取っといて』と封筒を差し出す記者の下卑た顔つきと、受け取る次郎の愚かで無邪気な笑顔の対比ね。これさ、さっきも言ったけど、次郎ってキャラにそれほどの悪意がないから、このエピソードが必要以上に深刻にならずに済んでるんだろうね。」
「そうですね。だから次郎を信じた小橋も、そんなにひどい道化役には成り下がらずに済んだんだと思います。」
■石倉の病室■
「可愛いですねこの夫婦(笑) ほのぼのしてて。」
「この庶民庶民した感じがいいよねぇ。それに長さんサスガだなと思ったのがさ、指相撲自体もそうなんだけど、倫子が入ってきたのを見て奥さんの方はサッと気持ちを切り替えてるのに、石倉ったら奥さんの手をすぐには離そうとしないんだよね。なんかさぁ、ヘンな意味じゃなくごく自然にね? 入院が長くなると男の人はそうかなーって。そのへんを長さんはギリギリ嫌らしくなく、リアルに演技してくれてるんじゃないのかな。」
「巧いですよね。さすがはベテランです。またセリフもいいですよ。『病気は人間を初心に返してくれる』なんて言われたら、倫子はたまらないと思いますよ。」
「そのたまらない気持ちをグッと腹にしまって、指相撲の相手になってやる倫子。いい看護婦さんだよねホントに。」
「2人の握った手に光がかぶるカットには、十分な思い入れが感じられましたね。」
■廊下〜ホール■
「ここで歩いてくる倫子がさ、石倉とつなぎ合わせた右手の暖かさをかみしめるようにしてるのがいいね。」
「本人の前では笑ってるしかありませんけど、病室を出ればさまざまな思いが交錯するでしょうからね。本当にこれでいいのかな、って気持ちも皆無ではないでしょう。」
「ところがどっこいホールの方を見れば何やら騒然たる様子。エスカレーターをかけおりてきた小橋とともに、新聞を突きつけられて絶句するんだね。」
■院長室■
「この部屋では大抵いつも黙っている直江ですけれども、今回ばかりはそう簡単に言葉を発せないという感じでしょうか。院長の嫌味にも遠慮がありませんし、珍しく小橋まで非難めいたことを言いますしね。」
「さらに最悪なのが直江を襲う激痛。額に浮いてくる汗は、これは演技上本物ではないとしても、ぐっと奥歯を噛みしめたことによる筋が顎とこめかみに浮き上がってくる…。そのあたりをカメラも腰を据えて撮ってるというか、ちょっと下からのアオリの角度で、じーっと見つめてる感じだな。」
「BGMもいいですね。切ないストリングスで。揃いも揃って繭子をあざ笑うかのような男たちの中にあって、毅然とそれを否定してみせる直江には、一種の美学を感じますね。」
「そうそう、美学ね。直江というキャラを支えている根本はそれなんだと思うよ。おそらく原作者の愛情とこだわりもそこにある。渡辺先生が打ち上げで中居さんを褒めたっていうのも、中居さんが演じた直江にはこの”美学”がちゃんと感じられたからだと思うなー。見た目だの、些細な芝居云々だのじゃなくてね。原作者が思う『こうあってほしい直江』の根本中核の部分を、28歳のナカイマサヒロは十分に表現し得ていたんだと思うよ。」
「何気ないシーンにこそ出ますからねそういうのは。この院長室での直江には、それが立派にあったんですね。」
■廊下/特別室/一室■
「ちょっとここは全10回の全フィルム中でも特別な、特記するべきシーンだね。メインスタッフたるディレクターさんにまで、苦しむ姿が色っぽいと言わせてしまった危険なシーン。」
「まぁそうなんですけれども…語るのはいいですが控えめにして下さいよ。一応HPなんですからこれ。個人対個人のメールじゃないんですからね。」
「判ってるってそんなん。総長と私の間のメールは、ちょいとヒトサマの目には曝せないっちゅーの。公序良俗に照らし合わせて、言っていい範囲は厳守するから安心してよ。」
