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【 第2回 】
「はい、えー皆様お元気でしたでしょうか八重垣悟です。先週からですね、全4回の予定で、『白い影』 座談会 『L‘ombre blanche』のSP版をお送りしている訳なんですけれども、何だかすごくたくさんメールを頂いたみたいですね智子さん。」
「そーなのよー。ちょっとびびったよマジで。こんな大勢がウチのサイト見てくれてるんだ…って思いを新たにしたぐらい。」
「そのメールの中には、色々とご指摘もあったようですけれども。例えば『ひきぐるみ』は胡桃じゃなく包(くる)みじゃないかとか、カンカイは寛解であるとか、その他にもご丁寧なご指摘を頂いたんですね。」
「そうなのそうなの。もぉ皆さんさぁ、気を使って書いて下さってるので恐縮ですよ。たまにねぇ、ホラ教えてやるから感謝しな!的なエラソーなメールもらうとカッチーンと来ちゃうんだけどもね。まぁ書き方が多少キツかろうと、わざわざご指摘頂くのはありがたいことには違いないんだから、どんな場合も感謝しなきゃいけないってのは判ってるんだけどもね。そこはアタシも人間ができてなくてさー。」
「ま、それが文章でしか気持ちを伝えられないメールの怖さだと思いますけれどね。口調とか表情のニュアンスで、オブラートをかけられませんから。言葉の意味がダイレクトに、ストレートに行っちゃいますからね。」
「んだなー。それとあと笑ったのはさ、キミがダレだか判ってらっしゃらない方がまだおいでのようだぜヤエガキ(笑) なんかホントに座談会やったテープを、アタシが書き起こしてると思われてるようだよ。」
「えー?(笑) そうなんですか? そんなにキャラ立ち悪いですかね僕…。やっぱり赤坂に行って保田大明神を拝んでこないと駄目ですか。」
「かも知んないなぁ。いつかのさぁ、かまりんアーンド真澄っちと行った飛鳥路の旅の時もね、レポ読んで下さった方の中には、自分も一緒に行きたかった、八重垣くんたちとあんなふうに会話したらどんなに楽しいだろうってメールくれた人もいるんだけども、それ読んであたしゃ思ったもんね。これはノッて下さっているのか、それともまさかコイツほんとに拓と八重垣と5人で行ったと思ってるんじゃねぇだろな…。」
「いいですよもう。そのへんは謎にしときましょう。こうなったら謎のキャラでいいですよ僕。その方が神秘的でいいかも知れないですしー。」
「おいおいチョウチョウウオみたくクチとんがらかしてスネんなよぉ。ほら兵庫とドーで大爆笑してるヤツがいるぜ?」
「いいですほんと、もう好きにして下さい。誰なんでしょうね僕は、いったいねぇ。はい。じゃあもう早速いきますよ。七瀬病院に大沢真琴が救急車で運ばれてきたシーンからです。どうぞ。」
■ 診察室 ■
「真琴の細い手首を掴んで、診察中の直江。気絶するほど激しくぶつかったってことはさ、ちょうど仁志と元木みたいなもんだね。あのへんから今シーズンの、原巨人受難の季節が始まったんだから。」
「確かに例えてみればそうですね。にわかファンにしてはいいところで例を引くじゃありませんか。」
「なぁになぁに、はっはっはっ。そんなに褒めるな照れるじゃねぇか。」
「いやそこまで褒めてません。…で、レントゲンを撮ったらすぐ帰れるかと聞いた真琴に直江は、気絶したんだから念のため一晩だけ入院しろと言う訳ですね。夜になったらCT検査をするって。」
「ねー。お医者さんって大変なんだねー。あたしゃ入院経験って1回もないんで外来しか行ったことないんだけど、夜になっても検査とかあるんだね。」
「そりゃそうですよ。病院にしてみれば外来よりも入院患者の方が大変に決まっていますよ。」
「だよねぇ。人の命を預かる仕事とはいえ、激務だなー。んで真琴はちょっとだけ不安そうに、『なんかあたし大変?』と聞き、直江は、顔色もいいし心配ないと思うけどと答えるんだね。んでその次よ次。ふーん…て顔をしてる真琴を見てさ、私はここでやっと気づいたのよ。真琴って倫子に似てんのね! オンエアの時は正直気づかなかったんだけどね、DVD見て、ああそうか!と思った。そうかそうか直江はこのタイプが好きかぁ!」
「そうですね、似てますよ真琴は。顔っていうか雰囲気が特に。そんなのすぐ気づくじゃないですか誰だって。」
「あれっそう? あんた気づいた?八重垣。へーすごいじゃーん! オンエアの時には私さぁ、真琴が男の子だったらどんなドラマになるのかなーって、そんなこと考えてたからね。中居さんはその方がやりやすかったんじゃないかなーとか。」
「え? そんなこと考えてたんですか? 真琴が男の子じゃあ、『その物語の始まりと命の記憶』にならないじゃないですか。」
「うん…そおなんだけどもさ。そもそもアタシは今回の設定がちょっと気に食わなくってね―――ってこの話はもっと先に行ってからにしよう。今すると流れがこんぐらかる。」
「ああそれじゃあ後にしましょう。訳が判らなくならないうちに次に行きますよ。このシーンについては他にありますか?」
「えーっとあとはねぇ、最後に真琴がアップになって、ニヤッと笑うのがいいよねー。ハンサムな先生でラッキー♪って感じに。こういう出会いは本当に運だからね。こないだ東京ステーションホテル行った時に、最初にいらっしゃいませって迎えてくれたあのウェイターさん、ほんっと森きゅんそっくしだったからね。かっけかったなぁ…。森きゅんてさ、SMAP唯一の正統派アイドルだったと思うんだよね多分。」
「はいじゃあ次行きますよ次。SMAP談議は別の機会にして下さい。」
■ 真琴の病室 〜 医局 ■
「長野あたりの女子中学生ってさぁ、もうちょっとイナカちっくに素朴なリンゴほっぺのイメージだけどね。この子たちってばずいぶんと垢抜けてんじゃん。やっぱドラマだからかな。」
「まぁそれもあるでしょうね。でもバスケットボールでパス回しをしている姿は、まだ子供子供していて可愛いじゃないですか。それに、直江が部屋に入ってくると咄嗟に物陰に隠れるあたりが、やっぱり長野の中学生ですよ。」
「そうだね。お医者さんに叱られる!って感じでね。ところがそのお医者さんというのが若くてハンサムなお兄さんで、口調も嫌味ったらしくなくすごくカッコよかったもんだから、女の子たちはイッパツでいいわぁ星人になっちゃったんだね。」
