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【 第6回 】
「はい、どうも皆様お元気でしたでしょうか八重垣悟です。先月末からずっとお送りしてきているこの座談会なんですけれども、すでに折り返し地点を過ぎまして本日は第6回ということでね、お届けしようと思うんですけれども…。はい。」
「いやー全くホントにもぅ、いやはやいやはや八重垣くん。月日のたつのは早いモンだよねぇ。もうじき5月になるじゃんか。なのに直江ビジュアルは人々の心を去るどころかますます鮮やかに面影に立って、幾千の恋ゴコロをゆさぶり続けてるらしいねぇ。」
「5月末にはビデオと、それにDVDも6月には発売になりますしね。智子さんはどちらか買わないんですか?」
「うーん…。売り上げに貢献したい気持ちは山々なれど、毎週必死でCMカットし続けたMy録画にも愛着あったりするんだよね。画質とかゆうハナシになると、DVDが一番いいんだろうけど。」
「夏のボーナスで買うとか言ってませんでした? そんなに高いものでもないんですから欲しかったら買えばいいじゃないですか。」
「そうも思ったんだけどさ。どうせなら録画機能がもっと安くなってからにしようかなぁって。録画できるやつはまだ25万とかするじゃんか。パソコン1台分だよねー。これがせめて10万切ってくれればね、射程距離に入るんだけどもさ。」
「録画機能が10万を切るまでですか。うーん…。でもそんなに遠い話じゃないような気もしますよね。3年…いやひょっとすると2年くらいで何とかなるのかも。」
「画像処理技術は日進月歩だからねぇ。うん。ほしたらあの山ほどのビデオテープを編集して、第1回めからずーっと録ってあるスマスマを媒体変換したい!ってイザやり始めたらそれも何年かかるんだろうね(笑)」
「すごいことになりそうですね。まぁその話はいいですから、そろそろ本題に入りましょうよ。」
「おおそうだそうだ。いっつも前置き長いんだよなうちら。」
「ら、って複数形にしないで下さい。智子さんじゃないですか長いのは。」
「ああすまんすまん。もぉとにかくね、この第6回はアタシ的には最高の回だから。『危険な関係』でいえば第7話、ホレあの新児とちひろの自転車の回な。それに張るくらいの名作回だと思うよ。石倉さんの最期を描いた次回よりも好き。」
「そうですか。じゃあさっそくシーンごとに語っていきましょう。」
「んだね。えーっと最初は前回の復習をかねての回想シーンも含む、倫子の帰途からだね。でもってここでのポイントはね、押して歩かれてるスクーターの気持ち!」
「そのネタはもういい加減によしましょうよ…。」
■倫子の帰り道〜直江のマンション■
「ここではさ、何といってもこの風の音がいいよね。ヒューヒューと吹きぬける冷たい風。倫子の耳元と、心をなぶる氷の風。」
「それと電車の音もいいと思いますよ。倫子のうちひしがれた様子を強調するのは、吹き抜ける風と走り去る電車の音なんですね。」
「その風は多分、直江の胸のうちにも吹き荒れてるんだろな。煙草をくゆらせ酒のグラスを取り、できることなら記憶ごと滅茶苦茶に破り捨てたい気分なんだろうけど、そこへピンポーンとまたベルの音がして誰かがやってくる。この目元だけのアップがね、ホントもう何て綺麗なのかしらん。」
「まさか倫子がまた戻ってきたのかと、直江は一瞬思ったかも知れないですね。あけてみると三樹子が嬉しそうな笑顔で立っている。キャラクターにふさわしい赤い衣装ですね。」
「それにしてもさ、入ってこようとした三樹子に対して、強引にドアを閉めようとするのがすごいよね。小橋先生のところへ行け、ここにはもう来るな…。これは三樹子にしてみれば嫉妬と取りたいところだろうけど、この直江の態度で判るのは、彼は倫子に対しては本気だったんだってことだよね。必死で差し伸べられた彼女の手を取ろうかという思いは、一瞬以上、直江にはあった。でも、やはり駄目だと決意した彼には、代わりに他の女を抱くほどの不誠実さはなかった。てゆーか愛なき抱擁の虚しさは、愛を拒絶したあとだからこそ強烈に感じちゃうだろうしね。」
「でも三樹子にしてみれば、直江のそんな葛藤は判るはずもありませんから、『君とはもう終わりだ』と余りにも突然に告げられた言葉に、真っ先に倫子の名前が思い浮かぶ訳ですね。」
「まぁ当たってるっちゃあ当たってるんだけどな。三樹子のこの、『志村倫子ね』っていうドスのきいた声は好きだなー。こういう場合は絶対、フルネーム呼び捨てにするしね。」
「あれなんですかね、三樹子にしてみるとやっぱり、自分は病院の院長令嬢で、倫子は一介の看護婦じゃないかって意識はあるんでしょうか。」
「あるあるあるある。あって当然、なかったら嘘。よく女はさ、『権力とかお金とかは関係ない、ただ私だけを見て!』とか言うけども、イザとなると自分の付加価値を、したたかにふりかざす生き物だからねー。」
「でもそれって男にもあると思いますよ。結局人間ていうのは、恋愛に限った話じゃなくても、自分を飾る付加価値を求めずにいられないんでしょうね。」
「まぁな。そのために競争もあり、駆け引きも策略もありって訳だもんね。だけどこの『愛してたから抱いてた訳じゃない』っていうのはドラマならではの芝居がかったセリフで、現実にはまず言わないだろうと思うけども、そういう身も蓋もない言葉を選んで発した直江は、女性関係の全てを清算しようとしているんだって判るね。」
「部屋の奥に歩いていく直江の背中を睨みつけて、三樹子はすぐに部屋を出ていきますが、ここのところの2人の女性キャラのふるまいは対照的ですね。ぺたりと座り込んで泣きじゃくった倫子と、憎しみにも似たまなざしを残して行動を起こした三樹子と。」
「そうだね、対照的だね。赤い衣装に象徴された、能動的で情熱的で攻撃的な女なんだな三樹子は。」
■志村宅■
「何を考える力もなくなってぼんやりベッドに横たわってる倫子。そこに母親が帰ってきたんで慌てて布団にもぐりこむ。これがまぁ家族のいる者の苦労…っていうとちょっと語弊があるけど、繕わなきゃならないメンド臭さの1つだよね。」
「確かにこういう落ち込んでいる時は、独り暮しの方が俄然気が楽ですね。」
「ねー。家族なら何でも相談してとはいうけどさ、恋愛ってのは排他的なもんなんだ。むしろ恋愛に関しては、逆に身内には触れてほしくない面があってね。あれは何でなんだろうな。繁殖能力の成熟とともに群れを出る、サバンナの動物みたいだね。」
「一種、本能的なものなんじゃないですか? 新たな自分の群れを作ろうとする欲求なんですよ多分。」
「ああ、そうなのかも知んないね。よくできてるよ生物は。でもってこの倫子のお母さん…清美もさ、ここで必要以上に娘をしつこく心配して、やぁ熱を計れの顔を見せろの、言わないところが偉いと思うよ。やっぱ長いこと社会の第一線で仕事してると、そういうところは母親といえども男性的な判断ができるのかも知れないね。」
「言えてますね。今は放っておいてほしいでしょうからね、倫子は。」
「そこへかかってくる三樹子からの電話は、『行田ですけど』っていう権高い口吻がリアル。前回あたりからの三樹子…っていうか原さん、ホントいいよね。しっかりした存在感と説得力があってさ。原さんの役で印象的なのっていうと、『ソムリエ』のボーッとしたウェイトレスだけども。」
「そういえばそうでしたね。シャンパングラスには傷があるからこそ綺麗な泡が立つんだっていう…。」
「佐竹城は、あれは98年の秋だからもう3年前のドラマなのかぁ。続編やってくんないかなぁ。あったっておかしくない終わり方だったよね。」
「『ソムリエ・2』ですか? 確かに稲垣最高のハマリ役でしたけどね。」
「お、そういやこの三樹子が指定してきた『恵比寿のQEDクラブ』とやらは、ラ・メールというよりベル・エキプの感じに似てたね。店内じゃなく外の感じがね。」
「ああ、そういえばちょっと似てますね。」
「『必ず来なさいよ』っていう命令口調もいいし、『場所は自分で調べて』って意地悪っぷりもいい。こりゃあさしずめ、ぴあMAPだなっ倫子!」
■直江の部屋■
「このシーンはまた映像が綺麗でしたねぇ…。象徴手法が多用されていた『白い影』ですけれども、中でもこの回には特にそれが顕著で、このシーンにもたっぷり使われていますね。」
「うんうん、象徴的手法な。いつだったか『古畑任三郎』の女流脚本家の回で、近頃のドラマは…じゃないな、映画はだったかな。何にせよ登場人物に喋らせすぎるっていうセリフがあったけど、この『白い影』は喋らせないよねぇ。特に直江が喋ってない。このシーンにもセリフは一ッ言もないんだぜ。すごいよねスタッフね。」
「流れているBGMもまるで葬送曲のようで、雰囲気ありましたしね。床に散らばっているX線フィルムたちは何だか夜空のようで幻想的でした。白いシールが星みたいに見えて。」
「綺麗だったよねぇ…。プラネタリウムみたいでね。
画面には最初、直江が手にして眺めているレントゲン写真が映ってさ、そこには禍々しい病巣の影があって、Fと記入された白い封筒の山を映したあと、映像は直江の真正面に変わるじゃん。彼とカメラの間にはブルーのX線写真がフィルターみたく入ってて、それを透かして直江の目が見えて、すっ…とフィルターがどいたあとは、何かを睨むような直江のアップ。それから背後の床を振り返ると、深海または宇宙を思わせる濃藍の空間が足元に広がっている。
これはもう”死”の象徴…まさに”死”の表現だよ。」
「がくりと膝をついて、その藍色の中に倒れこんでいく直江は、これは彼自身が今現在抱いている、近い将来のイメージなんでしょうね。深く冷たい死の世界にただ独り沈みこんでいく自分…。こうして見ると直江が三樹子を拒んだのも、もちろんその前に倫子を手ひどく拒絶したのも、命の終わりが遠くないことを明確に悟っているからだと判りますね。」
「そうだよね。死神の足音が直江にははっきり聞こえてるんだ。さほど遠くない未来にこうやって、俺はただ独り此岸(しがん)を去る…。彼が整えようとしている自らの死の形は、この藍色に凝縮される孤独そのものなんだろうね。だけど、焦点も定まらぬような直江の視線の先には、闇の底で光を返すガラスのボートがある。春へとつながるぬくもりがある。伸ばしかけた手は伸ばしきれずに止まり、指先は断末魔に似て床を引き掻く。藍色の孤独と死のイメージ。凝縮された透明な悲しみ――そしてストリングスはクレッシェンドして、オープニング・タイトルへ…。やっぱ見事だよ八重垣、この第6回は。このドラマのエッセンスが全て、鮮やかに謳い上げられてる感じがするよ。」