「ならいいですけど(笑) でもここは3つの別々な場面が映像と声で交差するという、珍しく…はないのかな、でもちょっと変わった演出になってますよね。」
「うん。それはやっぱこの危険すぎるシーンの印象をね、少し拡散させるというか、濃くなりすぎないようにするためもあると思うよ。汗をしたたらせ息を乱して廊下を歩く直江に、彼がいなくなった院長室での陰口めいた話がかぶるのはいいとして、ドアに鍵をかけ崩れるように床に座り込み、乱暴に袖をまくって左腕を管でしめつけ、覆いのビニールを歯で噛みちぎって薬を注射器に注入し、逆光の中に左腕のきゅっと張った筋を浮き立たせてだね、細かい痙攣を奥歯で殺して針を刺す一連の動作に対しては、繭子に対する実にポジティブな倫子のセリフをかぶせとかなかったら、あぶなさと妖しさが前面に出すぎて面倒なコトになったと思うもん。」
「…なんだか十分に煽る言い方してないですか智子さん…。」
「なにがこれしきで。かぶりのセリフが終わったあとの数秒間の映像に対しては、総長がきわめて適切なヒトコトをおっさったわ。」
「そこまでっ! そこまでにしといて下さい。ディレクターズ・カットならぬ八重垣カットです!」
■医局■
「さてさてあぶないシーンの次には、次郎がいかにお馬鹿ちゃんであるかがよく判るシーン。次郎がいわゆるワルだったらさ、ここで小橋にニコニコとうちあけるなんて絶対にありえないもんね。次郎はこれ、ひょっとしたら小橋が、直江に仕返ししてくれてありがとうくらい言ってくれるかと思ってたんだろうね。」
「全く、どうしようもないお馬鹿さんですね。そりゃあ小橋も顔色なくしますよ。」
「しかしながらあくまでも性善説な小橋がいいよね。激怒して激昂しながらも、小橋が責めてるのは自分だもん。それがまたしっかりと甘ちゃんに聞こえるからすごい。マジ難しいよね小橋の位置付けは。」
「そうですね。ここで視聴者を、小橋に感情移入させてはまずい訳ですから。」
「その通り。主旋律はあくまでも直江の上を流さないと。上川さんも吉沢くんも熱演だけど、これはまず脚本が上手いんだろうね。いい具合に匙加減してると思うよ。」
「てっきり喜んでくれると思っていた小橋に怒られて、後悔に怯えている次郎がいいですよね。体ばかりが成長して、心は子供のままなんだな…。」
■大部屋■
「新聞見てブツブツ言ってる3人。味があるんだかないんだか(笑)」
「笑いを誘う役柄にしては、ちょっとむさ苦しすぎたかも知れませんね。」
「それは言えた。で、小橋がそこへやってくると次郎はベッドに戻っておらず、嫌な予感にかりたてられて2人は屋上へ向かうんだね。」
■屋上■
「言ってみればこのシーンが、この第4回の目玉なのかも知れないね。バリ青にとっては違うけど(笑)」
「まぁまぁそれはもう語りましたから。それにしてもこの撮影の日は、さぞかし寒かったでしょうねぇ。あの大雪の降ったあとでしょう? 雪って、降る時より溶ける時が寒いんですから。」
「だよねー。セリフの息が白いもんね。見てるだけでブルブルしそう。特に薄着の竹内さん、寒かったと思うなー。次郎も厚着はできないし、握った手すりだって氷みたいなんじゃないの?」
「スタッフも大変でしょうけどね。バックに当たる下界の景色も、雪が反射して撮りにくかったかも知れませんね。」
「強烈だからね、雪の反射って。だけど直江の後ろに映ってたあの丸い建物は、あれって何なの。ドーム? 両国国技館?」
「さぁ…すいませんそこまで見てません。寒そうだなぁとばかり思ってましたから。」
