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【 第9回 】

「はい、皆様お元気でしたでしょうか八重垣悟です。3月下旬、オンエア終了後からずっとお送りして参りましたこの『L’ombre blanche』も、残すところあと2回となりましてですね、いよいよもう本当に大詰めだなぁと、そんな気がしているんですけれども…。はい。」
「そうだねー、と相づちから入ってしまった木村智子です、どもども。だけどこういう座談会ってさぁ、長距離レースっていうか駅伝に似てるよね。区間が全部で10あってさ、舗装路あり山道あり、上りあり下りありの道のりをひたすら走っていくという。」
「駅伝ねぇ。確かにそんな感じですね。振り返れば長かったような短かったような…ってまだ終りじゃありませんよ、今回を入れてまだ2回あるんですから、ゴールまで気を抜かずにいかないと。」
「そうだね。まぁこの第9回も、スケジュール的に1回のUPでは語りきれなくて、前後2回に分けることになっちゃったんだけどね。…ビジターの皆様っ、申し訳ございませんっ!」
「でもまぁそれは仕方ないですよ。スピードを優先して内容を薄くする訳にはいきませんから。…はい、じゃあ時間もないことですし早速本題に入りましょうか。前回のおさらいシーンは省きまして、川原での直江と倫子の会話からです。どうぞ。」


■川原■

「あのレントゲンは先生のじゃないですよね、と問われて空を見上げる直江。返事の間をかせぐための動作ではあるけども、ちょうどいい具合に雨も上がってたんだね。てことはやっぱ前回のラストあたりの雨はスタッフが降らせてたのかな。『CANAL CAFE』での雨は本物だったとしても。」
「そのへんはもう判りませんね。でもこのやみ方のタイミングは演出でしょう。さてクロゼットの中のフィルムについては、違う、と直江ははっきり否定しますけれども、倫子もなかなか鋭いですね。フィルムに書いてあるあの『F』が、直江のボートの『7番め』につながるものだと直感した訳ですからね。」
「うん。こういう時の女…っていうか、こういう時の人間のカンって、すごい鋭いものがあるよね。まさに原始の本能、五感の次の第六感ね。」
「あるんでしょうねそういう、何かを鋭く感じ取る能力が。実際、人間には。」

「あるねー。『人のことを勝手に病気にするな』と言われて、倫子はまたいっとき安心するんだけど、そこへ転がってきた野球ボールをさ、直江は拾おうとして1回落とすんだよね。ズキン、と痛みが走ったのかそれとも指先の感覚がなくなったのか…。倫子は安心できても視聴者は安心できないやねぇ。直江の症状はどんどん悪化してるんだ。」
「ボールを拾いそこねた直江は、指を一度こうやってギュッと握ってますから、痛みというよりは痺れたような感じがしたのかも知れませんね。そしてこの野球少年を見た直江は、多分かつての自分を思い出したんでしょうね。グラウンドといえば川原と相場は決まっていますから、直江もこんな風に川原でボールを追っていたことがあるんじゃないですか?」
「そうかなぁ…。北海道でもグラウンドって川原なのかぁ? シャケと熊が戦ってるそばで果たして野球をやれるもんかね。」
「いや待って下さいよ(笑) 北海道の川には必ず鮭がいる訳じゃないでしょう。」
「じゃあ他のどこにいるんだよ、シャケ。悪いけど利根川にはいないと思うよ。北海道みやげといえばアンタ、『白い恋人たち』かもしくは、シャケくわえた熊の木彫りが定番じゃんか。」

「…あきらかに間違ったイメージですよそれ。まぁいいや、話を戻しましょう。鮭のいないこの川原で、直江はそのボールを1度は落としますが2度めには無事拾い上げて、ユニフォーム姿の男の子に投げ返してやりますけれども、ここで直江がアンダーで投げているのは、相手が子供だからじゃなくてオーバーでは投げられなかったからなんでしょうね。」
「あ、それは確かだろうね。腕を振り上げたところでまた痛みでも走ったら、おかしいと倫子に気づかれてしまう…。野球大好き少年だった直江なら、オーバーハンドでこの子のグローブの真ん中に、パシーン!と決まるボールくらいは投げてやれたと思うよ。でもさ、1回落としたボールを2度めには拾えてホッとするような状態では、とてもそんな力とコントロールは望めない…。」
「そういうことですよね。好きなこと・得意なことが、1つずつ直江の身から奪われていくんですね。」
「うん。この第9回が描きたかったのは、つまりそういうことなのかもね。大切なものを1つずつ1つずつ失っていく直江に、最後に残ったたった1つのものは何なのかと。それを描くための第9回だったんじゃないかな。」
「ええ。今回のクライマックスで直江は、とうとう自分の人生の誇りである”外科医”の力をも失ってしまいますからね。そう思うと残酷な回かも知れません。」

「うん。ダイナミックじゃあなかったけど、最後の刻に向かう直江を丹念に、しかも淡々と追い描いた、ストーリー性の高い回だったかもね。―――などと語りつつ一方ではこれまたいいわぁ星人がだ。手にした傘を『ちょっと持ってて』と倫子に預けて、ボールの方に走ってくる直江のすらりとした姿に酔いしれている訳なんだわ。このシーンの直江ってさ、すっごく背が高い感じしない? 黒い衣装とコートの丈が、ロングの映像にバチッと映えてるよねぇ。」
「まぁ確かに中居はスタイルいいと思いますよ。よく言われることですけれども、彼の場合は縮尺がね。」
「そうそう。全体的に小柄……でもないんだけどね決してねぇ。ゲーノー人はみんな背が高いからな。ことさら小柄に見えるんだろうね。」


■レントゲン室〜川原〜病院内廊下■

「『F』のフィルムが本当に直江のものなのかどうか、明確なウラを取る小橋。ガラスのこっちがしにいる三樹子は、ただもう祈るだけなんだね。」
「そうですね。三樹子は直江の苦しみようを実際に知っているだけに、あのフィルムに写っているのが直江の病身だということは99.9%判っているんでしょうけれども、それでもどうか間違いであってほしいと、最後の藁にすがっているんですよ。」

「そんな苦しい調査をしている2人をよそに、直江と倫子の幸せな1日は穏やかに終わろうとしてるんだね。夕暮れの川原での倫子は本当に幸せそうで、三樹子の嘆きとの対比が際立つなー。そっと差し出された直江の手を、しっかりと握りしめる倫子。純愛、って感じでいいよねー。」
「いいですねぇ。この2人が幼いプラトニックじゃあなく、きちんと男と女の関係にあるからこそ、このシーンは逆に綺麗というか…しみじみ胸に迫りますね。」
「手をつなぐっていう行為がどんなに心ときめくものであるか、このシーンを見てると思い出すよねぇ。ねぇ八重垣。アタシも思い出すよ、そうやって。」
「そうですね。ここでまた変なことを言うと第4倉庫の裏になりそうですから黙ってます(笑)」

「ああそれが懸命だな。さてそんな幸せな2人とは正反対に三樹子は、最後の藁も失って絶望の底に突き落とされている…。直江はもう治らない、じきにやってくる死を待つだけだと。
これを知った三樹子はきっとさ、直江という男のかつてのふるまいが、全て理解できたんだろうね。何に対しても期待も執着もせず、抱擁はいつも刹那的だった。そういう彼のニヒルでクールな雰囲気に三樹子は酔わされていたんだろうけど、それは直江の持って生まれた性格ではなく、迫り来る死を彼が覚悟していたからに他ならない…。それが判ったとき三樹子の中にはさ、直江への愛しさと悲しさが一層の強さでこみあげてきて、自分でもコントロールできなくなっていくんだろうね。」
「そうでしょうね。でも小橋は慎重に、勝手に決めつける訳にはいかないと言って三樹子に口止めしていますから、やっぱり外科医らしい冷静さは持っている男なんですね小橋も。」
「そうだね。熱血漢に思えるんだけどね。でもって手にした封筒をじっと見ていた小橋の目がさ、スッと横に動くのはこれは、彼の決意のあらわれだよね。ああだこうだ想像して騒ぎたてるんじゃなく、直江本人に直接確かめに行こう。小橋はそう決意したんだね多分。」

「考えてみたら小橋って確か、直江より幾つか年上ですよね。先輩風吹かす訳ではありませんけれども、放っておけない気にはなったかも知れませんね。」
「そもそも面倒見がいいじゃん小橋って。次郎の時もさ、仕事探してやった上に保証人にまでなろうとしたんだから。」
「ああ、そういえばそうでしたね。繭子の事件が勃発する前に電話でそんなこと言ってましたっけ。」
「小橋ってさぁ、育ちもよくって子供の頃から親や先生に褒められ通しで、人を疑うことをあまり知らないんだろうね。これはこれですごくいい男だよなー。高木センパイが惚れるのも無理はない。」
「小橋と三樹子の会話にかぶせて、クロゼットからカルテの箱を出す直江が映りますけれども、これは倫子の目から隠すためじゃなく(笑) そろそろ整理を始めているんだと、このあとのシーンで判りますね。」
「ああ、あたしもてっきり別の場所に移すのかと思ったよ。」


