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【 第5回 】
「はい、皆さんお元気でしたでしょうか八重垣悟です。お送りしております座談会『L’ombre blanche』も今回でいよいよ5回め、ちょうどここで折り返し地点ですね。嬉しいことに皆さまからのご反響も数々頂きまして、我々としても大いに励みになっています。ね、忙し大王の智子さん。」
「おお、そうだよ忙し大王なんだよあたしゃあ!の木村智子です。どもども。いやぁ何せねぇ、なんでそんなに忙しいかっつーとさ、年度始まりには異動があるじゃんか。」
「ええ、ありますね。」
「そうすると人に合わせて組織もパソコンも移動するじゃんか。システム上の組織コードを全部つけかえてプログラムをメンテナンスして、営業所の名称なんかもダーッと更新しなきゃなんない訳ね。またその一方じゃあデスクトップPCをだね、あっちに持っていけのこっちに持って来いのって、おっさんドモが言う訳よ。そうするとアクセスフロアひっぺがして、フロアじゅう這いずり回ってのLAN配線でしょー? その上アンタとどめが経理の決算時期ときたもんだ。B/S・P/Lの貸借がね、1円2円ならともかく1億3500万円合わないって言われた時にゃあ寒気がしたねマジ。」
「それはまた合わないにもほどがありますね。大丈夫なんですか智子さんのプログラム。」
「なー。そこなんだよなー。テメーの作ったシステムだけに『知らねーよ!』っつぅ訳にいかなくてさー。でもまぁそれもおそらく今月一杯でカッコがつくでしょうから? そしたらせめて8時にはウチに帰れる生活に戻ると思うよ。うん。」
「でもですね、身も蓋もない言い方しますけど、そういう状態でやっているこの座談会とか、HPの更新とかっていうのは…現実においては正直、かなり負担なんじゃないんですか?」
「んー…。まぁ、ホンネを言うとちょっとだけ負担(笑) マジくじけそーになる時もある。だけどそういう時に喝を入れてくれるというか、ポキッと折れそうになったところに四方八方から添え木をしてくれるのがね、―――」
「…ひょっとしてビジター様たちからのメールですか?」
「いいや(笑) そんないい子ぶりっ子優等生の偽善者発言はいたさぬ(笑) そういう弱って折れそうな時に、ワタシのココロに添え木をしてトンカチでガンガン釘をぶっこんでくれるのが、他ならぬナカイマサヒロであって(笑)」
「あ、中居なんですか(笑)」
「そーなのよ。アタシだってアンタ、時にはもぉぐったりしちゃって、何を書く気力もなくフトンにもぐりこみたい夜もあるわさ。だけどそこでふと壁を見るとね、あやつのデカい目が濡れたよーな光をたたえて、じぃぃーっとこっちを見てるモンで(笑)」
「なるほどねぇ。すごいカンフルですね。じゃあ今度からアルブミン中居と呼びましょう。えー何だか前置きが長くなりましたけれども、それでは参りたいと思います。『L’ombre blanche』第5回、直江の部屋で彼にキスした倫子のシーンからです。どうぞ。」
■直江の部屋■
「実はね八重垣。あたしは前回じゃなくこの回で気づいたんだわ。倫子にキスされてる時の直江ったら、目ェ閉じてなかったのね。ちゃんとまばたきしてんもんねー。ううむ、やはり魔性の男よのぅ…。」
「何ですか、それだけでもう魔性なんですか(笑)」
「魔性だよ。倫子の腕にぐったりと抱きかかえられてたのがさ、いきなり、まるで正気に戻ったように身を起こして、それでもまだふらふらしてて、ぐらっと体を傾けるあたり。この美しい映像を拒絶するのはもったいないんだけども、ダマされたと思って1回、目をつぶって音声だけ聞いてごらん。直江の苦しそうな息遣いに、もぉもぉちょっとちょっとどぉにかなりそうだから。うん。」
「ああ、音で鑑賞するとまた違った印象かも知れませんね。顔立ちのイメージよりもずっと低いですから、中居の声は。」
「うふん♪ そーなのよヤエガキ♪ 判ってんじゃんあんたも♪ くふふっ♪」
「はいはい、ぐねぐねしないで下さい。この第5回についてはですね、僕も思ったことがあるんです。」
「おお何だい。どれどれ聞いてしんぜよう。恥ずかしからずに何もかも、おねーさんに話してごらん。」
「いや別に恥ずかしくも何ともないですけどね。この第5回というのは、全10話中で一番、心理描写に重きのおかれた小説的な回だったんじゃないかと思うんですよ。」
「ふんふんふん。」
「この回って、『これが目玉だ!』っていうエピソードは入ってないじゃないですか。今までを振り返ってみますと、それぞれに1つずつメインとなるポイントがあるんですよね。第1回が直江の登場とキャラクター紹介、第2回が石倉さんに対する嘘のオペ、第3回が宇佐美繭子絡みのエピソードで、前回の第4回は繭子とそれに次郎の件の決着…。こんなふうに核となるポイントがね、今回はこれといってないと思うんです。」
「うんうん確かにそれはそうだね。三樹子と小橋の結婚話っていうのは、これはまぁ傍系のストーリーだから。」
「ええ。じゃあこの第5回のメインは何だったのかというと、それがさっき言った『心理描写』なんじゃないかと思うんですね。直江と倫子の心の描写。近づいて、離れて。求めて、拒絶して。比較的あっさりと、淡々と物語が進んだ感のあるこの回ですが、TVドラマとしてはほとんど限界に近いくらいまで、心理描写に努めた有意義な回だったと思います、僕は。」
「なるほどねー。さすがいいとこ突いてるね八重垣。このシーンでの直江もさ、酒だか薬だかで一時朦朧としてたのかも知れないけど、決してアタマっから倫子を拒絶してはいないんだよね。ついさっきまではまるで、彼女の母性にすがりつくかの風情を見せておいて、でもやっぱり最後は『出てけ!』だもんね。」
「ひどく揺れてるんですよ、直江の心は。表面は冷静に見えながら、自分の内部での激しい葛藤がある。そのあたりをこの第5回では、けっこう丁寧に繰り返し繰り返し、表現してたんじゃないかと思いますね。」
「言えてんねー。突き飛ばすように倫子を振り払ったくせに、彼女が出ていったあとベッドにドサッと腰をおろした直江は、えもいえず切ない表情してるもんねー。そしてその横顔の背景には、彼の心情風景ともいうべき支笏湖の写真がある訳だ。彼は苦しんでるんだね。体だけじゃなく心もね。そのことがよく判るワンシーンだったと思うよ。」
「こういうのってオンエアを1度見ただけじゃなく、あとで掘り下げてみると判ってきますよね。となるとやっぱり家庭用ビデオって、偉大なものなんだなぁ…。」
「ほんとだね。ビクターさんには感謝しなければ。」
■マンション前■
「さてさてそれではですね、ここで倫子を待っていたスクーターの気持ちなんですが八重垣さん。これは果たしてどんな気持ちでいたと解釈するべきなんでしょうか?」
「まだそのネタ引っぱりますか? そうですねぇ…ちゃんと駐輪場に停めてくれよ、ってところなんじゃありません?」
「はっはっはっはっ、そりゃそーだ! こんな正面玄関の前に停めちゃいかんだろう! 何やら人工の遣水(やりみず)のようなものまである高級マンションただしオートロックじゃないけどね、の入口に! よく管理人に注意されなかったよねー。それとも管理人とは名ばかりで、管理人室はしょっちゅうカギがかかってて留守なのか? うわー無用心! それで管理費取ってたら訴えてやれ!」
「そんなところまで突っ込む人、いないでしょうねぇ…。」
■石倉の病室■
「石倉さん、お粥だったらちゃんと食べられるんだね。多分塩とかもほとんど入ってない、おいしいどころの騒ぎじゃない病人食なんだろうけど。」
「食べ終わったあと、こうして拝むのがいいですね。石倉っていう人をよく表してるんじゃないですか。まずいとか飽きたとか、絶対に言わなそうですよね。」
「そうそう。律儀で古風な昔かたぎの人だよ。あとさ、直江とはいいコンビだって言われた倫子がちょっと口篭もるあたり、『お、この子はあの先生が好きなんだな』ってイッパツで見ぬいてるよね石倉さん。」
「ああ、それははっきり判りましたね。元気だった頃の石倉さんはお客さんの前で焼き鳥を焼きながら、愚痴だとか身の上話とかを聞いたりして、人間を見る目は鍛えられているでしょうからね。」
「だろうねぇ。そこへやってくる奥さんがこの人もまた苦労人で。どうしてこういう人が病気になっちゃうんだろうねぇ。病いと死とは神ならぬ人間には避けようがないものだとはいっても、やっぱやるせないよなぁ…。」