「じゃああれは国技館だってことにしておいてだね。最初は一人で屋上にいた直江は、次郎だの倫子だの小橋だのがやってきてそこが修羅場になろうとしているのに、ふわっと煙を吐いていったんフレームアウトするんだよね。で、柵を乗り越えた次郎はいつでも飛び降りられる体勢で小橋たちを見る。ここでの吉沢くんはいい表情してたよねぇ。なんかさも、『さよなら小橋先生、倫子』みたいな目になってさ。」
「次郎の目が本気だから、2人は無闇に近寄れなかったんですよね。」
「効果音もいいんだよねここ。次郎が今まさに飛び降りんとしている時には、BGMは止まっていてその代わりに、車の音だの何だのの町の騒音が聞こえてるの。…で、そこで次郎が何かに気づいて、投げた視線の先に直江がいる。落ち着き払ってつかつかつかと近づいてくる彼に、追い詰められるが如く足をすべらせる次郎。ぴたりと音が消えて、うわっ、と駆け寄る小橋に思わず目をふさぐ倫子、―――はしっ!と手首を掴んだのは直江で、その瞬間”音”が戻ってくると。定番といえば定番なんだろうけどね、やっぱこうでなきゃと納得のいく演出だね。」
「一瞬遅れて柵を飛び越える小橋は、何だかすごくカッコよくありませんでした? ヒラリ、と軽々ポーズ決めて。」
「そうそう。この”柵越え小橋”が私テキにはベストオブ小橋先生だねー。引きずり上げようとしてすぐには力が入らない直江にも、リアリティがあってよかったよ。しかし次郎の履いてたサンダルは当然落ちたよね。ビニールではあったけど、大丈夫だったかね下にいた人。豚まんのせいでトランクに直撃されたタクシーみたいなことになってなきゃいいが。」
「さっそくネタをまたぎましたね(笑) でもこれだけの騒ぎなら、下にいた人も聞きつけているでしょう。多分黒山の人だかりですよ。」
「警察くらい呼ばれたかもね。ッたく人騒がせな男だ次郎も。女優は入院するは記者は群がるは、スキャンダル隠しでマスコミに叩かれるは、挙句の果てが自殺未遂騒動。行田病院大注目だねこりゃ。院長もアタマ抱えるよ。」
「まぁ現実的な話はいいとして、ここでの直江は、普段のクールさとは別人で思わずキレてしまっていますが、死に至る病を抱えその苦悩にのたうっている直江にしてみれば、キレるのは当然のことなんでしょうね。健康な体を持ちながらいとも簡単に命を絶とうとする次郎に、怒りが爆発したという。」
「『人間、そんなに簡単に死ねねぇんだよ』っていうセリフを叫んだ時の直江はね、あれは中居に戻っちゃってたって意見もあるみたいなんだけど、私はそれはちょっと意地悪な見方じゃないかなぁと思うねー。
それに、つい最近発売になったTV誌でも『白い影』への読者の感想を幾つか載せてたんだけど、そこに『中居くんの下手な演技が直江の本質を表す役目を果たしてた』みたいな意味の1文があってねぇ。あたしゃそれ読んで思ったね。イメージってのは恐いもんだなと。
これを書いてきた人ってさ、多分このドラマをそんなにじっくりと見てはいないんだろうね。だって中居さんの演技は、贔屓を差っぴいても”下手”じゃあなかったよ? 最初の頃は若干作りすぎの部分もあったけども、ラストに近づくにつれてすごい自然になってきて、下手のヒトコトで片付けるのはそりゃアンタ違うだろう。下手にしか見えないこの人は、”中居”というイメージに邪魔されてるんだろうね。もうちょっと深いところまで、素直に真面目に見られないもんなのかなぁと思った。」
「まぁ難しいところですよね。じゃあみんながみんなそんなに、肩肘張って真剣に見るものなのかTVドラマは、と言われるとこれが…」
「うん。そこんとこがTVの特徴であり、限界であり振り幅の広さであり、ま、答えの出ないとこなんだろうけどね。…でもアタシは真剣に見てやるぞ。TVドラマを本気で鑑賞して何が悪いか。ねぇ八重垣。」