「そうですね。このドラマがけっこう業界うけしたっていうか、あちこちの媒体で根強く評価されているのも当然だなと判りますね。」
「根強い評価ねー。その言葉がぴったりかも知れないねこのドラマは。前にも言ったけどバリ青な奴らこそが、直江を演じた中居さんを過小評価してるかも知れない。もっともっともっと大絶賛されていいと思う。まぁ、もっとも絶賛なんかされればされるほど? あの自意識過剰で神経質で自虐趣味の傾向もないとはいえない美貌の天邪鬼は、居心地悪がってレジスタンスして、思いつく限りの”あた”を撒き散らしそうだけどもね。ヒゲ生やしたり日焼けしたり太ってみたり。」
「困った男ですね本当に。ファンをリトマス試験紙か何だと思ってるんでしょうかね。」
「はっはっはっはっ、言えたかも知んないー! ナイス比喩だ八重垣! 冴えてるぞ今日は!」
■院長室■
「ここではもう徹底的に、三樹子に同情するよアタシは。こんな身勝手で鈍感な父親があるかい全く。要するに娘の気持ちなんかは二の次で、病院のことしか考えてないんじゃないかって言われても返す言葉はないだろよマジ。」
「まぁまぁそう怒らないで(笑) 現実にこういう話をするんだったら、小橋も院長も三樹子のいる前ではしませんよおそらく。」
「いやそれは判るって。それにしてもさぁ、いずれは大学病院に戻るって小橋が言ったとたんに、結婚のことは忘れてくれはないだろよ父親。三樹子の立場、モロにないじゃん。たまんないと思うよ、ここでの三樹子は。」
「でも院長としては、食事の席に三樹子も来なかったことで、この結婚には彼女も乗り気ではないと思ってる訳でしょう。それに三樹子もどちらかといえば、父親と小橋の会話よりも時間を気にしてませんか。1時に倫子と待ち合わせしてるんですから。」
「ああ、確かに腕時計はチラッと見てたね。三樹子もさ、あれだけ好戦的な言い方で倫子を呼び出しておいて、それで自分が遅刻してったんじゃカッコつかねーもんな。やっぱ早めに行ってデンと待ち構えていないとね。」
「へぇ、女性の喧嘩も大変なんですね。」
■QED Club■
「ところでQEDって何の略なんだろうね。『くってもええかいどっこいしょ』、かね。」
「何ですかそれ(笑) いったいどこから出てくるんですか、そういうめちゃめちゃな語彙が。」
「さあね、多分大脳新皮質の言語野あたりだと思うよ。でもって思うのがね、こういう、ランチだけで5〜6千円しそうなとんでもないレストランにわざわざ年下の看護婦を呼び出す院長令嬢っていうのは、まさに自分の付加価値で武装してるって感じですごくよく判るなー。私が三樹子だったとしても、倫子を呼び出すんだったら倉庫の裏じゃなくて、こういう店にしただろうなって思うよ。」
「立場の違い…というか、女としての高級感みたいなものを、思い知らせてやるってところですか?」
「そうそうそう。さすが八重垣センセイ、よく判っとる。女の…いや人間の真の価値はそんなね、高級レストランに行きつけているかどうかなんて全然関係ないんだ!とは思っていてもさ、突然こんな店に呼び出されたら、人間、普通はビビるぜ。自分にできないことができる相手、知らないことを知っている相手っていうのには、どうしようもない威圧感があるからねぇ。」
「倫子の巻いている赤いチェックのマフラーは、ドラマ的に庶民感を出すためなんでしょうね。こんな店には来たことがない倫子なんだぞと、例によってセリフではなく表現するために。」
「そうだね。高級店のテーブルが板についている三樹子と、姿勢がちょっと前屈みで膝頭をきゅっと掴んでる感じの倫子。オドオドまではしてないけど、店の雰囲気にはのまれてるよね。圧倒的に三樹子が有利。だけど直江の話題に関しては、倫子の反応は三樹子が望んだようなものではなかったんだろうな。」
「けっこう強かったですよね、ここでの倫子は。これは彼女のもともとの性格なんでしょうか。びくびくして泣き出したり慌てて弁解したりするんじゃなく、わりとキツいこと言い返してると思うんですけれども。」
「ほんとほんと。『あなた彼に抱かれたことある? 私はあるわ、何度も』に対して、『愛されてるならそれでいいじゃないですか』とは、よく言った倫子! ここでの女2人の会話はリアルでよくできてると思うよぉ。余裕を誇示して親切ごかしの忠告をする年上女と、押され気味で本当は劣等感をグサグサやられてんのに、案外相手にとっては致命的な傷口を突いている年下女。こういう微妙な心理は、やっぱ女性の脚本家が書くと上手いよね。」
「僕としてはただただ怖いなと思いますけれども…(笑)」
■診察室■
「このさぁ、この日1日直江が着てるダークブルーのシャツ、いいよね。衿元の開きがすっげセクシーで、何ていうかな、思わず上から手ェ入れたくなるというか。」
「そんな、やめて下さいよ。おじさんじゃないですか丸っきり。」
「おじさんといえばここでの院長は、まさにタヌキ親父の生ける見本だね。外来の終わった時間か何かでしょこれ。その診察室で、患者の座る椅子に座って、書き物をしてる直江の耳にいやぁ囁く囁く。どう見たって嫌がってるよね直江は。」
「嫌がっているっていうか、相手にしてないって感じですね。確かに言っていることは情けないですけど一応相手は院長なのに、書く手も休めずろくに返事もせずですからねぇ。無礼というか傲慢というか。」
「まぁ院長のハラの中なんて直江には見え見えでね。将来の院長すなわち直江の上司になるのは小橋だなんて言ったけれども、それはなくなった。あなたを一段下になど扱わないし小橋に遠慮する必要もないから、気分を害したりせずにうちの病院にいて下さい、と。長々と繰言言ってるけども、要はそれが言いたいだけでしょ。だから直江はそのことについては、短いながらちゃんと応えてるんだよ。『いいえこちらこそ』ってさ。んで、それだけ言うと書類を小脇にさっさと出ていってしまう。去りぎわに下げた頭も、院長の方が角度深かったぞ。」
「まぁ言ってみれば今回のことは院長の、先走った独り芝居でしたからね。勝手に騒いで勝手に直江に聞かせておいて、実はボツになりましたと勝手に謝りにきて勝手に機嫌取ってる訳ですから、ウルセーよ馬鹿、みたいな態度を仮に直江に取られても黙って笑ってるしかない訳ですよね。そのへんをまた直江はよく判っていて、こういう無礼ギリギリの態度を取っているんでしょうけれども。」
「腕は申し分ないんだがどうも油断のならない相手、か。小橋よりも腕はよく、小橋よりも御しづらい相手…。くっくっと笑いながらの院長の独白にかぶって、廊下を歩いていく直江の姿がよかったね。まさにCOOL!の一文字だよ。」
■川の上■
「三樹子にグサグサやられたうっぷんを、ボートに乗って晴らす倫子。気持ちは判るし精神衛生上有効だとは思うけど、手にマメできるって、ぜってー。それにそんなにわめいたら周りがびっくりするっつの。」
「いえ周りには誰もいなそうですよ。多分平日の午後ですからね。ボートなんて乗ってる人はそうそういないでしょう。」
「しかしさ、最後に仰向けに寝転がった表情がやけに清々しいのは、これも倫子の性格描写なんだろうね。直江にはフラれた。三樹子には意地悪された。やってられっかバカやろぅ〜!とボートを漕ぎ出して、あーすっきりしたと。怒ったり恨んだり、ジメジメせずに前向きに行こう。そう思ったってことだよねこれは。」
「でしょうね。強いというか、生命力に溢れた女性として描かれてますね。」
「そこが三樹子との違いかも知れんなぁ。フラれたからって年下のライバルを呼び出して、虚しく攻撃したりはしない。倫子が見ているのは直江だけだし、拒絶されても決して憎んだりはしない。少なくともそうしようと努めている…。こういうところは最高の長所として、好もしいんだがなぁ倫子も。」
■医局■
「直江を取り巻く女たちその3、小夜子さんですね。彼女とのことも直江は清算したいんでしょうが、薬のことがあるだけに清算のしかたも難しいんじゃないかと思いますね。でもそれにしてはずいぶんとあっさり、『判りました』と言いましたよね彼女も。」
「てゆーか菊川さんがね、悪いけど表現力不足。『マンションには来ないでいい』って言われた時に感じたはずのショックを一瞬のうちに噛み殺して、患者の名前を教えろと条件提示してくるほどのしたたかな女には、残念ながらなりきってないな。『薬だけ運べってこと?』 と、『判りました』の間には相当の差異があってしかるべきなのに、なんか表面的なお芝居だけなんだよなー。」
「でも思ったんですが直江を取り巻く3人の女って、見事に性格分けされてますよね。パワフルでポジティブで純粋な倫子、情熱的で攻撃的で嫉妬深い三樹子、自己主義で現実的で計算高い小夜子。これだけタイプの違う3人でも、多分共通点ってあると思うんですよ。それって何なんでしょうかね。水と油のように相容れない相手とは、いくら直江だってたとえ愛がなくてもつきあったりはしないでしょう。どこかしらに共通点があるんだと思うんですけれども。」
「共通点? あるじゃんあるじゃん最大のものが。」
「え、何ですか。そんなにすぐ判りますか?」
「判るよぉ。チョー簡単なことだ。”3人とも直江に惚れている”。これほどの共通点があるかっつの。」
「なるほどね…。聞くだけ虚しかったですね(笑)」
「そして薬を手に入れるために、さすがの直江も小夜子の条件は飲まざるを得なかった。この薬を使っている患者の名前は、外来に来ている『七瀬タカヒロ』…そこで場面は次に繋がると。」
■病院のロビー〜正面入口■
「行田病院にやってきた1人の人間。その人間の視線の位置で周囲を見るカメラ。ちょっとキョロキョロする感じがあって、その目がエスカレータから降りてくる婦長を見つける。外科の直江先生にお目にかかりたいと言ったところでカメラはその男の背中を映し、『お名前は』でぐるりと回って顔をとらえる。念入りなカメラワークだね。」
「院内を見回しただけで七瀬には、行田病院の概要は判ったでしょうね。設備のいい、なかなか繁盛している病院だって。」
「ああ、それは思っただろうね。同業者の目ってあるだろうしね。でもそこで、勤務を終えて帰る直江と行き違いになりかけるのは、ちょいドラマドラマしてたかなー。いや別に悪いってほどのことはないけど。」