「あ、いいわぁ星人というのはそうやって増えていくんですか。なるほど(笑)」
「そうそう。いいわぁ菌は空気伝染。直江は真琴にやんわりと注意をして、女の子たちにも会釈というか、それじゃ…みたく視線を送って出ていくじゃん。そこでたちまち大騒ぎを始めるクラスメートに、真琴が自慢げになる気持ちは判るなー。何たって直江は『アタシの先生』なんだもんね。これは怪我人の特権だよ。」
「それにしてもいくら直江がカッコいいからって、すぐに追いかけて見にいくあたりが、やっぱり中学生らしくて可愛いですね。」
「そうかなぁ。アタシだってこの状況なら見に行くと思うよ。てか、いいわぁ星人ならみんなそうなんじゃないか? 医局まわりはさしずめスペイン坂スタジオの様相を呈するね。警備員さんに、立ち止まらないで下さーい!って仕切ってもらわないと。」
「いいわぁ星人は元気ですからねぇ。中学生も中高年も同じですか。」
「なに中高年? その言い方は無性に気に食わんなー。中高年などとは言わず、社会生活に十分適応したオトナの女性とお呼び。」
「はいはいオトナですオトナです。…で、医局スタジオの中には当然、他の先生がたもいる訳ですから、坪田先生に関先生あたりは、この直江人気の白熱が面白くない訳ですね。」
「まぁ多分、女性患者の間での直江人気の高さは、今に始まったこっちゃないんだろうけどね。しかし今回の相手はリアクションが素直で派手な女子中学生。アイドルの追っかけ気分でウロウロされて、直江に振り向かれただけで舞い上がられたんじゃあ、関先生がムキになるのも道理ってもんだ。」
「一方で直江の方は、どうやらまんざらでもない様子ですけれども…。」
「そりゃあアンタ、女の子に騒がれて悪い気のする男なんている訳ないがな! 自分に置き換えて考えたってそうだろ? 『八重垣先生カッコいー!』って女子中学生たちにキャーキャー言われたらぁ。」
「…最高ですね(笑)」
「だべ? だべ? だべぇー? 直江クンだってそこは男の子ですもの。えへっ♪てなって当然でしょお。人間、素直が一番よ。んでこのシーンの中居さんなんだけどね、関先生が女の子たちを叱りに飛び出していったあとの、表情の変化がいいんだよねー。まばたきしながら視線を横に投げ、スッと下に伏せたあとでふわっと笑顔になる。こういう変化が直江にはすごく多いんだよね。全てのシーンにおいて直江の表情は、なめらかにゆっくりと変化するの。でもってまさにこれがだね、中居・直江が別人である一番大きな要因なんだと思うよ。」
「要因と来ましたか。もう少し詳しく言うとどんな感じですか?」
「あのね、とあるところに前にも書いたんだけどさ。DVDからキャプチャーできる…つまり静止画を取り込むことのできるパソコンソフトがあるんだよね。市販のDVDからも出来ちゃうのにはびっくりしたけど、ま、個人が家庭内で自分ひとりのパソコンに画像を取り込んで喜んでる分には、チョサッケンもヘッタクレも関係ないからここで話題にするとして、そうやってSMAPくんたちの映像をコマ送りで再生してみて判ったことがひとつある。中居さんてね、表情も動きもメンバーの中で一番速いのよ。一時たりとも同じ状態で止まってない。だからキャプチャーがしづらいったらありゃしない。ブレるのよ輪郭が、ものすごく。ライブもそうだしスマスマもそうだし、いいともでさえ表情はクルクル変わる。『あっ、ここいいっ!』と思ってクリックしても、次の瞬間にはもうまばたきしてるからね。ナイスショットを捕まえるのがえれぇ大変なんだ中居さんて。それにね、ピントもタイミングもバッチリだ!って時に限って、なんでそんなブサイクな息継ぎすんの?みたくなってることが少なくないし。」
「ブサイクなんですか(笑) 一応アイドルなのに(笑)」
「その点、完璧なのが拓哉ね。もぉこの人はね、カメラが向いている最中はほんのワンフレームでさえも、ブサイクなショットが全くない。いついかなる瞬間を切り取っても、お見事。完ッ璧。ハズレがないのよ。成程これじゃあカメラさんも、キメのショットは拓哉で撮りたかろうとアタシ納得したもんね。対して中居さんて、1歩間違うとぐちゃぐちゃだよ?(笑) どこのオヤジだと思う時がある。そんなアップを映しちまった日にゃあ、チャンネル変えられてもモンクは言えないってほどの。
ただし、その代わり。50回に1回くらいの割りで、この世のものとも思えない超弩級美麗ショットがあるんだ中居さんは。うまいことその瞬間で一時停止できた時は、マジで息が止まるかんね。ドキーッ!とする。場外ホームランか三振か、どっちかしかないのかも知れないね中居ビジュアルは。」
「なるほど。オール・オア・ブサイクということですね。」
「でねー。そうやって苦労する中居キャプチャーなのに、直江の場合は全く違うの。ナカイマサヒロの表情の動きとは、別人なんだよ直江って。視線の移動する速さからして違う。バラエティで見慣れた中居さんの、くるくる変わる表情に比べると、10倍くらいのゆっくり加減で直江の表情は動いてるんだよね。こりゃーすごいことだなーと感心しましたね。うんうんうん。」
「へぇぇ…。そうだったんですか。表情の変化の“速さ”が、まるで違っていたんですね直江と中居では。でもそれに気づいたのは、今までビデオに録っていたスマスマをDVDにしてパソコンでキャプチャーできたからなんですから、この座談会に対してもXS30は意外な効果があったって訳ですね。」
「そういうことになるよねぇ。改めてすごいなぁDVDは。」
■ 廊下 ■
「なんか前のシーンでえらい尺を食ったね(笑) まぁ大事なポイントだったんだけどさ。中居と直江の表情の違いについて。」
「ええ。別に話がズレた訳ではありませんから、こういうのはかまわないと思いますよ。」
「それにしてももうちょっとスピードアップしようか。んね。えーっと、このシーンは夜の病院。帰宅しようと玄関へ向かっていた直江が、母親を見送った真琴と出くわすところね。真琴の巻いてるピンクのマフラーが可愛いよ。パジャマにマフラーって新鮮だし。」
「まぁ確かに新鮮ではありますね。また新鮮といえば、真琴にとって直江の私服姿も新鮮だったんですね。」
「うんうん、この黒いコートな。今までは白衣しか見たことなかったから。でもこの格好も素敵だとちゃんとフォローしたのに、子供がお世辞なんか言うなと直江にあしらわれて真琴はふくれる。このふくれっ面なんか特に倫子に似てるね。演出的にもさ、倫子の面影のある子をキャスティングしたのかも知れないね。」