「ねぇ、って言われるとあれなんですけども(笑) でも真剣に見た方が楽しいと思いますよ。ドラマに限らず何事も。仕事も遊びも趣味も、何でも。」
「そうだよね。人生豊かに生きにゃあいかん。ふんでこのシーンについては言いたいことがあと2つ。1つは直江が切ないねぇ、ってこと。普通だったらさぁ、命を助けられて泣いてる青年・次郎と、彼を抱きしめている医者・小橋なんていうのは、もう感動の宝庫というか拍手喝采されてしかるべき対象なのに、ここでは直江の方こそが切ない。ただひとり柵に背中をあずけて息を静め、信念と誠意で抱擁中の熱い2人をちらりと見やったあと、心持ち足を引きずって言葉なく立ち去っていく直江。柵の影が白衣の背中に、ストライプを描くのも綺麗だったね。」
「中居の背中は、確かに語りますねぇ…。細身なんだけれども肩幅は、けっこうあるんですよねこの人は。」
「そうなのよ。これで撫で肩だったりしたら貧弱としか言いようのない体格なんだろうけども、よくしたもので肩の骨がえらくガッチリしてる。子供の頃から野球やってるとそうなのかね。」
「いや、そうはないでしょう。だって野球選手の中にも撫で肩の人っているんじゃないですか?」
「それもそうか。じゃあやっぱ先天的なものだな。…でもって言いたいことの2つめがね。」
「はい。」
「これはもう純粋に私の勝手な我儘解釈だってことをお断りした上で、このシーンはある意味、原作のラストシーンへのスタッフ・レジスタンスではないかなどと。木村智子はチラリ思いましたのですよ。はい。」
「スタッフ・レジスタンス? どういうことですか?」
「つまりさ。原作の『無影灯』をドラマ化するに当たっては、シーンもエピソードもそのまま厳守して、映像化する訳にはいかないじゃない、物理的に。だから変えるべきところは変え、時にはキャラクターを増やしたり減らしたり、そういうこともする訳だよね。」
「そうですね。原作者の許可がどこまでいるのかは判りませんけれども。」
「そこそこ、言いたいのはそこなの。あたしさぁ、このドラマさぁ、落ち着いて考えてもやっぱりね、あのラストシーンだけは変えてほしかったもん。”自殺”っていうのはさぁ、ちょっと今の世の中にはストレートに受け入れられる結末じゃないんじゃないか? 現代の感覚では美しくないんだってぜってー。
だけど原作を貫く1本のコンセプトとして、ラストを変えるのは許されてなかったんじゃないかと思うのよ。いやホント、よく判んないけどね? 私が勝手に想像してるだけなんだけど。
つまりさぁ、直江を自殺させるのは原作命令であって、スタッフの本音をぶっちゃければ、少〜し違ってたっていうのもアリなんじゃないかしらん。小橋の言うことはいつでも理屈が勝った上っすべりなんだけども、ここでの彼の、『自分で死のうとすることこそが最低の裏切り』って言葉はね、これはやっぱ…今の時代の揺るがぬ主張? 掲げるべき世是? そういうもんなんじゃないかと思うのよねー。まぁこれを小橋に言わせたっていうのが、ドラマの譲歩だったのかも知れないけど。」
「それはそうですね。直江がそれを言ってたんじゃ、矛盾もはなはだしいですから。」
「時代の流れって難しいよね。『無影灯』の上梓がいつなのかははっきり知らないけど、その頃の社会通念と今とじゃ大分違うだろうし。もちろん変わらないものもあるとしても、ズレてきてるもんも少なからずあるだろうしねぇ…。そう、それで思い出したけどさ、こないだTVで金八先生のスペシャルやってたじゃない。」
「ああ、ありましたね。本当につい最近。」