「この程度ならいいんじゃないですか? この日の直江は疲れていたんですよ。だから背後にまで気を使っていられなかったんです。だって外来を終えたところで院長に妙な話をされ、医局で小夜子から薬を受け取って、別れ話まで済ませてるんですよ?」
「なるほどそうか。そう考えると大変な1日だったね直江先生も。やれやれ、と外へ出たところで今度は倫子と会っちゃって。」
「そ知らぬ表情を作って直江は歩いていきますけど、ここでも噴水の音が効いてますね。緊張、とまではいかなくても平穏ではない心を表す連続音。」
「うんうん、ザ――…っていう単調な連続音ね。川とは違う人工の水の音。すれ違う瞬間挨拶する倫子と、すっぱり無視する直江。これってある意味直江の方が意識してると解釈することもできるよね。無論、元から愛想の悪い男ではあるんだけどさ。」
「でもねぇ、ここで判るのはですね、やっぱり何だかんだ言って、直江は倫子を嫌いになれないんですよ。『あのー!』と呼び止めてしまってから何を言えばいいのか必死で考えて、『私は大丈夫です』だなんて笑顔で言われたらジンと来ますよ。倫子は直江のひどい仕打ちに対しても、他に好きな人がいるのか問い詰める訳じゃなく、交換条件出してくる訳でもなく、別にあなたに傷つけられてはいない、大丈夫、だなんて…」
「あれ? ちょっと待って八重垣。これさぁ、ひょっとしてキーワードか? だってほら、石倉さんに対して直江が言っていたのも 『大丈夫ですよ』…。」
「ああ…。ああそうですね言われてみれば。なるほど。そういえばそうなのか。」
「うん。もしかしたらこの『大丈夫』っていう言葉は、直江が石倉に言っていたと同時に、自分が最も言って欲しい言葉だったんじゃないのかな。まぁ倫子はこの時、『私は大丈夫だ』と言ったんであって、あなたは大丈夫だというのとは若干…いやかなりニュアンスが違うからね、微妙な点もあるっちゃああるけど。でもこれには気づかなかったなぁ。何せこのシーンではその次のさ、七瀬を見て『先生…』って笑う直江の笑顔の素晴らしさにばっか目が行っちゃってて。」
「あの笑顔は印象的でしたね。倫子も婦長も視聴者も、直江のああいう笑顔は初めてでしょう。親しみをこめた喜びの笑顔。」
「そうだね。直江が喜ぶ顔なんて病院中誰も知らなかったと思うよ。彼が見せる唯一の笑顔は、患者にむけるいたわりと慈しみの表情だけだったと思うし。」
「もしかして、ざっと振り返ってみても全編通して直江がこういう笑い方をしたのは、このシーンだけだったかも知れませんよ。これは貴重なワンショットでしたね。」
「喜怒哀楽の”喜”を直江が見せた一瞬かぁ。物語がもっと進んだあとの倫子の人生にとっても、宝物になったかも知れないね。」
( 4月30日更新 )
■直江の部屋■
「しかしずいぶん綺麗に片付いてるよね。あんなに散らかってたのに、いつ掃除したんだろ。」
「そのへんはドラマなんだからいいじゃないですか。謹慎の明ける最後の日にでも、多分大掃除したんでしょう。」
「そっか。いやまさかね、七瀬先生をドアの外に待たせておいて、何でもかんでも押入れの中に大慌てで突っ込んだのかとか思った。」
「なんでいきなりコメディにするんですか(笑)」
「いや、そうはないけどさ。でも手段はともかく結果としてはえらく綺麗に片付いたこの部屋…。今はむしろ生活感のない、無機質な感じになってるよね。」
「そうですね。すごくガランとした雰囲気です。普通はテーブルクロスくらい掛けるでしょうしね。」
「2人が向かい合ったテーブルの上に、ポツンと置かれた小さな紙袋。あれって小布施(おぶせ)の奴だよね。小布施の栗落雁。有名なんだから。」
「ああそうか、智子さんてお父さんが長野でしたね。」
「そうそう。あたしはお江戸と長野の混血やねん。長野みやげなら小布施もいいけど、お勧めは『杏しぐれ』と『紅葉狩』だねぇ。善光寺の門前にあるご本陣・藤屋旅館で出してくれるお菓子でね、これがまた渋茶によく合って…」
「はいはい判りました。このシーンのメインは長野市観光案内じゃないんですから。放っておくとこの先必ず、善光寺の境内の人なつっこい鳩の話になって、そうしたらもう止まりませんからね智子さんの話は。」
「おお、アタシの性癖をよくご存知で(笑) いやいやそうじゃなくて今言いたかったのはね、山本学さん、すげー適役だなぁと思ってさ。この人って長野の人だっけかと思うくらいの、雰囲気ぴったりな似つかわしさね。」
「ええ、すごくいい雰囲気でしたよね。この第6回だけの登場なのに、石倉さんの次に存在感のある登場人物でした。」
「言えたなー。てゆーかこの第6回に宿る説得力の半分は、七瀬先生、というか山本さんの力に負うだろうしね。
『息子に会いに来た親父みたいだな』って笑うところとか、『顔が見たくてね』とかいうのがさ、本当の親子にはない距離感と、だからこその”礼”ある愛情に満ちていて、何ていうか…見ていてすごく佳(よ)かったなぁ。親子とか兄弟とか、恋人、夫婦、友達…。そういう色んな人間関係の形の1つ、”師弟”ってヤツだろこれは。
師弟愛をもって最高としたのは確か折口信夫だったと思うけど、もしかしたら中居さんあたりにとっても、師弟っていうのは好もしい人間関係のかなり上位にランクするんじゃないかな。」
「師弟愛ですか。すごく文化的で文学的で、高尚な感じもありますね。七瀬に対する直江の態度には、他の誰に対するものとも違った、純粋で深い慕わしさがあります。」
「体のことは誰にも言っていない、と聞いて、七瀬が『そうか…』って立ち上がるじゃない。つらくて見ていられない、ってふうに窓の方を向いて、コーヒーを一口飲むよね。その背中を見上げてる直江の目はさ、いつもまとっている鎧みたいなものをさっぱりと脱ぎ捨ててるんだ。自分を導き育ててくれた”師”の大きな背中を見ている、素直でまっすぐな教え子の目なんだよね。この表情の違いは素晴らしいよ。中居さんの顔立ち自体の美しさにどうしても引きずられちゃって、ややもすると表情の演技を見落としがちになるんだけど。」
「まぁ個性派とか演技派とか言われる俳優さんに美形が少ない理由の、1つなんでしょうねそれが。」
「だよなぁ。前にも言ったけどこのあたりの中居さんはね、第1回めのまだ固い演技と比べるとすごく自然になってるのよ。直江庸介がぴったり身についてるの。直江の悲しみや苦悩や決意や思想が、中居さんの姿を通してちゃんと視聴者の心に届く。ブラボーだね中居さん。このクールの主演男優賞は文句なしに拓哉なんだろうけど、最優秀演技賞となったら、これは中居さんに贈るべきだねぇ。どっちが上だとか下だとか、そういう狭い順序づけじゃなくてね。」
「そうかも知れませんね。第1回めあたりの中居は”熱演”でしたけれども、このへんにきて”好演”に、やがては”絶妙”に変わってきたんじゃないでしょうか。」
「熱演から好演へ。かぁ。ホントにそうだね。」
■石倉の病室■
「遅番の小橋先生の回診。ヒュウヒュウ鳴ってる風の音がいいね。」
「遅番じゃなくて夜勤でしょう? そんな、レストランのアルバイトじゃないんですから。」
「なに感覚的には似たようなもんだよ。だけど行田病院ってさ、外科は小橋先生と直江先生と神埼先生だけなのかな。あとは内科もあるとして、夜勤って週に1回くらいの割で回ってくるのかしらん。」
「どうなんでしょうね。神崎先生の回診シーンは1度も出てきませんでしたけど。」
「そりゃそうだわな。しかし思うに小橋先生もさ、石倉にしてみれば息子くらいの歳なのか。病人はみんな言われなくても頑張ってるんだって話を、石倉は何だか、やんわりと教え諭すみたいに小橋に話してるもんね。」
「直江の目が優しいだなんて、きっと小橋は思ったこともなかったでしょうね。滅多に感情を表に出さない、無表情な男だくらいに思っているでしょうから。」
「ただでさえ苦労人の石倉は、自分の命に対する不安を口には出さずとも感じ始めている昨今、さらに鋭い人間観察…いやすでに洞察と言ってもいいのかな。そういうのを身につけてるんだろうね。」
「洞察力ですか。宿るでしょうね。だから、みんなが褒める小橋の欠点も石倉にだけは判ったんですね。」
「言えてるねー。小橋の得意とする”正義感”ってヤツも、時には傲慢で狭窄なんだ。若い頃はだいたいそれが判らないもんなんだけどね。うん。つってなんかこんなこと言ってると、えらくおばさんだよなあたしゃ(笑)」
■直江の部屋■
「ここでの七瀬は、医者というか研究者の顔になっていますね。フィルムの見方も堂に入っていると思います。」
「窓の明るい方にこう、かざすみたいにしてね。あたしさぁ、第1回めの時からこの『F』っていうのは何の意味に繋がるんだろうとずっと思ってたんだけど、なるほど、七瀬の七なのかと思った時は笑っちゃった。」
「七瀬だからF。この単純さがおかしいですよね。でも実際はそれだけじゃなくて、何かボートに関係のある数字だったっていうのも、後になって出てきましたね。」
「そうだっけね。あたしゃまたラッキーセブンかなぁとか、いい加減な予想たててたんだけどね。じゃなきゃ直江の煙草がマイルドセブンなのかとか。」
「全然関係ありませんでしたね。でもこのシーンのセリフは専門用語ばかりで、中居も難しかったんじゃないでしょうか。」
「『薬で押さえていたカルシウムとアルファスの数値が上がってきたので、1回の摂取量を増やしました』ってヤツな。直江はそこでさ、『そのデータがこれです』って言って資料を七瀬に見せるじゃない。その時七瀬がX線フィルムの上で資料の紙を受け取るのが、なんかすごく”プロフェッショナル”って感じだった。」
「ああ、左右の手にフィルムを持って、そこにこう、乗せさせて内容を見るところですね。」
「そうそう。各種グラフと表を組み合わせて作った資料ね。思うにさ、あれって直江の手書きだったじゃない。別にExcelで作ってカラープリンタから打ち出してはいなかったよね。あれを目にした七瀬はさ、ふと、元気だった頃の昔の直江が、やっぱりこうやって作った資料か何かを思い出したのかも知れないね。
その瞬間、たった今まで冷静なプロフェッショナルとして研究資料を見ていた視線が、暖かい血の通った、愛弟子を見つめるまなざしに変わる。このフィルムもこのデータも全て、目の前にいる直江という現身(うつそみ)のものに他ならない。『ぎりぎりで何とか踏みとどまっている形』だなんていうのは、言ってみれば一番怖い薄氷の、崖っぷちの状況な訳じゃんか。