「そうですね。竹内さんに似たタイプを、真琴役の条件にしたかも知れませんね。」
「真琴に対する直江の態度は、丸っきり、可愛い妹に接するようなもの。真琴は不貞腐れたように 『失礼します』 とお辞儀して病室に帰ろうとするんだけどさ、ここのBGMがTV版とDVD版で違ってるってことには、多分ほとんどの視聴者が気づいただろうね。」
「DVD版はパッヘルベルの『カノン』でしたね。超有名曲だけに気づいた人がほとんどなんじゃないですか? 日本人が好きなクラシック曲の、ベスト3に入るでしょうこれ。」
「対してTV版で使われていたのは、ラフマニノフのピアノコンチェルト第2番、第2楽章―――って、実はこれも例の音大出のいいわぁ星人に教わった。聞いたことはある曲だったけど、タイトルまでは判んなくて。」
「『カノン』ほどの有名曲ではありませんからね。でも僕は…うーん…。正直ラフマニノフの方がよかったんじゃないかって気がするんですけれども…。」
「あたしもする。『カノン』じゃあまにりもポピュラーすぎて、自分の思い出がくっついてきちゃうんだよ。ここで使われるBGMはさ、いわばSP版『白い影・愛のテーマ』でしょ? あんまり先入観なしに、ドラマのシーンにシンクロできる曲の方がよかったんじゃないのかなー。」
「そう、『カノン』はちょっとポピュラーすぎた気がしますね。まぁ綺麗な曲といったらこれ以上綺麗な曲はないんじゃないか、っていうくらいのメロディーですから、悪くはないのかも知れませんけれども…。」
「いや綺麗っつったらドボ先生の『スラブ舞曲』も綺麗だぜ。第10曲は『クインテット』ヒロのテーマなんで使ってほしくないけどさ。」
「あれ? 確か前に使われたんでしょう? NHKスペシャルか何かの、コブシメの産卵シーンに。」
「そう! あれは腹が立ったよ実際! ヒトが大事にしてる曲をアンタ、よりによってイカの交尾にカブせるなっつーの! 2匹の太ったイカがこうなぁ! ひらひらひら〜っと寄り添ってねぇ…。ああもう思い出すだに苛立たしい!」
「はいはいまた話がズレそうですから戻しましょう。いったん病室に戻ろうとした真琴はもう一度直江を呼び止めて、もし検査の結果がよくなくて入院することになったら、先生が診てくれるのかと聞きますよね。これは何か真琴の中に、予感めいたものがあったんじゃないかと取れないこともありませんけれども、そのへんは智子さんどう思いますか?」
「ああ、このシーンの真琴のセリフねぇ…。うん。確かにちょっと気になるね。男子とぶつかって気絶するほどの勢いでバスケやってる元気な女子中学生なら、念のための検査なんてメンド臭いだけ。なんぼ担当の先生が素敵だからって、もう一刻も早く病院なんか出たいのが本音じゃないのかね。それなのに、もし入院することになったらとか考えるかなぁ。いーやそれとも、これも思春期に特有のメランコリックな気分てヤツかな。中学から高校にかけてってさ、妙に哲学的・悲劇的なことを好んで考えて、自虐的に陶酔するっていうのはよくある話だからね。」
「いや真琴に自虐は似合わないでしょう。智子さんや総長じゃないんですから。」
「何やソレ(笑) Mコンビかいあたしらは(笑) そーちょー! そーちょー! ヤエガキがヘンなことゆってるよぅー!」
「いえ別にそういうつもりじゃないんですけれども…。ともあれ直江が診てくれるならと安心して、真琴は直江にお休みなさいと告げます。外へ出た直江も粉雪の中、ふっと嬉しそうに笑いますね。ここは2人の間に生まれた信頼関係が、この先大きく深く育っていくことになるその、プレリュードにあたるシーンなのかも知れませんね。」
「ああね。そういう位置づけの方が強いかもね。真琴の中ではその信頼がやがて、直江への恋心に羽化していく…。清らかなる少女の初めての恋かぁ。真っ白い雪にふさわしいね。少女と雪のとりあわせが美しいことは、遠く平安の世に紫式部が描いている。うん。」
「まぁそこまで飛躍しなくてもいいと思いますけれども…。」
■ 時は過ぎて ■
「直江の独白で語られる時間の経過。こういうシーンにはナレーションが必須だろうね。心情描写の重ね塗りに使われると邪魔くさいけど。」
「そうですね。季節の変化を示す自然の映像も綺麗ですけれども、それだけだとさすがに判りづらいと思います。ここもBGMは相変わらず『カノン』が続きますね。」
「うん。ここなんか特にラフマニノフの方がいいよね。あの曲なら風景を殺さないんだよ。『カノン』はBGMが自己主張しちゃう気がする。少なくともピアノコンチェルト第2番よりは。まぁそんなことをいつまで言ってても仕方ないから先に進もう。この土手のシーンの撮影は、これはまさかドー国じゃなくて関東のどっかでロケしたんだろうね。病院の庭くらいならいざ知らず、まさか川原一帯の雪は溶かせまい。」
「でしょうねぇ。仮に熱湯を撒いて一時的に溶かしたとしても、すぐに白く凍っちゃいますよ。」
「まぁ多分、利根川か江戸川か荒川か、多摩川かあるいは鶴見川ってとこだろうね。きっとそうだよ。」
「何だかタマちゃんみたいですね(笑)」
「その土手で大の字になって休憩中の直江くんのところへ、若い看護婦さんがお弁当を持ってくる。肘を立てて半身を起こしたこの直江の姿勢は、本編第1回の、おみかんコロコロの時と同じだね。思い出すなぁ…。まだ直江になりきれてなくて、どこか固かった中居さん。」
「ほんとにずいぶん変わりましたよね中居の演技は。その点は褒めていいと思いますよ僕も。」
「ねー。今では余裕すらあるもんね。んで直江にアタックしたいこの看護婦さんは、先輩とおぼしき年上の同僚に背中を押されて、お弁当の包みを持ってくる。これって多分さ、ナースセンターで夜勤の時か何かに、うちあけ話大会とかあったんだろうね。実はあたし直江先生が大好きなんですぅ。判ったじゃあ応援してあげるわ! そんな有力な先輩の後押しを得て、俄然その気になる彼女。しかし直江を好きな看護婦さんは他にもいて、その子は恥ずかしがりやで気が弱いもんだから、待ってよアタシだって好きなのよ!とバトル態勢に入ることもできず、堂々とアタックするポジティブな同僚の行為を、羨ましさ半分・妬ましさ半分で、ひとり切なく眺めてるんだろうね…。カメラが映さない小さなドラマは、他にもいろいろあるんだろうなぁ。」
