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【 第1回 】
「はい、えー皆様お元気でしたでしょうか八重垣悟です。おかげさまで以前ご好評を頂きました『白い影』座談会、『L‘ombre blanche(ロンブル・ブランシュ)』なんですけれども、えー今回はですね、そのスペシャルバージョンということで、久しぶりにお届けしたいと思うんですけれども。はい。」
「やーどもどもどもどもお待たせ四万十川! オンエアが1月2日で3月には座談会を始めたいとかゆっといて、もう6月じゃねーかよって時期になってしまいまして、ほんにお待たせ致しましたでございますよ。ねぇ八重垣。」
「ねぇ八重垣って…僕に振られても困るんですけれども。忙しい忙しいってアタフタしてたのは、僕じゃなくて智子さんの方なんですから。」
「それよなぁ。現実がなかなか厳しくてねぇ。今だから言えるけどいっときバックレようかと思ってた、この座談会を。」
「えっそんなこと思ってたんですか?」
「思ってた。こりゃあ無理かもしんないなーって。でもまぁようやく公開のハコビとあいなりましてね、2時間分を4回くらいに分けて、少しっつお送りできればなと思います。いっぺんに行きたいのはヤマヤマなんだけども。」
「まぁそれは仕方ないですね。そのへんは皆さんも、ご理解下さるんじゃないですか?」
「だといいんだけどねー。メールでずいぶん催促されたからさ、暗に(笑)」
「暗に(笑) ああ、何だか雰囲気判りますね。」
「だべ? 真っ正面からドーンと来るんじゃなくて、こう搦手に搦手に回り込んできて、じわーりじわりと真綿でシメるようにだね、ううっ、くっ苦しいいいっ!」
「はいはいそんなヘタな小芝居はあとでひとりでやって下さい。皆さん待っていてくれたんですから、早速始めましょうか。ね。」
「…そやね。えーっとねぇ、じゃあ最初に幾つかお断り事項があるんで、その説明から行こうかね。」
「お断り事項ですか? まだなんにも始めてないのにもう何か断るんですか?」
「いやだから断るってノーサンキューの意味じゃなく。ご了解下さいっていう補則よ補則。えーっとですね、おそらく皆様のお手元にも製品版のDVDがあると思いますが、ワタクシ今回、あえてディレクターのインタビューは見ていません! メイキング編につきましては、関東の特権で事前にオンエアされたものを見ましたがね。なのでヒョッとしたら今回ここで語ることについては、DVDの中でディレクターが答えているというか、同じようなコトをゆってんのかも知れません。しかーし! 天地神明にかけて私めはインタビューフィルムを見ておりませんので、ケッこいつトボけやがって、とは思わないで下さいまし。」
「へぇ。DVDの特典なのにまだ見てないんですか。だいたい皆さんそっちの方からご覧になったかたが多いんじゃないですか?」
「だろうと思うけどね。私は見てねっす。それもひとえにこの座談会のためにだよ。人の意見にはどうしても引きずられるからねぇ。そんなことにならないようにと、ぐっと我慢した訳だ。ねー! 偉いべぇ? あん? 偉いべぇアタシ! よーよーヤエガキー!」
「ノーコメント。―――じゃあもう早速スタートしましょうか。どうもこのコーナーは無駄話が多いですからね。…はい、ではそういった次第ですので、前置きというか前ダベリはこのくらいにいたしまして、最初の湖のシーンからいきたいと思うんですけれども。えーそれでは、大変お待たせ申し上げました。『白い影SP』 座談会 『L‘ombre blanche』、VTRスタートです。どうぞ。」
■ 支笏湖 ■
「えっとね、製品版DVDだとしょっぱなはいきなり支笏湖畔のシーンなんだけど、オンエアされたTV版ではまず、あの見慣れた『白い影』のタイトル文字が出て、TBSドラマ史上最高の費用をかけたっていうエンドロール・フィルムがちょこっと流れたのね。ホレあの白い鳩の飛ぶヤツ。んでそれにカブせてスポンサー名が読み上げられたんだ。ホンダにスズキにネスレ、久光製薬にアサヒビール、カルビー…」
「いや別にこのHPにスポンサーがついてる訳じゃないんですから、そこまで列挙しなくていいでしょう。」
「うんにゃ、せっかくレート9.2で録ってあったのに、無駄なく利用しなくちゃもったいない。製品版DVDだけじゃなくオンエア版も、しっかりDVD−Rに残したかんね。」
「あれ、結局残したんですか。2時間丸々でしたから大変でしたでしょう。」
「うん。R2枚になった。最初はさ、製品版が発売になったらオンエア版は消しちゃおうと思ってたんだけど、BGMがけっこう違うんだもん。一応残しとくかぁと思って、焼いといた。」
「そうでしたか。それはお疲れ様です(笑) 大活躍ですね智子さんちのXS30。」
「ほんとほんと。しかもさ、12月に買ってまだ使いこんでない時期のオンエアだったじゃんか。だもんでうっかりR互換モード『切』で録画しちまってさぁ。編集したあとレート変換で、等倍ダビングのし直しよぉ! いやーメンド臭かったー! 二度手間二度手間。『神奈川県の歌』みたいなもんだよ。」
「うたばんファンにしか判りませんねそれ。ああもうまた違う話でこんなに尺取りましたよ。そろそろ支笏湖のシーンに行っていいですか?」
「ああそうか。まだ提供で止まってたんだ。えーっとぉ? 画面には2003年とテロップが出て、場所は支笏湖。本編撮影時に全面凍結しちゃって急きょゴマカした洞爺湖じゃなく、今度こそ本物の支笏湖ね。その湖畔の疎林の中、真っ白な雪を踏んで倫子が歩いていく…。時は3月18日。直江の命日ってことだけども、実はこの日付はね、上代文学…いや民俗学というべきかな。民俗学上、非常に意味のある日付なんだよね。暮春の満月の後3日。柳田國男や折口信夫の言う、いわゆる『精霊の季節』ってやつ。亡き人の魂が彼岸より訪れる日。此岸の者にとっては、迎え入れる日。柿本人麻呂の命日でもある。」
「へええ。またずいぶん話が飛びますね。一般的にいえばお彼岸の入りでしょう?」
「だからそう言っちまうとぉ、いきなりオハギ食いたくなるじゃんかよぅ。まぁとにかく3月18日っていうのは通常一般の日とは違う、あの世とこの世の交錯する季節だってこと。その日に倫子が支笏湖を訪れるっていうのは、国文科的にはしみじみと受け取れるよねぇ。3月14日よりよっぽどいいや。」
「まぁもしそこまで考えられての日付だとしたら、すごいスタッフですよね。僕テキには何となく考えすぎのような気もしますけれども。」
「アタシもする(笑) きっと考えすぎだね。んで、展望台みたいなところで倫子は湖を見回して笑うんだけども、何と水際に鹿がいるぜ鹿が。しかもあたりは地吹雪だよ。やっぱ日本じゃないよねぇ。おろしゃだおろしゃ。シベリアだぜこりゃ。普通あんなとこに鹿なんかいないって。異国の風物だよね。これだから亜寒帯はしょうがない。」
「でもシベリアは行きすぎじゃないですか? せいぜいナホトカくらいでしょう。」
「んじゃそこだ。ナホトカに打ち寄せる波の音と風の音を聞きながら、倫子は湖に延びた桟橋へ出ていく。上空には灰色の空が広がり、湖面には草原のようなさざなみが走る…。」
「このさざなみは綺麗でしたね。ほんとに草原みたいでした。風が吹くとああなりますよね。草の先がこう…風の形を描きだすようになびいて、幾つもの大きな同心円ができて。」
「スタッフ的にはこのシーン、もうちょっと晴れててほしかったんじゃないかなぁ。この時の倫子の心境からすると、ちょいと湖の表情が暗すぎる気がする。」
「ああ、それはありますね。雪もよいの、どんよりした空です。でも現実には、晴れるどころかこれでもいい方の、小康状態なのかも知れませんね。」
「まぁナホトカだからな。雪がやむのが奇跡的なのかな。」