自分が立っているこの足元が崩れ落ちるのは、今日かそれとも明日なのか。そんな精神的拷問みたいな状態で、これだけ精密なデータをとり正確で明瞭な資料を作っている愛弟子の気持ちに思い至ったら、そりゃあ七瀬も堪らないよなぁ。胸をえぐられる気持ちがすると思うよ。」
「そうでしょうね。”心”に目を向けた途端、見えるものは変わってきますよね。グラフや表や数値の向こうに、七瀬は直江が凝視しているもの…”死”の姿を見たのかも知れません。と同時に、ただ独りでこの資料を作り続けている直江の胸の中にあるはずの、押し殺した恐怖や、戦いにも思い至る…。」
「だよねぇ。さらにまたここで、その直江の孤独を証明するような出来事が起こる。鳴り続ける電話に手も伸ばさない直江の、普通人なら考えられない異常な拒絶。自分の元を出ていった愛弟子が、この地で他者とどういう交わり方をしているのか。その一端を七瀬は目の当たりにしちゃうんだね。」
■とある店■
「この第6回が素晴らしいのはさ、ここで、応えのない携帯を額に押し当てる三樹子の悲しみにも、十分に共感できるってことなんだよね。一方では直江の悲しみ、もう一方では三樹子の悲しみ。両方の気持ちが判った時に、ドラマはがぜん立体的になるんだよね。両目で見て初めて立体感が判るのと同じでさ。」
「三樹子にとってはやはり、気が進まなかったとはいえ小橋との結婚話が水に流れているっていうのは大きいですか?」
「大きい大きい。退路を断たれているっていうかね。小橋が好きか嫌いかは関係なく、自分には行き場所がないって感じね。判るよなぁ、こういう時の焼けつきそうな気持ち。心が宙ぶらりんになっちゃってる感じね。」
「相手が出ない電話って、切ないですからね。」
■直江の部屋■
「このあたりの場面の切り替えには、またBGMの効果が大だね。異なる場面を、徐々に大きくなりながら音楽が繋いでる。直江の部屋に戻ったカメラは、彼を見つめている七瀬の傷ましげな視線をまず映し、それから直江の背後をぐるっと回って、彼の左肩越しに七瀬の表情を映す。七瀬がここで感じているのは、直江の居る世界に黒々と底引く孤独の深淵だと思うよ。」
「孤独の深淵ですか。表面上は周囲とうまくやっていても、真に心を許せる人は直江には誰もいないんですよね。それを感じ取ったから七瀬は、フロノスの副作用について、ハコス細胞の抑制が云々と話している直江を遮って、一緒に長野に帰ろうと言い出すんですね。」
「ここでのさあ、『直江!』っていう呼びかけはよかったもんねぇ。またカメラがね、『お前が独りでこの部屋で病気と向かい合ってると思うと、俺はやりきれんよ』っていう七瀬のセリフの最中に、寝室に置かれた支笏湖の写真と、キッチンの隅にある大量の空き瓶を映すでしょう。直江の孤独や、空虚や逃避や、涙。そういうもの全部を七瀬は感じ取って、一種の禁句…って言うとヘンだけども、直江が貫こうとしている美学には反する言葉を、たまりかねて口にしたんだろうね。でもってまたBGMの話だけどさ、この『長野へ帰ろう』のあたりからストリングスが前面に出てきて、さらなる演出効果を生んでると思うよ。」
「弦楽器の響きって叙情的ですからね。七瀬の思いに呼応するような、熱くて切ない感じです。でもその恩師の言葉に対して直江は、最後まで自分は医者でありたいのだと言う。こういう凛とした…まぁ悲劇性とでもいいますかね。これが原作のエッセンスというか、究極の渡辺美学みたいな気がします、僕は。」
「ああねぇ。渡辺美学ねぇ。それは確かにあるだろうね。これはドラマ『白い影』をちょっと離れた話になるかも知れないけど、直江庸介っていうのはやっぱり、男性作家が書いた男性キャラクターなんだよな。思想というか主張というかそういうものがね、女性作家の書くキャラクターとは、いいとか悪いとかじゃなくて”異質”な気がする。…ってこれはこの第6回で話す話じゃないな。最終回にもっていこう最終回に。」
「何だかまた最後は恒例の、言いたい放題になりそうな気がしますね、この座談会。」
「さぁどうだろ。まだ判んない。もうちょっと様子を見ないことには。…それにしてもさぁ、ここまでじっと我慢してたコトやっぱ言っていい? このマンションのシーンでの中居さん、なんでこんなに綺麗なワケ? 診察室で院長に囁かれるシーンでも思った、このダークブルーのシャツの似合い加減! 衿元の開き具合なんて、全くもって女性視聴者殺しだね。『まだここでやるべきことがあります』のあとの、『この残された時間を』って言う時のアップ。この美貌はすでに犯罪だよ。それから軽く目を閉じてさ、伏し目がちになって言う、『最後まで医者でありたい』ってセリフ。もうさぁ、ストーリーがよくて演出がよくてBGMがよくて共演者がよくて、とどめに主役が最高だったらいったい何が怖いかね。ええ?八重垣。もう怖いもんはないよなぁ!」
「ええええそれはもう、怖いのは唯一、直江病ですよ。智子さんばかりじゃなくあちらこちらで、とどまるところを知らないんでしょう?」
「そうなのよ。劇症感染直江病ね。肌から感染して肝臓に至り、神経細胞を破壊し消化器官をストップさせるこのヤマイが一番怖いね。何たって不治だからね不治。うんうん。池の石に生えたコケみたいな無精髭見せられても、全く治りゃしねぇ。」
「はぁ(笑) それはもぅご愁傷様ですとしか言えませんね。」
■石倉の病室■
「前のシーンからなお途切れずに続くBGMと、それにかぶさる風の音。すっかり枯れてしまっているたんぽぽ。汗びっしょりの石倉…。これらの映像があいまって、嫌でも不安感が高まるよね。」
「『直江先生は?』と言って倫子のカーディガンを掴む、この石倉の様子は確かに変ですよね。それに、この枯れたたんぽぽによっても倫子は、何かを象徴される気がして不安を募らせたのかも知れませんね。」
「ああ、あるよねそういう気分ってね。それがまたけっこう当たったりするんだ。いわゆる第6感。右脳が出す危険サイン、本能が灯す黄信号ね。」
■直江の部屋〜ナースセンター〜直江の部屋■
「1話に1回必ず登場する直江が苦しむシーンはさ、ある人が『究極のサービスショット』つったけど…ストーリーの流れとも一種切り離されて、確かにそういう側面はあるわな、うん(笑)」
「けっこう危険な本能の黄信号ですね(笑) 七瀬はこの晩ホテルかどこかに宿をとっているんでしょうけれども、この激痛が襲ってきたのが、七瀬のいる時じゃなくてよかったですよね。これを見たらさすがに七瀬は、直江の頚動脈に麻酔を打ってでも長野に引きずっていったでしょうから。」
「かも知んないよね。あのX線フィルムと資料を見ればさ、痛みの程度と薬の効果の持続時間くらいは、専門家の七瀬には簡単に想像できただろうけど、頭の中でシュミレーションするのと実際に目の当たりにするのとじゃ、天と地ほどの差があるだろうしね。」
「直江にとってはラッキーだったのかアンラッキーだったのか…まぁそれはそれとして、部屋の電話にかかってきた三樹子からのcallには頑として出なかった直江も、病院からの連絡であるポケベルには、痛みを押してすぐさまダイヤルしたんですね。」
「でもってこの注射のシーンよ。…ここで言っていいのかなこれ。あの直江のねぇ、逆光になった腕のねぇ……ってやっぱやめとこ(笑)」
「おや(笑) 自発的にブレーキかけましたね。感心感心。でもまぁ何が言いたかったのかはね? だいたい判りますけれども(笑)」
「うん、多分それで当たってる(笑) まぁそういうヒミツの話はヒミツにしといて、ここで倫子は多分、直江にうるさがられて電話を切られたと思っただろうけど、実際は注射を打つからなんだよね。肩と首で押さえられてた受話器もすべって床に落ちてるし。」
「そういう切られ方をしても、この時点では石倉はまだ様子がおかしいというだけで容態が急変してはいませんから、倫子も仕方なく受話器を置いたんでしょうね。まさか電話の向こうでは直江が、地獄の痛みに身をさらしているとは夢にも思わずに。」
「この注射シーンではさ、針は画面に映ってないけど、針先が肌と血管を破って体内に挿入される瞬間が、クッ、と手ごたえが来る動きで表現されてるんだよね。…あたしさ、自分が注射されるトコって絶対に見られないイクジなしなんだけど、八重垣くんはどぉ? 見てられる?」
「いえ僕も駄目です。注射って大嫌いなんで、される時はいっつも目つぶってます。」
「やっぱそうか。ヤだよねー、針が腕に刺さるとこなんか見るの!」
「でも看護婦さんに聞いたんですけれども、逆に、見ていないと不安だからって言って、じーっと見てる患者さんもいるそうですよ。」
「ふーん。気が知れないねそういうの。見てたらもっと痛いっつの。ねぇ。」
「でもこのシーンは智子さん、多分目を皿にして見てたんじゃないんですか?」
「…え?(笑) いやまぁそりゃ、この原稿があるからさこの原稿が。つらいけどしょうがないじゃんよ。真面目だよなーアタシ。」
「ああそうですか。大変なんですねぇ原稿書きも。ふぅぅーん。」
「何でそんなに伸ばすのよ(笑) でもってここでの直江のね、奥歯を噛みしめて呻き声を殺す仰向いた横顔とオーバーラップして、石倉の苦悶の表情でシーンチェンジ。これもいい演出だなぁ。」
■ナースセンター〜病室■
「エレベータから降りてきた石倉さんの奥さんが『すいません』と倫子に謝っているのは、面会時間をとっくに過ぎてるのに入ってきてすまない、ってことなんだね。」
「そうですね。多分もう深夜に近い時間なんじゃないですか? きっと仕事が終わってから来たんですよ。」
「だろうねぇ。パートタイムのかけもちか何かやってるのかなぁ。どこかの事務員さんって訳じゃないよね。だって石倉が倒れるまでは、奥さんは店を手伝ってたんだろうし。」
「その石倉が入院しちゃった訳ですからね。生活費と入院費、両方を稼ぐために奥さんは働いてるのか。大変だよなぁ…。それでアルブミンを制限されたんじゃあ、確かに直江でなくても何とかしてやりたいと思うでしょうね。」
「多分石倉ってさ、オバチャンが保険の勧誘に来ても、俺にはそんなもの必要ねぇよとか何とか言って、ロクに話も聞かずに追い返してたんだろうと思わない?」
「ああ、そういうタイプですね確かに。しつこく勧めたら塩撒かれそうですよ。」
「だけどこういう時に生命保険に入ってると、家族は助かるんだぞぅ。1日5000円とかだったら普通に出してくれんじゃん。てことは1か月で15万だよね。大きい大きい。私は死亡時の保障よりかも、入院とか通院とかの保障がけっこう大きい奴にしてもらってるんだ。うん。」