「そういうの智子さんって、案外スラスラ思いつきますよね。一種の訓練ですか?」
「いや、人生長く生きてるとなぁ。人の世のいろんなものを見るからねぇ。」
「…すいませんそう来られると、ちょっとフォローしづらいんですけれども(笑)」
「へっ、知るかいそんなもん。あとこのシーンでよかったのは、看護婦さんが強制的に置いてったお弁当の包みが、たんぽぽを倒しそうになっているのをどかしてやる直江ね。ちょっとだけ唇をぷくっとさせてさ、茎を直してやるのがすごくいい。優しいじゃんねぇ直江ったら。本編で無頼を気取るなんて似合わないよ。」
「あのねぇ、その点は僕も思ったんですけれどもね? もし仮に今、もう一度本編の第1回から撮り直したとするのなら、直江のキャラクターはまた少し変わってくるかも知れませんね。当初より複雑で立体的な、深みのあるキャラクターになったかも知れません。今の中居で表現できるものの幅が、それだけ広くなっているということですね。」
「言えてるねー。それすなわち素材の成熟だな。単に綺麗でしなやかなだけだった若木が、ぬくもりと厚みを帯びて幾まわりも大きくなっている。歳とともにどんどん素敵になっていくんだなぁ、我々の奇跡のオンリーワンは…。うっとし…。」
「はい目のハートは取りましょうね。進行のさまたげになりますから、あとで一人でやって下さい。」
■ 七瀬宅 ■
「引き続き時は流れて、98年秋。『ソムリエ』ってこの頃じゃなかったっけ? よかったよねー、あのシャンパン・サーベル! 中居さんが2度めの紅白司会をやったのもこの年かぁ。」
「またずいぶんパラレルなネタですね。現実とドラマの二重の入れ子ですか。」
「だって96年以降はさ、SMAP年表でモノゴト考えられるのがいいわぁ星人の特技だからね。それにしても11月で雪っていうのは、長野にしても早い方かな。ドー国なら根雪かも知んないけど。」
「この七瀬の家の雰囲気は、本当に長野の旧家って感じがしますね。天井が高くて部屋の空気が冷たくて、しんしんと底冷えしそうです。」
「そうだね。これさ、長野出身のスタッフがいたとかって話はチラッと聞いたけど、このシーンでは善光寺の前にある『藤屋旅館』を思い出したねーあたしゃ。あそこの旧館て、ほんとこんな感じだもんなー。どこか懐かしい薄暗がりが、重たい湿気を帯びてるんさ。」
「本州の雪国って、全体的にそんな感じですよね。やっぱり湿度のせいなんでしょうかねぇ。晴れた日はカサカサなんですけれども、雪自体は湿っていますし。だから東京で雪合戦すると痛いんですよ。」
「そうそうそう! ギュッと握るとアイスボールになるからね。SAYAKAちゃんがCMやってる『アイスの実』みたいな感じかな。『雪見だいふく』じゃあなくってね。んでそういう底冷えのしそうな旧家の座敷で、向かい合って話をする七瀬夫妻がこれまたいい感じだよね。長い年月を経てきた夫婦の、落ち着いたぬくもりみたいなのがあって。」
「この2人には子供が…いないんですよね確か。その理由までは描かれていませんけれども、七瀬が直江を本当の息子のように思っていたことは、ここではっきりと語られますね。」
「うん。また直江は直江でさ、どうやら子供の頃に父親を不幸な亡くし方してる訳でしょう? だから七瀬を父親のように思っていたことも、同時に想像できるよね。いつか書いた『ある出逢い』の中では、私は七瀬の息子を死産だった設定にしちゃったんだけど。」
「ああ、そういえばそんな話も智子さん書いてましたっけね。いつでしたっけあれは…。いいともを録画しそこねた時でしたっけ?」
「そうそう確かそう。んでその日のHPを更新するのに、コッソリ隠し玉を出したのであった(笑) したっけ意外に反響が大きかったのよねー。こういうのって面白いもんでさ、意気込んで力いっぱいどうだー!って仕上げたもんより、むしろテキトーにサラッと作ったものの方が出来がいいことがあるんだ。『夜空ノムコウ』だって、スガシカオさんは空港だか旅先だかでサササーッと書いたんでしょ? 物事はえてしてそういうもんなんだろうね。」
「しかしこのシーンもBGMが『カノン』ていうのはどうなんでしょう(笑) 話題にするのもくどいですか?」
「なんかやっぱり合わないかも知んないね(笑) 耳が旋律を追っちゃうんだよね。私だけかも知んないけどさ。」
■ 病院正面玄関〜診察室 ■
「11月という早い雪は降り続いて積もって、また雪を溶かさずにロケできる設定になりましたってことだね。そんな中寺岡さんは1年ぶりに退院していった訳だけど、誰も迎えに来てないってのは寂しくねーか? 独身なのかなぁ寺岡さんて。オトコもシジュウになって独身だと、この先の人生さすがに辛いぜぇ?」
「いやそこまで智子さんが心配しなくてもいいと思いますよ。寺岡さんの人生なんですから。それに家族も友人も、入院するとなると色々心配しますけれども、元気になって戻ってくるぶんには特別扱いしないんじゃないですか。そうしても嫌味ではないですからね。相手は元気になったんですから。」
「てゆーかさぁ、治してくれた直江先生に対してお礼をゆわねばイカンよぉ。金品を贈るのは社会通念上よくないとしても、酒の1本くらい持ってきたってバチは当たらなんと思うがなぁ。それともカメラが映さなかっただけか?」
「そうですよきっと。退院の手続きをする時に、心のこもったお礼をされたんですよ直江は。」
「じゃあそういうことにしとくかね。その方がこっちも気分いいからな。またこのシーンの中居さんのさ、寺岡さんを見送って建物内に戻る時の、視線を残して体が先に半回転する動きは、ダンスのターンを髣髴とさせる陶酔ポイントだな。下からアオリのアップも、いいわぁいいわぁ♪」
「舞台役者は日舞とダンスを必ず習いますからね。ダンスで鍛えた身軽さは演技する上でもメリットでしょう。」
「なー。そうだよな♪ んで寺岡さんの命を救ったことで直江は医師としての自信を深め、しかしその矢先に再び真琴が入院してくる訳だ。長野広域消防署の救急車。甲高いサイレンの音が不安を煽るように、また不吉なもののように近づいてくるんだね。」
「診察室でストレッチャーから降ろされた真琴も、前回とは比べ物にならない不安な表情をしていますね。でもカーテンの向こうから直江が現れると、先生…とホッとした顔になります。真琴にすれば直江がまだこの病院にいるかどうか判らなかったはずですから、なおさら不安だったんでしょうね。」