「ここで倫子が取り出すのがあのガラスのボートなんですけれども、このボートが登場したと同時に、物語はピシッと本編とリンクしたんじゃないですか? もちろんそれを狙っての演出だったと思うんですけれども。」
「だろうねぇ。さらに倫子はこの極寒の湖に、ひとつの人影を見つけてオヤと目をとめる。こんな時期、よっぽどの物好きじゃなきゃこんなところにゃ来ないはずだもんね。何らかの思い出を持つ人か、あるいはNN病患者か(笑)」
「さぁどうなんでしょう。北海道は冬こそいいっていう人もいるみたいですよ。」
「だからそれを物好きといふ。しかし倫子が見たのは七瀬。上質なブラウンのコートは彼のトレードマークみたいなもんだね。それからこの、手を上げる動きも。」
「これは七瀬の癖っていうか、誰かと会った時に必ずやる動きですね。行田病院に来た時もそうでした。」
「“長野の人”って感じするね。東京モンはあんまりやらないだろ、こんな大きなアクションは。んで倫子は七瀬に深々とお辞儀をし、懐かしげに歩み寄っていく。倫子の背景で雪の山肌がさ、スルーすんのが綺麗だね。」
「綺麗ですね。こういうのが撮れるのがロケの醍醐味じゃないんですか。その反面天候に祟られると大変なんでしょうけれども。」
「うん。ハイリスク・ハイリターンなんだろうねロケって。またここのさぁ、直江が逝ってもう2年になるのにこの日になるとここに足が向く、って2人が会話してるところの、桟橋の丸タイヤも画(え)的に面白いよ。リズミカルで絵画的で。こういうのを撮影クルーは、事前にみっちりロケハンするんだろうね。」
「でしょうね。カメラマン…いや監督かな。頭の中に風景が何枚も、ストックされていくんでしょうね。」
「ここのセリフでよかったのは、直江がきっと喜んでいるだろうと倫子が言ったあとの、七瀬の『あいつのことだからちょっと照れながらね』ってやつかなぁ。聞くと同時に直江の照れた顔が、ふっと浮かぶような気がした。」
「それはこの2人も同じなんじゃないですか。肩を並べて立ちながら、湖の上に立ち昇る直江の面影を見ているんですよ。そこで倫子の独白が効いてくるんです。『直江庸介を覚えていますか…。』」
「ああね、そういうことなんだろうね。その独白にかぶって画面には、2人が見やる湖はるかに、小さくボートが現れるんだ。」
■ 直江の最期 ■
「このシーンは賛否両論みたいですね。あってよかったという意見と、見たくなかったという意見と。」
「そうらしいね。でも途中まではよかったんじゃないの、このシーン。」
「途中まで…というと?(笑) どこまではよかったんですか?」
「まずは倫子の独白にかぶって、さっき吹いていた風の道を辿るように…あるいはさざなみにいざなわれるように、直江の漕ぐボートが忽然と現れる。この出現点がね、さっきあんたが草原みたいだって言った、大きな同心円の中央だっていうのがいいよ。BGMはマーラーのアダージェット。水の中からボートの底を見上げた画は、ヒーリング・フィルムみたいに心地いいね。」
「このシーンにアダージェットは最高に合いますね。子守歌のような揺らぎ感があって。」
「揺らぎ感ねー。ほんとそんな感じだね。しかしボートの上で直江がしているのは死出の旅支度。コートを脱いで、畳んだのを軽く押さえて、ズボンのポケットからあのボートを出す。横顔の輪郭を光が包み、ボートを握った手を軽く額に押しあてるポーズは、本編の第6回を彷彿とさせるね。川面をずっと漂うてきたボートが、たんぽぽの川原に流れついた時のさ。倫子の手を取るべきか取らざるべきか、直江はやっぱりこうやって悩んでたよ。」
「ああ、そういえばそうでしたね。あのシーンでも雲が切れて太陽がのぞいて、まぶしそうに直江は眉をしかめるんでした。」
「その時も手にしていたこのボートを…倫子との時間をずっと見つめてきた証人のような舟を、直江はここでコートの上に置いちゃうんだよね。これは個人的にどうなのかなぁと思う。オイオイ置いてかないで持ってってやれよ、みたいなね。こういうのって、男と女の感覚の違いなのかなぁ。まぁドラマの演出的にはね、本編とSPを結ぶキーワードの小道具として、このボートを倫子に持たせたかったっていうのはあるかも知れないけど。」
「うん。確かに直江は、倫子のボートは置いていくのに、七瀬の奥さんにもらったマフラーは…ってこの段階ではまだこの名前入りの黒いマフラーが、七瀬の奥さんの編んでいたものだとは知らされていないんですけれども、このマフラーは外さずに身につけていくというのが、何だかちょっと考えさせられましたね。ただの映像上の演出なのかどうか…。」
「ねー。ボートとマフラーと、この扱いの違いは何なんだ直江。ボートは置いてってマフラーは持ってくんかい。」
「でも考えてみると、このマフラーは死者の贈り物なんですよね。七瀬の奥さんはもうあの世にいる訳ですから。」
「あ、そっか。これからあの優しい奥さんのいるところに、直江は旅立つんだもんね。ボートの上で直江は立ち上がって、画面には右方向から真っ白い光がさしてくる。雲は薔薇色。天上の光が、まるで扉がひらいたかのようにサーッと下界に差しこむ。直江はアップで空を見上げ、BGMがいっぱいに高まって、目を閉じた直江の体がグラリと傾き、そのまま水中へ没していく―――っつぅこのシーンがさ、気に食わねんだよ私はよ。」
「あ、そこで文句が出る訳ですね(笑) ずいぶん陶酔してるなと思ったら。」
「あたぼーよ。この死に方はイメージ違うんだよなー。エガちゃんじゃねーんだからよぉ、ああいう倒れ方はねーだろよ。最後に足だけ湖面に残すなシンクロナイズドスイミングじゃあんめぇし。違うんだよなぁイメージがな。もうちょっと象徴的にいかんもんかねぇ。」
「でもそれは智子さんのイメージなんであって、スタッフとは違うってことなんじゃないですか? こういう最期にすることによって、描きたかったものはきっとあるはずですよ。」
「そこなのよ。そこが、SPっていうか続編っていうか第2作めっていうか、要するに初作ではない作品の、宿命ってもんなんだろうね。よくさぁ、映画でも何でも、2作めは1作めを越えられないって言うじゃない? あれは2作めが質的に落ちるとかいうんじゃなくて、1作めを見たファンの中には、その人なりの理想のイメージが作られちゃうからなんだよね。自分で創った100%ピュアな理想を、越えられる他人の作品なんてないんだよ。プロだろうと誰だろうとどんな他人の名作を持ってこられても、第1作めほどの感動はしないんだろうね。
私にとっての直江の最期は、『桜三態』に書いた『山桜』…。あれをもって最高としちゃってるんだよなー。朽ちかけたボートに乗りこみ甘美な睡眠薬を飲み下し、白い眠りに包まれた彼を支笏湖の水が優しく抱きしめていく…。夕陽を受けてさざなみはきらきらと輝き、さながら飛天の舞いのよう…。そういう絵コンテがさ、このソマツな頭の中には出来上がっちゃってるんだよね。だから、それを超えるものなんて私テキにはあり得ない。」
「なるほどねぇ…。まぁ、当たり前といえば当たり前の話ですよね。自分の理想を超えられる他人の創造物はありません。だからこそ、そういう違いは人間の個性ということで、認めるしかないんじゃないですか? 智子さん的には納得のいかない、このシーンも。」
「そうそう。ドラマのスタッフは直江の最期をこういう風に考えたんだよね。だからこれはこれでいいんじゃないの。別に否定はしないよ。うん。」
「へーえ。大人になりましたねぇ。」
「なったねー(笑) まぁこのようにスタッフの創った映像によればだ。直江はそうやって旅立っていったと。この湖は彼の墓に等しく、銀色の墓碑銘を倫子はひとり、切なく見やるだけなのか…。やっぱ身勝手な男だな直江は。否定はしないけど賛同はできない。」