■志村宅■

「抜き足差し足帰ってきた倫子を叱るお母さんは、これは怒っているというよりも、牽制というか…度の過ぎた暴走はするなと釘をさしてるって感じがしますよね。」
「あ、いいこと言う八重垣。その通りだと思うね。現実においてはここまで理解のある母親なんて滅多にいないと思うけども、清美というのはこのドラマにおいては、倫子の完全なる理解者というか、味方として描かないとおかしなことになるからなー。」
「そうですね。母親というよりはむしろ、このシーンの清美はお姉さんに近いんじゃないですか? 姉妹みたいな親子、ってよく言いますけれども、まさにそういう気がします。」
「うんうん、母親じゃなくお姉さんだったら、確かにこんな風に妹の恋を祝福してやれるだろうからね。倫子のほっぺたをくしゃくしゃってやるとこなんか、これはモロお姉ちゃんだよなー。しかしこのウチの場面には必ず踏切の音がしてるんだよね。通るのは京成電車か。庶民的だなぁ実に。生活臭のない直江の部屋とは、本当にいい対比になってるね。」


■直江の部屋〜倫子の部屋〜直江の部屋■

「フィルムに資料をつけてクリッピングしていく直江。こうやって整理した資料は七瀬先生に送るつもりなんだって、見るなり即座に判ったね。登場したのは第6回だけだったのに、七瀬ってそれだけ存在感のあったキャラなんだね。」
「そうですね。このあたりへ来ると石倉よりもむしろ、七瀬を思い出すきっかけが多いですしね。」
「でもってそこへ電話が鳴って、直江が資料を置いて立っていこうとした時、何にひっかかったのかガラスのボートが床に落ちる。倫子との別れはもうすぐなんだってことを、丁寧に思い出させてくれる演出だよねー。」
「ええ。ベルが鳴ると同時に直江は多分、かけてきたのは倫子だと直感していますよね。そこでボートが落ちるんですから、象徴的ですよね実に。」

「倫子はさ、ついさっきまで直江と一緒にいたのに、もう一度声が聞きたくて電話してくる。今日1日を一緒に過ごしたからこそ、その日を締めくくる『おやすみなさい』を、愛する人に言いたいし言ってほしいんだよね。この気持ちはすごくよく判るんだけども、死への旅仕度を始めている直江の姿を映したあとにこれが来るとさ、ああ彼の心の痛みはいかばかりか…って、嫌でも思わされるよね。そういう点はホント、よくできた脚本だわ。」
「確かにこのあたりの心情描写はこまやかですね。『もっと一緒にいたかった』と倫子が言うのは当然ですし、『先生も?』と聞くのも当然です。でも見ている者には、この2人がこの先一緒にいられる時間は、ほんの少しなんだってことが判っていますからね。それが切ないですよね。」
「そのへんのさぁ、愛の旋律と悲しみの旋律を、綺麗に二重奏させるのがうまいよねこの脚本。自分の部屋で携帯をかけてる倫子がさ、『もっと一緒にいたかった』って言ったところでシーンは直江のマンションに変わり、カメラは直江の表情を捉える。ここで視聴者の気持ちは、倫子から直江の側にスッと引っぱられると思うんだ。無邪気に素直に恋の幸せに浸って、それを言葉で確かめてくる倫子と、自分の胸の軋みを押さえ、限りなく優しい肯定の言葉を返してやる直江…。『おやすみ』と言ったあとも、自分が切るのを待って彼女が切ろうとしているのを感じて、ピッ、と切断ボタンを押す左手のアップがいいね。」

「この、電話を切る時のかけひきってけっこうありますよね。て言うか女の子って、だいたい相手に切ってもらいたがりません?」
「いいやあたしは自分から切るね(笑) 用件が終わったらサッサと切る。『えぇー? 先に切ってくれなきゃやだぁー!』なんてのはアタシに言わせりゃ、うざい! 文句があるなら第4倉庫の裏にいらっしゃい!」
「いえ特にありません。はい。…で、電話を切った直江は机に戻って、ボートを拾いフィルムと資料を段ボールの中に仕舞って、それからこうやって机に伏せるじゃないですか。この動きでやっぱり、彼の体はもう普通じゃないんだなってことが、残酷ですけれどもよく判りますよね。」
「うん。なんかこう、疲れ方が重苦しい感じね。直江は今日1日、体調の悪さをこれっぽっちも外には出さずに、ずっと表にいた訳じゃんか。現実問題としてこれは、病んだ体には相当大変だったと思うよ。」
「雨も降っていて、寒かったですしね。こうやって資料まとめなんてやってますけれども、直江は実際かなりだるいんじゃないですか。疲れきってますよね。」
「自分に残された時間はいったいどれくらいあるのか、何かに問うように目を閉じる直江。カメラはスーッと上に飛んで、テーマ曲からオープニングタイトルへ。『白い影』という見慣れた文字がね、なんか今回はすごく哀切を帯びて感じられたなー。」


■病院玄関■

「首に下げたペンダントが、嬉しくて嬉しくてたまらない倫子。こういうとこはホントに可愛いと思う。高木センパイに見つけられて衿もとを合わせるのもさ、完全に隠してはいないって感じだよね。」
「そうですね。本当は見つけてほしかった、みたいな(笑)」
「だけど看護婦さんの制服着る時は、アクセはぜってー外さなきゃいけないはずだから、ペンダントなんてよっぽど気をつけないとなくすぞー。高木センパイはいい人だから大丈夫だろうけど、女同士なんてのは親友みたいな顔してても、嫉む相手の宝物をしれっとドブに捨てるくらいは平気でやるからな。」
「…そうなんですか? ははぁ…。やっぱり女の人のそういうところは怖いですね。」
「まぁね。いつの世にも、化けて出るのはオンナだからな。」


■院長室■

「直江を呼び出してフロノスの件を追求する院長。いよいよ追い詰められていく直江…と思いきや、案外落ち着いてるんだよね。まぁ背中に銃口つきつけられても、ペコペコ謝るなんて真似は絶対にしない直江なんだろうけど。」
「ここで院長はもう頭から、直江は薬の横流しをしているもんだと決めつけてかかっていますけれども、『横流し』という言葉を聞いた時に直江は、チラッと目だけ動かしますよね。あれは何と言いますか、『なんだ、そっちか…』とでも言っているように見えましたよ。」
「そうそうそう。直江にとって一番恐ろしいのは、自分の病気が周囲にばれること―――つまりは医者を続けられなくなることであって、横流しなんて全くやってないんだから、どう問い詰められても怖くはないよね。だから今のこの院長室は、直江にとってはまだ”最悪の場”にはなっていない。院長の決めつけはむしろとんちんかん。的外れも甚だしい訳だね。」
「この落ち着きはそこから生まれるんでしょうね。良心の咎めというものが全くないんですから。」
「そうだよね。だから院長に対しては、怖いとか申し訳ないとかじゃなくって、人間は金に惹かれてしか動かないと思ってるのかこの俗物が、くらいの軽蔑心しか感じないだろうね。またこのデータの価値もさ、院長は判ってない訳じゃん。偽造で作れるレベルのものではないと、それこそ七瀬だったら一目で判ると思うよ。」

「うん、直江が院長を軽蔑するとしたらそっちの理由が強いかも知れませんね。ポン、とテーブルに放り出してよこされるのも、雑誌でもめくるようにパラパラ眺められるのも、許しがたい侮辱かも知れませんね。」
「私をからかっているのか、って院長に言われたあとのあの落ち着き払った『いいえ』をさぁ、またこのキレイな顔で言ってのけられたら院長もカチンと来るよねー。それでもさ、フロノスは二度と渡すなと小夜子にきつく言ったと聞いた時には、さすがの直江も表情を変えてる。といっても目を伏せる程度の微妙な変化だったから、果たして院長にそれが判ったかどうかは疑問だけどね。」
「いや、判ってないんじゃありませんか? これだけの状況証拠をつきつけても、院長にしてみれば直江は『顔色ひとつ変えない』に等しいんじゃないかと思いますよ。だからこそ、私の目の前で患者に注射をしてみろだなんて無茶を言った上に、倫子の名前まで出してくるんですよ。」
「せこい男だよなー院長。でもそのせこい目にもはっきり判った直江の変化とは、志村倫子の名前を出されたとたんにピクリと立ち止まった背中なんだね。」
「ここで倫子を出すのは、俗物の院長にしてみれば得意の攻め方だったんでしょうね。やはり弱点は倫子かと笑う顔は何だか嬉しそうでしたよ。」

「確かにこの院長って判りやすいよね。でもさ、直江の見せた変化といえばその前に1つ、『失礼します』と言って立ち上がったときの、院長を見る目の冷たさだよね。憎しみも少しは入ってるかな。あの目には院長も、内心ちょっと押されたんじゃないかしらん。いくら高慢な直江でも、不正がばれたんだからもうちょっとオドオドして、小さくなるかと思えばこの射るような眼。何なんだこの男は、って感じだろうね。」
「でもそれもハッタリくらいにしか院長は思ってないんじゃないですか?」
「だろうねー。目の前にいるこの若造が不治の病に冒されてるだなんて、これっぽっちも知らないんだから当然ではあるけどね。」