「まぁねぇ、保険が保障してくれるのは所詮はお金だけで、病気の痛みとか苦しみは自分だけが耐えるしかない訳ですけれども、その上お金の苦労があったんじゃあ、精神的に参っちゃうでしょうからね。」
「苦労するよなぁこの奥さんも。またそのへんは直江も倫子も、また小橋も判ってるんだろうけどね。病気になったのは不幸だけども、幸い医者には恵まれたよね石倉さんは。」
「それは言えてますね。石倉自身、例の、患者は言われなくても頑張っているんだのシーンで、そのことをはっきり言ってますね。」
「ふんで奥さんと一緒に倫子が病室に行くと、さっき倫子の感じた不安が的中して、石倉は痰をつまらせて呼吸ができなくなっている。たった今まで”優しい看護婦さん”だった倫子が、一転して仕事の態度と口調になるのはよかったね。すっかり錯乱しちゃってる奥さんを叱咤するような言い方して。」
「そりゃあ彼女も立派なプロなんですから、いざとなれば素人とは違いますよ。当直の小橋をまず呼んでという順番も、実に的確なんじゃないですか?」
「それから吸引機を取りに戻る間は、はっきりした口調で奥さんに処置を頼んでるしね。こういう時の看護婦さんは、ビシッ!と命令口調くらいで丁度いいんだと思う。そうされた方が素人は安心できるよ。頼れるというか、任せられるというか。」
「看護婦さんに不安がられたんじゃ、患者はたまりませんからね。」
■ナースセンター■
「吸引機のワゴンを引っ張り出そうとしたはものの、通路が狭くて四苦八苦する倫子。落ち着いてやればどうってことないんだろうに、慌てるなっつったってこの状態じゃ無理だよな。」
「そうか、急患の対応で小橋も高木もセンターにいないんですね。だから石倉の容態急変を、倫子はたった独りで処置しなければならなかったと。」
「そうなんだよ。プロ意識と責任感と経験と、それらを総動員して立ち向かう決意はあるものの、押しつぶされそうな不安と重責が倫子の肩にのしかかってたと思うよ。だからこそこんなに慌てて舞い上がっちゃって、落ち着いて一旦バックさせりゃ何でもないつぅに、なワゴンと格闘してる訳でさ。泣き出したい気持ちでじたばたしているところへ、初めて会ったあの時と同じく、逆光の中スローモーションで、まさに主役にしか許されない登場の仕方で現れる直江。それまでずっと響いてた単調なBGMが、ぴたっと一瞬止まってね。コートの裾を靡かせ足音も高らかに、颯爽と登場するドクター・直江…。定番の演出だって判りきってても、背筋がゾクゾクッとなるよね。チッキショーやられたぜTBS!て感じ(笑)」
「主役にしか許されない登場の仕方ですか。確かにそうですね。1歩間違うとクサくなりすぎるんでしょうけれども、これだけの緊迫のあとですから、感じるのは見事な颯爽感だけですね。」
「早口で指示をしながらコートを脱いで倫子に渡す直江は、いわばこれから死神に戦いを挑まんとする、美しく雄々しき騎士って訳か。そりゃーカッコいいに決まってるわ。直江病患者が減らないはずだよ。」
「青い手術着の衿を汗で濡らして、そこに小橋が走ってきますね。宇佐美繭子の時のように断るのかと思いきや、『お願いします』と言って直江は、石倉のもとに走るんですね。」
■病室■
「部屋に入るなり上着を脱いで、背後に放り投げる直江。カッコよさの駄目押し演出だとは判っていても、つい『かっけー…』とか思っちゃうんだよなー。演出家の思うツボだね。悶絶しかけている石倉を真正面で見て、『大丈夫』って言うのがこれまたもぉ。このシーンは全編屈指の緊迫感でさ、仮に何をしながら画面を見ていたとしても、思わず手を止めて見入っただろうね。」
「そうですね。必死の形相の小橋もよかったですし、直江の、『口あけてー、はい力抜いてー!』っていう言い方は、本当に医者らしかったと思います。」
「ほんとほんと。医療専門家の演技指導とか、多分あったんだろうね。でもその声がだんだん”地”になっていって、『石倉さーん! 負けるな! 負けるなこんなことで! 負けるなー!』ってあたりは、あとから小橋が言ったように、医者というよりは直江個人の叫び。石倉につかみかかろうとする、また直江の背後にしのびよってくる、死神を追い払う叫びなんだよね。」
「でも最初にこの場面を見た時は、僕はてっきり石倉は亡くなったのかと思いましたよ。」
「あたしも思った。まさかこれで最期になっちゃうのかと…思うよねぇCM前のあの映像じゃあ。」
「あまり思わせぶりな演出はしてほしくないですけどね。今回のこれは、まぁギリギリってとこでしょうか。」
「まぁな。前後のシーンがよかったから、あんまりマイナスつけたくないしね。CM明けに続くシーンはまず、白衣のボタンを留めながら小橋が廊下を歩いてきて、そっと扉をあけるところから始まる。呼吸器の音が聞こえたから、ああ石倉は生きてるんだなってこの時点で判ったね。」
「石倉が危機を脱したので、小橋はいったん着替えに戻ったんでしょうね。その間も主治医の直江はずっと石倉についていて、腕時計を見て脈をとっています。これは普通看護婦にさせる作業でしょうから、それをも自分で見ているというところに、並みならぬ直江の気持ちがうかがえますね。」
「直江は時計から視線を移し、石倉が自分を見ているのに気づいてハッとする。石倉の目には初めて怒りが、自分への憎しみが燃えていた…。直江の手を振り払った石倉は、この時もう悟ってるよね。この症状は胃潰瘍なんかじゃないって。この若い医者に騙されてるんだって。」
「マスクでくぐもってよく聞こえませんでしたが、石倉は『あんた、俺を…』って言ってませんか? それとも『何だよ…』だったのかな。」
「ちょっと聞き取れなかったね。でも言いたいことは表情で判るよ。恐怖と絶望の反動で、石倉の想いは直江への呪いになりかけた。だけど…ここでの直江の笑顔は、これはもうまさに弥勒菩薩。釈迦の死後56億7千万年後にこの世に現れて、人々を救うという弥勒の微笑だよ。ゆっくりとまばたきをして、微笑みつつかすかに首を振る。大丈夫、何も心配することはない。怖くない。僕はここにいる。あなたの生もあなたの死も、大丈夫、僕がここにずっといるから…。
この時の石倉には本当に、直江が弥勒菩薩に見えたと思うよ。じゃなきゃ抱きついて泣いたりするもんか。『怖かった…』って子供みたいにさ、剥き出しの、裸の、宇宙の前にたったひとりのちっぽけな魂になって、涙なんぞ流せるもんですか。これはさぁ、石倉という1つの魂を、直江という1人の人間が支え得た瞬間なんだよ。直江は石倉の命と魂を、守り救い、抱きとめたんだ。小橋はそれを見たからこそ、何も言わずに扉を閉めたんだと思うよ。
ちょっとねぇ、今回は1回の更新で全部語れないのがつらいけど、この第6回の最後の約5分間ね。直江を乗せたボートが川を流れていくシーン。あれはTVドラマの挑戦ともいうべき大映像詩、抽象画の世界だと思うんだけども、それに配するにこの弥勒菩薩のシーンは、演技という具象手段による最高の心情表現を、目指してるのかも知れないね。」
「うーん…。ちょっと…かなり判りにくいんで、もう少し平たく言い換えられませんか。最後の5分間とうまく対比させて。」
「平たくぅ? そりゃまた難しい注文を。えーとねぇ…ラストについてはまたあとで詳しく語ることになると思うけども、要はあのボートのシーンには、直江のセリフも、動きすらもない訳よ。それらを全て封じた主人公をボートに乗せて川に流し、音楽と映像だけで物語世界を、一旦時間軸と切り離して再構築することで表現したのがラストの5分間。
反対にここの病室でのシーンは、直江の微笑と仕草という直接的具体的手段に、物語世界を担わせ語らせている。この対比がね、面白いし素晴らしいなと思った。私は。
またその両者をかくも見事に果たしてのけた中居さんは、これはもう賞賛に値するでしょう。前者の象徴世界には、単に『綺麗ね〜セクシーね〜カッコいいね〜!』の上っつらだけじゃなく、ずっしりした存在感までをも語れる奇跡の中居ビジュアルと中居イマジネーションが必須だった訳だし、後者の具象世界には、アンタ本気出したらマジでパルムドールの2つや3ついけるんじゃないの?っていう、言葉にするにはやや幅ったい”演技”が必要不可欠だった訳でね。
ラスト5分は、映像詩でドラマを作っちゃうという脅威の”挑戦”を、中居ビジュアルと中居イマジネーションとが勝利に導いた。対してこの病室のシーンには、密度の高い心情表現を見事演技でやってのけた俳優・中居正広がいる、と。
中居さんのビジュアルとイマジネーションという、抽象的なものを使って表現したシーンがラスト5分で、演技という具体的なもので表現したのがこのシーンだと。要はそういうことを言いたいんだけども…これで少しは判りやすくなったかな八重垣。どうよ。」
「うーん…。まぁ最初よりはよしとしましょうか。ひとことで言って、要するに中居は素晴らしい。つまりそういうことですよね?」
「えらく簡単だな(笑) でもまぁ訳せばそういうコトだ。」
「そのあたりはもう1回、その最後の5分間のところで語り直して下さい。」
「そうだね。ハイ、そうします(笑)」
( 5月3日更新 )
■ナースセンター■
「おそらくは石倉が眠ったのを見届けて、ようやく戻ってきた直江先生。『お疲れ様でした』と言うナースコンビには返事もしない、相変わらずの無愛想っぷりがいいよねぇ。」
「まぁ疲れているっていうのもあるでしょうけどね。そしてこのシーンの見所は何といっても、対立ではなく語り合うといった感じの、直江と小橋のやりとりでしょう。」
「そうだね。多分直江もさ、初めは戻ってすぐに帰るつもりだったと思うのよ。サッサと上着を着たところで彼は小橋に、石倉さんの言った通り最後まで頑張れとは言いませんでしたねって話をされて、それで何となくっていうか、無視して帰ることはせずにテーブルに座ったんだと思うな。コートまで着ちゃってるのに。」
「小橋のいれてくれたコーヒーを、素直に手元に持ってきてますしね。宇佐美繭子の頃に比べれば、ちょっとは変わったのかな直江も。」
「それもあるかも知れないね。あと石倉については小橋にもさ、アルブミンの一件とかで協力してもらってる訳だし。」
「石倉のことでこの2人の外科医は、お互いの間にあった心理的な距離を、多少なりとも縮める結果になったんでしょうね。」
「確かにそうだよね。直江もさ、ここではけっこう自分の本心みたいなものを小橋に語ってるもんね。『我々は全力を尽くして、死の形を整えてあげなければならない』だとか、『そこに導くのも医者の仕事』だとか。