「それに対する評価というか感想が某新聞に載ってたんだけども、その内容はね、『金八の魅力は衰えないとはいえ、今や教育現場の実態は、こんなふうに1人の教師の力だけではどうにもならないところまで来てしまっているのだ』ってことだったのよ。つまりさぁ、もう金八先生に問題を解決できる時代ではなくなってるんだよね。あのドラマを今オンエアしても、当時の感動は望めないんだよ。受け入れる側の状況・環境・意識が変わっちゃってる。それに近いものを私は、このドラマ『白い影』と原作の関係に感じたね。ちらっと。」
「10年一昔って言いますからねぇ。世の中はいろいろと変わっていきます。」
「してみるとやっぱり、『源氏物語』は脅威なんだなぁ。千年たっても色褪せない”人の心の真実”を、紫式部はその筆で掬いとったんだねぇ…。」
■院長室■
「直江に謹慎を言い渡した院長判断については、僕は妥当だと思いましたね。写真を撮って売ったのが次郎だとしても、事がこう転んだ以上、直江を処罰するしか対外的な解決は望めないでしょう。」
「全く同感。宇佐美繭子の贋記者会見は、誰でもない直江庸介が矢面だった。であれば病院側としては、この件の責任は彼に取らせて一旦後ろに下げ、形を整えるしかないもんね。社会的に。」
「またそれが一番、火を消しやすい方法ですよ。別に医療事故とか不正発覚ではないですから、直江をクビにする必要まではないんでしょうけれども。」
「それはないね。謹慎1週間。妥当な線じゃないかな。いや私が院長だったら10日…もしかしたら1か月にするかも。新聞雑誌がほぼ完全に大人しくなるには、それくらいの期間が必要だべさ。」
「現実だったらそうでしょうね。ただ…臨床医の場合は患者がいますからね。直江の預かっている患者を、そう長い期間主治医不在にしておくのもまずいんじゃないでしょうか。」
「ねー。現実ってそういう風に二重三重にこんがらがってるからねー。ドラマにはある程度の単純化が必要なのよ。うんうん。」
「そしてこのシーンの最後にも、伏線が張ってありますね。三樹子と院長の絡みですけど。」
「ああ、三樹子の結婚話ね。小橋先生との。何も院長も今言わなくたってって気はするけどね。三樹子が素直に聞ける訳ないじゃん。」
「まぁ…院長は三樹子の気持ちよりも、自分の意志をここで決めたんだと思いますよ。直江の処遇を明確にすべきだと。この病院を継ぐのは小橋だとはっきり示して、立場をわきまえろじゃないですけれども、あまり好き勝手はできないのだと判らせようと考えたんじゃないでしょうか。」
「ああねぇ。お前はナンバー2なんだぞと。偉そうにするのもそろそろ考えものなんだぞと。でもそのための旗印にされる三樹子は可哀相だよなぁ。子供は親の持ち駒じゃないんだからさ。」
「でもそのあたりは唯一、最終回で救いになっている部分なんじゃないですか?」
「そうだね。まぁそれは第10回で語ろう。」
■廊下■
「私ねぇ。ここで…直江と小橋が並んで歩いてくるこのシーンで、実は中居さんに謝ったのよ。白状すると。」
「え? 謝ったって、何か悪いことでもしたんですか?」
「うん。ドラマ見ながらどうにもねぇ、不安感をぬぐえなかった。今までに3回分見てるんだから安心すりゃあいいのにさ。心のどこかにまだ、そうは言っても演じきれるのかなぁ、ミスキャストだの荷が重いだの、非難されるんじゃないのかなぁ…って気持ちがありました。はい。認めます。告悔します。
数字的には『グッドニュース』の前例も頭をよぎりました。何より自分自身が感じてしまうかも知れない、『やっぱりなぁ…。いまいちなぁ…。』という虚しさに怯えていました。回を追うごとにその不安は薄らいできてはいましたけれど、でも、消滅したとは言い切れない気分で毎週TVに向かってたんです。
でもっ。このシーンでの、この笑顔を見た瞬間、私は本当に確信しましたっ。『大丈夫!』という手ごたえを、構えたミットのど真ん中にパッシーン!と受け止めた実感がありましたっ!