■廊下■

「幸せいっぱいの倫子と、いまだ片思い中の高木センパイとの会話。この廊下のパーッとした明るさはさ、倫子の心を満たしているハッピーの象徴だろうね。」
「そうですね。それと『小橋先生には言っちゃったからね』っていう高木さんがいいですねぇ。直江先生と志村さんがつきあってるってことは、私と小橋先生だけの秘密ですよって感じなのかな。可愛いなぁ高木さん。」
「うん。あたしも倫子と高木でどっちだっていうんだったら高木センパイの方がいいなー。バレンタインの夜に居酒屋で恋の悩みをうちあけあったこの2人は、言ってみれば”同志”なんだよね。だけど片っぽの想いはさっさと叶っちゃって、だから 『それくらいは協力しなさいよね』と言われた倫子は、そりゃ 『はい』としか言えないよな。なんかすごくリアルで楽しい会話。」
「でもこんな可愛いシーンではありますけれども、この会話があったおかげで、いずれ倫子が直江の部屋のフィルムを持ち出して小橋に相談するという設定が正当化されますからね。自分と直江の仲を小橋は知っていると判っているからこそ、倫子は彼に相談に行ったんですよ。」
「倫子にとっても相談役。三樹子にとっても相談役。キャラとして実にふさわしい立場になっていくな小橋は。」


■ホール■

「院長室を出てすぐなんだろうけど、エスカレータを降りてくる直江の体調がすごく悪そうなのが切ないね。で、この時玄関から三樹子が入ってきたということは、院長は朝一番で直江を呼び出してフロノス話をつきつけたのか。直江の身辺、ここ1日2日で急転直下だな。」
「三樹子が直江を見つけて立ち止まるカットは、バックにシャンデリアの光があって画(え)的になかなか綺麗でしたね。」
「そうだね。この物語の中では三樹子は、薔薇のような女性なんだっけか。衣装もそれにふさわしく、すごいゴージャスなコート着てるよね。」
「ええ。三樹子は多分、昨夜一晩悩みに悩んで眠れなかったか何かして、出てくるのが遅くなったんじゃないですか?」
「ああね、それは言えたかもね。でもって彼女はホールに直江の姿を見つけ、何を問い詰めるという気でもないんだろうけど後をつけていくと、むこうから小夜子がやってきた…。これさぁ、ビストロで剛が言ってた通り、直江はちょっとモテすぎかもね。女たちがみんな直江に惚れてんじゃん。高木センパイ以外は。」
「いやそれはもう仕方ないですよ。それがいわば主人公の特権なんです。」

「小夜子もさぁ、私は自分の身が一番大事だとか言いながらも、あなたと会って少し変わったみたいだと直江の背中を追いかけている。院長に何と言われようと、あなたのためにフロノスを持ってくるだなんて、自己主義の小夜子さんにはついぞなかった言葉なんだろうにね。」
「でも直江には、あのタヌキ親父の院長が自分に口火を切った以上、次に小夜子がそれをしたらどういうことになるかは、想像がついているんでしょうね。」
「うんうんうん、そうだと思う。次に小夜子がフロノスを持ち出したら、フロンティア製薬内部にもいるだろう行田院長のテノモノが、たちどころにご注進に及んで彼女は即座にクビだよ。そんなのは火を見るより明らかだよね。それに、それだけじゃなくて直江はさ、女の情けにすがりついて薬を手に入れるなんてことは死んでもできない性格なんじゃないかな。」
「ああ、それはあるでしょうね。今の状況で彼女に薬を手配させるのは、直江のプライドが許さないでしょう。」
「たとえそれが自分の命をつなぐ、唯一の細い蜘蛛の糸であったとしてもね。そういう男なんだよな直江って。自意識が白衣着て歩いてるんだと思う。」


■医局■

「直江と入れ替わりに帰っていく夜勤明けの小橋先生。なんか今回の演出ってさ、全体的に役者さんの背中を映す回数が多くない? このシーンでも最初に小橋の背中が映って、そのあとコーヒーを入れてる直江も、やっぱり後ろ姿なんだよな。」
「背中で語る第9回ですか。それぞれが思いを隠して行動しているからかも知れませんね。」
「なるほど。それもあるかも知んないな。…しっかしいいカバン持ってんね小橋ねー。上品で粋でさ、すごく小橋先生”らしい”カバン。三樹子との結婚話の時に、つきあってる彼女はいないって言ってたからさ、ひょっとしてこれはお母様にでもプレゼントされたのかしらん。そんな感じのデザインだね。」
「ああ、確かにそんな雰囲気のカバンですね。小橋のスーツ姿にはぴったりなんじゃないですか。」
「廊下に出たあと小橋は医局の方を振り向いて、そのカバンをコートでこう、覆うようにするのがよかったね。直江の秘密をそこにしのばせてあるってことが、すごくよく表現されてたと思う。」


■305号室■

「トリオロス大部屋のひとり鈴江の診察をして、退院許可を出す直江。神崎先生ってさ、何かというと直江に相談を持ちかけてるんだね。こないだもほら、成田さんが入院してきた日にも医局で、何やら聞こうとしてたじゃんか。」
「そういえばそうですね。あと、石倉のアルブミンを生活保護の患者の名前で保険申請するっていう話を直江と小橋がしていた時にも、神崎はその場にいましたよね。でも彼はけっきょくその話を、院長にも婦長にも事務局にもしゃべってはいないでしょう。だって彼がしゃべっていれば、当然問題になったはずなんですから。」
「だよねー。外科の二大巨頭であるドクター直江とドクター小橋には、逆らうことなんてできない平凡なお医者さんなのかも知れない。ミスの2つ3つを直江にかばってもらったこともあるのかも…って神埼先生の話は別にいいのよ。ここでの直江のさ、『はい吸って下さーい。はい吐いてー。』って言い方がなんかもう完全に医者の口吻そのもので、ああ…これはもう第9回なんだなぁって思ったね私。中居さんがほんとにさ、直江という役を自然に身にまとってるって感じ。堅さも力みも綺麗になくなって、まさに直江庸介そのひとがいるって感じになってるもんね。正真正銘の俳優だな中居さん。」
「そうですね。その称号がふさわしいでしょう。他の誰が演じるのとも違う独自の直江像が、ここまでくるともう、きっちりと確立していましたね。」

「鈴江にさぁ、ガバと手を取って礼を言われた時、『鈴江さんの治ろうとする力が病気に勝ったんですよ』って言うあたりなんか、見事なまでに堂に入った、完全なお医者様だったもんねー。
それとストーリー的な話をするとさ、鈴江は倫子に、志村さんと別れるのが寂しいって言うじゃん。そうすると倫子が、私と別れるのは元気になった証拠だって言うよね。そのそばで直江はカルテを書いてるんだけど、この倫子の言葉はこれまた胸に痛かっただろうなぁ。確かに鈴江は、治ったから倫子と別れて病院を出ていくんだけど、直江が彼女のもとを去るのは、ただ一文字”死”においてのみ。そう思うとさ、教会の結婚式で告げられる言葉…『死が2人を分かつまで』なんて文句、直江には何の意味もないよね。」
「そうですね。でも鈴江のように、病気に勝って退院していく人の笑顔こそが、直江の生きる力であり目的なんじゃないでしょうか。」
「確かに。そのためにこそ直江というひとは、残り少ない命に鞭打つようにして、ここに生きてる訳だもんね。このシーンのラストで直江が見せた笑顔が、それを証明してたと思うよ。」


■医局■

「ここでの直江はつまり、どこかで注射を打ってきたあとなんでしょうね。椅子に座って息を鎮めて、カラのフロノスをポンと箱に放り込んでいますから。」
「残りはあとたったの1本なのか…。自宅にも少しはあるとしても、すでに崖っぷちにいるんだよな直江は。この1本をカバンに入れるのは、隠すんじゃなくて持ち歩くためだろうね。次の発作がいつ来るかは、彼自身もう読めないんだ、多分。」

「でもそこで直江は、引き出しの中のX線フィルムの封筒が、いつもと違って裏返しに入れられていることに気づくんですね。カバンのファスナーを閉めながら、あれっ、てなるのがすごくリアルだったんじゃないですか。」
「ねー。一度は気づかずにフロノスを取ってさ、そのあとで気づくのがいい演出だったね。直江はいつもFと書いてある表を上にして入れるのに、いま注射器のケースの下にある封筒は真っ白な裏面になっている。手に取って中身を数えると、明らかに枚数が足りない、と。」
「でも今直江はこの引き出しを、鍵をあけてから開きましたよね。ということはここをあけた誰かがいるのか、それとも自分の勘違いなのか、直江は一瞬判らなかったでしょうね。」
「そうだね。これで最初に鍵がこじあけられてでもいたら、直江はもっと慌てただろうし、そこらじゅうを探したかも知れないよね。それにしてもここでアップになった中居さんは、なんだか女の人みたいに綺麗じゃない? 『伝説の教師』の最終回の、車で南波を探すシーンもまるっきり女だったけどさ。」
「光の角度によってはそう見えますね。これは中居の輪郭のせいじゃないですか。」
「うん。典型的な細面(ほそおもて)ってやつだからなー。カメラさん、マジで溜息ついてるんじゃないかしら。綺麗だよなぁ…。しかも艶っぽい。いいわぁ星人が大量生産されたって、何の不思議もないよねぇ。」


■階段■

「軽く足をひきずって歩いてる直江に比べて、倫子の元気なこと元気なこと(笑) 健康っていいなぁって走りっぷりだね。」
「ほんとですね(笑) まぁ彼女のこの生命力にこそ、直江は惹かれたのかも知れませんけれども。」
「輝くような春の女神だからな倫子は。でもここでの直江はさっきフロノスを打ったばかりだということもあってか、かなり素っ気ない態度だね。具合の悪さを気づかれたくないというのが第一、X線フィルムの不審が気になって上の空、というのが第ニなんだろうな。」
「倫子に、仕事が終わってから行けたら行ってもいいかと聞かれた時の笑い方も、ちょっと…というかかなり疲れた感じでしたよね。」
「うん。夕日が当たって黄色く染まっている壁に、これまた横顔が映えるよねぇ。お疲れ様でした、に対してお疲れ様って挨拶は相変わらずおかしいけどさ。」
「まぁそれはシナリオ通りなんでしょう。で、ここで倫子は階段を降りていく直江が、不自然に足を引きずっているのに目を止めますけれども、これはそれだけ病状の進行に加速度がついているってことなんでしょうね。どんな病気も若いと進行は早いっていいますし。」
「そうなんだってね。むごいよね病(やまい)って奴は。命の力を容赦なく奪っていくんだね。」