でもってまたまたさぁ、その語るシーンでの中居さんがねぇぇ? ビジュアルとしてもう特級品なんだよねー。正面も横顔も、溜息の出るような整い方だよね。さらには目の動きと微妙な表情の変化とで、直江の本質や心情がきっちりと表現されてて…。」
「ええ、微妙な表情の変化は、確かにすごく自然な感じで見て取れるようになりましたね。直江がもう板についてきてるというか。」
「『そんな最期を迎えさせてあげたい』っていうあたりのうつむいた感じから、ちらっと小橋を見る目とか、考え深い表情とか…いわば”押さえが利いてきてる”んだよね、中居さんの直江に。バーッと派手に動いたり喋ったりする演技じゃなく、ぼそりと言う一言だとか、かすかに動かす視線だとかで。」
「この直江役によって中居は、完全に一皮…いやニ皮くらい剥けましたね。」
「ほんとだねー。いい時期にいい役に出会ったと言っていいんじゃないかな。『ずっと臨床でやってきた先生らしい考え方ですね』ってちょっと小橋に切り返されたあとの、相手を睨み返すんじゃなくて、スッと逸らすみたいに動く視線もよかったよなぁ。こいつとは考え方が違うんだというか、こいつには俺の、真に言いたいことは伝わってないんだなっていう直江の気持ちがすごくよく判る。あと、『あれは医者の顔じゃなかった…』って言われた時の、ぴくって感じの反応ね。でも何を言い返すでもなく、静かに笑って『失礼します』と。」
「内心はどうあれ、余裕を感じる態度ですよね。ここでの小橋は、直江に完全に押され気味だったと思います。」
「それとさぁ、画(え)的な話なんだけどもね。このシーンは向かって左側にコートを着こんだ直江がいて、右側には白衣の小橋がいるという、黒と白の対比になってるのねー。見た目としてもよかったし、直江の抱えている暗闇を象徴する意味でも、けっこういい演出だったと思うな。」
「そうですね。あとは『1つの命にどれだけの手が尽くされたかを知ることで、本人も残される家族も納得する』というセリフにかぶせて、石倉の手をしっかり握ってベッドに伏せている奥さんの映像が入っていたのもよかったですよ。」
「その時の石倉って、目を閉じてないんだよねぇ。自分がいなくなったらこいつは…みたいなことを、石倉は考え始めてるのかも知れない。」
「逃れられない”死”を、石倉は徐々に受け入れ始めてるってことですか…。その強さが悲しいですね。」
■階段〜ロビー■
「そんなカッコいい直江先生を見てしまった以上、やっぱり諦められない倫子。ある意味羨ましいよなぁ、この素直さ、天真爛漫さ。図々しくて無神経に見える危険も孕みつつ、このドラマが倫子をどういうキャラにしたかったのかは、こういうシーンでよく判るね。」
「『私、しつこいですから』か…。本当に嫌いな相手にこれを言われたらカンベンして下さいですけれども、心の底では倫子を好きな直江にとっては、やはり大きなエフェクトだと思いますよこれ。」
「そうだよね。あなたが逃げようと避けようと、私はあなたを好きであり続ける宣言。…確かに嫌いな相手にされたら大迷惑だね(笑) 逆に言えばさ、嫌ってる相手にこれを実行したら間違いなくストーカー行為じゃんか。」
「現実においてはそのへんの区別が難しいところですね。」
■翌朝・ナースセンター〜病室■
「トリオロス大部屋の井戸端会議を、神崎をけしかけてやめさせる小橋。人を差し向けず自分で止めろってば、先生(笑)」
「入院してる患者さんていうのは誰でもこんな風に、他人の病状に対しても神経過敏になるんでしょうね。」
「それはそうかもね。交通事故で怪我した、とかいうんだったら治るのを待ってだけいればいいんだろうけど、病気には不安がつきまとうよね。」
「平然としていられる病気って、盲腸くらいじゃないですか?」
「そうだね。現に石倉がさ、胃潰瘍だと信じていて実は末期癌なんだもんなー。その石倉のもとに回診に行く小橋と倫子。深刻な表情にならないよう、十分に気を使ってね。」
「鉢植えのたんぽぽはすっかり枯れちゃっていますね。それを見ながら石倉は何を思っているんでしょう。2人に何度か呼びかけられても、すぐには気がつかないくらい真剣に。」
「けっこう悲愴というか、ネガティブ系の考えではあるだろうね。石倉は顔を窓の方に向けてるから、病室に入ってきた2人にはその表情は見えなかったはずじゃない。ゆっくりと振り返った時には石倉はもう笑っていて、『面倒かけてすまなかったね』なんて人生の大先輩らしいことを言っている。『俺はまだ枯れないよぉ』って言い方もけっこうコミカルっぽい口調にはなってるけど、ただ単純にそれだけを信じて言っているとは、今や思えないもんね。色んなことを悟り始めてるはずなんだ、石倉は。」
「もしかしたら石倉は、自分の”死のかたち”を少しずつ作り始めているんじゃないですか? 倫子や小橋や直江といった、人生の最期に出会ったこの優しい人たちとの間に、…何ていうのかな、何かをしてあげる…というよりは、その人たちとともに自分も存(あ)ろうとしたというか、彼らとの係わりを肯定しようとしたというか。」
「うんうんうん、判る判る。『石倉さんなら大丈夫ですよ』って言った小橋に対する『ありがとう』もね、単にそう言ってくれたことにありがとうなんじゃなく、もっと深い感謝が入ってるのが判るもんね。」
「ありがとう、と言われた時の小橋の表情、これもすごくよかったですね。笑顔よりも先にこみあげてくるものがあって、ぴくっと眉が動いている。こうなると医者の立場も患者の立場も関係ありませんよね。石倉に示されて教えられるものの方が、小橋にとっては多いのかも知れません。」
「ああ、それは確かだねー。小橋という人もさ、心根はまっすぐな人だから、石倉の想いは素直に感じ取って、将来はもっといいお医者さんになっていくんだろうね。人間の”出会いの意義”ってのはそういうところにあるからな。」
「でもそうやって考えると、将来や未来とは分断されてしまっている直江が、やっぱりひどく悲しいですね。」
■土手■
「石倉の枕辺のたんぽぽを植え替えてやりたくて、必死に探す倫子…なんだけどもさぁ。これはドラマとはちょっと離れたハナシとして、あたしは思ったねー。もしか私が石倉だったら、たんぽぽはもう取ってこないでって倫子に言うだろうなと。だって、地面に生えてるものを無理矢理ほじくって、あんなちっぽけな植木鉢なんぞに入れるから枯れちゃう訳でさ。自分の死を悟った人間は、他のものの死を望まないと思うんだ。これ以上、たんぽぽを枯らすのは忍びない。自然の中で自由に、ありのままに、咲かせてやってほしいって。」
「なるほどね。まぁそれはドラマの創り手の違いでしょうけれどね。」
「もちろん。だからそれでどうこうしたって話じゃないけどさ。この原稿書いててふっと思ったのよ。これでまた取ってきたって、どのみち枯れてしまうたんぽぽは可哀相だよなって。そのことに思い至らない石倉では、ひょっとしてないんじゃないのかなぁと。」
「でもあれじゃないですか。石倉の場合は、たんぽぽが枯れる枯れないよりも、それを取ってきてくれる倫子の気持ちの方に、より深い感謝の比重があるんじゃないですか?」
「ああ、それは言えたね。自分のために、という倫子の気持ちこそが、何より有難いものだよね。」
■直江の部屋■
「いつもの通勤着よりはちょっと丈の短いコートを羽織って、お出かけ仕度の直江先生。この日はお休みだったんだろうね。これから七瀬先生をホテルにお迎えに行って、半日東京見物のお供。そういうスケジュールなんだろうな。」
「本当に息子みたいですね。長野にいた頃の直江は、先生の家によく遊びに行ったりしていたんでしょうね。」
「だろうねぇ。恩師であり父親代わりでもある。そういう男なんだろうね七瀬は。」
「出がけにふと目をとめたガラスのボートを直江がポケットに入れるのは、これは捨てるつもりだったからなんでしょうか。」
「ああ、そうだと思うよ。今までどうにも捨てづらかったというか、捨てそびれたというか。だからこの機会にどこか雑踏の中へ、捨ててこようと思ったんだよきっと。出かける時に直江はさ、振り返って部屋の中を見てるじゃない。これはつまりガラスのボートを捨てることで、この部屋から完全に倫子の存在が消える…。それへの愛惜だったんじゃないかしらん。」
「愛惜ね。そうでしょうね。彼女を受け入れることはできないと固く決意したつもりでも、人間は機械じゃないんですから、遮断機をおろすみたいにきっぱりと、忘れるという訳にはいきませんよね。」
「しかも『あたしはシツコイですから』って言われてるもんな。だからこそ振り切らなきゃいけないと。これは捨ててしまおうと。そう思ったのかも知れないね、直江は。」
■ナースセンター■
「”外来の七瀬タカヒロ”のカルテを手に入れたい小夜子の画策。この、カルテ探してる女の子の制服って多分準看さんだよね。小夜子は彼女にお金でも渡して、どうしてもって頼んだんだろうね。」
「やりますねぇ小夜子も。でもこういう時のためにせっせと差し入れをして、味方を作っておいたんでしょうから。」
「そうそう。その努力が実ったってことよ。こういうのはむしろ女同士の方が無理がきくからねー。この若い準看さんもさ、いくらよく知ってる営業さんだからって、男に頼まれるよりは小夜子おねぃさまに頼まれた方が、警戒心なく言うこと聞く。ぜってー。」
「何だか判る気がしますねそれは。”女同士”っていう情報網の強力さには、目を見張るものがありますからね。」
「基本的に集団行動するからな女はな。ピテカントロプスの時代からそうだったんだと思うよ。」
■街角〜院長室■
「ここでの先生と生徒の会話、好き好き〜♪ カバン持ちますよって言う直江に、お前は具合が悪いんだからとか何とか言ってるけど、半分は年寄り扱いされたくない七瀬。またそれがちゃんと判るもんだから、先生の背中を見て苦笑いする直江ね。いいねぇこういうの。」
「でもそういう画面にかぶって聞こえているのは、院長と婦長の密談ですね。直江の身辺、特にいわゆる女性関係を調べろと。」
「うん。この婦長って院長には絶対服従なんだろうね。別に昔はそぉゆぅ関係があったって雰囲気でもないんだけども、経営者はお殿様、滅私奉公が美徳!な世代の代表なのかもなー婦長はな。」
「この2人の会話とかぶる直江がですね、いつもの白衣の鉄面皮じゃあなく、実に素直な好青年の素顔を見せているだけに、視聴者の目には院長たちが悪役として映りますよね。ですからこのシーンというのは、いずれ直江を襲うのだろう運命への効果的な伏線の役割も果たしているんですね。」