「その見方は変わらないんですね。」
「変わらないね。まぁそれも個性だからそれでいいとして、次の水底のシーン。ここは美術さんも気合入れたねー。直江が眠る世界のイメージだ。ボロボロになったマフラーは、直江が確かにこの湖に身を投じたことの証。この青昏い静かな水底に、直江は永遠の眠りを得たんだね。」
「その眠りのイメージを具象化したのが、あのポスターなんじゃないですか。水底に眠る直江のイメージ。」
「うんうん、あの河童のポスターな。」
「河童って(笑) よくそれ平気で言いますねぇ。イメージ壊れるって怒られそうで、僕はあえて言わなかったんですけれども。」
「いやーなんかこの河童呼ばわりは平気なのよ。不思議だねー。慎吾がゆったからってもんでもないんだろうけど、思い出すと笑っちゃう。全然腹は立たないなー。」
「まぁ悪意のある言い方ではないですからね。それが通じるんでしょうね。」
「しかしヘンなのはここの倫子のナレーションよ。『病魔とそして孤独と闘いながら』 はいいんだけどさ、『その肉体が滅びる時に自ら命を断つことを決めていた彼』 って日本語はヘンじゃないか? 肉体と命をイコールで捉えてないっていうのは判るけど、滅びるって言葉はおかしいべ?」
「うん…。ちょっと舌足らずな感じはしますね。」
「これはさぁ、『命を救う者として生きられなくなった時、自らの命を断つことを決めていた彼』 とかにした方がいいんじゃないの? エゴイストだろうと何だろうと、要するに自分の中にある医者の誇りを貫いて死んだ訳だから、直江は。」
「医者の誇りですか…。多分この原作が上梓された頃は、医者というのは今よりずっと、神聖で高尚な…と言ってしまうとちょっと語弊がありますけれども、精神的ステイタスの高い職業だったんでしょうね。そう、聖職といいますか。…Sexの生殖じゃないですよ。」
「判ってるよ。んなもんわざわざ断らなくてもええがな。」
「そうですか。突っ込まれる前にガートしたつもりだったんですけれども。えーと、だから原作が上梓された頃にはですね、この直江の、医者として生き医者のまま死ぬという選択には、滝に打たれるような清冽さを感じることができたんじゃないでしょうか。読者も、また視聴者も。」
「だろうねー。どっこい今はなぁ。医者なんてそこまで偉いかぁ?っていう風潮が、少なくとも当時よりは強いからね。どんな大学病院も不祥事にはこと欠かないしな。その分どうしても直江というキャラが、身勝手なエゴイストに思えちゃうんだろうね。時代の流れとはおそろしいもんだ。ヒーローすら汚れ役にしちまう。」
「いや、ヒーローというのはいつの世も、時代と切り離しては存在しないんですよ。」
「おお! いいことゆーなーヤエガキ! このイントロダクションに対する素晴らしい締めくくりだ!」
■ 北海大学付属病院 ■
「テロップによれば、時は1996年12月。てことはスマスマはもう始まってたんだな…って思った自分がおかしかった。でも96年4月っていうのはさ、ワレワレにとってみればまぎれもなく、一つのエポックメイキングだったからね。SMAPくんが名実ともに全国区に躍り出た瞬間。ロンバケと、スマスマがスタートした4月15日…。」
「ああそうでしたね。思えば遠くへ来たもんです。」
「その年に直江のドラマも幕を開けたのか。北海大学付属病院の廊下を歩きながら、胸の名札をはずしたこの時に。しかし北海大学っていうとさ、なんか遠洋漁業の学校みたいな気がするよね。専門課程の演習で、ニシンとかタラとか採ってそう。」
「そうですか?(笑) そんなこともないと思いますけれども…。」
「あ、あとズワイガニとかな!」
「いやそんなことはないと思いますよ。北海大学付属病院の第一外科勤務だなんて、まさにエリート医師!って感じするじゃないですか。」
「そこを直江はスピンアウトするんだなー。実験だか治療だか訳の判らない方針に嫌気がさして。この第一外科のフロアが何だか大企業みたいな雰囲気なのも、いかに患者の人間性を無視した無機質な病院であるかってことを、端的に表現するための演出だよね。上司のいるデスクなんてまるっきり部長席みたいやん。」
「言えてますね。ハンコ捺しが似合いそうですよ。」
「直江のはずした名札を机の引き出しに放り込む、その放り込み方もすごく冷たくてね。引き出しが閉まると同時に外の雪がバサッと落ちるのは、直江の失望の象徴だろうね。ダメ押しの失望というか、最後の最後まで直江にとっては心の添わない、不幸な職場だったんだな。ちらっと目だけを動かす直江の、下からアオリのアップがいいわぁ♪ そのあとの横顔もまた素敵で♪」
「周りの席にいる同僚たちが、聞き耳を立てている感じもちゃんと伝わってきますね。医者というより全員サラリーマンみたいじゃありません? 商品企画部、みたいな。」
「ああ、そんな感じそんな感じ。うんうん。でも直江がフロアの方に一礼した時、若い何人かは小さく会釈し返してるのね。つまりこの職場には、直江と同じような考えを持ってる人もいなくはないんだろうけど、保身の欲だの功名心だのに縛られて、みんな机にしがみついてるのかも知れないね。そういうのを直江は捨てていくんだな。」
「しかしここでの直江の独白は、これは必要なんですかねぇ。僕は不要な気がするんですけれども。」
「あ、それは全く同感! 廊下を歩いてくるシーンの『今日この大学を辞める』に始まってずっとさぁ、直江の心理描写が小説みたいに言葉でなされていくのは、ちょっと蛇足な気がするねー。映像が雄弁に物語ってるのにクドいっつーの。母の背中が云々っていうのも後半になってちゃんと出てくるんだからさ、別にここでナレーションしなくてもいいのにな。」
「まぁかつての本編が若干、映画的だったというか…映像表現だけでやった部分がありますからね。あれがもしかしてちょっと、うーん…判りづらかったというか、TVにしてはちょっと…みたいな点もあったのかも知れませんね。そこで今回は判りやすさを期して、多少くどくなるのを承知で説明を加えたんじゃないかと、僕は想像するんですけれども。」
「うーん…。隠喩暗喩の象徴性と判りやすさのせめぎあいねぇ…。映画だったらまず100%要らないだろうけどね。演技と映像が十分説明しているものを、もう一度言葉でなぞるなんて手法は。」
「でもつまり難しいのは、その『十分』の度合いなんですよ。100人のうち10人にはすごくよく判っても、あとの90人が判らないようではTVドラマとして成立しません。まぁ最低でも…そうだな70人が判るラインへは持っていかないと。たとえそれで最初の10人には、少しくどいと思われてもです。」
「そうなんだよねぇ…。それがTVドラマってもんだよね。それはまぁ判るんだけどもさ。個人的には邪魔だなーこのナレーション。刺身にかけられちゃったまろやかソースみたいで。『あの冬の湖が僕に医者の道を選ばせたのかも知れない』 なんてのは、直江が支笏湖に行った時の回想シーンをよく噛みしめれば判ることだし、『僕がいるべき場所、いたい場所はここではなかった』 なんて独白も、上司の前での直江の表情だけでもう伝わってるってぇ。不粋なんだよなーホントによぉ。あーもったいないもったいないっ!」
「僕も個人的には邪魔だと思いますよ。だからこのナレーションは、きっとあれなんですよ、古典の原文に脚注された現代語訳のようなものですよ。原文が判る人には邪魔なんだけれども、これがないと判らない人もいる訳ですから。」
「あ、その例えは判りやすいよ八重垣。脚注の現代語訳ね。ほんとそんな感じ。つまり、なくても読める奴は飛ばしちゃえばいいのか。何ならDVDにはさぁ、ナレーションなしバージョンとかもあればよかったのにね! 技術的には可能でしょ、ナレーションを副音声にすりゃあいいんだ。」