■直江の部屋■

「真っ赤に充血した直江の目のアップ。なんかこのシーンはものすごく胸が痛かったな。前回まではしょっちゅう出てきた、フロノス打つ場面よりもずっと痛かったよ。胸を押さえて横たわっているこの直江の姿が、第1回めの一番最初のシーンに無意識に重なったからかも知れない。あれは”死”の象徴だったと今でも思ってるもんで。」
「死への舟出ですか。黄泉の国への。」
「そうそう。ドクドクと鼓動を思わせる音が聞こえるのも第1回と同じでさ、直江がいま横たわっているのはソファーの上、ここは彼の部屋なんだと判るまでにこのシーンはちょっと時間がかかるじゃない。フロノスをあけてカバンに入れて…っていう直江の頭の中の映像は赤っぽくて、直江が着ている衣装は黒。この2つの色に緊迫感がすごくあったと思う。」

「ここで直江が考えているのは、あのX線フィルムの封筒のことですよね。撮った日から今日までに自分が何をしたか、短い記憶を手繰っているんだと思うんですけれども。」
「そうだろうね。フロノスを箱から出した、フィルムには資料をつけて整理した、あの時あの封筒はどちら向きだった、あの時撮ったフィルムはどこに入っていた…。いつも自分が表を上に仕舞うからって、たまたま違う入れ方をすることもあるだろうし、あの袋に入れたとばかり思っていたフィルムが、実は違うところにあるのかも知れない…。フロノスの横流し疑惑なんかよりずっと重要な、自分の病気の証拠写真だからねあれは。それが誰かの手に渡ったとなれば、直江も安閑とはしてらんないよ。
あの引き出しのことを知っているのは三樹子だけなんだけど、医者でも看護婦でもない彼女がフィルムを持ち出すとは考えにくいし、それにまた三樹子の性格から考えても、フィルムだけ抜き取って黙っているような女じゃない…とか何とか色々考えているところへピンポーンとチャイムが鳴り、てっきり倫子だと思って出たら、立っていたのは小橋だったんだね。これには直江も驚いたろうなー。」
「ええ。まさか小橋が自分を訪ねてくるとは、直江も夢にも思っていなかったでしょうからね。石倉のことで多少は近づいたとはいえ、決して仲のいい相手ではなかった訳ですし。」

「うん。でもってドアをあけた時の直江の視線がねぇ、これがきっちりと”芝居”を決めてたよぉ。まず直江が最初に視線を向けてたのは、倫子だったらいつもそこに立っている位置の、しかも彼女の目の高さなんだよね。でも、あけた瞬間そこには誰もいなくて、おやっとなったところにドアの後ろから人影があらわれる。そこで直江の目はスッと上に上がって、倫子とは全然違う目の高さに至る……と、そこには小橋の顔があったんだね。なかなかに細かい演技指導と、それを見事に果たしてる中居さんがよかったよ。」

「突然の来訪に直江は驚きますけれども、でも小橋の顔を見るなり、彼が何を言いに来たのかは直江には判ったんじゃないかと思いますね。小橋が来るなんてよほどのことでしょうし、直江が今ソファーで考えていたのはその、”よほどのこと”に他なりませんから。」
「そうだね。軽く会釈する小橋の表情が、話したいことの深刻さを物語っていて、直江には一瞬で判っただろうね。三樹子が小橋に相談したんだと。三樹子だったら病院じゅうのマスターキーが自由になることも、今さらながら思い出したのかも。」
「そしてこの次に直江と小橋の交わす会話が、第9回前半の山場ですね。」


( 5月30日更新 )

「このシーンについてはちょっとまとめた感じで話すとね、ここで描かれているもの・主張されているもの・強調されているものは、要するに直江に象徴される『男性的なもの』なんだなと私は思ったね。
それを構成する要素は大きく分けて2つ。1つは男同士の互角なプロフェッショナル意識。もう1つは男の愛し方。」
「なるほど。けっこう論文的に来ますね(笑) じゃあまず互角なプロフェッショナル意識というと、それはこのシーンで直江と小橋が見せたものですか?」

「そう、その通り。テーブルの上にコーヒーも何も出ていないことから考えて、小橋は直江の部屋に入るなり本題を切り出してるんだよね多分。直江の前にX線フィルムを広げて、これを持って京成大学病院の血液内科に行ってきた、と言っている。てことは小橋にはもうさ、直江の症状も余命も何もかも、専門的にすっかり理解されちゃってるってことでしょう。直江も医者なら小橋も医者で、しかも同じ外科医。双方、特性は違ってもお互いの腕は、しっかり認めあってる間柄だよね。
だから直江は小橋に、全てを包み隠さず話したんだと思うよ。長野の病院にいたとき発病したことや、その時にはもう手のほどこしようがなくて、あとはいかに進行を遅らせるかだけだった、なんてことも全部。たとえ小橋が人間的にどんなに優れた人であっても、医者として同格の腕を認めなかったら、直江はこんなことまで話さなかったと思う。

腕―――つまりは力。それを持って初めて、お互いが同じ土俵に上がれるんだ。上がることを認めあえるんだよね。これってすごく男性的なものだと思った、私。これが女だとさ、もっと”情”がからんでくるからねー。腕がどうの力がどうのじゃなく、もっと内面的で性格的なもの? 優しいとか穏やかとか居心地がいいとか、そういう一種”余計な”要素も重要になってくるんだよ。
だけど、直江は情にかられて真実を語った訳じゃないよね。小橋先生が優しいから、こうして訪ねてきてくれたのに感動したから、自分のことを話したんじゃあない。彼は自分と同格のプロフェッショナルで、人脈によって補強したとはいえ専門知識をちゃんと押さえている。さらに表し方は自分と違えども、医者としての責任感と誇りはしっかり持っている。そういう小橋だからこそ直江は、恩師以外の人間には誰も…倫子にさえも話さなかった真実をね、病気のこともそうだし、病気を隠して医者を続けようとした決意や真意をさ、ここで小橋に語ったんだと思うよ。死んでいく自分だからこそ見える医療があると思った時、残酷な事実を味方につけて医者を続けようと決めた。これ以上の医者としての仕事のしかたはないと思ったから…。これは直江の、言ってみれば魂の語りだよね。

それを直江は、小橋には語った。ということは言い換えれば、直江の人生と魂は、小橋と対等なんだよ。決して倫子ではなくて…。『白い影』というドラマにおいて、これは実に象徴的だと思ったね。
脚本は確かに女性だけど、このドラマの視点は完全に、男性的なものの上にある。女から見た世界じゃないんだよ。直江という、男性にとっての理想の1つを具現化したヒーローの視線で、描かれている世界なんだ。そこが『源氏物語』や『風と共に去りぬ』や『ロング・バケーション』とは決定的に違う…。第9回のこんなとこまできてようやく、それに気づいたかも知んないな私は。」

「なるほどねぇ。そう考えると中居を主演に据えたのも、なされるべくしてなされた選択だったのかも知れないですね。」
「うん。そう思うねぇ。骨太な、男性的な思想が、このドラマと主人公・直江の背骨をズシンと貫いてるのかも知れない。中途半端に女の視線を混ぜこんで、変な破綻を招いてない。だからこそこの物語は成功したんだろうね。うん。」

「もう1つのポイントについてはどうですか? 男の愛し方について。」
「ああ、それねー。それがまた大いに第1のポイントと絡む訳だけど、まぁ語弊を恐れずにバシッと言えば、男というのは根本的に本能的に本音的に、女を”対等のもの”としては愛さない―――少なくとも愛したがらない生き物なのかなと思った。
女とは、男である自分より弱くて脆くて小さくて儚いもの。守るべきもの、庇護すべきもの。自分の後ろをついてくるもの。いくら社会的には雇用均等が叫ばれて夫婦別姓が推し進められても、女にはかよわくあってほしいというのが、男の包み隠さぬ本音なんだろうね。この21世紀においてをや。」
「いや、それはね、正直言ってそうだと思いますよ。男というのはやっぱり、女の人を守りたいっていうか…。まぁ少なくとも、自分が守られたいとはまず思いませんよ。」

「だよなぁ。そういうモンだよねぇ。直江の、倫子への愛し方ってまさにそうだもんね。彼女を悲しませたくない。彼女には笑っていてほしい。それはまぁ意地悪な見方をすれば、所詮は自分が罪の意識や嫌な気分を味わいたくないからなんで、単にエゴイストなだけじゃんかって言いたくなっちゃうんだけども、そうすると話がややこしくなるんでそれはちょっとこっちへ置いといてだ。少なくとも直江は倫子に対して、小橋と同じ理解力や強さを求めてはいないよね。自分の身にふりかかっている苦しみとか悲しみとか恐怖とかを、倫子には完全にシャットアウトしてるじゃん。
でもさぁ。それで病気が治るならいいよ。治るならいいけど、自分は死んでいく訳でしょう。そしたら倫子は独りで残される訳でしょう。しかも自殺を決意してるんだよ直江は。そこんとこが石倉とは全く違う。直江は今、倫子を必死で悲しみから守っているかのように錯覚してるけど、実際はダムに水を溜めてるだけなんだよね。独りで残された時に倫子には、その溜めこまれた水が一気に襲いかかることになる。直江を失った寂しさと悲しみだけじゃなく、自分に何も言わずに一人で旅立っていった彼の我儘もエゴも身勝手も何もかも、倫子は飲まざるを得ないよね。肯定する以外に道はない訳だよね。