「うんうん。彼が隠している色々なことがやがてバレて、追い込まれていくんだろうなぁ…ってね。」
■蕎麦屋■
「このお蕎麦屋さんは丸ノ内だか日本橋だかに実際にあるんだってね。こないだ広島の青組姉さんたちが、東京に来た時に行ってみたんだって。」
「へぇぇ、実在のお店なんですかここ。じゃあオンエア後は混雑して大変だったでしょうね。」
「だろうねぇ。視聴率20%っていうのはさ、全国2400万人が見てるってことじゃんか。よし行ってみよう!と思う人間が、仮に千人に1人だとしても2万4千人だよ。すげー人数だよねこれは。
どっこいその中の2人である広島姉さんが行ったのは祝日だったもんだから、ビジネス街の蕎麦屋はきっぱり定休日だったと、そんなオチがついてるけどね。」
「あ、お休みだったんですか…。それはまた残念でしたね。まぁ日本橋界隈じゃねぇ…。企業が休みの日に開けていても仕方がないんでしょうけれども。」
「ビジネス街つってもこれが新宿とかならさ、サラリーマン以外の客も多いだろうから営業してたんだろうけどね。それはそうとこのシーンの中居さんがさぁ。これまた素敵なんだよぅ。あの黒いセーターの肩がねぇ? かちっと張ってて厚みがあって…。」
「はいはいはい、判りました判りました。細身で通っている中居だけれどもそんなことは決してない。あの肩と広い背中は震えがくるほどセクシーだ。横顔がまた完璧に整っていて、影を落とす睫毛には何度溜息をついたか判らない。…以上でよろしいですか?」
「あとねぇ、あの箸使いがさぁ…」
「あ、まだありましたか(笑)」
「薬味を入れてね? こうやって溶いてる手元。ついついじーっと見つめちゃうんだよねぇ。」
「蕎麦の箸にまで見とれるんですか。それはもう末期症状ですね。」
「それはもう重々承知なんだけども、雪かきの話をしながら思い出を確かめあう師弟がね、まるで別れの儀式のようで、美しくも切ないやねぇ。ここでは直江だけじゃなくてさ、実は七瀬も孤独なんだってことが、セリフのはしばしから伝わってくるし、またそれを直江がちゃんと感じとってるんだってことも、表情を通して判るよね。
『お前と違って今の若いのは雪かきが下手でな』とか、『2人で並んで、雪をかいたな…』とかっていう七瀬の言葉からは、ああ、この人は直江ほどの愛弟子には二度と出会っていないんだなって思えるじゃんか。」
「そうですね。荷物をそこらへんにポンと置いて、黙って雪かきを手伝ってくれた青年は、七瀬にとってもかけがえのない、2人といない生徒だったんでしょう。まぁ俗な言い方になりますけれども、最近の学生ってそういうの、やらなそうじゃないですか。学生っていうか研修医なのかも知れませんけれども。」
「だろうねぇ。七瀬がお蕎麦をすすっている時は直江がえもいえぬ表情で七瀬を見、また直江が顔を伏せた時には、七瀬が彼を見つめている。食事っていうのはさ、生きるための行為な訳やんか。骨髄の病気は消化器官にいきなり影響を及ぼすもんでもないみたいだけど、今こうして目の前で、一見健康そうに口を動かしている直江は、やがては…いずれはそれもできなくなるんだって、ひりひりした痛みのように七瀬は感じてるんだろうね。」
「直江が普通に生活できるのはあとどれくらいで、歩けなくなるのはいつ頃で、命の火が消えるのはどの季節なのか、専門家の七瀬にはかなり正確に予測できる訳ですよね。そう思うと医者というのも、残酷な商売なんだなぁ…。」
「知らぬが仏とは無縁だもんね。救いのない商売かも知れない。」
■土手■
「それに比べて健康やなぁ倫子は(笑) ああもぅ、こんなに藁だらけになっちゃってぇ。」
「この子供たちは第1回めの一番最初に、ここを歩いていた子供たちなんですかね。いや別に特に意味のあることじゃないですけれども、ふとそんな気がしました。」
「あ、いっちゃん最初の、ほんとにしょっぱなのシーンだ。直江のボートが画面にinしてくるその前の。」
「ええ。近所の子供たちなんでしょうね。通学路も遊び場もこの土手なんでしょう。」
■東京駅バスターミナル■
「さぁっここがまた第6回の名場面! 重大な意味のあるシーン! この第6回の座談会はけっきょくのところ3回に分けてUPする結果になっちゃったけども、山場の多い回だったから、息切れしなくてかえってよかったかも知れない。1度のUPじゃ読んで下さる方々も疲れたかも(笑)」
「その可能性もありますね。怪我の功名じゃないですか?」
「うん。結果オーライだったかもね。そして舞台は夜の東京駅バスターミナル。七瀬先生を見送る直江。
長野といっても広ぅござんすからね。帰る先が長野市だったらなんで新幹線に乗らないのって感じだけども、松本ならバスはアリかも知んない。てゆーかこのロケがな。バスを1台仕立てるのはさほど難しくなくても、そのために新幹線走らす訳いかないだろうしね。八重垣くんもよく知ってる通り東京駅のホームってさ、東海道新幹線用はいくつもあるけど、東北・上越・長野新幹線となるとこれ全部合わせてたったの1つ、つまり線路は2本分しかないんだもんね。ひっきりなしに発着する超過密ホームで、ナカイマサヒロのロケをさせるのは危険すぎて無理だったんだろうな。東京駅の駅長さんがウンと言わないだろ、多分。」
「と言いますかシーン的にここは、列車よりバスの方が余韻があってふさわしかったんじゃありません?」
「そっか。それも言えてるかもね。確かにこのシーン、イルミネーションが綺麗だったし、松本行きのバス停で七瀬が直江に手を差し出した時に、2人の間にぱぁっと光る白いライトなんかは効果的だったよね。これをホームという場所で演出するのは難しいか。」
「ええ。難しいと思いますよ。智子さんの言う通りこのシーンには重要な意味がありますから、演出もそれだけ凝ってますよね。光の使い方なんかは特に。」
「そうなんだよね。『じゃあ、しっかりな』って差し出された七瀬の手を、『先生も、元気で』と握り返す直江。この時この師弟はさ、これが今生(こんじょう)の別れになるのだと、はっきり予感してるんだよね。ここで直江のバックになってるビルの窓明かり。綺麗だったよねぇ…。
でもって次が山本さんの名演技。声を潤ませてっていうのはこういうのをいうんだよね。『直江!』と万感の思いを込めて、『私は本当は今のこの瞬間にも、お前の首ねっこをつかまえて連れて帰りたいよ。』
これを言ってくれる人は、世界にそうはいないだろ。だけども直江の選んだ道を、生き方を、この恩師は許して…いや、認めて、でもないな。…禁じないでくれる? 歩かせてくれる? 最後に1羽だけ残ったニッポニア・ニッポン(朱鷺)のように、庇護という名の鳥籠に閉じ込めて大空を奪ったりはしない?
鳥は鳥ゆえ空にある。七瀬はそれが判っているから、ここで独りバスに乗るんだよね。」
「鳥は鳥ゆえ、ですか…。『私は教え子を立派な医者に育てすぎた』…これほど切ない褒め言葉はありませんよね。」
「クラクションにせかされてステップを登る七瀬を、追いかけるように1歩近づく直江。この時の視線、この眼差し。これこそが絶賛に値する! 中居じゃないんだよこの表情。これは直江なの。ここにいるのは直江庸介なの。燃えつきかけた自らの命の火を、抱きしめて彷徨うひとりの青年医師。求め続け拒み続け、迷い躊躇(ためら)い怯え立ちすくむ、孤独な1つの魂なんだ。
その魂にもう1つの、年嵩の魂がこめる命懸けの祈り。『頼むから、ひとりで抱え込もうとするな。自分がひとりぼっちだなんて思うなよ! いいな!』 ―――それが恩師の最後の教え。心の氷がパシンと割れて、涙になって融けだす。深々と、走り去るバスに頭を下げる直江。ゆっくりと、名残を惜しむかにターミナルを回って、テールランプは遠ざかっていく。おそらく車中では七瀬もまた、滲む視界に教え子の姿を、生きて二度とは会えないだろう姿を、瞳の底に焼きつけていた。………
いやぁーぁぁぁ…名場面だねぇ八重垣…。やっぱ全編第1の秀逸はこのシーンだねぇ…。」
「確かにそうですね。情感溢れる山本さんの演技は今さらながらに素晴らしいとして、それに劣らない中居は、これは本当に立派ですね。」
「だよなぁ。所詮はバラエティ専門のアイドルだなんて、今だにそんなことほざいてる馬鹿に、見せつけてやりたい気分だね。いやいやそんな馬鹿に見せるのは逆にもったいないわ。トウフのカドにアタマぶつけて、にがりの中で泳いでろっつの!」
「何ですかそれ(笑) 新しいパターンの罵り言葉ですね。」
「まぁそんなのはどうでもいいから、って自分で言ったんだけどさ。もう1つここで言いたいのがね。奥さんの三回忌が云々、っていう時の七瀬の言葉ね。伺えなくてすみませんでしたと謝る直江に、七瀬は言うじゃん。私があいつのことを覚えていればそれでいいんだって。『それがあいつを見送った私のつとめでもあり、幸せでもある』って。
これはさぁ、言い換えれば”死んでいった者が残してくれた幸せ”でしょう。愛する人を覚えていること。死ぬまで覚えていられる幸せ。そんな幸せもこの世にはあるんだってことを、七瀬はさらりと直江に教えたのかも知れない。これはこのあとの最終シーンで、直江が下した決意にも大きく影響してると思うな。死んでいく自分が手を取ることは、彼女にとって不幸なのだとしか直江は思っていなかった。でも、そうではないのかも知れない。つかのまであっても愛し合ったことは、彼女の心に残るその記憶は、もしかしたら”幸せ”であるのかと。”幸せ”のかたちの1つであるのかと…。そう直江に思わせたと思うよ。ここでの恩師の、心からの教えが。」
■夜明けへ■
「…さて。お茶いれかえようね八重垣。湯呑みかして。」
「ああ、すみませんありがとうございます。何ですか、ここで気合の入れ直しですか?」
「まぁね。今ちょっと熱く語りすぎてクチが乾いたっていうのもある。いいよねこのティーバッグの煎茶ね。茶漉しいらずの網いらずで。はいよ。熱いから気をつけて。」
「あ、どうも。お茶菓子いります? 差し入れの柏餅ありますけど。」
「ん、それはまだいいや。あと1シーン、語ってからね。しかし桜餅の葉っぱは食べるけど、柏餅の葉っぱまさか食えんわなぁ。」
「いえその…そこまで話を脱線させない方がいいと思いますよ。ボルテージ下がりますから。」
「だいじょぶだいじょぶ。もうすぐ始める。差し入れってのはところで誰から。」
「リスナー…いやビジター様からです。八重垣様・木村智子様って、ほら。」