倫子に向けた、ここでの直江の笑顔。微かに、確かに、深く深く、ゆらぎ昇るもの。
言ってみればこの瞬間、はっきり見えたんだろうなぁ。中居ではない”直江”が。架空の世界の別人格が。
役者っていうのはさ。半透明でなきゃいけないんだろうなって思うのね。半透明のフィルターをすかして、見る人に別な存在を届けてやるのが役者ってもんなんだよ。完全に透明になったんじゃ駄目だし、自分でしかいられないのも駄目。自分を”透かして”別のものを見せる。それが力量なんだと思う。
この明るい廊下でさぁ。白衣をまとった中居正広の後ろに、それまでもおぼろげには見えていた”直江庸介”が、この時しっかりと輪郭を現したんだ。プリズムが光を放つように、レンズが映像を結ぶように。」
「なるほどね…。”直江”をつかまえた一瞬ですね。」
「だからこの後はもう、見ていて何も不安じゃなかったね。数字がどーたらつぅのも全然気にならなくなった。思えば勝手な話だよね、全く。」
「でも人間はそういうものですよ。自分が納得しなかったら、誰に何を言われても不安なんです。人の意見を聞くなとは決して言いませんけど、そういう意味じゃあなくて、自分に自信がありさえすれば、じたばたせずにいられるんですよ。」
「そうなんだよね。メールとか掲示板とかでもさ、人に腹が立ったり批判したくなったりする時って、ほぼ間違いなく、自分こそが何かに足をすくわれてる時なんだよね。」
「原因はいつだって自分にあるんです。僕自身も、それを忘れないようにしなきゃなと思いますよ。」
■病院の玄関前■
「『翌日』なんてテロップが出るのは珍しいなー。別に出さなくたってよかったと思うけど。何かちょっと違和感あった。まぁそんなのは些細なことだとして、次郎は煩悩が取れたみたく清々しい顔になってるね。」
「小橋も嬉しそうですね。彼の描いた理想の結末に、ほぼ近いですからねこれは。」
「次郎はこのあと田舎に帰って、自分らしく真面目にやっていくんだろうね。家業でも継いで、写真は趣味でずっと続けて。」
「平凡ではありますけど、後味のいいエピソードでしたね。」
「まぁ後味がよすぎたんで、ちょいと印象は薄くなったけどな。」
■川原■
「さてさてスクーターのご登場よ八重垣。このシーンでスクーターは、果たしてどんな気持ちでいるんでしょうかね。」
「さぁどうでしょう。世の中の真実を模索して俳句でもひねってるんじゃないですか?」
「真面目にやんなさいよ。次郎にも劣る奴め。」
「やってますよ。風流なスクーターじゃないですか。」
「『行く川の流れは絶えずしてしかももとの水にあらず…』って暗唱させてどーすんだ!」
■直江の部屋■
「すごい西日だね。電気製品にはよくなさそうな部屋だなー。」
「そんなところから話に入るんですか(笑)」
「だって見たとたんまずそう思ったんだもん、この場面。それから左手でボトルをあける直江の手に目がいって、直江が身じろぐたびに聞こえるソファーのレザーの鳴る音とか、山盛りの灰皿とか氷の音とか、それにいつものあのBGMとか。」
「いろいろ見てますね。でもやっぱり気になるのは…」
「西日(笑) カーテン閉めたくてウズウズしちゃった。」
「人の部屋なんだからいいじゃないですか。この部屋にパソコンがある訳じゃなし。」
「でもなー。床も焼けるしなー。すごいんだぞぅ日光の力って。」
「変な人ですよね。なんでこのシーンでそういうことが気になるんですか。」
「いやむしろ語りたいことはさ、ここじゃなく一旦出ていった倫子が戻ってきてからのシーンの方にあるんで。」
「ああそうなんですか。じゃあこのシーンについては『西日が気になる』だけでいいんですね?」
「いや1つだけあるのがね、泣きそうな顔になって倫子が出ていったあとの、前屈みにうなだれる直江の映像。実像と反射がオーバーラップする感じの。あれがすごく綺麗だったと思う。画(え)としても表現としても。」
■川原の風景■
「音もなにもなくて、夕陽だけのワンカット。なかなか小説的な挿入の仕方で、時間の経過を表すような、もしくは刻(とき)のたゆたいを表すような、面白い画面だったと思うよ。」