それだけの強制をつきつけて、倫子を悲しませたくないだなんてとんでもない。庇護してるなんてとんでもないよ。大空全部背負わせるほどの重圧と、それら全てを”愛”のもとに許させるという強制を、直江は倫子に放り投げて死んでいくんだのに、これほど聡明な直江がなぜだかそのことにだけは目をつぶっている…もしくは全く気づいていないってところに、あたしゃ紫の上の嘆きの根本を見るね(笑) 男の愛し方の身勝手さを見る。うん。

だから、このドラマには原作があるっていうのが、逆に言ったら私には好都合だよ。ドラマ化するに当たっておそらく、ラストシーンを変えることはできなかったんだろうなと考えてしまえば、直江の生き方・考え方でどうしても納得のいかない面倒臭い部分は、ポイと原作に背負わせてバタンとフタしちゃえるからね。これって実はすごく楽(笑) すいませんねー渡辺先生(笑)」
「なるほどね。確かにそれは完結させやすいですね。」

「これさぁ、もしこのドラマが女性作家の新作の書き下ろしだったら、直江は倫子の手をとる前に、自分の病気を彼女に告白したと思うよ。自分はこれこれこういう病気で、あとどれくらいの命なのだと。しかし自分にはかくかくの信念があるので、化学療法で無駄に寿命を伸ばしたりはせず、最後まで現場に立って医者として生きたいのである。もし君がこういう男は嫌いだと思うなら、恋人になってくれなくてもいいって。そうすれば倫子はその瞬間だけはものすごいショックを受けるかも知れないけど、別離の苦しみを承知の上で直江を愛するのかどうか、自分の意志で決めることができるよね。乗り越える覚悟も固められるよね。それくらいの強さと思考力をさぁ、現代の女はたいてい持ちあわせてると思うよ。この原作が上梓された何十年前には、なかった意識なのかも知れないけどね。」
「うーん…。まぁ原作とドラマの係わりというのも、難しいところですからね。一概にああだこうだは、決めつけられないんでしょうけれども。」

「そうそう。こうやって批判めいたことを言いながらも、じゃああの第6回の感動は何だったんだって聞かれれば、うっ!と詰まらざるを得ないからね。こんな生き方は身勝手だと思いつつ、直江の苦悩も判るのよ。死への恐怖なんてもんは、健康な人間がああこう言えるほど軽いもんじゃないんだろうなっていうのも判るし、直江のこういうストイックな思想もさ、まぶしいなとは思えるんだ、間違いなく。つまり何だかんだの理屈は抜きで、掛け値なしに魅力的なんだよ直江って男は。それは認めざるを得ないんだ。中居さんが演ってるからっていうのは差っ引いてもね。」
「え? 差っ引くんですか?(笑) 本当に?(笑)」
「いや…(笑) 差っ引きたくないのは山々なんだケドね…(笑) 気に食わない部分は原作に背負わせてフタをして、いい部分となると中居さんの花冠にするンじゃああまりに片手落ちかなーと思ってさ。それくらいの理性は残ってるよ私にだって、なんぼなんでも。」
「へぇー(笑)」
「なんだよへぇーって(笑) そんなアンタ、ヒトを本能だけの生き物みたいに(笑)」
「いえ別に本能だけとは言いませんけれども、いいわぁ星人が無理してカッコつけなくたっていいじゃないですか。」

「まーな。今さら何をか言わんやなんだけどな。何をか言わんやなんだけど、…このシーンで感動したのはさ、直江の全身からただよう空気がもう、この人は病気なんだと判るものになってるってことだったな。一番最初の『先生でしたか…』ってところからして直江はすごくやつれた感じで、かつてはあんなにギラギラしていた、不敵な目の光も弱まってる。小橋に入院するべきだと言われたあとソファーの方に立っていくところも、また腰をおろして『のがれようのない事実ですから』と言うところも、言葉とか口調とかだけじゃなく、直江のかもしだす雰囲気自体がちゃんと変わってたと思うのよ。そうやってソファーに座って人と話してるのも本当はキツいんじゃないかと、思わせられるリアリティがあったね。
その理由は、視線…なのかなぁ。伏せぎみにした睫毛がどうしようもなく綺麗でさぁ。やっぱ容姿で得してるよね直江って。これが筋骨隆々の雲つくような大男に、『僕の我儘です』なんて言われたら張り倒したくなるだろうからね。」
「ああ、それはありますね。やっぱり人間、イメージは見た目ですから。」

「でもって段々チマチマした話になるけどさ、何なんだここでのブシツケな倫子は(笑) いくらオートロックじゃなくて回覧版もある江戸川区のマンションだっつっても、長屋じゃねんだっつの。近所迷惑きわまりないから 『せんせー、志村です』はやめなさいよ。」
「いやこれはストーリー上、訪ねてきたのが倫子だと小橋に判らせるためですから仕方ないんじゃないですか?」
「だけどなぁ…。ちょっと演出が粗くないかぁ? まぁこの第9回あたりになると、本当にもう撮って出し状態だったんだろうとは思うけど…。ドアノブがガチャガチャいって、視聴者にはドアの外の倫子の姿を見せておいて、小橋には『志村くん、ですね』か何か言わせれば済むことじゃんかぁ。こんなねぇ、6畳1間のアパートで隣のおばちゃんが煮物持ってきたみたいなセリフにしなくても。」
「おばちゃんが煮物…(笑) それはまたリアルですね。」
「ピンポーンってチャイムが鳴ってさ、2人が玄関の方を見て、そのあとカメラは外の倫子を映してまた部屋の中に戻ってくるじゃない。この戻ってきた時には直江がさ、ソファーで深くうなだれてたのはよかった。それはすごくよかったのにねー。片手落ちな演出だ。ッとに。」
「何だかいろいろ文句もあるみたいですが、このシーンがだいぶ長くなったんで次行きますよ。何か言い残したことはありますか?」
「えっとね、小橋のね、てゆーか上川さんの後ろ姿もなかなかセクシーだね。くふ♪」
「ほんとに見境…いや、フレキシブルな守備範囲ですよねぇ。」


■志村宅■

「またも聞こえる京成電車の踏切の音。志村さんちの定番アイテムね。庶民庶民。」
「BGMの効果は大きいですからね。使い方うまいんじゃないですか、このドラマ。」
「ここでのさ、倫子と清美の会話は微笑ましくもあるんだけど、直江の部屋に行ったら留守で、でもいたような気もするなんて、恋する女がそこまで細かく母親に言うかなぁ…。隠す必要はないにしても、恋愛にはもう少し秘密を好む面があるんじゃないかしらん。」
「そうですねぇ…。でもまぁそれも人それぞれなんじゃないですか?」
「まぁな。こういう親子なんだよなこの2人は。それに、直江と倫子の仲を清美は応援していたんだってことを強調しとかないと、最終回に悲惨さが出すぎちゃうだろうしね。自分の娘に手ェつけといて、しかも病気のことは隠し通して最後はサッサと自殺するような男、一般的に考えれば母親が許すワケないもんね。」
「そうですね。直江の死後の倫子の支え役として、清美というキャラクターは丁寧に描きこんでおく必要がありますね。」
「清美というのは実に理解のある、さばけた母親なんですよ、ってね。しかし携帯でコールするのはやりすぎじゃないかなぁ。」
「いえこれは途中でシーンチェンジしちゃってますけれども、清美は多分ボタンだけ押して、呼び出し音を確かめてすぐ倫子に渡したんじゃないですか?」
「あ、そっか。かけただけで出てはいないと。そっかそっか。そう考えればしっくりいくね。」


■直江の部屋■

「このシーンにはさぁ、私はこのドラマの全編通して一番びっくりさせられたね。まさかあのあと倫子が直江の部屋に来ているとは予想できなかった。やられたぜスタッフ。『千年旅人』ばりの唐突な場面転換(笑) いやぁびっくりしたの何の。」
「確かにちょっと『あれっ』と思いましたね。最初の映像がセブンスターだっただけに、まさかこう来るとは思いませんでした。」
「でもまぁ、そのびっくりもすぐに消えたけどね。いつも通り煙草を吸い込んだ直江が、げほっ、て感じでいきなり咳き込んだのに気持ちが持っていかれちゃって。」
「ヘビースモーカーの直江なのに、煙草も吸えなくなるんですね。病気の進行はもうどうにも止められないんだと、それを言いたいんでしょうねこのシーンは。」
「だろうね。足をどうかしたかって聞いてきた倫子がキッチンに戻っていったあと、火をつけたばかりの煙草をチラッと見て灰皿で消す。ちょっとしたシーンなのに悲しかったなぁ。」
「ここで画面に支笏湖の写真が映るのが象徴的でしたね。彼の人生は徐々に徐々に、最期へと近づいている訳ですね。」