「石倉の吹くハーモニカのメロディーが途切れないまま画面は光の川に変わって、そこから次のシーンに移っていくという、この手法もいいですね。」
■川原■
「春のうららの…かぁ。でもこれ隅田川じゃなくて江戸川なんだけどもな。」
「いいじゃないですかそんなことは(笑) 妙に川にこだわりますよね智子さんも。」
「だってさ、あたしゃ一応利根川のほとりで育ったかんね。茨城県取手市片町。うちから2分で土手だった。西の空には常磐線の鉄橋が見えてさ、春には一面クローバーが咲いて、風までがその匂いに染まって…」
「判りました判りました、その話はまたいずれ。でもこの土手の賑わいもちょっとした公園並みですよね。日曜日なのかなこの日は。」
「じゃないの? お天気のいい日曜日の午後、川原に集う善良なる江戸川区民たち。ほのぼのしてていいねぇ、実に。」
「ボートに乗ってるカップルもいますね。倫子が直江と見間違えた背中は、あれは撮影の時には中居だったんでしょうか? いわゆる逆吹き替え(笑) 似てましたよね。」
「うんうん似てた似てた。でもどうかなぁ、黒っぽい上着でしかも遠目だからねぇ。第一エキストラの吹き替えを中居さんがやるかな。やってたら面白いけどね。それはそうと、このシーンでのスクーターの気持ちは、『オイラは椅子じゃねーんだよ姉ちゃん、こんなとこでただ座ってんじゃねーよ』ってところかね。」
「いや案外気分よく川でも眺めてるんじゃないですか? 風流な奴ですから。」
「そうか、それもありえるか。奥の深いスクーターやね。」
「ここで倫子はガラスのボートを見つけますよね。これってもともとは何だったんでしょうか。枯れ草の間で割れてたんでしょう?」
「教会のステンドグラスとかじゃないの? 色も綺麗だしさ。」
「いやちょっと待って下さい。江戸川の土手にどうしてステンドグラスが捨ててあるんです。ありえませんよそんなこと。」
「いやそのありえないことが起きるのが江戸川区の不思議さでね。もしくはコンコルドの部品とかミールの残骸、…じゃなきゃそう! フナムシ開発が処置に困ってこっそり捨てた宇宙ステーションの一部!」
「…ネタとしては面白いかも知れないですね、それ。」
■直江の部屋■
「昨日は失礼しましたと謝りにくる倫子。このシーンの彼女はけっこう好きなんだよな私。こういう常識ある雰囲気でずっと来てくれりゃあ、もう少しヒロインの心情にシンクロしてストーリーが追えたのに。」
「ああねぇ、そういうふうにしてドラマを見るのも楽しみ方の1つですよね。」
「そういやシンクロできるドラマってのも最近ないよなぁ。ひょっとしてロンバケが最後なんじゃないか? 葉山南にはぴったりと感情移入できたもんだがね。やっぱアレはちょっと”別格”なドラマなのかも知んないな。1つの確たる時代の始まりを告げたというか。」
「でももう5年前になるんですねあれも。早いものです。まぁその話もまた改めるとして、ここでの倫子は智子さん的にはOKなんですね?」
「うん。ベリーオッケーね。ちゃんと直江の負担にならないように気を遣っていて、礼儀もしっかり通してる。これだったら『頑張れ倫子!』つって応援しちゃうんだけどねー。人間、気遣いを忘れちゃあおしまいよ。若いからとかそうじゃないとか、年齢なんて関係ないね。要は人間性の問題だと思う、うん。ここでの倫子はそのへんジツによくできていて、五重丸だね。自分の想いを彼に告げるにしても、川原で見つけた綺麗なガラスを、直江の思い出でもあるボートの形のそれを、そっと部屋に置いていくくらいにしなさいよ。慎ましくてすごくいいじゃん。もし邪魔ならそんなガラス、捨ててもらえば済む訳だしね。」
「まぁその評価…というか捉え方も、人それぞれだと思いますよ。それにね、これは男と女の感性の差だと思いますけど、男にしてみればガラスのボートを部屋に置いていかれる方が”重たい”ですよ。勝手に部屋に押しかけて来られるより、むしろ重たいかも知れないな。」
「なにっ!! それってマジか八重垣!? やだっ、アタシはジブンで書いてるこの座談会で、もしやセルフ目からウロコをやってんのかい! 聞きたい聞きたい聞かせて八重垣! オトコってゆぅのはそんなもん? あたし人生そこで間違った?」
「いや判りませんよ。だいいち今ここで智子さんの人生相談やってどうするんですか。それはまた今度、お酒でも飲みながら語りましょう。ね。…何だかなかなか進まないじゃないですかこのシーンが。話題を直江に移しますよ。彼についてはどうなんですか?」
「あ、直江についてか。それを聞いてよそれを。もぉあっちゅー間に進むから。えーっとね、そうねぇ。まずは何といっても前髪をおろすとこんなに感じが違うもんかと、改めてしみじみとつくづくと納得したね。まあこのアレンジ度の高さっていうのは、芸能人には必須の特性なんだろうけど。」
「アレンジ度の高さですか。確かにそうですね。馬子にも衣装とは言いますけれど、その逆で何を着ても同じような雰囲気の人っているじゃないですか。そういうタイプはまぁ、芸能人にはなれないだろうと思いますね。」
「なれないなれない。もしくは全く逆をついて、さえないのをウリにしたお笑いを目指すかだね。でもそれにしても前髪を下ろす下ろさないでこれだけ感じの変わる中居さんは、つまりは額が秀でてるんだろうなー。輪郭がこれまた完璧でね。神さまもエコヒイキしたもんだよ全く。」
「まぁ確かに額は広いですね。人相学的にもかなりいい相だっていうのは、何かで読んだ気がしますけれども。」
「人相まで味方につけちまったら、もぅあんまり怖いもんはないよなー。でもってねぇ、このシーンで重要だと思うことがもう1つ。この部屋の乱れ方っていうのは、直江の暮らしぶりを、ひいては彼の内面を表してるんだと思わない? 謹慎になってからというものこの人は、多分まともに食事してないよね。山盛りの灰皿と酒瓶と空き缶。死期を悟った人間は健康管理はあんまりしないだろうけど、なんかもぅ医者としての仕事以外は、どうでもよくなってるんだろうね直江って。生活も、心の中も。」
「床の上にまで何か、書類なんだか資料なんだか、バサッと紙が投げ出されてますもんね。テーブルから落ちたのをそのまま拾わずに放ってあるという感じで。」
「乱雑かつ無味乾燥。そんな部屋で独り、暮らしている直江か…。でも心のどこかには、寂しい、悲しい、救われたいという自然な叫びがある訳でね。そのあたりのこともこのシーンでは、丁寧に描こうとしてるんじゃないかな。『忘れよう、お互い。』って言っておきながら、直江は呼び止めるように倫子に石倉の様子を聞いている。それに対して倫子が答えた『すごく寂しがってます。』っていうのが、本当は倫子自身の思いだってことも直江には伝わってるんだよね。ここで倫子を見る直江のアップは、そういう、結びつくことができない心と心の微妙なやりとりみたいなのを、十分に語っていたと思うね。
で、倫子は、振りきるみたく『それじゃ』と言って部屋を出ようとして、手袋を出す時にポケットからあのガラスのボートを落とす。それを直江に見せたところから、『真夜中のナイチンゲール』が流れ出すのよ。ビデオ見てて私は思ったね。ああ、ここで流れるこの歌は、まさに直江の”恋”の象徴なんだって。画面には直江と、倫子がちょっと掲げてみせたボートが光を透かすさまが重なって映っている。じっとボートを、その向こうの倫子を、さらには終わり近い自分の時間を見つめる直江。今ここで倫子の手を取れば、自分のことが好きだと全身で訴えているこの女性を抱きしめれば、煌くばかりの幸福が待っているんだと、囁く声が直江の内部にある。でも彼に聞こえるのはそれだけじゃない。もっと大きな死神の声がある…。そして立ち尽くす心弱い青年・直江。どうすることもできない恋心を、胸の奥深くに渦巻かせて。
この”恋”を鮮やかに象徴しているのが、まりやさんの歌声なんだよねぇ。ガラスのボートをテーブルに置いて倫子が出ていってしまったあとも、曲はずっと流れている。新しい酒を手に取ってみても、打ち消せない彼女の余韻。ソファーの背もたれに頭を乗せて、直江は目を閉じ溜息をつき、再びひらいて虚空を見やる。そこでタイトルバック、シーンチェンジ……鮮やかなもんですねぇプロデューサー! ディレクター! 演出家さん!(笑) 表現したいものがちゃんとあって、それにきっちり向かい合ってる感じがしますよ。いやぁお見事お見事。さすがはドラマのTBS。」
「へぇ、久しぶりの大絶賛ですね。文章も謳ってるし、楽しそうじゃないですか。」