「ほんとだ。あとで有難く頂戴しましょうぜ。さぁさぁそれでは行きますかねっ、『L’ombre blanche』第6回のオーラス、もう何度も言ってるけども、”TVドラマの挑戦といってもいい脅威の大映像詩”について!」
「いいですよ。どこからでも行きましょう。て言うか前回のUPで、サワリは少し話してるんですよね。」
「まぁね。一部重複(ちょうふく)は許して頂くとして、前回はちょっとリクツに走って判りにくかったキライがあるんで、今回は判りやすく結論から言うとね、要はこのシーンは、現実の事柄というよりも直江の心象風景であると、そう思う次第なんでございます木村智子としては!」
「なるほど。ボートに乗って川を漂いたんぽぽの土手に流れつくというのは、単にそのまま現実の出来事として、『表現されてはいない』ということですね。」
「そう! 『表現されてはいない』! そこんとこが大事ですねぇ。ドラマっていうのはさ、ドキュメンタリーじゃないんだよ。何時何分にどこそこを出発した直江のボートが、東京湾の潮の道引きと風力いくつの風によって、北緯何度東経何度をいついつ通過し、東京都江戸川区のどこどこに漂着しましたと。そういうことが言いたいんじゃあ、ない。そういう視点でこのシーンを見たら、おかしくってやってらんないって。これが現実だとしたら多分、気がついた時に直江は太平洋の上。さらに肺炎か何かになってるよね。
そうじゃない。このドラマのこのシーンが表現したかったのは、倫子と出会うまでに直江が過ごしてきた時間なんだ。直江のいた世界の孤独の深さなんだよ。そのことをこのドラマは、創作世界でだけ許される”虚構”によって、…時間と空間を自由に切り取り並べ替え、音楽と映像にそれらを象徴させて再構築することで、主人公・直江庸介の心情を表現しようとしてるんだ。
白い蒸気を吹き上げる、地下通路のような暗い道。歩いていく直江の後ろ姿。これが例えば絶望と混乱を。
クラブ・プランタンのカウンター。贋物の春。紫煙と酒。これが例えば否定と逃避を。
夜明け前の川原。立ち枯れた葦を踏みわけて、流れに歩み寄る直江。一艘の舟がまるで彼を待っていたかのように浮かんでいる。ロープをはずし漕ぎ出す彼。このあたりで虚構が現実に、抽象が具象に勝(まさ)り始める。舟の中には横たわる直江の姿がある。ただ独り寒そうに凍えながら、暗い夜を漂っている。
やがて空が白みだす。光る川面。眠り続ける直江。鳥の声がして、何かに導かれるように、小舟はゆらゆらと流れていく…。
これはまさに映像詩だよ。これで通したのは本当に脅威だ。これは象徴ではなく事実であると取られ、何なんだよ意味が判らない、と視聴者に言われる危険はたっぷりある訳じゃん。現にそういうメールも私は何通か頂いたもん。だけど、その危険を覚悟で…っていうのはこれまた私の勝手な想像解釈だけどさ、それを覚悟でやってのけたのは、制作側の挑戦であり自信であり、また意志でもあったんだろうね。」
「うーん…。判らない、と言われる危険は確かにありましたよねぇ。この映像詩の始点と終点が現実に繋がっていただけに、余計そうだったと思います。直江がボートを漕ぎ寄せた岸辺にいた倫子は、別に彼が見た幻じゃなくて、事実そこに居た訳ですから。このシーンでは。」
「そうそう。子供たちに案内されてたんぽぽの野原にやってきた倫子の声に耳朶を打たれ、直江が目を開いた瞬間、抽象は具象にバトンタッチしたんだと思うよ。それまではもぅ見事なまでの象徴世界であり、抽象画だった。水門をくぐって水路を行く舟なんて、あれはまさしく人の心の壁の象徴でしょう。人工の、コンクリートの、不自然に加工された川。かけひきが、嘘が、仮面で固めた顔があって、その奥で直江は独り、凍える心を抱きしめていた。
長い水路を経巡って、流れ彷徨い、たゆとうたボートは、大いなる運命に導かれるように、光り輝く春の岸辺に辿り着いた。そこには黄金色の春の使者、たんぽぽが咲き乱れている。ガラスのボートを握った指が、ぴくりと動いて彼は目覚める。鳥の鳴き声、子供たちの歓声。輝く命。新たなるものが生まれいずる季節。そしてその中心で微笑むのは、春の女神・倫子…。
もぅさ、文章謳いまくっちゃうよね。謳うしかないよねこれは。散文じゃ無理だ。韻文でしか語れないよ。脅威だなホント。よくこれをやったよTBS。理屈の通用する映画作品じゃあない。お茶の間に届ける娯楽作品の、TVドラマなんだからねこれは。つまんないと思ったら誰も我慢せずチャンネルを変える。最大公約数を無視しては成り立たない。そうたやすくは賭けに出られない。数字が欲しければなおのこと…。それをよくここでやってのけた。素晴らしいですマジ。うん。
でね? またさらに語り加えたいのがさ、その挑戦というか賭けの土台となったのは、奇跡のビジュアルと奇跡のイマジネーションを宿す、中居正広という存在だったんじゃないかってことなのよ。ファンの欲目だと言うならそうかも知れない。でも、逆に、ファンだからってそこんとこを評価対象から除くのも、とんでもない画竜点睛じゃないかという気もするんだ。
これさぁ。このシーンを映像詩表現で通すっていうのはさ。演者が中居でなかったら不可能だったんじゃないか? あのオトコの持ってる摩訶不思議な二面性…拒絶と渇望、男性的なものと女性的なもの、包容力と庇護欲…そういう真反対のものがスポッと同居しているあの存在に、力を借りる部分がすごく多かったんじゃないかと思うのよ。
―――とか言いつつこの文章、中居ファン以外のヒトが目にしたら微苦笑ものかな。単なるイタいファンかね私。だけど以前とあるモノに書いたことなんだけど、彼は合わせ鏡なんだ。見る者の欲望を際限なく引きずり出して、無限の迷宮の鏡の廊下に、問わず語りに映し出してしまう…」
「ちょっ…。ちょっ、と、待って下さい? その論はそのへんでストップしましょう。中居正広論じゃないんですからこれは。その調子で行ったら収拾つかなくなりますよ。それはまた機会を見て別稿で、命と正気を削りながら語って下さい。話をドラマに戻します。」
「は、そうしませう(笑) ナイス・ナビゲーション。さすがは八重垣だ。」
「いやお世辞はいいですから(笑) あと語らなきゃならないのは、倫子の元に辿り着いたボートから、降りる決意をした直江の心情でしょう?」
「はいそうです。ガラスのボートを額に押しつけて、直江の最後の煩悶。
白い翼の鳥たちが舞い立って、待ちきれずに倫子は駆けてくる。光る川、光る空。降り注ぐ光のまぶしさに目を閉じる直江。この手を取ってしまったら、彼女を抱きしめてしまったら、罪と苦悩と後悔と、悲しみを生むだけではないのかと。誰とも深くは交わらず、時がくれば風のように消えていくつもりだった。死への旅立ちはもうすぐそこだ。なのにそれまでの束の間を、まさかこの”愛”の中で過ごすことが、自分には許されているとでも…。
ここで直江の背を押して2本のオールを握らせたのは、命懸けの祈りを投げかけてくれた、恩師・七瀬の言葉だったんだろうね。何もかも独りで抱え込むな。自分が独りぼっちだなんて思うな。駆けてくる倫子と、漕ぎ寄せる舟と。光の中で重なり合う手と手。
『すごいでしょ、こんなにたくさん!』 初めは無邪気に笑っていた倫子が、直江の眼差しに笑みを消す。『君は不思議な人だな…。』 直江は倫子を抱きしめる。『こんな冬に、春を見つけて…。』
ここではさぁ。ちょっと悔しいんだけども、ついうかうかと感動しちゃったよ私(笑) まりやさんの歌声がまたいいんだもん。それに倫子のね、抱きしめられた瞬間は『信じられない』って顔なのに、これは夢じゃないんだと悟ったあとで、直江のぬくもりをかき抱くところね。じーんときましたよさすがにアタシも。よかったなぁ倫子…って思っちまったよ。」
「そうでしたか。それこそドラマの勝利で、よかったじゃないですか(笑)」
「なー。視聴者を感動させたらドラマの勝ちだよな。ってベツに勝負してる訳じゃないけども。しかし読み返してみるとさぁ、アタシったら珍しくこのシーンでは、余計なコト言ってないよねー。この鳥はユリカモメなんじゃないかとか、これだけのたんぽぽの群落を、美術さんだか大道具さんだか知らないけどよくもまぁ作ったもんだねとか。」
「なるほどね。…お茶、いれかえますか?」
「おおサンキュウ。ポットのお湯まだある? ギリギリじゃないの? このあと柏餅食べるんだから、ちょっと多めに欲しいんだけど。」
「ありますよ。もう1つこっちにもポットありますし。」
「なんだあるんだ。じゃあ惜しみなくちょうだい。なみなみでいいよ。」
「はいどうぞ。じゃあ…そろそろ締めますけれども、あと何か言い足したいことはないですか?」
「あち…。あ、待って待ってあと1つある。」
「中居さんステキー!だったら今回はもうさすがに勘弁して下さいよ。」
「ちゃうちゃうちゃう、演出上のこと。このボートの映像はもしかしたらね、第1回めのしょっぱなの、直江を乗せたボートと呼応してるのかなと思って。あそこで仰向けに横たわっていた直江は、あれはもう完全に死のイメージだと思うんだ。対して今回の横向きの姿態、これは眠りのイメージでしょ。『ふるえて眠れ』じゃモロに映画のタイトルだけどね。そんなこともチラリと思いました。―――はい、以上ですっ! 言いたいことは言ったぞぉーっ! さぁ柏餅柏餅! おあとはヨロシクまとめてくれぃ八重垣〜!」
「判りましたけど、…ちょっとそれ半分ずつですよ! 10個全部むさぼり食ったら怒りますからね。
…はい、といった訳でですね、2回に分けてUPする予定が3回になってしまったんですけれども、全10話中でも特に秀逸だったこの第6回については、以上にしたいと思います。今回が秀逸といってもこの先も、石倉の最期や直江の秘密や、名場面はたくさん出てきますから、それぞれについてたっぷりとですね、語っていければと思います。はい。
では次回の『L’ombre blanche』、GW中にはUPしたいと思いますのでご期待下さい。パーソナリティーは私、八重垣悟と、」
「柏といえば柏おどり。パラパラに次ぐメジャーなダンスとして、全国区に広まればいいなと思っている木村智子でした! それではまたNext、ごきげんよ〜! ―――美味いよ八重垣、この味噌味もなかなか。」
「そうですか? じゃあ僕も早速。案外難しいんですよね、この葉っぱを破かずに剥くのが。」
「なぁに細かいことは気にすんな! 疲れてる時は甘いものが一番たい!」
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