「わずか1〜2秒のシーンですけどね。いいクッションになっていましたね。」
■再び直江の部屋■
「第4回のラストシーン。多数の女性視聴者の胸を揺さぶった名場面だけども、ちょっとその前に細かい話をやっつけとこうか。」
「何ですか細かい話って(笑)」
「いやなにね、まずはオートロックネタね。最初に何がびっくりしたって、倫子が戻ってきて勝手に部屋に入ってきたにはびっくりしたね。行儀の悪いドラマだとは再三思ってたし言ってきたけど、こういうキャラも滅多にいないよなぁ…。どういう育て方されてるんだろう、ってちょっと呆れた。
こういうところがねぇ、倫子ってキャラの大欠点なんだよな。明るくて前向きで物怖じしなくて、閉ざされていた直江の心に春風のように入り込んできた女性、って設定なんだろうけども、女から見るとちょいと図々しいんだよなー。」
「うーん…(笑) まぁねぇ…。確かに僕だったら、ちょっとこれはさすがにいい気持ちはしないと思いますけど…。つまり直江は口ではどうこう言っても、すでに倫子が好きだってことじゃないですか? そうじゃなかったら即座に叩きだすでしょう、あの性格なら。」
「いや、直江についてはそれでいいんだけど、問題は倫子の方よ倫子の方。倫子に関する演出コンセプトには、ちょっと細やかさがないかも知れないなー。これさぁ、ドアの外で倫子が迷うシーンがあってほしかったね。入るべきか、入らざるべきか。『図々しいかな、でも気になるな、あのままじゃ体壊しちゃうし、それに、本当に一人になりたいようには見えなかったし…』みたいな、倫子の心千々に乱れるの場面。それがあればもう少し感情移入できるんだけどねー。これじゃあ無神経にしか見えないよ倫子って。」
「なるほど、演出不足ですか。じゃあ例えばさっきの夕日だけのシーンは、映像としては象徴的で素晴らしいけれども、心情描写には至らなかったってことですか。」
「そうだね。それは言えてると思う。象徴に走りすぎて舌足らずになった感は否めないよな。」
「なるほどね。あと最初に言っていた、オートロックについてはどうなんですか?」
「ああそうそう。メールでもそんな話が出たんだけどね、普通このクラスのマンションだったらドアはオートロックに決まってるだろう!って意見があったのよ。なのになんで倫子はあんなに勝手に入って来られるんだ!って。なるほどそうかと私も思ったけどね、よく考えたらこのマンションて江戸川区でしょお多分。江戸川区だったらオートロックじゃない! これはもう確信が持てるね!」
「どうしてですか。何か根拠でもあるんですか?」
「あんたねぇ八重垣。江戸川区といえば中途半端、中途半端といえば江戸川区でしょうが。特に北小岩のあたりの中途半端さは世界に類を見ないんだから。」
「そうなんですか?(笑)」
「そうですとも。長く北小岩6丁目に住んでいたMyイトコは、自分の住所を東京都江戸川区小岩村だって言ってたもんね。住んでる人間が言うんだから間違いないよ。」
「何だか全然よく判らないんですけど(笑) 江戸川区の人が聞いたら怒りませんか?」
「だってホントに中途半端なんだからしょうがないじゃんよー。だからこのマンションも、見た目ゴージャスで設備も充実してて、通勤は至便だし住みやすいことこの上なくて、でもドアはオートロックじゃない(笑) これほどの江戸川区らしさがあるかっつーの。もし仮にワールドカップ中途半端ランキングをやったら、江戸川区がベスト3以内に入賞するだろうというのは、これはもう間違いないことじゃん。判った?ヤエガキ。」
「さぁ、判りませんね。細かい話についてはもういいですか?」
「…流しやがったぜコイツ(笑)」
「じゃあ本題っていうことで、話を進めますよ。何ですかさっき言っていた、ここでこそ語りたい内容に行って下さい。」
「はい…。ええとまずですね、ベッドにもたれている直江のですね、伸ばした左手の手首の形が、これまた手フェチ連合にとってはたまらないものであったと。」