「おお。こうやっていろんなことを確認できたり発見できたりするのが、この座談会を”やる方”にとっての醍醐味だったりするかんね!」
■ナースセンター〜石倉の病室■
「今日も元気なナース志村。新しいたんぽぽを持って彼女が廊下を歩いていく、ここまでで主題歌は流れ終わるのね。BGMとか主題歌っていうのは、画面の空気を変える力があるからね。ここで物語は現実に戻ったと、そういう感じになるんじゃないのかな。」
「そうですね。音楽はドラマのカラーを変えますよね。選曲者のセンスが問われるゆえんです。」
「だけどさ、話は違うんだけどもこのたんぽぽ、こうやってビニールごと持って歩いてるってことは倫子は病室で植える気なんだよね。いいのかね患者のいる病室で土いじりなんぞしても。」
「さぁ、実際はどうなんでしょうか。傷口はもうふさがってるんでしょうし、特に雑菌からの感染は気にしなくてもいい石倉なんでしょうけど。」
「でもねぇ。花屋さんで売ってる鉢植えって全部ちゃんと消毒してあるからいいけどさ、これって土手に咲いてた野草だしょー? かなりワイルドなことになってるんじゃないかと思うけどねー。まぁそれはいいや、ここでのメインは石倉だから。この前のシーンではちゃんとお粥も平らげて調子よさそうだったのに、急に具合悪くなっちゃってるね。」
「ええ。多分今までのあの元気は、むしろ精神的なものだったんじゃないでしょうかね。直江に手術してもらって、もうこれで大丈夫だと信じたから、一時的にでも病気を押さえることができたんでしょう。その方が驚異的なのかも知れませんよ。」
「だよねぇ。しかし直江先生に見てもらわないとどうも調子が悪いって石倉さん、そうハッキリ言っちゃあドクター小橋の立場がないじゃござんせんか(笑)」
「これはもう石倉の個人的な思い込みですよ。信念ていうか。何せほら、直江の手術で自分は治るんだと信じたことで、本当にいっとき回復しちゃったほどなんですから。これで石倉がもし、直江と小橋の医者の腕を冷静に比較できるような合理的なタイプの人間だったら、多分直江も彼に真実を告知したんじゃないでしょうか。」
「あ、それは言えた。オレのカラダは直江先生に預けた!みたいな患者だからこそ、告知は受け止めきれないと判断したんだね。でもって石倉はここでさ、他に悪いところが出たかねって聞いた時の倫子の反応で、決して明るくはない自分の現実を、1つ悟っちゃったんだと思うよ。石倉は合理的じゃないし、シャープでクールな考え方なんて全くできない古い人だけど、でも苦労によって培った”人を見る目”はハンパじゃないからね。いつか手術の前に直江が言った通り、これから石倉は自分自身で、死を悟っていくんだろうね。」
「切ないですねぇ…。でもここでの小橋はなかなかいいタイミングで、病室に入ってきたじゃないですか。」
「そうだね。なんか七曲署のヤマさんみたい(笑) 調子の悪い原因は歳だなんて言って老人の泣き所を突いてくるし、なかなかやるじゃないかいドクター小橋も。」
■エレベータの中〜医局■
「石倉の病状について話しながら、病室とはまるで違う悲愴な表情の2人。エレベータの無機質な機械音がいいですね。」
「石倉はもう衰弱が始まってるのかぁ。癌患者の特徴って”やつれ”なんだってね。いくら以前よりは治せるようになったといっても、やっぱ怖い病気だよね癌は。そりゃ怖くない病気なんてこの世にないけども。」
「まぁお医者様でも草津の湯でも、治せない病気もありますけどね。」
「直江病か…。」
「確かにそれも一種です。爆発カラスも特効薬ではないみたいですし。」
「だってあんた生スマ見たぁ? Vestバトルでの超マジメなアップは、ありゃ十分に美形ショットでございましょうが! 爆発してようとしてまいと関係ないね。」
「いえ僕はそういう見方はしてませんから。男が『中居、綺麗だなー』なんてうっとりしてたらブキミじゃないですか。」
「まぁそれもそうだわな。でもって国民健康保険って、これこれの薬は月にどれだけ、って基準が決まってるんだねー。そんなん全然知らなかったよ。」
「僕も知りませんでした。滅多に病院行きませんからね。」
「高い薬なのかしらんアルブミンって。フロノスと違ってこっちは実在しててもおかしくないよね。」
「制限があるってことは高いんじゃないですか? ただの消化剤とかだったら無制限に処方してくれそうですし。」
「しかし小橋もさ、石倉には直江先生じゃなきゃ駄目だって言われるし、倫子には直江先生だったら何て言うだろうってつぶやかれてるし、立場ねぇー!(笑) このドラマで一番正しいことゆってんのは小橋なのに、むくわれない人だなぁ。」
「倫子のつぶやきには小橋も、一瞬だけムッとしたかも知れませんね。でもあくまで穏やかに話ができる大人なんですよ小橋は。」
「そうだね。いい先生には違いないよね。」
■直江の部屋■
「小夜子ってさ。やっぱ色気足んないよね菊川さん。てゆーかハッキリ言って芝居がイマイチな気がする(笑) どの場面でも目の表情が変わんないんだもん。笑ったり驚いたりの表情じゃなく、目ね。視線が同じ。」
「ああ…判りますそれは。単調な感じがするのはそのせいなんですね。」
「フロノスを小夜子はさ、データを取るための研究用って名目で持ち出してるんだね。引き換えに直江は精密なデータを、自分の体そのもので実験した正確きわまりないそれを渡してるのか。すげー取引。」
「怖いですね。直江って死神と直接交渉してるみたいな感じですよね。」
「あ、それはいい表現だよ八重垣。死神との直接交渉。できる人間はそうそういないだろうね。でもってここで直江が小夜子をまるで犯すみたいに抱くのはさ、これは倫子の面影を振りきるためと思って間違いないね多分。」
「ええ。そのためにカメラはわざわざ、あのガラスのボートを映してるんですよ。」
「『帰らないでくれ』っていう直江の表情にはさ、複数の女を弄ぶ悪い男というよりは、何か切羽詰った、駆りたてられるものを感じるもんね。これが前回言った”半透明であること”なんだろうな。
ドラマにおける直江庸介というキャラクターは、決してそれだけでは存在しない。演じる俳優を通して初めて、視聴者の前に像を結ぶ。中居さんの直江は、『無頼で高慢な天才外科医の危険な魅力』というよりも、『不治の病に冒され苦悩にのたうっている、本当は誠実で優しい青年』という半透明のフィルターがかかるんだよね。これこそが、”中居正広”が直江庸介を演じる価値というか、意義なんだよ。
仮にもしこれを吾郎が演ったとしたら、中居フィルターを通しての結像とは全く別のキャラクターが誕生する…。それもまた直江に他ならず、唯一無二の正解はどこにもない。原作者のイメージだって絶対の拘束力は持たないよ。選ぶ権利は見る者だけにある訳でね。私の直江は私だけのものさ。ぬわんちって、へっへっ。やだん智ちゃん恥ずかしー。あたしって純情―!」
「何を自分で言って照れてるんですか。よく判らない人ですよね。」
「でもさぁ、どうせだったら小夜子のことはベッドまで連れていくんじゃなく、このフローリングの床に引きずり倒してほしかったね。全部を脱がせる必要もないよ。ケモノのようなまぐわいこそが似合う。済んだあとは話もしないってヤツね。一方小夜子ったら仕事中なのにそーゆーコトして、急いで会社に戻ったはものの会議には遅刻、上司に怒鳴られつつも心は夢うつつで、我が身に残る情事の埋み火を反芻している…ってところでしょうなぁ! やだーみんな大人ぁ! きゃぴきゃぴっ♪」
「全く、純情が聞いてあきれますね。」
■ナースセンター前の廊下■
「トリオロス大部屋のショートコント。ゴルフのスイングの真似して点滴管を引っぱっちゃうのがよかったなー。」
「入院が長くなると、病院が自分の家みたいな感覚になっちゃうんでしょうね。この3人はもう友達というより、家族感覚なのかも知れません。」
「猿田さんがさ、『僕の心にも春がきたって感じかな』ってニッコリした先に柴田2号がいて、ゲッとなってるのがいいね。」
■石倉の病室■
「やっぱ直江は前髪上げた方がいい! 美形度4割UP! きゃー!」
「4割ですか。それはまた微妙ですね。」
「いや幸せのシだよ。でも石倉はもう『春』1曲も吹ききれないほど衰弱しちゃってるんだねぇ。信頼し敬愛する主治医の先生に、ハーモニカを聞かせることで自分が元気になったことを伝えたい。それが何よりの感謝の気持ちだと、そういうことなんだろうにね石倉の真意は。」