「まぁそうですね。でもそこまでナレーションを邪魔にしなくても(笑) 大好きなんでしょう? 中居のハスキーボイス。」
「そりゃあもちろん、普段ならずっと聞いていたいセクシー・ハスキー・バリトンなんだけどね。このドラマにおいては無い方がよかったなー。ってそんなことばっかブツブツ文句たれててもしょうがないから、先に行こう。勤務証ともいうべき名札をはずして直江が外に出た時、飛行機の音が聞こえるのはいい演出だね。解放感っていうか、建物内の窮屈な圧迫感がなくなったことを意味する。この時から直江は未知の世界へと羽ばたいていくんだね。」
「直江が出てきたのは通用口な訳ですけれども、ここもまたずいぶん立派な通用口ですね。権威主義がぷんぷんしています。」
「そうだね。立派な建物に入ってると、人間って自分が偉くなったみたいに錯覚するんだよね。そこから何もかもおかしくなるんだって。だから立派な本社ビルを建てた会社は、だいたい経営不振になる。国会議事堂もとっばらっちゃえばいいんだ、って主張が前にどっかの新聞に載ってたね。そこらの野原に運動会みたいなテント張って、そこで通常国会やってるの。いいよなぁあれ。正解だと思うよ。赤絨毯なんか踏ませるから、議員さんは金が欲しくなるんだ。」
「それはあるでしょうね。この大学病院の建物は、まさに『白い巨塔』な訳ですね。」
「そこを今、直江は出ていく。白衣を脱いでネクタイをゆるめて、広大なる未知の世界へ。すれちがったボート部の学生が直江に会釈してるけど、これは後輩じゃないよね。だって直江はあの『CANAL CAFE』にさ、学生時代の仲間と来たって言ってたもん。北海道から東京の学校に来るってことは、普通は大学だろ。高校じゃないよね。いや待てよ、さだのまっさんは音大をめざして高校時代から千葉に来たんだ。ならば直江も中学を出てすぐ、東京来ててもおかしくないか。でもそれなら大学だけ北海道には戻らないだろうから、やっぱりこれは後輩ではない…。うーむ…。」
「あの、それって何もそんなにウンウンうなる必要があるほど、大事な問題なんですか? 直接の後輩ではなかったとしても、かつては同じ活動をしていた者として時々指導してたのかも知れないじゃないですか。」
「それだ。」
「ずいぶん簡単に納得しましたね(笑) じゃあまあ次に行きましょう。後輩かあるいは指導していただけか、ともかくボート部のメンバーがやってきたのとすれ違いざま、直江は白衣をポイとボートにかけて……」
「これも普通、気づかんもんかね。自分らが担いでるボートにそんな白衣なんてひっかけられたら…。部室にどっこいしょと着いてから、あれっこれは直江先生の白衣じゃあ? とかってなるのかな。ずいぶん気配にうとい学生たちだこと。」
「さぁどうなんでしょうね。ボート部物語じゃないですからね。そして映像は再び湖の底へ。フルートが奏でるテーマ曲が綺麗です。」
「ここでも出てくる直江のマフラー。この映像はさぁ、改めて思うけど、やっぱり直江の眠る場所のイメージなんだよね。カーテン越しの朝日のように、ゆらゆらと光が差し込んで明るい。つまり太陽光線がしっかり届く浅さな訳で、そんな浅かったら死体上がるべ。直江の水死体だけは上がってほしくないもんね。死体なんて決して美しいもんじゃないんだからよ。直江には永遠の伝説となって、イメージの世界に住み続けてほしい。そう、さながら河童のように。」
「河童なんですかやっぱり(笑) 直江河童伝説ですね。」
■ 電車内〜七瀬病院 ■
「さていよいよ時間と舞台は、直江の過去へと遡る。長野県飯山市豊沢…っていうのは架空の地名なんだろうけど、降ってるのは本物の雪だけにリアリティは格別だね。この雪まみれの電車、迫力あるもんなー。」
「ありますねぇ。“本物”のパワーでしょうね。またシティ派の僕としては、こんな雪の中を電車が走るっていうだけですごいですよ。」
「ま、山手線だったらぜってー全線止まるよね。だいたいにおいて品川駅が最初にやられるんだ。ちょっと夕立が来るとすぐに線路が冠水するし。」
「都市の交通は脆弱ですよね。いや人間もかな。」
「つってもさ、よく歩くのは地方モンより都会人だぜ? 群馬びとは歩かないよぉ。もっともドー国民となるとな、氷の上を走るみたいだけど。」
「ペンギンみたいですね。」
「あそこまで可愛いくはねーだろな。んで、この電車の中の直江は、あとのシーンで七瀬が倫子に言ったように、ひどい顔してるんだよね。目はあいてるんだけど何も見ていないような、死んだサカナみたいな目。」
「どんよりしてますよね。すごく無感動な感じで。意欲なんてこれっぽっちもない表情です。」
「そんな直江を迎えたのは、雪に埋もれた田舎町・飯山か。直江が橋を渡るところでグーッと引きの画になって、流れる冬の川が映る。あの倫子のボート同様、『川』というのも本編につながる重要なキーワードだからね。」
「冬の川ってこういう色なんですよねぇ…。青鈍色っていうのかな、重たそうな冷たそうな色です。」
「鉄みたいな色してるんだよね。BGMのホルンも効いてるよ。風景にすごく合ってる。それがやがてストリングスになった頃、七瀬病院が近づいてくる。『信風会七瀬病院』…さもありそうな名前だねぇ。ところでこの看板にくっついてる真ん中の虫みたいなのは何。蟻? 蜘蛛? 蜂?」
「まさか蜘蛛はないでしょう新興宗教じゃあるまいし。蜂じゃないですか?」
「やっぱ蜂かな。羽が描いてないととんと判んないね。んで直江の視界をサラサラとよぎるのは白い粉雪。降ってるんじゃなく舞ってるんだろうね。木の枝か、山の上から漂ってくるの。長野市内でもこれは聞くね。『今日も舞ってるねぇ』とかって言う。」
「ふぅん。雪国ならではの現象でしょうね。ダイヤモンドダストとは違いますよね。」
「ありゃあ空気中の水蒸気が凍るんだろ。樹氷の漂流版だね。見た目は綺麗かも知んないけどさ、そんな急速冷凍の冷蔵庫じゃあんめぇし、やめろってんだよなー。見なさい、七瀬病院の庭木はよくものが判ってるから、樹氷じゃなく綿帽子かぶってる。」
「ものが判らないのは智子さんじゃないですか? まぁ確かに綿帽子をかぶった庭木はいい雰囲気出してますけど。」
「なー。ちゃんと手入れされてて、いい感じだよなー。この病院はさ、とにかく隅から隅まで感じのいい雰囲気を醸しだすように演出されてるんだろうね。直江の耳に聞こえてくる、七瀬と患者のお婆ちゃんの会話もまぁアットホームなこと。直江の足も早まろうもんよね。眉をちょっとしかめ気味なのは、雪の反射がまぶしいんだろうね。ハンパじゃないもんね雪の照り返しって。」
「そうですね。ゴーグル忘れてゲレンデなんか行くと、雪盲っていって、急性結膜炎になりますし。」
「えっ!? あんたスキーなんかすんのヤエガキ!」
「すんのって、しますよ一応。」
「うっそ、滑れんの!?」
「滑れますよ当たり前じゃないですか。コロコロ転がってどうするんです。まぁ先に白状すれば、あんまり上手くはないですけどね。」
「だろーなー。ライセンスとか持ってたらどうしようかと思った。あーびっくりした。似合わねー、八重垣にスキー!」
「失敬だな。大学生がやりそうなことは僕だって人並みにやりましたよ。テニスも合コンも。パーティーチケットだって売ったんですよ? これでも。」
「へぇぇぇぇ…。まぁあんたもその点は、本場本家本元の慶応だもんねー。さぞかしブィブィいわしてたんだろうねー。ほー。へー。ひー。はー。ハ長調のド。」
「僕のことはどうでもいいですよ。直江です直江! 直江に気づいた七瀬は大きく手を上げて合図してくれて、そこで直江も笑顔になって七瀬にお辞儀する訳ですけれども、直江の背景の遠い山肌がすごく綺麗だと思いません?」
「ああ、雪の感じがすごくいいね。絵画的絵画的。2人はゆっくりと歩みよって、よく来たなと七瀬が言ったあと、少しの間があってから直江は『やります』と言う。本編第6回での、七瀬の回想そのもののシーンだよね。」