■ティーサロン■

「直江と直接話した結果を、三樹子に報告する小橋。『このまま症状が進めば歩行困難となり、貧血と痛みの連続で動くことさえ苦痛になります』って説明しながら、カップのへりでミルクの入れ物がカチカチいってるのがいいね。まぁ大の男がロビーのテーブルで、そこまで感情を昂ぶらせなくてもって気はするけど。」
「真剣なんですよ小橋は、それだけ。何もできない無力さも噛み締めているんじゃないですか。僕が面白いなと思ったのはこのシーンのカメラアングルですね。鏡越しの映像なんでしょうけれども、三樹子がいて、その脇に鏡の中の小橋が映っていたじゃないですか。あのアングルは珍しかったですよね。」
「ああ、向かい合って座っている2人の顔が、画面には並んで映るというね。うんうんあれは確かに興味深かった。」

「でもここでの小橋のセリフ…直江の気持ちを動かせる人がいるとしたら倫子だけだっていうのは、美樹子にしてみればあまりに残酷ですよね。」
「そうそうそう! 鈍すぎるぜ小橋!って感じ。アンタとの結婚話を三樹子が蹴ったのは、それは直江に惚れてるからだってのがピンとも来ないのか!みたいなね。まぁこのオトコはさ、あれだけ熱い目で自分を見ている高木の気持ちにも気づかない鈍感野郎だから仕方ないっちゃあないんだけど、これを言われた三樹子がさ、ちょっと挑戦的というか、もうアナタには頼まないわっぽい態度になるのも判るよね。」
「意地になる、って言っちゃうとちょっと違うのかも知れませんけれども、三樹子は倫子より嫉妬深いタイプに描かれていますし、私には何もできないなんてそんなはずがあるかと、俄然行動的になってしまうんですね。」
「何たって三樹子は、断末魔めいて直江が苦しむ姿を目の当たりにしてるからね。ただ黙って放っとけったってそりゃあ無理だよなぁ。そして彼女の行動で物語は意外な方向に、ってところか。」


■直江の部屋■

「相変わらず食の細い直江。スパゲティけっこう残してるよね。」
「そうですね。でも…このタイプの男っていうのは、実際はごはんとお味噌汁の方が嬉しいんじゃないですかね。あと肉じゃがとか。」
「うんうんそれは判る。でもこの部屋に炊飯器はないとみたな(笑) こないだの誕生日の晩にキッチンに入って、倫子はそれを知ったとか。」
「ああね。炊飯器は置いてなさそうなうちですよね。」
「でも倫子だったら釜くらい買ってきそうな気もするが…さすがにそこまではしなかったか。感心感心。」
「そういえば洗濯機もなさそうですよね。全部クリーニングに出してるとか。」
「まさか。霞町や番町ならイザ知らず、江戸川区にそんな気の利いたクリーニング屋があるはずない…とは言っても直江先生に靴下干してほしくはないね(笑) うたばんじゃないんだから。」

「イメージが崩れるから話を戻しましょう。テーブルのところで倫子が振り返ると、直江はソファーでうたた寝…というか、とろとろと寝こんでいる訳ですけれども、呻き声がちょっと苦しそうだったり額に汗が浮かんでいたりで、どこか具合が悪いんじゃないかということは、看護婦である倫子には判るんですね。」
「うん。判るだろうね看護婦さんなんだもんね。『風邪ひいちゃいますよ…』って囁いて無理な姿勢を直してやって、髪を撫でて抱きしめる表情が不安そうだもんね。」
「このへんの倫子の姿には”母性”も感じますね。男にとってこれはもう、永遠にかなわないものです。ええ。」
「そうなんだろうねー。しかしさぁ、床に落ちてる枯葉は掃除しようよ倫子(笑) 料理は上手くてもあんまり綺麗好きな子ではないみたいだね。まぁ引っ越してきた日のあの部屋の中を思い出せば、それも納得いくけども。」
「まぁそれは細かいことですからいいじゃないですか。さっきの携帯と同じで、直江に毛布をかけてやったあとでそーっと掃除したんですよ。」
「だったらいいんだけどなぁ。でもって倫子は直江にかけてやる毛布を取りに行って、足元の段ボールには気づかなかったんだけどクロゼットには目を止めるんだね。今の直江の、額の汗と呻き声と荒い息がどうにも引っかかるんだろうな。」
「覆いの布をどかして袋を見た時の、ごくり、って唾を飲む感じがよかったですね。」


■病院内一室■

「そして倫子は小橋にフィルムを見せに行った、と。なんか小橋って微妙な立場になってるよねー。トランプのナポレオンの副官みたい。」
「その例えはちょっと判りづらくないですか? 皆様に説明した方がいいですよ。」
「あ、そっか失敬。えーとですね、トランプのナポレオンというのは、引いたカードによって”副官”になった人だけが、ゲームしてる全員のうち誰が味方で誰が敵なのか全部判るという特徴がありましてね、それと小橋の立場を引っ掛けてみました。…って説明しちゃうと面白くないねこういうのは。」

「でも小橋は今や完全に、直江の共犯者じゃないですけれども、協力者になってしまっていますね。このフィルムは直江先生の患者さんのものだとか、高度な話合わせをしていますよ。」
「ほんとだね。また頭がいいだけに言うことが適切でうまいんだ! 研究用に持ち帰っているんじゃないかなって聞いた時、倫子は納得の声を上げてるもんね。まぁよくよく考えれば? 直江が小橋に自分の患者のフィルムを見せて相談はしないだろうって思えるけども、そこまでは倫子も疑わないか。」
「倫子が出ていったあとで小橋は、彼女に直江のことを話してみようかどうしようか、ちょっと悩んだんでしょうね。」
「ああ、口元に手をもっていって考えてるもんね。だけどその結論が出る前に、三樹子が事故ってしまった訳かぁ。あとさ、部屋を出るとき頭を下げた倫子に、ちゃんと会釈を返してやる小橋はいい人だね。小橋のそういうとこはすごく好き。」


■廊下〜屋上■

「廊下を歩いていてふらつく直江…。前のシーンで小橋が説明した、『貧血と痛みの連続』って言葉を思い出すね。」
「骨髄腫ですからね。名前を聞いただけでさぞや苦しいんだろうと想像つきますね。まぁ苦しくない病気なんて世の中にあるはずはないんですけれども。」
「恋の病も苦しいからねぇ。ここでふらつく直江がさぁ、罪なほど美しいのもこれまた事実だったりするんだ。はぁぁ…切ない…。」
「いわゆる直江病ですね。苦しいんでしょうね本人は。見てると面白いですけど(笑)」
「面白がんなよ(笑) あとここで印象的だったのが、フィルム持って階段上がってくる倫子を呼び止める直江の、『おい』って声の固さと凄みね。怖さを感じさせる響きがあって、これは恋人の声じゃあないよなー。」
「かなり語調が強かったですからね。倫子にしてみればもう、本当のことを言って謝るしかありませんね。」

「屋上でさ、倫子が話すのを聞いてる間、直江はこうやって膝抱えてるじゃない。こういう切ない姿を見せられるからさ、さっきの話じゃないけども、本来なら倫子に感情移入してしかるべきところを、直江が可哀相に思えてくるんだよねー。知られたくない秘密の壁がまた1つ崩されていくって感じで、『この身勝手男が!』って責めきんないんだよ直江は。困ったもんだねぇ(笑)」
「それはほんと、得なんですよ中居って。前にも出ましたけれども中居の持っている二重性・二面性が、直江というキャラクターの魅力には大いに関与していると思いますよ。」
「そうなんだよねぇぇぇ…。倫子のさ、『信じますから何でも言ってくれますか』って健気なセリフに対してよりも、『ああ、そうしよう』ってフィルムを受け取る嘘つき直江の心のうちに吹いているであろう、冷たい孤独の風にこそ胸をつかれるんだ。何なんだろうねぇこの逆説は。いい感じに乱れた直江の髪が、やつれた頬をさらに際立たせていてさぁ…。ああもう全く、チキショー!って感じ?」
「キャラクターの魅力は時にストーリーの限界を踏み越えますからね。要はそれだけの力が、中居の演じた直江庸介には宿っていたと言っていいんじゃないですか? もう、この際。」
「いいですかね言っちゃって(笑) このドラマの成功は第1にナカイマサヒロの功績であると。」
「いいも悪いも、ドラマは究極、見た人のものなんですからいいんですよ。」
「そうだよね。これもひとえに、中居正広、万歳―っ!」


■ナースセンター前〜院長室■

「ここはねー、なんかまた文句タレモードになっちゃうんだけどさ、もう少しやること考えろよ三樹子!と突っ込みつつ見てたシーンだね。だってさ、客が来てる時に院長に直江の話したって、逆効果だってくらいは判んないもんかなぁ。いくら院長たちの話の内容は大したことないって言っても。」
「これはちょっとバッドタイミングでしたね。でもそんなところに突っ込む人も、あんまりいないんじゃありません? サラリーマンというか会社員の視線ですよ。」
「そうなんだけどねー。三樹子がせいぜい高校生だったら納得いくんだけど、ちょっとやることが子供っぽすぎるな。三樹子は三樹子なりに直江を救おうと必死だったんだってことを、もう少しうまいエピソードで強調してくれればよかったのになーと思う。うん。」