「そうですね。ハーモニカを吹くことで感謝を伝えたかったんでしょうね。でも途中で咳き込んでしまった。横になってからも石倉は胸の上のハーモニカを、こうやって撫でてるじゃないですか。何かこう、たまらないですよね。可哀相というのとも違う、やるせないというか。」
「本当だよね。消えかけた灯が必死で燃え上がろうとしてるみたい。引きずりこまれるよね、ドラマ自体にも。」
■院長室■
「親馬鹿になっちゃってる行田院長。娘婿候補の小橋に対して、まずは褒めるところから入るあたりがクセモノだね。教授に小橋を返せと言われて断ったってクダリも、言い直せば『うちの病院はあなたでもっているんですよ』ってことじゃん。そうやって信頼と評価をアピールしておいて、次には、あなたの理想が叶うんですよとくすぐる。そして最後に娘の話を持ち出すというね、巧妙な心理作戦だよこれは。」
「やり手ですからねこの院長は。相手を説得したり恫喝したり、いろいろやってきているでしょうから。」
「だけど『三樹子の経営センス』ってさぁ、そんなにあるとも思えないけどね。経理手伝ってるだけで経営の勉強とは言いがたいし。ここんとこが親馬鹿だよね。」
「ここで印象的なのは、その話をしている時の院長の手ですね。自分の膝を掴むみたいに、かしこまった感じで手を置いてるんですよ。病院の経営者が、自分が雇っている医者に対してとる態度じゃないですよね、これ。」
「ああ、それはもぉ津川さんサスガだよね。小橋に押し付けがましいと取られないように細心の注意を払ってるんだ。三樹子は三樹子なりに苦労していて、それが不憫でなおさら可愛くて、だから幸せにしてやりたいんだという、”人の親”の顔も見せててね。」
「そこへ直江が入ってきて、今度は彼との会話になりますけど、そこでの態度と比べると気遣いのほどがよく判りますね。」
「うんうん、直江に対しても言葉は選んでるけど、1歩下がったような態度じゃあないもんね。あくまでも自分が院長。それに、直江が部屋に入ってきたんで院長は小橋との話を中断して、この件についてはひとつよろしくとか何とか言って頭を下げてる。この姿を直江に見せることで、一種のデモンストレーションというか…この病院を自分の天下とは思うなよ、みたいな釘を刺してるのかも知れないね。」
「部屋に入った途端、直江は空気を読むでしょうからね。そういうところの鋭さが、直江の直江たるところです。」
「しかしまた直江もさ、こうして院長室に来る前に、真っ先に石倉の病室に行ってハーモニカを聞いてるんだよね。それだけ石倉が気になるということでもあり、組織や建前は二の次だということでもあり。とにかく真っ先に院長のご機嫌を伺いにくるという、セコい男じゃあないんだな。」
「そんな直江に対する院長の開口一番もなかなかシニカルですよ。小橋に対しては、褒めて、くすぐって、それから本題という流れだったのに、直江にはまず鼻先にパシンと1発繰り出しておいて、それからあやすように褒め言葉を続けています。」
「『あなたのような優秀な医者』だもんね。ちょっと歯が浮きそう。でもってそこへ入ってくる三樹子はこれまたノックをしない。どうなんだろうねこの演出意図は。常識だってばよ自宅以外でノックをするのはよ。まぁ特別室のベッドに靴のまま寝そべるような父親だからな。この親にしてこの子ありか。」
「またずいぶんと古いことを言いますね。ほとんど死語ですよそれ。」
「そっか。えっとそれで何だ、三樹子もドアをあけたとたん直江がいることを察しながら、ことさらに何でもない態度で、『あら直江先生』とか言ってるね。娘のその不自然さを悟っているのかいないのか、院長はそこで結婚話を口にする。軽くうろたえる三樹子に、『直江先生なら大丈夫だ』って言うのがうまいね。信頼に見せかけた牽制。」
「確かに牽制ですね。でも直江はもともと、三樹子にも院長の椅子にもさしたる執着はありませんから、挨拶も済んだしさっさと出ていこうとする。そこへ院長は最後のクギを刺すんですね。」
「直江先生にはむしろご理解を頂くべき事柄だって話ね。院長はここで直江に宣告してるんだよね。医者として、また男としての彼の立場を。三樹子を妻にしてこの病院を継ぐのは小橋であると、院長であるこの自分は決めたのである。それに従うならお前にも今まで通りの地位と権利を認めよう、とね。看板外科医…どうだいい響きだろうって感じ。」
「可哀相なのは三樹子ですよね。男たちのかけひきの中で、事実上は道具扱いなんですから。」
「親っていうのはさぁ。子供を育てたらそのあとは、バッサリと手放してやるべきなのかも知れないねー。別居しろとかそういうことじゃなく、精神的にさ。幸せにして『やりたい』なんておこがましいっつの。何が幸せなのかなんて誰にも判らないんだから。」
「それはそうですね。院長ももう少し、三樹子自身の話を聞いてやればよかったんですよね。」
「何にせよ相手の話をまっすぐに聞くっていうのは大事だよ。自分独自の解釈と見解はちょっと置いといて、この人は何を言いたいんだろう、何を伝えようとしてるんだろうってね。」
■ナースセンター■
「高木センパイは健気だねぇ。好きの嫌いの告白するよりか、何よりも仕事において小橋先生の信頼を得ようと努力してるんだろうな。レントゲン写真を間に真剣に話し合っている、この瞬間が彼女の全てなのかも知れないね。」
「そうですね。多分智子さんも高木系なんじゃないですか?」
「はっはっはっはっ、ザッツライト八重垣。アタシもぜってーそうすると思う。でもってそんなコトゆってるうちに婦長のようになって、若いのにケムたがられるのかも。」
「いや後半についてはノーコメントですけど、せっかくの2人の至福の時間を直江によって奪われた高木が、ちょっとうらめしそうに倫子を見るのがよかったですね。」
「ああ、直江が来たのを見て小橋は、『ちょっとごめん』つって立ってっちゃったんだもんね。石倉さんは低栄養状態だから、何だっけ、アミノなんとかを増やした方がいいって…。それに対して直江はアルブミンで行くと言い張り、すわ口論かという気配に物見高い看護婦たちは喜ぶの何の。いるんだねぇどこにでも。こういう下世話が好きな奴って。」
「『対立する2人の美しき外科医』でしたっけ? まるっきり何かのタイトルですよね。」
「病院にはアルブミンがない訳じゃない、あるものだったら使えばいい、とこれまた強引な二段論法を突きつけてさっさと行ってしまう直江を、何て奴だ…みたいに見送る小橋をさ、その奥でじっと見てる高木センパイがリアルねぇ。叶えてあげたいね彼女の気持ちは。こんなに好きなんだから振り向いてやれ小橋! 多分どんな女と結婚するよりも君は、充実した人生を送れるぞぉー!」
■屋上■
「例によってお気にいりのベンチで煙草を吸っているドクター直江。この場所はすっかり倫子に覚えられちゃったね。」
「倫子の後ろの空が、抜けるように青いのは象徴的ですね。天気はスタッフの思い通りにはならないでしょうけれど、これはいける、くらいに思って撮っているかも知れませんね。」
「行こうとした倫子を呼びとめて、起き上がって煙草を消してる直江の姿勢がいいよなー。なんかけっこうワイルドっぽくて。」
「屋上でサボっている間に直江は、石倉にアルブミンを出す方法を考えていたんでしょうね。生活保護を受けている患者がいるかどうか倫子に聞いて、小橋の患者にいると判った時は、『またあいつ絡みか…』みたいに思ったんじゃないでしょうか。」
「熱血小橋をどうごまかすか、あるいは説得するか。次の作戦を立てようとしていると倫子が、『煙草、吸いすぎなんじゃないですか?』なんて、今の直江にしてみればノンキなことを言ってくる。邪魔ってぇば邪魔だよね(笑) 考え事がある時にこのタイプは。」
「このシーンもまた、心情描写のための手段でしょうね。直江の部屋に自分から謝りに行って、忘れることにも同意したはずなのに、直江があまりに平然としすぎているせいで、倫子は気持ちの収まりがつかなくなるという。」
「まぁね、そういう心理は確かに納得できるけどねー。ハーモニカのあと石倉の病室から廊下に出た時とか、ナースセンターに直江が入ってきた時とかに、倫子はそのたび直江に話しかけようとして無視されてるでしょう。それでなんかアタマきちゃったっていうのもあるんだろうけど、ドラマとしてはともかく個人的には、こういう図々しい女はやっぱ嫌いだ(笑) 先生の涙は忘れられないって、言わないでやれそのヒトコトは! 涙を見られたことは不覚だと、そう思う男だろうアンタの好きな相手は! 自分に嘘をつくのが大人なら私は大人じゃなくていいだなんて、ッたくもって甘っちょろいなぁ…。私が男だったら多分、勘弁してくれよと思うなこういう女は。」