「ここで直江がさ、診察台の横に自分で椅子を持ってきて座る動きはリアリティあるよね。お医者さんって確かにああするんだ。丸椅子を片手で引き寄せて座るの。そん時に椅子の足が床をこするカラカラって音は、みんな一度は聞いたことあるはずだよね。…うっわ、なんか妙に官能的ぃ。うっきゅーん♪」
「まぁ官能はともかく、診察台から見上げる白衣姿というのは、すごく頼もしく映りますね。ちょっと人間離れした頼り甲斐があるというか。」
「そうそう。あとはあの病院独特の、病原菌なんかやっつけてくれそうな消毒薬の匂いね。ドラマというか映像ってやつはさ、意外と匂いを伝えないもんなんだけど、考えてみれば直江っていうのは消毒薬の匂いに包まれた男なんだよね。」
「何だか体によさそうなキャラですね(笑)」
「美容師さんとか理容師さんもさ、あのシャンプーみたいな独特のいい匂いが全身にしみついてるもんなー。まぁでも群馬の場合は? 草津温泉から帰ってきて2〜3日間ってもんはなんか自分の体が硫黄臭いんだけど。」
「草津の話は置いときましょう。真琴がここで見上げている直江からは、消毒薬の匂いとともに、すがりつきたくなるような頼もしさが漂っていたと、そういうことでいいですね。」
「そうそうつまりはそれが言いたい。前回ここに運びこまれた時は、真琴はただの『怪我人』だった。ところが今回は自覚症状もある『病人』な訳だから、不安の度合いが違うよね。でも直江がこの病院にいてくれたことで、ずいぶんと安心したんだろうな。」
「地獄で仏じゃないですけれども、真琴には救いだったでしょうね。」
■ 医局 ■
「真琴の病状について検討する直江と鉄平。このシャウカステンの青白い光って、演出効果大きいよねー。綺麗だし雰囲気あるし。何ともいえない透明感のある光だよね。」
「撮影時にはライトを足しているかも知れませんけれどね。レントゲンフィルムの青暗い感じも、いい影を作ってくれます。」
「で、そのフィルムによれば、真琴の脳には異常はない。となるとあとは神経系が疑わしく、脊髄だとしたら一番やっかいなのか。全身のMRIを撮れば判るみたいだけど、直江はこの時すでに直感的に、嫌な予感がしてるんだろうね。」
「骨の写真を直江はずっと、確かめるように指で撫でていますからね。足が痺れると真琴は言った訳ですけれども、現代医学において最も技術が進んだのは脳外科だそうですし、脳より神経の方が手術は難しいのかも知れませんね。いや手術自体できないのかな。」
「まぁ神経だからねぇ。早い話が糸みたいなもんでしょう? 難しいだろうね脳よりね。それはそれとして直江のさ、軽く眉を寄せたアップは綺麗だねぇ…。この柔らかくパーマのかかったヘアスタイルは、今さらだけども直江を若く見せる演出なんだろうね。」
「衣装もそうですよ。直江が着ているのはカジュアル系のチェックのシャツ。本編では柄物なんて一度も着なかったでしょう。」
「ファッションテーマも変わったって訳だね直江はね。そういや大学病院ではネクタイしてたな。あの頃は何かにつけサラリーマンっぽかったってことか。」
「そのあたりは演出もぬかりありませんね。」
■ 土手 〜 院長室 ■
「さてさてこのシーンには、私は突っ込ませて頂きましたよ。直江の歩いてる土手の標識に『信濃川』ってあるけどさ、この呼び方は新潟に入ってからじゃないか? 飯山市なら千曲川だろ? 日本最長のあの川は、県によって呼び名が変わるんだ。長野県では千曲川、新潟県では信濃川。昔エチゴの人々が、信濃の国から流れてくる川だから信濃川と呼んだはずだよ。なんぼロケ地が違ったからって、オイオイこれはヘタ打ってもぅたねスタッフ!と私は画面に突っ込みました。」
「それにしても誰も気づかなかったんですかねスタッフは。抗議の電話が殺到したということはなかったんでしょうか?」
「うーん…。どうなんだろうねぇ…。BGMをカノンに差し替える手間かけるんだったら、標識の漢字2文字くらいCGでチョチョイと直さんかい!って気もするよね。それとも直江の住まいは隣接する新潟県にあったんですよって話にするのかな。浮間舟渡と北赤羽みたいに。あるいは本庄〜藤岡間。そういや東武東上線の成増ってさ、ここから先は埼玉になりますって意味なんだってアンタ知ってた?」
「知りませんよそんなの(笑) 僕は東横線利用者ですから。はいそれでは土手の話はもういいとして、次に進みますよ。検査の結果、真琴の病名は脊髄腫瘍。すでに腰から下が麻痺し始めているという、直江の感じた嫌な予感通りの結果だったんですね。」
「最悪の診断結果って訳だね。んで七瀬病院オールスターズが集合してるこの部屋は、多分院長室なんだろうね。ズラッと並べられたレントゲン写真が、ステンドグラスみたいでなんか悲しい。真琴はまだ16歳なのに、手術が成功したとしても車椅子暮らしは避けられないって訳か。」
「手術もそのあとのケアも難しい患者となれば、担当はベテランの鉄平がいいと誰しも考えますよね。それを直江は少々強引に、自分にやらせてくれと頼み込む。ここでドラマのキーワードの1つ、『嘘』が出てくるんですね。最悪どんな状況になっても、顔に出さずに嘘をつき通さなくてはならないんだぞと。」
「『嘘』かぁ…。ま、その話はあとでまとめてやろう。今ここで突っ込むとちょっと流れが悪くなる。えーっとそれで直江は、術後のケアは自分にもできるから、真琴に対してはできる限りのことをやってあげたいと言うんだけど、七瀬が心配してるのは真琴だけじゃなく、それをしたら直江が苦しむだろうっていうのもあるよね。嘘は罪悪感を伴うんだから。」
「でも直江はきっぱりと大丈夫ですと答え、結局七瀬は折れて、先輩諸氏に直江のフォローを頼みます。ここで七瀬は、直江の医療技術だけではなく、医者としての心の成長を信じたのかも知れませんね。信じてそれに賭けたというか。」
「うん。ほんっとにありがたい指導者だよねぇ。先輩たちもみんなしてさ、暖かく見守ろうとしてる訳じゃんか。この病院はどんな大学よりもすぐれて、直江を成長させてくれたんだろうね。果たして直江にどこまでそれが判っていたのか…。勝手に自殺しくさったこの稀代のエゴイストには。」
「いや、今ここでそこまで非難しなくても…。話が止まっちゃうじゃないですか。」