■医局〜ホール■

「そしてとうとう直江本人のところにやってきた三樹子。ここでも直江は、もうひっきりなしに貧血に襲われてるんだね。フロノスで押さえていたいろんなものが、全身を荒れ狂い始めてるんだろな。」
「痛々しいですね。若い分、進行は速いですからね。」
「そういう直江を見てしまうのはいつも、皮肉なことに三樹子な訳だ。感情を爆発させて大声を出す三樹子の口をいたしかたなく手で押さえた直江の姿は、院長からは乱暴しているように見えたってしょうがないよねぇ。」
「ええ。院長は多分、院長室での三樹子の態度が気になったんだと思いますよ。それで客が帰ったあとすぐ事務局に行ってみたら彼女はいなくて、直江の話だと言っていたからもしかしてと思って、医局に来てみたら案の定、といったところじゃないですか。」
「だろうね。直江にはアンラッキーだな。弁解…ではなくても、とにかく乱暴してた訳じゃないことだけは誤解をとくべく院長に近づいてソファーに突き飛ばされて、だけど三樹子に『やめろ!』と怒鳴る声には確たる意志がこめられている…。前回第8回とこの9回で語られている”追い詰められていく直江”のエピソードは、このあたりが頂点かも知れないね。」
「そうなるでしょうね。三樹子を追って院長が部屋を出ていったあと、左腰の激痛にも襲われていますし。足の痛みや貧血はまだ何とかなっても、この患部が痛み出したらフロノスでしか押さえられないんでしょうね多分。」

「そのフロノスも残り1本。これを使っちゃったら次はない。その先にあるのはすなわち、”死”…。痛みと恐怖にひしがれかけた直江の耳にその時飛び込んできたのは、不吉な衝突音だったってことね。ちょっと話が前後するけど、院長に、直江先生はとんでもないことをしでかしているんだ、私は知っているんだって言われたあとで三樹子は、『知ってる? 何を知ってんのよ』ってすごく反抗的な口調になるじゃんか。」
「ええ。言っていることよりその言いかたの方に、院長は驚いてましたよね。」
「そこのさ、『みんな勝手よ、あたしのことなんて何も知らないじゃない!』の”みんな”には、院長だけじゃなく直江も小橋も含まれてるよね。だって考えてみれば誰一人さ、三樹子の気持ちは思いやってあげてないんだから。まぁ直江との仲自体が秘密だった訳だから? それもしょうがないっていうのも確かなんだけど。」
「その思いが一気に爆発して、三樹子はアクセルを踏み込んでしまったんでしょうね。可哀相ですよね彼女。三樹子が直江を想う気持ちは、倫子より薄いという訳では決してないんですから。まぁそういうのが恋愛の不条理なんですけれども。」

「不条理といえば、このシーンでアレ?と思ったことがもう1つあるよ。最大の病巣である左腰の激痛に襲われた直江は、果たしてここでフロノスを使ったのかね。使ったにしても今までは、普通に動けるようになるには時間がかかってたはずだけど、なんかここではたちまち元気になってるよねぇ。粗いよなぁ演出がなー。急展開の物語に合わせるためには、こうするより仕方ないんだろうけどさ。」
「いえ拡大解釈をすればですね。あの衝突音で事故を確信した瞬間、直江の医者としての本能が、彼の体から痛みを取り去ったとも考えられますよ。いやもちろんフロノスは打ったんですよ? 打ってすぐ…まぁ数分後ですかね、いつもよりは断然早く直江は椅子を立ち上がったんだと。こういうのは無理ですか。」
「てゆーか、ここはそう考えるよりしょうがないだろうね。まぁ物語は後半のクライマックスにかかっていくから、多少の都合には目をつぶってあげよう。」


■廊下〜手術室■

「専門用語の飛び交う緊迫シーン。ここで感じたのは何つっても、”医者”という仕事のものすごさだね。三樹子しっかりしろ、って取り乱してる院長は、ここではもう経営者じゃなく完全に父親の顔になっていて、たった今医局で立ち回りを演じた相手である直江に 『助けて下さい、お願いします!』って頼んでるんだよね。こんなのは医者じゃなかったらまずありえないことでしょう。院長は最初小橋に『三樹子をどうぞお願いします』って言って、それから直江が『運んで!』って指示するんだけど、そこで院長が『直江先生!』って呼び止めた時は一瞬、お前は三樹子に触るなって言うのかと思ったもん。」
「ああ、直江が医者でなければそうでしょうね。この時点では院長は、直江に対する誤解を何1つ解いていないんですから。」
「そうなんだよね。自分を欺いて薬を横流しして、しかも三樹子に乱暴しようとしたかも知れない男にさ、院長は恥も誇りも捨てて『助けて下さい』と頼んでいる…。これを見た時に私ねぇ、ああ、医者というのは直江が命をかけるだけの職業なんだなぁと思った。そりゃもちろん職業に貴賎はないよ。ないんだけども、専門性という視点でとらえれば、医者っていうのはすごい仕事だよね。命を救えるんだからねー。」
「戦地であっても、医者は殺されませんからね。他に代えられないエキスパートなんですよ。それに院長にとって直江と小橋は、自分の病院の二枚看板じゃないですか。これ以上はない強い味方ですよ。」

「そうだよね。2人の実力は院長が一番よく知ってるんだもんね。そして続く手術のシーンは、演者というよりスタッフの腕の見せ所なんだろうな。脚本から演出からカメラアングルから、リアリティ&ドラマチックの追求。見ごたえあったよねぇ。」
「セリフを拾って判断すると、三樹子は脾臓破裂みたいですね。摘出するしかない、と直江は言っていましたから、相当な大手術だったんでしょう。」
「だろうね。実際には何時間ってかかる手術だろうと思う。それだけの長時間に消耗する体力気力はハンパじゃないはずで、途中で直江は何度もさ、目がかすむのか小さく首を振って、汗をふいてもらってる。倫子も心配そうだけど、彼の正面に立っている小橋には、直江を支えているのは気力だけだってことが判るんだろうな。だから担当分が終わるとすぐに、『先生、あとは』つって休ませてやってる。直江も素直に離れていく…。今までの直江だったら、そんなことは決してなかったんだろうにね。」
「小橋は手術が始まる前にも直江と2人でひそひそ、手術中に万一のことがあったら、って言っていましたよね。ここでも小橋は直江の共犯者、協力者になっていますね。」


■ロッカー室■

「ひとことのセリフもないこのシーンは、名づけるなら『直江の嘆き』だろうね。今の手術が、自分にとっては最後のものだと、もう二度とメスは握れないと、直江は否応なく悟ったんだと思うよ。」
「そうですね。何とか成功はしたものの、目がかすんだり器具を落としたり、終わってこれほどの疲れを感じたりしている訳ですからね。」
「手術ができなくなったら医者失格…。これは言ってみれば外科医の”業”なのかもね。直江は多分さ、メスを握れなくなる日まで医者でいたいと、そう思ってたんじゃないかと思うんだ。その日がとうとう来てしまった。この狭いロッカー室で、直江はそれを知ったんだろうね。」
「メスを手放す日ですか。これは外科医にしか判らない通告のようなものなんでしょうね。スポーツ選手にとってみれば、勝てなくなる日というか。」

「あれだよきっと、あの歌。『チャンピオン』。試合に負けたから、これで自分はただの男に帰れるんだっていう…。でも直江はそうじゃない。彼に帰れる”自分”なんてないんだ。医者をやめたらそれと同時に、人生の最期のラインを引こうと直江は決めてたんだろうね。
これは多分直江にとって、倫子と別れるよりつらいことなんじゃないかな。もしも倫子が、小橋あたりに全てを聞かされてさ、私はもう先生のそばにはいられませんサヨウナラって去っていっちゃうよりもね、俺はもう医者じゃない、医者ではいられないんだと悟るこの瞬間の方が、直江の断頭台だったろうね。」
「それなのにひとこともセリフがないんですよねこのシーンにはね。でも、表情と動きだけで直江の気持ちが判る、伝わってくるっていうのは、これはやっぱり…ねぇ。中居の力、なんでしょうねぇ。」
「そういうことになるんだよねー。そう思うと何か、アタシの方が照れくさいな(笑)」
「なんでですか(笑) 不思議ですよねぇ青組の人たちってね。」


■三樹子の病室■

「あの2人がやった手術が失敗するはずはなく、特別室のベッドで意識を取り戻す三樹子。客のいる院長室ならともかく、この状態で三樹子が言うことを院長が聞かないはずはないよね。『直江先生を助けて…。死んじゃう…』 うわごとみたいに聞かされて、院長も仰天する訳だ。」
「でもですね、こうやって三樹子が院長に真実を告げたというのは、これはつまり三樹子なりに直江を救ったと、そういう意味になるんでしょうか。自分の病気を誰かに知られるのを、直江は一番怖れていたんですけれども。」
「うーん…。どうなんだろうねぇ…。誰にも何も言わずに直江がいきなり自殺するんじゃ、ちょっと余りにも視聴者の反感を買うのではないかって考慮でもあるような気が、深読みとは知りつつ頭を離れないなー。院長とか小橋とか、直江の身近な人間の中にあらかじめ彼の理解者を作っておけば、最終回を迎えた時にそのことがね、ストーリーに対する”救い”になると思うんだ。」
「やっぱり、かなり難しい結末ですよね自殺というのは。間違っても称える訳にはいきませんし、さりとて”よくないこと”として描いたら、直江は悪役になっちゃいますからね(笑)」
「そうそうその通り。中居正広主演のTVドラマで自殺を称賛なんかしたら、世間の袋叩きに合うだろうからね。でも原作のラストは変えられないとすれば、そりゃあ脚本的にはものすごい大変だったと思うよ。」
「瀧居さんのご苦労がしのばれますね。」