「今度はまたずいぶん辛口ですね。でもここでの直江には余裕があるというか、サラリと躱されてますよね倫子は。」
「直江は今、アルブミンをどうするか考えてる最中だからね。ちょっとそれどころじゃないって感じなのかも知れない。河岸を変えようとばかりその場をあとにして、ドアをあけると今度は三樹子がいたりして(笑) ッたく、モテモテの庸介くんもツラいやねー!」
「三樹子はこの時はドアの内側にいましたけど、一度屋上に姿を見せていて、2人のやりとりは目にしてるんですよね。けっこう距離がありましたから、会話の内容までは聞こえなかったかも知れませんけれども。」
「ここでさ、ドアあけた時の直江の表情は見えないじゃない。三樹子はニコッと笑いかけてるけど、カメラに映ってるのは直江の背中。それでも彼がどんな顔したかはさ、ちゃんと想像できるよね。一瞬驚いて、でもすぐに感情を殺したいつもの目に戻って。」
「そうですね。ここで顔を映さなかったのはいい演出だと思います。」
「そういう直江に対し、『喧嘩? 仲がいいのね』って言う三樹子はちょいと皮肉がききすぎだなー。言いたい気持ちも判るけどもね。ドアの外にはコドモな女、内にはシニカル女じゃ直江もたまるまい。ちとタイミングが悪いな三樹子さん。」
「直江が言った『当直だ』の一言は、さもうるさそうでしたよね。何せアルブミンのことで頭が一杯なんですから。」
「階段を下りていってしまった直江にとりつく島はなく、恨めしい目で屋上の方を見上げる三樹子は、これは女のカンって奴だね。何だかんだ言いながら倫子には言葉を返していた直江なのに、自分のことはピシャリと拒絶した。直江の心をどんどん倫子が占めてきている。それを三樹子は直江本人以上に、敏感に感じ取ってるんだと思うよ。」
■レストラン■
「この場面を見た感じでは、小橋は三樹子に対してまんざらでもないっていうか、少なくとも嫌いではなさそうな手触りですよね。」
「そうだね。小橋としては自分よりも三樹子の、”気分”が気になってるんじゃないかな。こんなふうにまるで政略結婚みたいに、親しくもない自分との話が持ち上がっていることを本当はどう思っているのか。男と女としてよりもまず、小橋は三樹子に人間同士で近づこうとしている? そんな感じがするよね。」
「ですけれど三樹子の方こそ何だか、小橋の話を逸らそう、逸らそうとしていませんか。小橋は真面目に質問しているのに、先生にしてみれば迷惑でしょう、と立場を繕って逃がしてやろうとしている。」
「この時の三樹子は自分自身の手綱を、ちょっと取り損ねてるんじゃないかな。彼女は本当は今夜、直江と過ごしたかった訳でしょ? きっと直江の気持ちを確かめたかったんだよ。なのにああもあっさり躱されちゃって、逆に小橋の方から食事に誘われた。宙ぶらりんの気持ちのままで三樹子は小橋と向かい合ってる。もし直江からは既に『お前とは遊びだからこれで別れる』とでもきっぱり言われてりゃあ、小橋に向ける態度も違ってたんだろうに。」
「そうですよねぇ。だから小橋の誠実な視線には、とまどい…じゃないな、良心の呵責でもないし、何か変に落ち着かないものを感じるのかも知れませんね。」
■居酒屋■
「ここでの高木センパイはすごく好き! 倫子とのやりとりもいい! 2人で頼んだにしちゃテーブルの上が賑やかすぎる気もするけども、女同士のやけ酒大会としては実に可愛いリアリティがあった。『どうでもいいのに印象に残ったシーン』のベスト1だねここは。」
「ええ、高木は可愛いですねぇ。もしここでたまたま隣の席にでもなっていたら、全然知らない相手でも慰めてあげたくなっちゃいますよ。」
「ほっほぉー。なるほどなるほど、それでこそフェミニスト八重垣だ。そして何かね、介抱すると見せかけてそのままホテェルに直行かね。」
「うーん…。それは相手次第ですねぇ。こっちから強引には誘いませんよ。それって何だか卑怯じゃないですか。」
「おやそれはまた紳士的ナ。座談会だからそんなこと言ってるだけじゃないの?」
「違いますって。最低目的は携帯ナンバー聞き出す程度で、是が非でもってことはありませんね。でももちろんそこで相手がね? 帰りたくない、とか言うんだったら、そりゃあ健康な男としては、仙人みたいな真似はしませんよ。ええ。…って正直だな俺(笑)」
「まーな、やけ酒女は陥としやすいからな。寂しさとか悔しさを紛らわすイチバンの方法はSexだから。これはアタシも譲らない持論。うん。でもって案外ねぇ、体から入ったつきあいは所詮その程度だって言うけど、アレは嘘だよね! まぁ確率としては少ないんだろうけど、そっから始まって正解だったってパターンもあるから。」
「ええ、ありますね。間違いありません。」
「…今さ、あんたこの座談会始まって以来の、深〜〜〜いうなずき方したよね八重垣(笑)」
「え、そうですか?(笑) いやぁー…そんなことないと思いますけどね…。」
■街角■
「やっぱり小橋は判ってないシリーズその1。食事だけで女を帰すな、バァくらい行け!」
「ああ、この感じなら行ってはいないでしょうね。特に説明はありませんけれど、レストランを出て少し歩いただけの歩道なんでしょうねここは。」
「だと思うよ。並んで歩いてても距離感があるもん。これが不思議なもんでさ、あの止まり木でお酒飲むと、腕組むくらいは平気の距離になれるんだよねー。」
「それはありますね。グラスを片手に洒落た会話、これが異性とのお酒の楽しみ方です。」
「だよねー。思い出話とか、サラッとえっちな話とかね。それを通して相手との相性とか、好きな気持ちの度合いとかを計る。ラブゲームの第1段階はそこから始まるっていうのにさ。」
「でもラブゲームなんて意識は、小橋には全くないんじゃないですか?」
「ねー。そこがつまんないんだよこの人は。続いてその2。唐突に『タクシー拾いましょうか』って言うな。三樹子さんこのあとどうします?って聞け。
その3。『先生。』って呼ばれて『はい』って言うな。シラケるから。
その4。人生の中でちょっとだけでも自分のことを考えてみてくれと言われたら、そんな困ったような顔しないで、お世辞でもいいからうなずいてやれ。せっかくアンタが誘ったのに、三樹子にはかえって煮え切らない虚しい思いを味わわせちゃったから、彼女はやるかたなくて当直の直江を襲いに行ったのだぞ。男として恥ずかしいと思えよ全くもー。」
「襲いに行ったんですか三樹子は(笑) 確かにあの毛皮は猛々しかったですけどね。」
「小橋ってさー、言い方悪いけども、こと女に対してはさ、キチンと躾けられた犬みたいな感じなんだよね。おあずけを解かれるまで絶対に手は出さないだろうし、吠えもせずじゃれつきもせず、ましてや襲いかかるなんて夢にも思わない。その点三樹子はというと、警戒心と闘争心が人一倍強い野生の豹に、牙を突き立てられる悦楽を知っちゃってるからな。物足りないのは至極当然のことよ。」
「なるほどね。直江は野生の豹ですか。」
「うん。猫科だろうあのオトコは、ぜってー。」
■商店街■
「高木センパイと飲んだくれて、ただのヨッパライと化している倫子。果たしてスクーターはどうしてるんだろうね。飲みに行くっていうんで病院の駐車場に置いてあんのかな。自転車と違って飲んだら乗れないもんね。」
「いえ自転車だって駄目なんですよ? 立派な道交法違反です。まさか智子さん、酔ってポルシェ乗り回してるんですか?」
「ノンノン。飲む日は非常階段下の定位置に置いてく。てゆーかあたしはね、HP始めてからってモンは、会社帰りには驚くほど飲みに行ってない。年に1回、あるかないかだね。」
「ははぁ…。じゃあ肝臓にはありがたい話ですね。」
「うん。HPは健康にいいぞ。まぁそれはともかくここでの母と娘の会話には、こないだの宇佐美繭子事件での伏線が活かされてるね。娘の勤めてる病院には直江というカッコいい先生がいると、清美にはしっかり印象づいてるんだ。」
「なるほど。それが最終回にむけての新たな伏線になるんですね。」
■医局■
「小橋に手ごたえを得られなかった三樹子は、やはり野生の豹の熱く鋭い牙を求めてしまう訳だ。このあたりの心理は同性として実に納得できるね。こういう夜は何としても、歯だけシャカシャカ磨いて寝る訳にはいかんのよ。体の奥で燃える炎は、それ以上の熱をもってしか消すことはできない。消してくれるのは直江しかいない。」
「でも直江は、今夜三樹子がここに来るとは思わなかったでしょうね。というか自分以外の人間のことを今は考えていないでしょう。」