「ええ。あのお蕎麦屋さんでの七瀬のセリフは、何だかすごく印象的なんですよね。智子さんも『ある出会い』でこのシーンを書いてましたでしょう?」
「うんうん書いた書いた。『荷物をそこらへんにポンと置いて』…いや『放って』だっけかな。とにかく『2人で並んで、雪をかいたな…』っていう七瀬のセリフが、すごく優しくて切なかったからね。いわゆるNN病患者のかたがたのHPで百花繚乱だったサイドストーリーにも、ここんとこのクダリは多かったみたいだし。」
「ああ、だとしても不思議はないですね。たったひとことのセリフなのに、情景がこう…目に浮かぶようでしたからね。」
「しかしさ、この雪は長野の雪じゃないね。なるほどロケ地は北海道だったんだなぁって思った。だって長野の雪はこんなに軽くないもん。もうちょっと湿気を含んでズシッと重いはず。このパウダースノーは北海道のものだなぁ。直江のスコップの先から、ドサッと固まって落ちないもんね。」
「確かに長野でも、日本アルプスの上の方まで行けばサラサラですけどね。飯山市じゃどうかなぁ…。」
「あとさぁあとさぁ、チラッとヘンなこと考えたんだけど、雪かきしながら直江が 『先生ありがとうございます、呼んで頂いて』って言うじゃんか。んでそれに応えて七瀬は、『私はただ蕎麦を食いに来いと言っただけだよ』って言うんだけども、これでもしホントに直江はさぁ、蕎麦だけ食って帰されたら大爆笑だよね。『だから私は単に蕎麦を食いに来いと言っただけだ』かなんかで。はっはっはっはっ! どうも直江は世間にうとくていかんなー!」
「駄目ですよスペシャル版をコントにしちゃあ…。」
■ 回想・大学病院の食堂 ■
「この食堂、何だか大企業の社食みたいだね。前に出てきた直江の職場の様子といい、非人間的な場所だったことが強調されてるんだなー。」
「さらにその環境に直江が満足していないことにも、七瀬はすぐに気づいたんでしょうね。『お前の方はどうなんだ』 と聞いてみて、『まぁ…何とか』 と答える直江の表情が、微妙に曇ったのを七瀬は見落とさないんです。」
「そうだね。んでそういう全てをひっくるめて、『ここのは蕎麦じゃないよ』 と七瀬は言い切る訳だ。いい先生だよなー。てかもう師弟を離れて人間的に、直江が可愛いくて可愛いくてしょうがないんだろうね。」
「その意味では父親以上の指導者かも知れないですね。」
「しかし中居さんてさぁ、前にも言ったっけ…お箸の使い方が案外綺麗なんだ。まぁ器を持ってる左手の人さし指が立ってるのは、マイク持つ時の親指と一緒だけどね。どれか1本立つんだ中居さんの指は。」
「面白い習性ですねぇ。」
「あんたと同じ顔した人もさ、ハンドアクションの時に必ず指が開いてるんで有名だけどね。まぁそれはいいんだけど、この軽く伏せられた直江の顔は…なんか彫刻みたいに整ってるよねー。ヘンな意味じゃなく七瀬もさ、しかし綺麗な男だなくらいは思ってるのかも知れないね。まぁそんなのもひっくるめて、七瀬は第6回の『砂場』のシーンでは、この時の会話なんかもしみじみ思い出したんだろうなー。」
「オーボエのBGMがいい感じですね。木管特有の暖い音が、よく合っていると思います。」
■ 七瀬病院 ■
「このシーンもあれですね、大学病院の廊下に比べて、アットホームな雰囲気が表現されているんですね。ざわざわと賑わっている感じで。」
「なんか『ジモトの町の大きな病院』って感じだよね。直江と七瀬の会話もすごい親しげで、思ったより大きな病院で意外だったろうと七瀬が言うと、直江は素直に『ええちょっと』って答えてるんだよね。同時に、直江の恩師だったらしい七瀬がどうして今この病院にいるのかも、2人の会話で説明されてる。」
「もともとこの病院は七瀬のお兄さんが院長だったんですね。この町で代々お医者さんだったのかな、七瀬家は。」
「ああ、そうだろうね。診療所みたいな病院を、ここまで大きくしたのはお兄さんなんじゃないの。なかなかのやり手だったって七瀬が言うんだから。でも、病院が傾くのを心配する理由っていうのがさ、町の人が困るだろうっていうのがいいよね。」
「やり手はやり手でも七瀬のお兄さんは、大学病院の上役のように権力主義でもないし、金儲け第一主義でもなかったんでしょうね。」
「だから病院自体もこんなにアットホームなんだな。看護婦たちが廊下で直江を見て 『ちょっとちょっとカッコいい!』 みたくやってるのが微笑ましいよね。多分新しい先生が来るって話はみんな知っててさ、どんな先生かなーとかウワサしてたところへ、やって来たのがこの直江先生じゃあ、そりゃあピョンピョンするってもんよ。これから毎日楽しくなるぅー!みたいな。」
「まぁ確かにね、なんとかとなんとかとなんとかが三拍子そろったおじさんに来られるよりは、看護婦さんたちも楽しいでしょうね。」
「そりゃそうさぁ。今ね、ウチの会社で私のいるフロアにさ、新人の男の子が3人いるんだけども、アタシやっぱ彼らに優しいもんな♪ メールとかネットワークの設定とか、嫌な顔もせずに教えてあげてるよ♪」
「ははぁ(笑)」
「思うにねヤエガキ。年老いていく命にとってはだね、若い異性のエネルギーっていうのは格別のもんなんだね。あたしゃ思った。よくおじさんたちがさ、職場の若い女の子にだけ優しくするっつって古株たちのウラミをかうじゃない。あれはねぇ、怒っちゃだめよ。別にセクハラでも嫌がらせでもない。自然の摂理なんだからしょうがないの。こうね、求めるんだよ自分自身の生命が。ビタミン剤かカンフルかユンケルみたいに、若い異性の持つエネルギーを。それを責めるのは酷ってもんだよ。うんうん。」
「なるほどね。あんまり怖がらせちゃ駄目ですよ。…えーっとそれで? 研究畑出身の七瀬も今や立派な院長先生ですから、世俗の話もちゃんとしていますね。直江の退職金が出たことを喜び、腕を上げれば金はあとからついてくるっていう話をして。」
「ケッ。誰が怖がるかよこの優しいおネーさんをお!」
「はいはいそうですね。優しいです優しいです。で、2人が向かったのは病院内の医局。『ここが先生たちの溜り場だ』っていう七瀬の言い方がいいですね。大学病院には絶対なかった呼び方でしょう。」
「まぁそうだろうね。中に入る前に直江が一瞬、『医局』って札を確認するように見るのがいいね。初めて来た場所なんだから、そうするのは当然ですごくリアリティがあったよ。」
「待ちうけていた先輩たちの歓迎ぶりもあったかいです。最初はちょっと挑戦的に、不穏な気配を醸しだしておいて、そのあといきなりクラッカーですよ。笑っちゃいますよね。無邪気というか子供っぽいというか。」
「パーン!てやられて七瀬まで驚いてるもんね。『びびった? びびった?』ってマー坊じゃないんだからよ鉄平も(笑) でもこの歓迎のおかげで、直江の緊張はいっぺんに解けただろうけどね。と同時に視聴者にも通じた訳だ。ここ七瀬病院でこれから先、どんなに充実した時間が直江を待っているかってことが。」
「そうですね。結末を思えば切ないですけれどね。」
■ 居酒屋 ■
「ここもまぁすごいよな本物パワー。雪だなー雪。本物の雪。『居酒屋やまもと』っていうのも何かホントに、雪深い田舎町の飲み屋って感じがするね。」
「高級クラブとかじゃないのがいいですよね。ドラマ的なイメージとしては、医者が使う店だったらホテルのバーというのがむしろ一般的なんでしょうけれども。」
「そうだよね。だって本編で倫子の歓迎会やったのもどっかのシャレた店やったやん。待ち合わせたのは喫茶店だったけど。」
「ああ、あの喫茶店で直江と倫子は一悶着あったんでしたね。何だか懐かしいですねぇ。」