■直江の部屋■

「手術を終えて、小橋は病院に残り直江は部屋に帰ったんだろうね。窓の外からのガラス越しの直江のアップには、もぅ溜息出っぱなしだねぇ。しかもさぁ、やつれた感じがちゃんとするんだわ。目に力がないの。見事な表現だなぁ中居さん。第1回めとは格段の相違。」
「中居も確かに綺麗ですけれども、今回に限らず、この夕日の当たるシーンは画面全体が綺麗ですね。倫子のピンクのカーディガンが暖かそうで。」
「そういえばさ、オレンジ色っていうのは日本人の肌を一番美しく見せる色だってセリフが『マルサの女』にあったから、この夕焼けの色ってそういう効果があるのかも知れないね。中居さんも竹内さんもレッキとした黄色人種なんだし。」
「肌の色そのものが綺麗に映るのか。なるほどね。それもあるんでしょうねきっと。」

「光景にふさわしく、ここでの会話もゆったりしてていいね。『三樹子さん元気になりますよね』って言ってコーヒーを置く倫子に、直江は 『彼女とのこと話してなかったな』と言う。このひとことを直江が自分から言ってくれたことで倫子は、『いいんです』って打ち切れるんだよね。これが女心ってもんなんだよなー。」
「そうなんでしょうね。相手が言ってくれれば、聞かなくてもいいって思えるんでしょうね。反対に、何も言ってくれないと気になる…。でもこれは男もそうですよ。彼女に、昔つきあってた男の話を隠されるよりは聞かせてくれた方が安心しますね。そりゃもちろん嬉々として話されたら嫌ですけれども、ぽつんぽつんと話してくれると、ああ、今は俺を信頼してくれてるからだなって思えますから。」

「ま、タマーにその手で来るオンナもいるから気をつけたまへよ。でもさぁ、直江は子供の頃、自転車で遠出してさんざ迷って川にたどりついた話をしてくれてるけど、北海道で迷ったら命に関わるんじゃないの? だって川ではシャケと熊がばっしゃんばっしゃんケンカしてるんだよ? それに吹雪とかゴーゴーだし。」
「またそれですか(笑) 雪にしても鮭にしても、まさか1年中そんなじゃないでしょう。」
「いやいやいやアンタも見てるんでしょ『プロジェクトX』。やってたじゃない宅急便の話を。地吹雪でトラックが横転したり配達中に雪の中で遭難しかけたり。ああいう土地だぜホッカイドー。迷子になったら覚悟せなぁ。うん。」
「そんな、シベリアじゃないんですから…(笑)」


■院長室■

「三樹子の、ある意味命懸けの告白で真実を知った院長。この場面にも院長と小橋2人の背中があって、今回はホント背中のシーンが多いなと思ったね。」
「院長は多分、三樹子からだいたいの話を聞いたあとで、専門的なところは小橋に聞いたんでしょうね。その内容は小夜子の持っていたフロノスのデータとも一致して、院長の頭の中で横流し疑惑は一気に解消したんですね。」

「これさぁ、ここで院長が小夜子に、今まで通りあなたから直江先生にフロノスを届けてくれって言ったのは、三樹子の手術をしてくれた直江への恩返しなんだろうね。普通だったら何はともあれ本人を呼んで…ってなるだろうに、真実を伏せておきたがっている直江の気持ちを大いに尊重してるんだもん。それに、病気の医者を働かせておいてもし何かあったらって考えは、経営者だったら真っ先に起きて当たり前。でも、直江ならそのへんは信頼していいってことで、院長がとったのはまさに超法規的措置だもんね。」
「そうですね。直江への恩返しと同時に、三樹子への罪ほろぼしっていうのもあるんじゃありませんか? 自分がもっとちゃんと三樹子の気持ちを聞いてやっていれば、こんな事故は起きなかったのに…と多分院長は思っていると思いますよ。」
「あー、それは大きいかもねー。三樹子の分も、直江のために何かしてやろうと。そんな気持ちになってるかも知れないね院長は。」


■直江の部屋■

「さて今回のラストシーン。床の上、ソファーにもたれて90度の角度という何とも舞台っぽい座り方の2人に、カメラの動きもなかなか凝ってたよ。ガラスのボートをいじってる倫子の手元から彼女の表情に移って、『でも川の行く先が海とは限らないんですよねぇ』で倫子が直江を見る視線を追う感じで、カメラも左に振って直江を映す。直江は目を閉じていて、苦しいというよりは何だか本当に”弱っちゃってる”って感じ。命の火が燃え尽きそうになってる雰囲気なんだよね。倫子の言葉も子守歌みたいに聞こえてるんじゃないのかな。」
「ああ、ちょっと遠くで、歌うように響いている感じですね。」
「そうそう。ぼんやりと心地よくってね。だけど直江がそこで目を開いたのは、彼女の『雪!』っていう言葉が聞こえたから。窓のところに立って空を見上げている倫子を直江は見ているんだから、彼女の背後に白い雪がサラサラと降りしきってる訳だよね。」
「画(え)的にすごい綺麗ですね…。ここでの直江の『夜に降る雪が好きだった』っていう言葉は、リズムといい流れといい、セリフというよりは詩みたいでしたね。」

「うんうんそんな感じ。光と影をうまく使いながら、このシーンは直江の心の中の、静かな旅立ちの決意を伝えようとしてるのかなぁと思った。『聞きに行くか、雪の音。久しぶりに北海道に帰ってみようと思う。』ってところで一瞬、直江の背後に見える支笏湖の写真にフォーカスが合うんだよね。直江が帰ろうとしているのは、つまりはこの湖なんだな。ここに沈んだ死体は水底の凍った木々に抱きとられて、永遠に上がらないといわれる湖…。白く冷たい宮殿の中に、直江は自ら歩み入ろうとしてるんだね。」
「イメージとしては本当に綺麗ですよね。エンドロールのあの映像が、物語の結末を全て描ききっているんじゃないですか。」
「そうだと思う。自ら命を絶つという行為を、ドラマ本編で堂々と美化するのはかなり障りがあるところを、主題歌に重ねたイメージ映像ってことで、全部エンドロールに乗っけたって感じね。だからこそあのセットには、TBSドラマ始まって以来の予算をかけたんじゃないのかな。それだけの意味のある映像なんだよあれは。」
「でしょうね。あの映像に最後に映っていたのは、ただ一人横たわる直江の姿でしたからね。あれはつまり支笏湖の底なんでしょう。」
「二度とは帰らぬ旅立ちの決意を胸に秘めて、直江は何だかもうすっかり落ち着いちゃってるよね。『君と行きたい』って言葉にも『行こう』って言葉にも、罪の意識だの迷いだのはなくなってる感じがするもん。最後のシナリオは完成している。最終幕はもうすでに直江の中では始まってるのかもね。あの時、最後のメスを置いた瞬間に。」
「かも知れませんね。フロノスはもうありませんし、貧血と痛みは日に日にどころか時間を刻んでひどくなっていって、急がなければ歩けなくなってしまうことが、直江にはよく判っていたんでしょう。」

「それにしてもさ。倫子にキスしたあとでぐらりと倒れる直江は、これって通常なら絶対ヒロインがやるべきことじゃん。彼の腕の中で意識を失って…ってよくあるパターンだよね。それを直江がやってるっていうのが、このドラマの”判ってる”ところなんだなぁと思うね。
この直江にはさ、ヒーローとヒロインの両方の側面がある。それが中居正広特有の持ち味であり魅力なんだと、じっさいよく気づいてくれたよプロデューサーは。色んなフィルム見たりバリファンの声聞いたりして、研究したのかも知れないね。」
「そういう隠し味みたいな真の魅力って、制作側はなかなか気づかなかったりもしますからね。コアなファンがいったい彼のどこをいいと言っているのか、調べたとしたらすごいことですね。」
「案外ホームページなんてのも、あっちこっち取材されてたりしてなー。サイト立ち上げたりせっせと掲示板に通ったりする奴ってのは、コアなファンに決まってるんだから。」

「そうですね。そんな制作側の努力が、ドラマで実を結んだのかも知れませんね。―――はい、ということでですね、前後2回に分けてお送りした『L’ombre blanche』第9回を、そろそろ締めたいと思うんですけれども。」
「そうだね。いやー泣いても笑っても、冗談ともかくあと1回で終りかぁ。とことんつきあったなぁ直江には。オンエア3か月、座談会3か月で半年近くベッタリだよ。そりゃあすっかり毒も回ろうというもんだわ。」
「で、その最終回なんですけれども、UPはいつ頃の予定ですか智子さん。」
「んーとね、今週は日曜に休みが入るんだけど…月初だからなぁ。仕事ビンビンの時期だから…やっぱ危ないスケジュールは引かないでおこう! 確実なセンで6月7日! 6月7日に多分通しでUPできると思います!」
「7日ですね。判りました。今回は言いたい放題モードはなしですか?」
「ありません。てゆーか殊更に別立てにしないでもね、総括的なことも最終回の中で語れると思う。いいわぁ星人が跋扈する可能性は非常に高いけども。」

「じゃあそのへんは僕も覚悟しておきます。はい。…では第9回は以上ということでですね、残りあと1回、悔いのないようにきっちりとピリオドを打ちたいと思います。
それでは来月7日までご機嫌よう。パーソナリティーは私、八重垣悟と、」

「この座談会のおかげで美容院に行く時間が取れず…って、これはマジなんですマジ! なんだか剛毛の慎吾みたいになってきた木村智子でした! ぐっぱぁ〜。」



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