「そうだろうね。あの長い煙草の灰が、彼の漂っていた時間の虚ろさを物語ってるよね。でも、三樹子がここへ何をしに来たのか、小橋とは違って一瞬で感じ取れる直江は、そういう彼女を拒むのではなく、ある意味煽りたてている。煽ろうと思ってる訳じゃないんだけどね。この2人は欲望の成熟度が近いのかも知れない。」
「こんなところに来ていていいのかと言われて、三樹子がカシャンとドアをロックするのは、その煽りたてられた心にまかせて戦闘態勢に入ったってことですよね。」
「そうそう、まさにそう。ロックを回す三樹子の手のアップのあとは、直江のつけたライターの火のアップ。『気になる?』と艶然と笑って近づいてくる彼女に、直江の投げる言葉の残酷な誘惑。『そっちが気になるなら帰れ。』…こぉれはもうねー! これ言われて帰る女がこの世にいるかっつーの! ただの『帰れ』じゃないんだよね『帰れ』じゃ! 小橋というライバル…でもないな、何だろ、当て馬?…」
「当て馬なんですか小橋は(笑) ちょっと男としてそこまで言われたら、小橋に告げ口してこの場に引きずり出したいですね。」
「まーまー当て馬はソッチに繋いどいて(笑) 小橋との話が気になるなら帰れ、気にしないというんなら、…てんてんてんてん…。これはつまりイコール誘いのコトバだもんねぇ。と同時に、三樹子と小橋2人のことは、俺には関係ないという含みもある。小橋ではなく俺の元にいろとは、絶対に言いません宣言なんだよね。俺と何をするもお前の意志。お前が望んだことなんだと。つまり俺には何も求めるなと。体を重ねること以外は。そう言われちゃあ三樹子も攻撃的になるよな。直江の指から煙草を奪い取るくらいはするであろう。」
「憎しみの表情で三樹子が直江の正面に屈んだところでカット、っていうのが逆にいいですね。多分旧作の『白い影』っていうのは、このあとに2人の激しい絡みあいが続いたんでしょうけれども。」
「そう、ここでカットされた方が想像は無限に広がるからね。まぁこの中居正広というヒトが、そう簡単にベッドシーンはOKしないだろうとしても、この先を見せないのは効果的だよね。」
■病院内■
「ただ、この場面転換には一瞬とまどった(笑) 走り回って探しても見つからない直江は、まさかあのまま医局で気でも失っているのではないかと(笑) そしたら旧館でレントゲン撮ってたのね。わざわざ旧館でっていうのが秘密めいてていいじゃんか。」
「この建物がまた、すごく”旧館”らしいと思いません? 何とも古めかしくて。」
「そうなんだよね。これも実際の病院なんだろうけど、雰囲気あるなぁと思った。んでも後姿の直江が聴診器を首にかけるとこ、なかなかSexyだったなぁ。さっきの、濃厚な抱擁を映さないのがかえっていいのと同じで、服を着終わったところを映されることで、逆に妄想が広がるんだよね。…ぐふっ。」
「やめて下さいその不気味な含み笑い。僕は医局で寝ていた神埼先生がおかしかったですね。だって、あの場所は多分夕べ、2人が…(笑)」
「オイオイ八重垣(笑) キミも妄想してんじゃん(笑) やっぱ床の上ってコトはないもんねぇ。フローリングより痛いんだよ、リノリウムって。」
「はいはいそのへんで止めといて下さい。日曜劇場なんですからこれは。」
■石倉の病室■
「倫子があれだけ慌てていたのは石倉の容態の急変だったんですね。衰弱が始まって抵抗力が落ちてしまったから、風邪に似た症状になるんでしょうか。」
「さあ、そのへん専門的にはどうなんだろうね。でもアルブミンで対応できると判っている直江は相変わらず冷静。部屋を出たあとでレントゲンフィルムを忘れたのに気づいてハッとするところ、何気ない動きと表情なのに引き込まれちゃったな。もうこの第5回あたりでは中居さんは、ほぼ直江になりきってたからね。見ていても何ら危なげなくて、一挙一動に心を預けられたかな。うん。」
「廊下に出てきた倫子が、アルブミンはもう出せないんじゃないかと言った時に直江は、バッと彼女の手を掴みますよね。ここで地声でそれを言うなということなんでしょうけれども、その瞬間ドキッとした倫子の表情もなかなかよかったと思いますよ。」
「うん、あれは心臓ひっくり返るよなー。不意打ちだけに衝撃は大きい。反応しちゃうよ大人だったら。…まぁそれはいいや。すぐに石倉の奥さんが2人を追いかけるみたいに廊下に出てきて、その時の直江の態度は、まさに名医の貫禄だよね。」
「治療費の話なんていうのは、患者側として一番言いにくいことじゃないですか。でも直江の『安心して下さい』の一言で、奥さんは心底ホッとした様子になりますよね。このあたりはすごくリアリティがあったと思います。」
「でもってまたさぁ、中居さんの睫毛が滅茶苦茶なげーんだ! 窓から差し込んでくる光を透かして、いや綺麗なこと綺麗なこと。カメラマンの視線もあの睫毛にあったんだろうなぁ、なんて思ったよ。」
「かも知れませんね。あれは目を引くでしょう。」
「倫子もことあるごとに思ってるんだろうね、直江先生って綺麗だなぁ…とは。アルブミンの用意を指示して直江が行ってしまったあと、彼の指の感触が熱い自分の手首を、彼女はそっと押さえる。判るねぇこれは。すごくよく判るね。」
「目には見えない火傷と同じですよね。掴まれた感じがありありと残っているんでしょう多分。象徴的ですけど、かなり官能的なワンシーンです。」
■ナースセンター■
「意地悪婦長、炸裂〜! 『何そのアルブミン』て聞かれた倫子の応対も要領最悪だけど、『あなたねぇ』って婦長の言い方も、毒と棘をガリガリに含んでて、しかもネチョ〜ッと粘着質。やだやだ。こういうオバハンにはなりとうないぜ!」
「まぁ男の上司にもいますけどね。何を言うんでも一言嫌味添える奴とか。あれは嫌ですねぇ。人の振り見て我が振り直せで、そういう人には反面教師になってもらいましょう。」
■医局■
「あのねー、ちょっと意地悪かも知んないけど、アタシこのシーンには倫子はいない方がよかったと思う。それと神埼も(笑) なんであそこで一瞬だけ彼が口を挟んだのか、よぉ判らんのよねぇ。いいじゃん医局で寝てただけで。」
「もしかしたら伏線にするつもりもあったんじゃないですか? 結局は使われませんでしたけど。」
「伏線て、直江が小橋によからぬことを頼んでいたと、あとで院長にバレるとかそういうこと?」
「ええ。だってあまりにも唐突な感じがしますでしょう。それに神崎って、今までにもちょっとしか登場してませんけれども、何だかヘラヘラと調子のいい、口の軽いタイプに描かれてるじゃないですか。」
「そうだよねぇ。なんか、ペラッとしゃべりそうな感じだよね。やっぱこれは”使われなかった伏線”なのかしらん。じゃあまぁそれはそういうことにしておいて、ここでの直江の態度は、小橋も倫子も視聴者も初めて目にするものなのかな。あの無頼で高慢で人もなげな直江が、どうかお願いしますと言って人に深々と頭を下げてる。」
「おそらく小橋を動かした決定的要因は、直江の理論じゃなくてその姿だったんでしょうね。『この男がこれほど腰を折って頼むとは…』って感じでしょうか。」
「うん。熱血漢にはそれにふさわしい説得方法がある。それくらいは考える男なんじゃないの直江って。まぁここでの彼の言葉が全部”演技”だとは思わないけど、こうアプローチした方が小橋には効くな、程度は考えて話してると思うよ。」
「そうですね。熱血漢の小橋は、直江が言う社会批判みたいな意見には反論しても、『生きられる道がある以上、死なせる訳にはいかない』だとか、『これは生き方ではなく死に方の問題だからです』とか、『自分の命のためにどれだけの手が尽くされたかを知ることが大事なんです』とかいう、誠実な言葉には黙ってしまうんですよね。」
「なかなか見ごたえのあるシーンだったよねここは。諾するか否か苦悩する小橋が、唇に手をもっていく仕草もけっこうよくてさ。最後、『ありがとうございます』ってもう1度頭を下げる、直江の真摯な姿も印象的だった。」
「でもあれですね、小橋は段々と直江のペースに引き込まれていきますね。次郎だの繭子だのの一件は院長も知ってのことだからいいですけど、とうとう保険のすりかえ申告の片棒を担がされるまでになっちゃって。」
「真面目な男っていうのは、えてしてそういうモンなのよ。直江のエネルギーに引きずられるんだよね。これを俗に星が強い・弱いと言うのかも知んない。小橋って二黒土星の寅年じゃないか?(笑)」
■院長室■
「えらくおっしゃれ〜、なロングコートだね院長。マフラーかけて帽子かぶって、おめかししてどちらへお出かけかしら。」