「懐かしいね。もう足かけ3年前のドラマなんだ。当時より年齢を重ねた中居さんが、逆に当時より若い直江を演じるのも一種のパラレルワールドだよね。本編第1回めの中居さんは、今見ると若いし硬いのに。」
「うん、ちょっと硬かったですね最初の頃の中居は。それから回を追うごとにどんどん、直江らしくなっていった訳ですけれども。」
「なー。宇佐美繭子とか次郎とかのエピソードって、遠い彼方に霞んでるもんな。」
「次郎ねぇ。いましたねそういえばそんなキャラも。」
「中居さんの芝居の“仕上がり”によっては、もっとカラミが長かっただろう青春系のキャラが次郎だからね。ま、そんな本編エピソードの数々に、つながっていくのがこのSPって訳だ。」
「へぇぇ、珍しくうまく話を戻したじゃないですか。」
「だべ?(笑) この居酒屋の庶民性もさ、この町で直江を包んでくれたあったかさの1つだったんだろうね。それとやっぱすごいのが山本學さんだよ。さりげない動きなんだけど、このコートの雪の払い落としかた、バッチリ雪国の人間だもんねー。」
「そこはやはりベテランですよ。立ち居振る舞いがそのまま演技っていうか。」
「だよねー。やっぱリアリティがあるもんなー。リアリティってぇばこの居酒屋の壁、蜂の子だの馬さしだのって長野の名物を並べたもんだね。」
「ああ、じゃやっぱり蜂ですよさっきの看板の虫。信風会七瀬病院…。」
「あーそっか! どぉりであんなとこに虫がいたはずだよ! やっぱ蜂か蜂! ローヤルゼリーっていうくらいだから、蜂は昔から薬だったはずだもん。なるほどねー。奥が深いドラマだねぇ。」
「いやそんなところで褒めてられも…ねぇ。スタッフは嬉しくないと思いますけれども(笑)」
「んでそんな蜂の子もある居酒屋の座敷に、遠く聞こえる救急車の音。うちかなぁ…と玲子がつぶやくってことは、このへんで救急指定になってる大きな病院はそんなにないんだろうね。だからこそ七瀬のお兄さんは、この病院が傾いたら町の人が困るだろうと心配した訳か。いやーやっぱ奥が深い!」
「…少―し深読みすぎるんじゃないですかね。」
■ 七瀬病院 ■
「雪の中の救急車ってさ、不謹慎だけども赤いランプが綺麗だね。」
「いや、雪と合わせると何でもだいたい綺麗ですよ。古いゴミ箱にだって風情が出ますから。」
「そやねー。まさに色の白きは七難隠すだよなー。」
「それはちょっと違うと思いますけれども…」
「廊下を走る直江と鉄平。直江のスーツが黒で、鉄平は白衣なのがいいコントラストになってるね。これから直江の歓迎会だという時に、急患が運びこまれてきたと。それにしてもここでの会話からうかがうに、直江はあんまり臨床経験はないみたいだね。」
「それについてはあとで出てきますでしょう。一般外科に空きがなくて研究の方に配属になったって…。」
「あ、そかそか。居酒屋で直江はそう言ってるんだ。んでここでは、『オペレータの経験はありません。でもやるべきことは判ります』って言ってる。理屈とデータだけの医療世界にいながら、直江は勉強してたんだろうね。きっと自信もあったんだよ。だからこんなに鋭い目でうなずくことができて、鉄平にもアシストを許可させる結果になったんだ。」
「当直医の到着を待たずに、2人は急患の手術に入るんですね。いや最初は手術室じゃなくて処置室に運ぼうとしてたのかな。」
「急性フクショウの可能性があるとか何とか、走りながら直江は言ってたよね。フクショウって『腹傷』でいいのかな。ヘンカンしても副賞とか復唱とか副将くらいしか出ないんさぁ。あ、あと調べるのに苦労したのは『デファンス』! 救急隊員がストレッチャーを走らせようとするのを、ちょっと待って!と直江はストップをかけ、患者の体を触ってみて言うじゃん。『先生、デファンスがあります…。』 さぁこのデファンスって何だろうと思ってねー。あちゃこちゃ調べたら載ってた。デファンスというのは筋性防御のこと。腹壁が硬直するんだって。つまり炎症なり障害なりが腹膜に及んでいる証拠で、イコール重傷って訳だね。」
「なるほど。それで2人の顔色が変わるんですね。『オペ室へ!』と指示を飛ばして、手術着に着替えるため上着を脱いで。」
「ここんとこのさ、看護婦と救急隊員の会話もリアルだよ。看護婦さんが『ご家族は!』って聞くと、隊員が『あとで来られます』って言うの。直江と鉄平の会話を聞いて重傷だって判ったから、この看護婦さんは即座に、早く家族に連絡しなきゃって思ったんだろうね。」
「いい病院っていうのはこうやって、看護婦さんの1人1人に至るまでがしっかりしてるんですよね。」
「うんうんうん。つきつめれば院長がしっかりしてるんだろうな。」
「日本的な判断ですね(笑)」
「かも知んない。医は仁術なり。いざ手術だ!となって上着と白衣を脱ぐ2人のタイミングが全く一緒なのもいい感じだなー。身長差がいいよねこの2人ね。うたばんコンビみたいで。」
「いやー…タカさんが医者だったらちょっと怖くありませんかぁ?」
「そうかな。ブルーの手術着の上に白衣なんか羽織ったら、けっこうかっけーと思うけどな。」
「見た目はそうでしょうけど、診察の時にえっちっぽいかなと思って…。」
「それはアンタも同じでしょお! そんなのイナガキ君に言われたかないよ!ってタカさん怒ると思うけどな。」
「イナガキじゃないです。八重垣ですからね僕は。」
■ 居酒屋〜手術室 ■
「直江たちを待っている面々のところには、携帯で連絡が入るんですね。手術に入ったと聞いて、『じゃしばらくかかるな』と足を崩す七瀬がいいと思います。」
「急性フクショウの手術だったらどれくらい時間がかかるか、七瀬にはよく判ったってことだよね。こういうのもベテランらしいなぁ。玲子が正座してないのもいいよね。座布団の上で横座りになってる。」
「まぁこのシーンで言うのも何ですけれども、女性が一緒の時は座敷はやめた方がいいんですよね。」
「ハイおっしゃる通りです八重垣さん。殿方は足崩せるから楽なんだろうけど、女がまさかあぐらかけないからね。スリム系のパンツの時なんて体育座りするしかなくなっちゃう。一番楽なのは掘りごたつみたくなってる座敷ね。あれだと問題ないんだけどさ。やっぱ無難なのはテーブル席なんだよなー。覚えといてほしいね世の中の殿方諸氏には。うんうん。」
「で、覚えてもらったところで手術室のシーンに行きますよ。」
「ああはいはいどうぞどうぞ。」
「この手術シーンについても反応はさまざまだったみたいですね。こういう撮影は動物の内臓でやるっていうのは、もう周知の事実なんでしょうけれども、あんまり血みどろのスプラッタは見たくないって…。」
「うーん。それも難しいところだよね。リアリズムとオブラートの塩梅。私はまぁ、この程度だったらいいかなと思うけど、微妙…。一応画面から目はそらさずに済んだけどね。
でもってまたここのシーン、落ち着いてるんだ直江が。ほんとにオペレータやったことないのかって鉄平に聞かれて、そうですよ?みたいなニュアンスで『はい』って答えるところ、好きだなー。さっき廊下を走りながら、オペレータの経験はないって直江は自分で言ってるからね。なのになんでもう一度同じことを聞くんだ…っていう心理が、語尾の上がらないこの『はい』によく出てたよね。」
「やったことはないけれどもやるべきことは判る。そう言った通りのことを、直江は今やっているだけですからね。」
「でも鉄平は『やるな』と言ってニヤッと笑いかけてくる。直江はそれを無視する…じゃないけど、すぐに視線を移して『ガーゼ』って言うのがかっけーわー。今はそういうことに答える余裕はありませんって暗に言ってる感じ。つーかほんとに余裕ないんだろうけど。」
「あれ? ということは直江が『執刀』の経験を積むのは、ここ七瀬病院と行田病院だけでなんですね。それで天才外科医と言われるってことは、本当の天才だったんですね直江は…。」