「そうなんだけどさぁ。しっかし事あるごとに、どうにも賛同できないんだよなぁ自殺という結論には。」
「まぁ気持ちは判りますけれども。それよりこのシーンの演出的なことについてはどうですか? アップとロングの使い分けなんかは、けっこうよかったんじゃないかと僕は思うんですけれども。」
「うん、それは言えてるね。直江のアップから、『待って下さい!』と周囲の同意を求めるところでパッとロングになったりね。また中居さんの視線の動きがいいんさぁ。軽くうつむいた角度で左から右へと視線をすべらせ、まばたきを1つしてからキュッと上げて、決意の色になっての『判りました』…。本編の第1回あたりではとても見られなかった、自然で余裕のある表情なんさね。あ、あとそれとさ、ストーリーには全然関係ない話なんだけども、壁にかかってる2枚の写真。あれって歴代の院長の写真なのかな。だとしたらこの病院を開業したのは七瀬のお父さんで、2代目が七瀬のお兄さん。続くタカヒロ君は3代めになるのかぁ。実際の撮影現場でこういう写真に写ってるのは、美術スタッフのことが多いんだってね。いっちゃん遊べる部分だもんねー。」
「相変わらずバラエティに富んだ感想ですねぇ…。あっちへ飛んだりこっちへ飛んだり。そんなところまで見てるんですか。」
「だってそういう細かい重箱の隅をつつきまくるのが、この座談会の烏骨鶏…じゃなかった真骨頂なんだからよぅ。そのノリでビシビシ行こうぜぃ。ほれGo to next、次、次!」
「どこから出てくるんですか、烏骨鶏って(笑)」
■ 川の風景〜病室 ■
「時々挿入される風景のシーンは、DVDで見ると単なる場面転換なんですけれども、TV版の場合は重要ですよね。提供テロップ用に設けられた尺ですから。」
「そうそうそうなのそうなの。けっこう提供入ってたからねこのドラマね。本編は単一スポンサーだった訳だけどもさ。」
「そういえば『東芝日曜劇場』という枠も、今ではなくなっちゃったんでしたね。」
「ねー。寂しい限りだね。あと単一スポンサーのカンムリ番組つったら何だろう。スーパーひとし君くらいじゃないか? 他にまだあったっけ?」
「うーん…。ありましたかねぇ…。各スポンサーとも、広告宣伝費に大金をつぎ込めない時代になってきたんでしょうか。」
「TV界の成り立ちも、いずれは変わるかも知れんな。いやいやそんなことはどうでもいい。この病室のシーンは大事だよここは。自分がどんな病気でどんな手術をするのか、真琴が説明されるシーン。いくら嘘をつくつっても、手術後の真琴は確実に歩けなくなるんだからね。それだけは説明しとかないと逆にショックが大きい。」
「メインの説明は鉄平がするんですね。執刀医としての務めですか。でも真琴が質問する相手は直江なんですよね。本心からすがりたい相手はやはり直江先生なんでしょう。」
「この病室シーンでの直江はさ、この先も何度も出てくるけど、もぉもぉ貴様これでもかってくらいの美麗アップの連続なんだよね。おかげでいいわぁ星人どもは、自ら天ぷら鍋に飛び込んでフライになりたいほどぐるんぐるんよ。今さらと言うのも気恥ずかしいくらい今さら、綺麗な人類だよねえ中居さんって…。地球における全生命体の奇跡だねほとんど。」
「いや全生命体は大袈裟でしょう。象やキリンが中居を見ても、綺麗だとは思わないと思いますし。」
「うーん…そうかなぁ…。」
「そうかなって、当たり前じゃないですか。象に見とれられたら中居も困るでしょう。」
「まぁキリンにファンになられてもなぁ。上から見下ろされそうで嫌だよね。じゃあ話を人間に戻して、鉄平に真実のごく一部を告げられた真琴は、手術を受けるか受けないか少し考えたいと言うんだね。これは無理もない、当然の反応だよね。」
「現実を直視するのは、誰だって怖いですからね。僕も真琴の立場になったら、即答はできないかも知れません。」
「でも私は個人的に、このお母さんの方が可哀相だと思うよ。ずっと母ひとり子ひとりで育ててきたんだろ? 病院に来てるのもお母さんだけみたいだし、てことは頼りになる親戚なんかもいないとみていい。病院を出たところでお母さんが建物を振り返って仰ぎ見るのは、ここしか信じるものがないって気持ちのあらわれなんだろうね。娘の命を預けた場所。七瀬病院はお母さんにとってそういう場所なんだと思う。」
「病気というのは残酷ですね。死ぬ者ももちろん辛いですけれども、残される者も辛いですよね。」
「でさ。ちょっとアレッと思ったのが、このドラマって父親のいないキャラが多いのね。直江しかり倫子しかり、大沢真琴しかり。男親っていうのはもしかして、ドラマづくりには邪魔な存在なのかしらん(笑)」
「そういえば確かにそうですね。幸せいっぱい夢いっぱいの育ち方をしてきた訳じゃないという、そういう設定にするためなんじゃないですか?」
「多分そうなんだろうけどね。逆に見れば七瀬にも石倉さんにも、子供っていないでしょう。このドラマって父親不在なんじゃないのか? あれぇ、私も今気がついた。なんか面白い特徴。」
「もしやそのへんを突っ込んで掘り下げてみたら、興味深い結果が出るかも知れませんね。」
「だよなぁ。例の心理学の専門誌とかもさ、変にミーハーな方に走らないで、そういうとこ分析してみてくれりゃいいのにね。『ドラマ【白い影】に見る、父親の系譜の分断』みたいな論文。いや、これはむしろ文学の範疇かな。人間学を扱えるのは文学だけである、とかつて教授はそう言った。」
「人間学、ですか。人類学なら科学の方ですけれどもね。」
「うん。思想は言葉でできてるからね。『人間』と向かい合える学問は文学だけであり、そのことがまた文学者の誇りでなければいけないと、壇上でゆってたなぁ教授は…。いやーこんなとこで思い出すと思わなかったな、20年前の専門課程の授業を(笑)」
「真面目に勉強していてよかったですね。」
■ 医局 〜 真琴の病室 ■
「さてその夜の直江は、病院を離れる気になれずに医局に残っている。机に向かって、いささか疲れたな…みたく眉間を押さえて額をコンコンしていると、一瞬、嫌な痛みが右腰にくる。すぐに治まったんで無視しちゃったんだろうけど、このへんで検査しておけば、直江も寺岡さんみたく治ったんだろうにね。」
「医者の不養生の見本ですね。皮肉なものです。」
「窓の外に積もった雪が、シャウカステンの光を受けて青白く浮かび上がってるのがすごく綺麗だね。そこにコールブザーの赤いランプが灯るのも、画(え)的に非常に美しくてよろしい。」