「まぁこれだけの大病院の院長ともなればねぇ。政界に近いところとのおつきあいもあるでしょうし、現に特別室はその手の患者で賑わってるじゃないですか。」
「そういや三樹子が言ってたね。金に糸目をつけないのは政治家も芸能人も同じだって。お得意さんルートくらいあるのかも知れないね。でもってここでの三樹子はけっこう好きだな。すっかり乗り気の父親に対して、微妙〜にはぐらかすニュアンスがいいや。第3回あたりの訳判んない我儘お嬢では、きっぱりとなくなってるよね三樹子って。」
「ああ、それは言えてますね。後半の三樹子には存在感があってとても魅力的になってきました。」
「三樹子ってキャラをどういう位置付け・役割にするかが、後半になってきっちりと決まったんだろうね。またそれが原さんの持ち味ともうまく合ってさ、演出的にも成功したんだと思うよ。」
■石倉の病室■
「アルブミンの投薬によって少し持ち直す石倉。しかしこんなにすぐ効く薬って麻薬系じゃないのか?なんてヤボな突っ込みはやめにしよう。ドラマとしての演出だよね演出。」
「ええ、そうですよ。ここで注目すべきは石倉の表情でしょう。ハーモニカを手に取って、たんぽぽの土手で思いきり吹きたいと言った時のあの表情。あれは単に回復を信じているだけじゃない、俺にはもう無理なのかも知れないという予感をちゃんと秘めていましたよね。」
「うん。希望が7割で、3割は徐々に悟り出してる感じだね。そして彼を見つめる直江にも、それが判ってるのかも知れない。このひとはもう死を感じ始めているんだ、って…。石倉の心の襞は、死期を悟っている直江には判るはずだもんね。その恐怖も悔しさも、また諦めもさ。」
「そうなんでしょうね。石倉の表情にも直江の表情にも、同じ切なさがありましたね。
■廊下■
「これさ、気がついたかな八重垣。体温計だか何かを拾おうと屈んだ倫子が泣いているのに気づいて、『どうした』って聞く直江の口調が、ちょっと今までとは違うでしょう。ただの事務的な、何をやってるんだって意味の『どうした』じゃなくて、何かあったのか、つらいのか痛いのか?っていう、いたわる気持ちのちゃんと入った『どうした』なんだよね。直江も変わってきてるんだよなぁ。」
「そうですね。直江にとって倫子は、ただの同僚、アシスタントの1人ではもうないんですね。志村倫子という1人の人間が、女性が、直江の前には存在しているんです。」
「石倉さんをたんぽぽの土手に連れていってあげたいって言って、窓の外を見て倫子が泣くじゃない。そこで直江は彼女を見て、でもそのあと足音が少し遠ざかるんだよね。直江は多分倫子の感傷に付き合いきれなくて、いつものように彼女を残して立ち去ったのかと思いきや、『そうだな』という声が聞こえて倫子も視聴者も意外に思う。切り替わった画面の手前側には直江がいて、彼を見つめる倫子と横顔がかぶって、しんみりと言う一言、『行けるといいな…』。」
「さっきの『どうした』もそうだったように、直江は変わってきてるんですよやっぱり。最初は倫子にとって全く理解できない相手だったのが、どんどん素顔になって近づいてきている。手を伸ばせば届きそうなところに、倫子は直江の横顔を見ているんですね。」
「心情描写の第5回か。確かにその通りだね。」
■川原■
「この川原のシーンはさ、もしかして偶然の産物というか、自然の賜物なんじゃないか?と思った。油絵みたいな鈍色(にびいろ)の空が実にドラマチックで、最大の幸福と最大の不幸を塗りこめたような感じじゃんか。自然がプレゼントしてくれたこの偉大なキャンパスを、見すごすスタッフではなかったと。是非とも倫子を走らせてみたくなったんじゃないかと思うよ。」
「うん、可能性はあるかも知れませんね。油絵のバックのように重厚で、質感のある空ですもんね。映像詩ですよ一種の。この物語の行く先を、予感させるようなワンシーンですね。」
「鈍色の空、消え残る雪、駆けていく倫子、やがて黄金色のたんぽぽの花。ふと目を上げた彼女が見たのは、直江との”約束”であるボート。そして約束の場所は川の真ん中…。すごく象徴的じゃない?このシーン。ほんっとにまるで映像詩…それも映像叙事詩といっていいくらいかも知れないね。」
■直江の部屋■
「川原のシーンからそのまま続くBGM。場面は違っていても論理的には、一続きのシーンなんだってことがよく判るね。またこの美しい旋律と、苦悶の直江がよく似合っててねぇ。おどろおどろなBGMでは決して生み出せない凄絶さがある。」
「これもこの間智子さんの言っていた、アンタッチャブルのアリアと同じ効果なんじゃないですか?」
「まさにその通りだね。ベッドの足もとの床に散らばっているX線フィルムの束、剥き出しの注射器。激痛がその身を去るまでをただ耐える直江の姿…。このさぁ、うつ伏せから何かにはじかれるように、バッと仰向けになるとこねー? これってぜってー狙ってんだろって感じがするねぇ。深読みじゃあないと思うよ。判って撮ってんだろぉスタッフ。カメラマンとかさぁ、生ツバ飲んでんじゃねーかぁ? ッたく(笑)」
「まぁ視聴者がどんな映像を求めるか、判らずには作れないのがTVドラマでしょうからね。日曜劇場の名にかけてグロテスクな映像は避けるでしょうけれども、判る奴だけ判ればいいよ、みたいなイマジネーション・メッセージは込められていると思うべきでしょう。」
「だよねー。ベッドの上っちゅうのがこれまた困ったモンだ。人間の妄想は際限もないからなぁ。また一部にはね、それが大得意な奴ってのもいて。」
「智子さんみたいな人ですね。」
「言うなよ(笑) どうせアタシは特技:妄想だよ。しかし枕がみ…と言うべきかどうか、枕の横で光るガラスのボートを、何か遠いもののように見る直江は、これはしっかりと心情描写になってたよね。」
「遠いもののように、ですか。手を伸ばせば届く距離なんですけどね。」
■川の上■
「川原、直江の部屋、そしてこのシーン、次にまた直江の部屋と場面はくるくる切り変わりつつ、ずっと流れ続けるBGMが、それらの時間軸をぴたっと合わせてるね。」
「そうですね。小説だったら行も改めず、並行して畳みかけるように描写するところなんじゃないでしょうか。」
「ああ、言えてるかもね。漕ぎ出したボートに仰向けに横たわって、倫子は直江との会話を思い出す。『もっと近くに感じる。空も、川も…』。彼の言葉をリフレインさせながら、彼女は自分の中に湧き上がってくる嵐のような思いを押さえきれなくなるんだね。
ここの倫子のさ、祈るような仕草で自分の唇に触れるところ。これはかなり象徴的な、準・官能描写じゃないかな。倫子が思い出してるのは直江の唇の感触でしょ? それから彼の、低くてハスキーな声。むしろ面影じゃあないんだよね。唇と、声。これはちょっとなー、コドモじゃなかったら駆り立てられて当然だよなぁ。」
「確かにそうですね。唇って、立派な性感帯ですからねぇ。」
「おおびっくりした(笑) いきなりスゲーことゆってくれんなよヤエガキぃ。」
「別にすごくはないでしょう。自分だってこれくらいの言葉、しょっちゅう突発させてるくせに。」
「いやアンタが言うとびっくりすんのよ。あーびっくりした。何が始まるかと思った。」
「始めませんよ何も。性感帯くらいで驚かないで下さい。」
「そういや昔ね、何だかでみんなしてえっち系の話で盛り上がってて、誰かが性感帯って言ったら、『えっ、海援隊?』って聞き返した奴がいて大爆笑だったね。性感帯と海援隊。似てるか?どっか(笑)」
「また話が脱線しましたから戻しましょう。倫子がここで思い出しているのは直江の唇と声だっていう話ですよ。」
「うんうん、声なー。声ってねぇ、やっぱぞくりと官能に訴えるものがあるよなー。何を隠そう去年のいいともで私が初めて生中居に拝謁した時。たかだか1.4mの距離で目の当たりにしたあの広い背中はともかく、マイクを通さない生の声を聞いた時にゃあ、やっぱ背筋をムカデがこう、108匹くらいダーッとさぁ、這い上りーの這い下りーのしたもんね。五感の全てが一瞬耳だけに集中してね、『うわぁぁぁー…』ってなりましたよやっぱ。うん。中居さんの生声ってねぇ、セクシー・バリトンなんだ。じかに聞くとあんまりハスキー感はない。蕩けるかと思ったよマジで。」
「じゃあ、それと同じ声をここで反芻している倫子も、とろ〜っとなっちゃってると思っていい訳ですね。」
「ええ、そういうこったよねぇ! ちっきしょお…。」
「別に悔しがることないじゃないですか。ドラマなんですからこれは。」