「てかまぁそのへんはドラマだからな。そもそも直江の年齢にしてからが、ずいぶん若くなってる訳だし。今更だけど30歳の名医っちゅうのは、現実においては若すぎるだろ。」
「まぁそれはそうでしょうね。本当に今更の話ではありますけれども。」
■ 居酒屋 ■
「そろそろですかねーと予想している先輩がたの読み通り、タクシーが到着して直江と鉄平が店に来ると。タクシーを使ったのは大急ぎで来たってことだよね。七瀬は徒歩だったもんね。」
「院長以下、参加者全員を待たせていますからね。タクシーくらい使わなきゃ申し訳ないというところでしょう。」
「店に入るとすぐに直江は七瀬に会釈して、七瀬も直江に笑い返すのがいいよねー。師弟2人だけのアイコンタクト。長野にやってきて初めての『仕事』を、ちゃんと成し遂げた直江が七瀬は可愛いんだろうなー。」
「『何はともあれ患者さんが無事でよかった』っていうのも七瀬らしいですよね。優しい院長です。」
「そんな院長の下では、先生がたもみんな仲良くやっていけるよね。和気藹々を絵に描いたような雰囲気が楽しそうじゃん。玲子は若い男に優しいし。判るなーその気持ち!」
「でも話の長い奴はどこにでもいるみたいですよ。この関先生…。」
「ああ、乾杯前に一節ブチ上げようとして、とにかく一口飲ませろと鉄平に言われちゃった人ね。いるんだよねーこういう人ね。仕切るの大好き!みたいなヤツが。悪い奴ではないんだけどねぇ。」
「加えて鉄平はかなりの酒豪。このシーンで医師たちのキャラクターが、要領よく説明されていますね。七瀬の音頭で全員が乾杯して、直江には1冊のファイルが渡される訳です。」
「入院患者のデータファイルな。七瀬病院がいかに人間性豊かな病院であるかの、ダメ押しの証拠みたいなファイルだよね。患者さんの顔を見て、顔を見せて、安心してもらえるコミュニケーションをはかるというのが七瀬のモットーなのか。素晴らしいよねぇ。」
「できればこういう病院に入院したいですよね。」
「同感同感。テーマ曲がフルートで入ってくるのもさ、人間性の強調なんだろうね。しかしそうやって大勢に囲まれて、明日までにそのファイル全部覚えてこいとかゆって、からかわれるのに直江は慣れてない。半分困っちゃってるような直江を、『学生時代からみんなとワイワイ騒ぐタイプじゃなかった』って七瀬はフォローしてやるんだよね。部下に対して教え子をフォローする。これはどっちかいうと父親のなしようだよな。」
「優しいんですよ七瀬は。さらに、すっかり兄貴分となった鉄平が話を振るんです。さっきのオペを見て思った、勉強しているしカンはいいし、大学でも優秀だったんだろうって。」
「そうやって自分の話をされてるっていうのに、何だか直江はファイルの方に興味が行っちゃってるけどね。んでそこで 『出身こっち?』 と質問されたことによって、直江はちょっとだけ自分のことを話すんだ。さっきもチラッと出た、一般外科に空きがなくて云々って話ね。対して鉄平が、大学病院によっては患者より新薬優先で必要以上に力入れているところもあるそうだと合わせる。で、直江はその方針に納得がいかず、医者として自分のやりたいことを考えた末に恩師のところへ押しかけてきたと。この一連の説明は、先輩たちだけではなくて視聴者に対する説明でもあるよね。あの無機質一辺倒だった大学病院の演出が、ここにきて効いてくるねぇ。」
「これだけアットホームな居酒屋で語られる分、なおさらですね。窓の外の光景も凝っていますよ。手すりにちゃんと雪が積もっています。」
「外もそうだけど室内も凝ってるよ。七瀬の後ろの壁に貼ってある 『なめこおろし450円』 てのがさ、あたしゃ気になって気になって。何とも強烈なる、なめこおろしの自己主張(笑)」
「はいはいまた話をそっちに持っていかないで下さい。直江の身の上話のあとは七瀬が引き取って、大人しそうに見えても強引なところがあると補足し、まだまだ医者としてはこれからだから、どうぞみんなで鍛えてやって下さいと頭を下げる訳です。」
「院長にそうされちゃあ恐縮至極なところへ、直江も馬鹿ッ丁寧に『よろしくお願いします』なんてお辞儀するもんだから、場が一瞬シーンとしちゃうんだよな。もちろんすぐに元の明るさに戻ったけど。んでそこに出てくるのが七瀬の歓迎の品・ひきぐるみの新蕎麦! マジうまそーやねぇ!」
「これはクルミの蕎麦なんですか? クルミも長野の名産品ですよね。」
「挽きグルミっていうんだからそうだろうと思うよ。『これが本物の蕎麦とつゆだ』って七瀬は言ってるけどさ、実際はもうちょっと粗雑な盛りつけしてあるよね多分ね。長野のお蕎麦でどこが美味しいっつったら、今はもうないのかなぁ…。JR長野駅前のちょっとした路地に、狭〜い、スタンドに毛の生えたようなお店があってさぁ。あそこのかけそばは絶品だったなー。具なんてネギの輪切りがほんの申し訳にチョロッとあるだけでね。あれは美味しかったなぁ…。」
「長野も新幹線でだいぶ変わったそうですね。あの善光寺みたいだった駅舎もすっかり変わったらしいですよ。」
「そうだってねー。雰囲気のある、いい駅だったんだけどな。こうして思うと東京駅がああして建っているのは、奇跡に近いかも知んないねぇ八重垣。いつかの『モダン東京』でMRが書いてたけど、東京駅がああして残っただけで、東京という町は評価されていいって。その通りかも知んないね。確か一度は取り壊しが決まったのにすごい勢いで署名が集まって、最終的に保存が決定されたんだっけね。」
「ええ。あの駅は壊しちゃ駄目ですよ。早いところ国宝に指定しましょう。」
「おお、それ賛成! 世界遺産はサスガに無理だろうからな。ってまただいぶ話がズレだぜ? えーっと、どっからこんな話になったんだっけ。」
「長野駅です長野駅。蕎麦のおいしい店から話が飛びました。」
「そうだそうだ。ものがそばつゆだけに飛ぶ飛ぶ。えーとそれで、七瀬の心づくしの蕎麦を直江は衆目のもとにすすって、『うまい…』と渋すぎる反応をする訳だね。それにしてもこんなに注目されたら食べにくいんじゃないか?」
「だと思いますよ。うまい、しか言いようもないでしょうね。」
「切ないのは七瀬の、満足そうな幸せそうな優しい笑顔だよね。七瀬はこの掌中の珠のような教え子を、ああもしてこうもして、素晴らしい医者に育てようとしてたんだのに、残酷な病が七瀬の手から、大切な宝石を奪っていっちゃうんだよね。」
「むしろ七瀬の立場から見た方が、このSPは悲しいかも知れませんね。愛するものを奪われる物語なんですから。」
「ねー。勝手に自殺しくさった直江には、そういう考え方はできなかったのかね。小橋も言ってたじゃんよ。自殺ほどの裏切りはないって。自分の死は七瀬にとっても倫子にとっても、愛するものを奪われることなんだと直江には気づいてほしかったね。直江こそあれだよ、綾戸さんじゃないけども愛されてる自信が少し足らんかったんよ。しょーがねーよーなーホントに。河童のクセに。」
「最後にそこへ行きますか(笑)」
■ 帰宅路・直江の部屋〜支笏湖 ■
「これまたものすごい雪だねぇ。と同時にそれをうまく利用したカメラワークがよかったよ。雪の中を歩いてくる直江の姿が、闇から浮かび上がる感じにすーっと輪郭を結ぶの。画面右奥に焚かれた強烈なライトを、降りしきる雪がこんこんとよぎってね。」
「こういう雪は積もるでしょうね。紙吹雪や発砲スチロールには絶対出せない迫力があって、カメラさんもウデが鳴ったんじゃないですか。歯も鳴ったかも知れませんけれども。」