「直江を呼び出したのは、やはり真琴だったんですね。病院を離れがたかった直江の予感的中ってところでしょうか。すぐに直江は病室に向かい、点滴を交換していた看護婦と変わって、真琴の話を聞く訳ですか。『先生いてくれたんだ…』と言う真琴も、直江が帰らずにいてくれる予感は、きっとあったんでしょうね。」
「ここの直江のさ、『なに。何でも聞いていいよ』 っていう言い方が、もーもーもーもー! シーツ食いちぎりたいくらいの優しさなのよねー! 声だけじゃなく表情も優しくて、なんかこう…本編の石倉さんの時にも思ったけど、弥勒菩薩みたいな微笑みなんだ。奈良のさ、中宮寺の弥勒菩薩。中居さんのアップが悔しいくらい決まるよね。」
「全体的に見てもこのSPはアップが多いですね。直江だけじゃなく他のキャラクターも、アップで撮られているシーンが多いですよ。真琴なんて特にそうだと思います。ここもそうですけれども病室のシーンの9割は、直江と真琴のアップで成り立っていますからね。」
「うん。いいわぁ星人には嬉しい限りだけど、もうちょっとで単調になるギリギリのラインだろうね。」
「でも照明でアクセントはつけられていますよ。このシーンでいえば、カーテンの向こうにうっすらと白い木が見えたり、左奥の部屋の明かりが透けていたり。」
「あと、遠くで風の音とかもするんだよね。動きの極端に少ない映像に、音と光がリズムを添えてるのか。素晴らしい映像美だね。」
「直江のアップ、真琴のアップと切り替わる中で、軽いロングの映像で2人が同時にフレーム内におさまるカットがある。これが病室のシーンの基本パターンですね。って何だかカメラスタッフみたいなこと言ってますか僕(笑)」
「いやホントにそういうカメラ割りだよ。きっちり考えられてるんだろうね。最後に真琴は直江の袖を掴んで、私を助けて下さいと言う。これは医者の使命感と責任感に、モロに火をつける言葉だよね。」
「病室を出た直江が廊下で振り返るのは、助けてやりたいという強い思いと、でもそれはとてつもなく難しいのだという不安と、両方の気持ちから出た動きなんでしょうね。これ以降、医者としての直江の心は、真琴のそばを離れなくなるのかも知れません。」
「そういうことだよね。そのあたりが次のバスケットのシーンで、よりきっちりと描かれるんだよ。」
■ 中庭のコート ■
「そしてこのシーンが、前半の大きな山場でしょうね。直江と真琴が2人でゴールを決める。」
「さぞかし寒い撮影だったろうけどね。そもそも入院患者に対するここまでのケアは、普通だったら看護婦さんがやることでしょう。車椅子押して庭に出てあげるなんてさ。それを直江がじきじきにしているってことが、どれだけ真琴のために心を尽くしていたかの証拠だよね。若さの情熱もあったろうけど。」
「同時に七瀬や鉄平たちが、直江にそれをさせてやったというのもあるでしょうね。それこそ大学病院だったら、そんな仕事はお前がするなと言って許されなかったでしょうし。」
「しかしそれにしてもドー国ロケの威力はすごいね。大した雪だよね全く。ソリみたくなった車椅子が通っていくその周囲、雪がキラキラして綺麗だよね。まぁ寒さも含めて撮影は大変だったろうけど。」
「ゴールを2人が見上げるところは、映像は逆に2人を見下ろしているじゃないですか。ここなんてカメラはクレーンでしょうから、組むだけでひと苦労だったんでしょうね。」
「足場とか、大変だったろうね。でもこうやって見下ろすことで、ゴールの高さがよく伝わってきたと思うよ。車椅子に座っている真琴にとっては、このゴールはすごく高く見えたはずだもん。今まではコートを走ったりジャンプしたりしてたのに、今ではそれができない。実際、立つと座るじゃ1mくらいは違うんだろうけど、心理的にはもっと遠いゴールだろうからね。真琴の視線になったカメラが映すのは一筋の飛行機雲。晴れた空を渡る風の音もする。神様のいそうな高い高いところに、ゴールは粛然と聳えているんだ。」
「そのゴールに、真琴は自分の…何だろう、運とも違う賭けとも違う…何か大事なエネルギーをぶつけようとするんですね。この世ならぬ大いなる存在にすがる思いというか…。そうせずにはいられないほど、怖かったんでしょうね。」
「うん。文字通り生きるか死ぬかだからね。孤独感みたいなものも真琴は感じてたんだと思うよ。友達にも親にも助けてもらうことのできない、たった独りの戦いだ、みたいに。」
「そんな悲壮感で震える真琴の手を、直江はそっと包んでやるんですね。しかも真琴の背後からというのがいいですね。この時真琴の正面には、神や運命を象徴するような高いゴールがあって、直江はそちらの側から真琴を引っぱってやるのではなく、同じ人間として彼女の背中を押してやるんです。」
「そうそう。直江は決して神様でも超人でもない。魔法で奇跡を起こす人じゃなく、患者を助ける医者なんだよね。運命とか偶然とかおまじないとか、不安のあまりそういうものに頼りたくなっていた真琴の心に、直江は、自分は独りじゃないんだってことをはっきり判らせてやったんだろうね。これは力を合わせる練習だと言って真琴を見ると、真琴もこくりとうなずく。2人の視線がともに1つの的に絞られて、逆光の中スローモーションになったボールは、あんなに高かったゴールにちゃんと届いた。いぇい!とハイタッチした真琴はもう、明るい笑顔になってるもんね。」
「直江が伝えようとしたことを、真琴は受け止めてくれたんですね。真琴の心には現実を見据える勇気もよみがえってきて、手術が終わったらお願いを聞いてくれと、未来の話ができるようになった訳です。」
「よかったねぇこのボール入ってねぇ(笑) これでエラーしてたら目も当てらんない。」
「まぁそこはドラマですからね。現実には多少、結果として気まずくなったなんていう場合もあるんでしょうけれども。」
「ドラマにしても小説にしても、創作世界の神様は作者ひとりだけなんだけど、現実の神様はうじゃうじゃいっぱいいるからなー。とまれ真琴は直江のおかげで元気と笑顔を取り戻したと。」
「でも思えばこのシーンは、真琴が明るく屈託ない笑顔を見せた最後のシーンなんですよね。手術後もしばらくは、これで助かると信じていた真琴の笑顔もあるんですけれども、やはりベッドの上ですからね。ここで見せた輝くような笑顔ではありません。切ないですね。」