「なるほど。それと?」
「それとですね、ここでの謹慎モードの直江なんですけど、この前髪下ろしのビジュアルは、そりゃまぁ確かに美しいんだけれども、私テキには必要かなぁとまず思ったんですわ。このシーンの最初においては。
お仕事モードの直江先生と、部屋の中でひとり酒を飲んでいる青年・直江の二面性を表現しようというのは判るけども、そのへんをもう中居さんは見事に演技でやってくれるんだから、あえてビジュアルでまで変化をつけるのはどうかなあって、思ったのよ一番最初にはね。」
「一番最初には、っていうことは、もしかしてそのあとで変わったんですか?」
「そうなの。カメラがさ、ぐうっと至近距離に寄ったそのあと。光を透かす褐色の絹糸が、サラ…と動いて睫毛がのぞく。カメラに目は映らないんだけども、まばたきと、それに涙のあとが見える。
氷の花のようにもろくて、はかなげで、指先でふれたら消えてしまいそうな風情。
物語がどうの演出がこうの表現方法がああの、そんな小理屈が1から100まで、しぃぃん…と黙らされたよねここで。
ああ…これは映像がストーリーに優る瞬間なんだ…。私はここでそう思った。
前に『危険な関係』の座談会でさ、第7回のあのover the rainbowのシーンで、これがまさに創作の醍醐味、虚構が現実に優る瞬間である、みたいなことを言った記憶があるんだけども、つまりはあれの別バージョンだね。『これがまさに創作の醍醐味、映像がストーリーに優る瞬間』…。
だけど脅威なのはそれを、28歳の男性がやってみせたってことだと思うよ。女優だったらよくあると思うもん。画面から発散されるその”美しさ”に―――生物の価値の1つであるそれに、まばたきと言葉を奪われる瞬間。
それを男がやってのけるとは、マジ何なんだよコイツ、中居って。しょっちゅうフザけてケラケラ笑って、ハスキーな声張り上げてバラエティ仕切りやがって(笑) 珍しく本気出せばこれほどの艶と輝きを、電波の向こうにまで炸裂させられるクセに。ッとに許せないね全く。どうしてくれようか。」
「なるほどねぇ。映像がストーリーに優る瞬間ですか。美貌とか美形とか、そういうレベルではもうないんですね。」
「ないね。それどころじゃない。だから直江病は風土病になるよ。こりゃもう駄目でしょ。かかっちゃったら治らない。だってDNAに割り込まれちゃってんだもん、どうしようもないよ。」
「確かにどうしようもないですねそれは。食いつくされて、どうにかなっちゃって下さい。―――はい、といった訳で『L’ombre blanche』第4回、シーンは一通り終えたんですけれども、でもちょっと心配ですね。こんな調子で最終回まで語って、おかしくならないですか智子さんも。」
「知るかい。爆発カラスだってあれさぁ、ムースだかジェルだかワックスだかでツンツン立ててるのをやめればさ、ごくごく普通の落ち着いたカットなんだぜぇ。ッとに意地悪小僧がよぅ。自意識過剰の神経質の気にしんぼのクセに。ふんっ! ふんっ! ふんっ!」
「はいはい息巻かないで下さい。ヒノキの花粉はまだ飛んでるんですから。…えー、ではそういったところでですね、今回はお別れしたいと思います。次回の予定は20日金曜日、朝の更新でUPしたいと思います。どうやらGWがね、ちょっとまとめて時間とれそうなんで、そのあたりで進められるかなぁとは思っているんですけれども…。ま、とにかく頑張りますので、呆れずにおつきあい下さい。はい。
それでは次回までご機嫌よう。パーソナリティーは私、八重垣悟と、」
「いったい私はいつになったらVestがちゃんと聴けるの? 定時っていうくらいなんだから定時に帰ったっていいじゃない! 会社が人生の全てじゃないのよ! なのにどうして毎日毎日、丸12時間も会社にいなきゃなんないのぉー! な木村智子でございました。明日のために働こぉー!」
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