「そうなんだけどもねっ! でもって声の次は唇よ唇。この器官はさぁ、言ってみりゃあカラダの内部への入口であって? 相手の内部と触れ合う場所でもあるという意味では、一種の生殖器なのかも知れないね。」
「ちょっとちょっと智子さん(笑) 性感帯より強烈ですってそれは。」
「え? なに、海援隊?」
「…自分の振ったネタ使わないで下さいよ。」
「いいじゃんか別によぅ。不思議だよねぇ人間のカラダは。前にも何度か言ったけど、心は体の中にあるからね。精神愛より明確で判りやすいんだ、肉体のヨロコビの方が。ねぇ総長。そうですよねぇ。」
「はいはいもう次にいきましょう。今回のラストシーンです。」
「ほら、総長が今パソの画面見てウンウンうなずいてるよ(笑)」
■直江の部屋■
「今までずっと流れていたBGMが、ここに来て消えている。これって今回のオープニングと同じ、曲が終わって世界は現実に戻る、って演出なんだろうね。」
「そうですね。頭と終わりにその手法が使われていた訳ですね。」
「無感動な動きでガラスのボートを撫でている直江の指。打った薬がようやく効いてきたはものの、四肢は重い倦怠感にからめとられてるんだな。そして床の上にごろりと、物体か死体のように転がって、一瞬だけ目を閉じ眉を寄せ、ボートをカランと放り捨てる…。これが、この段階で直江の出した結論だよね。倫子を迎え入れてはいけない。どんなに思いを寄せられても、彼女に応えることはできないんだって。」
「哀れですね直江が。近づいて近づいて、あと1歩で届くところまで来ているのに、やはり孤独の中に帰ろうとするのか。死神の足音をたった独りで聞いている、そちらの自分を選ぶんですね。」
「これもまた愛情の1つかも知れないけどね。心を決め、ようやく動くようになった体に命じて直江は部屋を片付け始める。いつもの自分の時間と空間。音楽をかけて、フィルムをまとめて、黒い服ばかりのクロゼットの中に…ってしかしこの封筒はさ、どういうソーティングなんだろね。日付順でもないみたいだし、アイウエオ順ってことはなし。」
「部位ごとなんじゃないですか? 胸とか、腰とか、大腿部とか。」
「そっかそっか。それはありえるね。でも人間て、ちょっとした大きさのものを秘密っぽく仕舞うには、クロゼットって場所を利用するんだねー。いやぁ実はあたしもさぁ、ライブのパンフとかうちわとかBISTROレシピとか、全部クロゼットに仕舞ってるもん。わーいわーい、おそろ〜♪」
「そんなことで喜ばないで下さいって。さてそうやって部屋を片付け終えたところに、やはりピンポーンとコール音がしますけど、多分直江は誰が来たのか、判って玄関に出ていってますよね。」
「だろうね。ピンポーンを聞いた時の目と、それに明かりのつけ方。ふぅ、と間を置いてからドアを開ける動きも、全部それを示してると思うよ。扉の向こうに立っていたのはやっぱり倫子で、自分とは正反対の決意に輝いている彼女の目を、じっと見つめる直江の表情…。このへんはさぁ、第1回めの時の中居さんと比べると、いかに役を掴んできてるかがハッキリ判るよね。複雑でえもいえぬ表現がさ、何とも自然なんだよね。無理がなくなって、作りすぎの力みが消えていて、直江だったらこうだろうなというのが、すごくストレートに伝わってくる。」
「やっぱり桁外れにカンがいいんですよ、中居は。しかも食いつきが深い感じしますよね。ぎゅっと急所をとらえたら滅多なことでは離さない、みたいな。またそうでもなきゃ芸能界という急流を、のほほんと泳ぎきれるものじゃないでしょう。」
「だよねぇ。そう簡単なことじゃないよなー。気を抜いたらはじき飛ばされるほどの急流の中に君臨し続けられる男が、ただものであるはずはない、か。…ってコレじゃ賛・中居正広論になっちゃうよ。直江だ直江。えっと、倫子が直江の部屋を訪れて、それで?」
「この部屋の映像もまた、イルミネーションが綺麗ですね。ボートに乗ってきた、と話しながら倫子が窓に近づいてくるところはガラスの外からの映像になっていて、奥のソファーに座っている直江には、映りこむ光の帯がオーバーラップしていますね。」
「ほとばしる彼への思いを精一杯の勇気で告げている倫子と、受け入れてはいけないという決意に従って、自分を繕い拒絶する直江。倫子の背中を見てる時と、彼女がこっちを向いた後とで直江の表情がガラッと変わってるんだよね。床に放り出されて寂しく光っているボートを、ショックを隠せず拾い上げる倫子に、直江は最後のとどめの矢を射る。ソファーから立ち上がり彼女の正面に立って、『俺は、君が思っているような男じゃない。』…このさ、『俺は』のあと一瞬伏せてから、じろっ、と上目使いにする中居さんの目ねー! 形が整ってるだけに怖いというか残酷というか冷たいというか全部というか、返す言葉なんか完全に封じられちゃうよなぁ。」
「もっと残酷なのが倫子を追い出す場所ですよ。部屋のドアの外じゃなくてリビングのドアの外じゃないですか。つまみ出されて背後でガチャンとやられるんじゃなく、自分で開けて出ていけって言われてる訳でしょう。これはつらいでしょうね倫子も。」
「確かにねぇ。まぁ外で泣きわめかれても近所迷惑だっていうのもあるかも知んないけどね。あの目とあの言葉で拒絶されたら、さすがの倫子も、カギもかからない中ドアを開けることはできないもんなぁ。」
「残酷ですよね。完膚なきまでの拒絶、って感じじゃありません?」
「何せ、倫子に自分を諦めさせるためだからねぇ。と同時に直江自身においても、胸の内の想いを断ち切るため。ガラスのコップを叩き割るような、ザイルをナイフでブツッとやるような、そんな気分なんだろうね直江は。倫子を追い出したあとに寝室の細い窓から、夜の川を見下ろしてる背中が悲しいよね。これでよかったんだ、こうするしかないんだって声が聞こえてきそう。心が痛い時に直江は、いつも川を見ていた。だから今もそうしてるんだね。黒く沈黙した、冷たい川を…。」
「このラストでも『真夜中のナイテンゲール』が効いてますね。切々と歌い上げる感じのまりやさんの声が、本当にドラマのイメージというか、カラーに合ってるんだなぁ。」
「そうだね。素晴らしい主題歌だよね。打ち上げの席で、まりやさんに目の前でこれを歌われた中居さんは、そりゃあさぞかし感動なすったことでしょう。いいドラマだったねぇ…ってまだ半分しか語ってないんだけどさ。」
「そうですよ。あと5回、しかもこのあとがどんどん切なくなっていきますからね。七瀬先生との再会、それに石倉の死と。」
「石倉の死かぁ。語りながら泣きそうだなアタシな。あの遺書とも言うべき手紙がまた…なんて今ここで語っちゃいけないやね。じゃあホラ今回のまとめを、八重垣。」
「判りました。えー…といった訳でですね、『L’ombre blanche』第5回をこのへんで締めたいと思うんですけれども、実は次回、第6回分のUPがですね、こちらの都合で恐縮なんですけれどもちょっと変則的に、えっと、2回に分けるんですか? 智子さん。」
「そうそうそうなのよ。ちょっとね、GWを控えて定休日がヘンなふうに振りかえになるんで、第6回の前半を26日に、後半を30日にUPすることになる…んじゃないかと思う! おそらく!」
「え、間を4日あけてのUPですか?」
「そうなのよー。いかんせんこのコーナーの1回分って丸1日じゃ終わらないの(笑) 原稿書き上げてhtmlに仕上げるには、丸々2日がかりなもんでねー。ちとご猶予を頂いて、26日と30日に分けさせて下さい。はい。」
「なるほどね。時間配分が難しいところですね。」
「うん。だけどどうせならぜってー手抜きしたくないのね。ちゃちゃーっとはしょればそりゃ半日で書けるけども、そんなアナタ直江先生の名にかけて、ソンな失礼なコトができますか。時にはスクーターの気持ちにまでならなきゃいけないもんだからね、いやはや時間がかかって(笑)」
「ま、確かに手抜きは嫌ですね。僕もそれには反対です。ここまで来たらじっくりと腰を据えて語り尽くしましょう。―――はい、ではそんなふうに変則的UPにはなるかも知れませんけれども、次回、第6回座談会をどうぞお楽しみに。パーソナリティーは私、八重垣悟と、」
「禁酒しだしたら体調はいいけど、なんかストレス溜まってる気がするぅ〜!の木村智子でしたぁ! シーユー、あげ〜ん! 爆発カラスも見慣れると美しいぞぅー!」
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