「確かに寒かったろうからねぇ…。素晴らしい映像パワーだけどね。多分カメラには魔法のようなところがあってさ、偽物を本物らしく撮る技術もすごいと思うんだ。いいとものセットなんか特にそうだよ。あれって客席の裏に片づけられてるのを見ると、なんか言い方悪いけど『チャチ』って言葉がぴったりなんだよね。文化祭の大道具と全然変わんない。ところがそれにライトを当ててカメラ回すと、ただの折り紙が本物のゴールドみたいに見える。そうやって偽物を本物に見せるのがカメラの魔法なんだけど、逆に、本物を絵画のように美しく撮るのもカメラの技術なんだろうね。」
「うん…。それはもう芸術の領域に入るんでしょうね。」
「そんな美しい光景の中を、飲み会を終えた直江が歩いてくるんだな。退職金が出たからちょっとはいいマンションを借りられたんだな。」
「またずいぶん現実的ですね(笑)」
「建物の方に曲がる道のところで、一瞬だけ立ち止まるのが越してきたばかりな証拠。そして荷ほどきもしていない薄暗い部屋で、直江は入院患者のファイルを読みふける。そんな暗いとこで読んでたら目ェ悪くなるぞって言いたくなるけどね。医者の不養生とはよく言ったもんだ。」
「でもこのファイルを、直江は多分一晩であらかた暗記しちゃうんじゃないですか?」
「うんうんそうだと思う。それっくらいの頭はあるだろうし、それほど真剣だと思うよ。能力のある奴が本気になると、すげーことになるからなぁ。文字だけじゃなく体温を感じようとでもするかのように、直江はページを指で撫でてるんだよね。食いつきそうに真剣な表情で。」
「やがてその映像に、“現在”の支笏湖での七瀬と倫子の会話がオーバーラップするんですね。『あの日からだんだんあいつの目に輝きが戻ってきた』…。」
「そういうことだね。飯山に向かう電車の中では、あんな死んだサカナみたいな目をしてたのにね。ファイル読んでる直江は別人だったもんな。」
「七瀬の言葉を聞いている倫子が嬉しそうに笑うのは、生き生きと仕事をしている直江の姿が目に浮かぶからでしょうね。一見冷たくて無愛想な直江の、優しさとか情熱を倫子はよく知っているんですから。」
「そこで時空は再びロールバックされて、長野での直江に戻る訳だね。」
■ 七瀬病院 ■
「逆光の中を歩いてくる直江。これは直江の登場シーンの定番だね。ブルーの手術着がよく似合うわ♪ 手術が終わってすぐなのにもう次のお仕事。それを嫌な顔ひとつせずやってるんだね直江は。」
「周囲の信頼も多分うなぎ昇りでしょうね。そんな時に出会ったのが寺岡さんですか。」
「このシーンはさぁ、あれだけ積もってた雪を解かして撮影したんだよねぇ多分…。だとしたらすごい労力だったろうな。まさかCGってこたぁあんめぇ。」
「CGはないでしょうまさか。全部人手でやって、大変だったんじゃないですか?」
「ねぇ。大変だぁ現場スタッフ。だいいち晴れてる日を選ばなきゃならなかったろうしね。」
「このシーンで印象的なのは、花壇に咲いているたんぽぽですね。ガラスのボートや川と同じ、SPと本編をつなぐ重要なキーワードですよ。」
「そうだね。このドラマにおける春の象徴かな。」
■ 医局 ■
「寺岡さんのレントゲンフィルムを前に、医師たちの打ち合わせシーン。Mプロテインも高くないのによく見つけたと七瀬に褒められて、心なしか得意げな立ち姿の直江クンがいいね。また先輩たちの前で手放しで褒めちゃう七瀬も微笑ましいというか。」
「でも先輩たちも、すごいなって顔をしてますね。直江の能力と頑張りは、すでにみんなが認めているんですね。」
「多発性骨髄腫は高齢者の病気なんだねぇ。直江の知っている症例では若くても64歳。寺岡さんは40歳で抜群に若いのかぁ。へっへっ若いんだってよ40歳は、八重垣♪」
「この病気にかかるにしては、ですよね。あっすいません余計な解説でした?」
「いや別に。チーとも余計じゃございませんよ。フン。」
「それより僕がここで感心したのは、この置いてあるパソコンですよ。すごいですよ、ちゃんと当時の型じゃないですかほら。ディスプレイも古いタイプですし、だいいちFDDが5インチですよ?」
「あ、それはアタシも気づいた! 5インチのFDDが、しかも2台ついてるんだよねー! よくあったねこんなパソが! メーカーの倉庫から借りてきたんじゃないの? Windows3.1…いやひょっとしたらまだDOSかもよ?」
「懐かしいですねー! DOSですか! 智子さんまだコマンドライン覚えてます?」
「んーとね、んーとね、『DIR /P/O:N』とか? 頭じゃないんだよね手が覚えてるんだよね!」
「ワイルドカードとか、すごい便利だと思いましたよね当時はねぇ。ハードディスクの容量なんて、当時は100メガなかったですよね!」
「ああっなーつーかーすぃー! すごいパソコン見つけてきたもんだスタッフ! このこだわりに拍手っ―!」
「「いぇーいっ!!」」
■ 直江の独白 ■
「…なんか前のシーンではえらく盛り上がっちゃったね(笑)」
「そうですね(笑) 駄目ですねコンピュータ屋はああいう話になると。」
「まったく我を忘れるからね。えーっとそしたら、SP座談会第1回めのラストシーンは、直江の独白による時間経過場面といきますかね。今回はとりあえずここで区切ろう。」
「そうですね。ストーリー的にもここで区切れますよ。直江が長野に来て2度めの冬、真琴を乗せた救急車が走ってくるシーンまでです。」
「このさぁ、寺岡さんの病室のシーンって、確かNGになったんじゃなかった? 寺岡さんの首のあたりを触っている直江の…いや中居さんの笑い方が、素というかバラエティっぽい。」
「そういえばそんな話がTV誌にあったかも知れませんね。寺岡さんのMMは直江が早期発見したおかげで、一進一退を繰り返しながら治っていくんですね。」
「カンカイの方向へ向かう、って直江のナレーションは言ってるんだけど、カンカイっていうのは完回…完全回復の略なんじゃないのかな。関東青組連合会の略じゃあないし。」
「どこにあるんですかそんな会が。いいわぁ星人関東本部の分科会ですか?」
「違うよ関東支部だよ。本部はいいわぁ星の本星にある。」
「あ、なるほどね…。まぁそれはどうでもいいですよ。SP版のドラマはこうして序曲を終え、いよいよ第一主題である真琴の旋律へ入っていきますね。」
「うん。春が過ぎ、入道雲が天に聳える夏が過ぎ、長野へやって来て2度めの冬に、直江は大沢真琴と出会うんだね。」
「―――はい、という訳で『L‘ombre blanche』SP版の第1回を、このへんでまとめたいと思うんですけれども。予定では残りをあと3回くらいに分けて、皆様のお気持ちがライブ一色になる前に、結末に持っていきたいと思います。」
「てことはアレかぁ。やっぱり週に1回のペースでUPしないと間に合わんのか。くぅーっキッツぅー! でも本編の時は1回分が丸々45分だったのが、SPは1回30分程度の計算になるからね。少しは楽だろう…なんてタカくくってると痛い目に会うだろうねー!」
「会いますよ。きっぱり。だって今回はだいぶ横道にそれてますよ?」
「ありゃー? そぉなー? そりゃ気づかんかったぃねー。」
「いきなり群馬弁でごまかさないで下さい。上げられるものなら少しペースを上げていきましょう。ね。
はい、それでは本当に第1回を締めたいと思うんですけれども、第2回めのUPはですね、おそらく来週中のいずれかということでね、楽しみにして頂ければと思います。それでは来週までご機嫌よう。パーソナリティーは私、八重垣悟と、」
「木村智子でしたっ! ばいびー♪」
「あれ。簡単明瞭ですね。」
「だってアンタがペース上げろって言うからよー! さっくらさっくら切り上げにゃイカンとお姐さん思ったんじゃねーかよぉ! 文句あんのかコラァ!」
「ほらほら下品ですよ下品ですよ。おさえておさえて。はいこっちでお茶でも飲みましょう。」
「わーい♪ 茶菓子だ茶菓子だ〜♪」
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