「そうだよね。直江もまた、真琴を救えるという希望をこの時までは持ってたんだね。手術が成功しさえすれば、真琴の命は奪われないんだから。」
「太陽の下で笑いあう2人の、希望の時間は短かった訳ですね。」
「このあと連続してシュートを決める中居さんは、さすが元バスケ部だね。ロングシュートが鮮やかに決まってるよ。思えば直江もずいぶん活動的な奴だな。ボートやったりバスケやったり。本編のイメージにはないけどね。」
■ 手術室 ■
「土手の雪道を歩いてくる直江のシーンから入って、やがて場面は手術室。脊髄の手術だけあって工事みたいな音がするね。鉄平はノミとハンマーとかゆってるけど、ほんとにそんなの使うんだ。」
「この手術では、つまり一度背骨を割るんですよね? すごいな現代医学っていうのは。」
「でも道具はノミとハンマーだよ? 外科医には職人技も要求されるんだねぇ。ノンキに見えるけど鉄平ってもしかして、すごい名医なんだね。そりゃそうか、七瀬の下にいるんだから。」
「ええ。優しいだけじゃないでしょうからね医者としての七瀬は。その七瀬に見込まれた鉄平の腕は、外科医として直江の規範になるだけのものだったんでしょう。」
「いやーそうは見えねーけどなー!(笑) 人のいいあんちゃんみたいやんかぁ。」
「そこがまた鉄平のすごいところなんですよ。七瀬の信頼も並みならぬものがあるんでしょう。」
「で、手術は進んでいよいよ脊髄を出す。そこにあったのは悪性の腫瘍で、直江は一瞬目を見開いてクッと眉を寄せ、さらには瞑目する。つきつけられた絶望がそうさせたんだろうね。」
「場所が脊髄ですからね。素人でも、そこにできた腫瘍の摘出がどれほど難しいかは想像がつきます。結局、腫瘍の半分には手出しが出来ず、医師たちは手術を終えざるを得なかったんですね。」
「16歳の真琴の残された未来はあとわずか…。麻酔で眠っている真琴を見る直江の表情は、本編第2回の石倉さんの手術を思い出させるね。あの時の直江の、悲しみと哀れみと無力感と悲愴感をひたひたと浮かべた目の表情に、アタシは最初にドキッとさせられたよ。中居さんが直江を演るっていわれても、当時は正直、淡〜い不安がなくもなかった。その不安の岩にピシッと入った最初の亀裂が、あのシーンだったかも知れないな。あそこにいたのは直江だったからね。中居さんじゃなく、直江庸介という医者だった。もしかしてイケるかなこのドラマは…と、失敬ながら思ったのを覚えてるよ。」
「最初はみんな、やっぱり不安だったんですね。さすがのいいわぁ星人たちも。」
「うん(笑) そういう人多いと思うよ。だってそれまではさぁ、いいとこ灰原くんだったんだもんよぉー! 『伝説の教師』にしても『グッドニュース』にしても『ブラザーズ』にしても、中居キャラを前面に押し出して勢いで引っぱるようなドラマばっかりだったんだもん! 『最後の恋』はちょいと毛色が違ったけど、個人的にはイマイチだったしね? それがアンタ今度の役は、クールで無頼の天才外科医だなんて聞いたら不安になるなっつっても無理でしょうが! 今ではもうただひたすら、ごめんなさい殿!とお詫びしたいけどっ!」
「ま、結果オーライで何よりだったじゃないですか。今ではすっかり代表作ですからね。」
■ 廊下〜食堂 ■
「ここでシビれたのは何ちゅっても、廊下で待っていた真琴の母親に手術の結果を伝えるところね! 真琴のベッドが押されてきて、あとから手術着のままの直江がやってきて、母親に気づいたその表情がすでに全てを語ってるんだけど、一瞬目を伏せてから再度戻して、軽くゆっくり首を振る。この時のつらそうなまなざしと、そのあとの横顔アップの悲しげな表情ねー。たまりませんなぁもぉ。美貌には笑顔より苦悩が似合うんだなー。」
「でも直江に首を振られた母親が、クラッと目まいをおこすのは悲劇的でしたね。石倉さんの奥さんと違ってこの母親は、直江に絶望的な真実を突きつけられてしまったんです。」
「そう。ちょっとそれについてはあとで考えてみたいんで、いったん飛ばすね。場面は変わって病院内の食堂のシーン。お嬢さんのために嘘をつき通せと、ここで直江は母親を説得する。背景が明るいガラスなのが、かえって悲しみを強調してるね。」
「ええ。教会っぽいといいますか、この時の直江の苦悩はキリストになぞらえて演出されているかも知れませんね。」
「すぐ直前にさ、あのバスケットボールのシーンがあったじゃない。あそこでの真琴の笑顔と信頼感は視聴者の記憶にも生々しいはずだから、ここでの直江の気持ちにはスッと感情移入できるよね。真琴の脊髄の腫瘍は悪性で、もう手の施しようはなく、彼女の命はじきに終(つい)える…。それを隠して笑っていなきゃならないのは、全部ぶちまけちゃうよりもどれだけつらいか。」
「さりとて、これは真琴には言えませんからね。真琴は16歳、未成年なんです。もうじき死ぬなんて判ったら、ショックに耐えられないかも知れません。そこが石倉さんの場合との違いですね。」
「そう。そこなの。それを今回の最後にね、ちょっとまとめてみたいと思うんだ。でもその前にもう何シーンかあるから、そっちを先に語っちゃおう。」
■ 病室 〜 橋の上 ■
「麻酔から覚めた真琴に、手術は成功したと告げる直江。ここで真琴がさ、『直江先生…お母さん…』って母親より先に直江を呼ぶのも、いかに頼りにしてるかのあらわれなんだろうね。」
「目覚めてすぐは朦朧としているでしょうからね。ぼんやりと視界の中に影を結んだ、最初の存在が直江だったんでしょうね。」
「しかしさ、脊髄の手術した人間が仰向けに寝てて大丈夫なのか? 普通のベッドだよねこれ。背中の傷が圧迫されてまずいんじゃないの?」
「ああ、そういえばそうかも知れませんけれども、うーん…。どうなんでしょうねそのへんは…。」
「まぁドラマの演出上は、仰向けの方がよかったのかなとも思うけどね。それより人間は希望がわくと、食欲もわくもんなんだねぇ。石倉もカレーが食べたいとか言ってたもんな。真琴もさっそく唐揚げ食べたがってるし。」
「やっぱり食欲は生命の基本なんですよ。食事は人間にとって重要な生命維持行為なんです。」
「だよねぇ。しかし真琴の場合はそれも一時的な、むしろ錯覚に近い食欲な訳でしょ? 元気になれると思いこんだことで、生まれてくるもんだよね。そういうのを全て判っている母親が橋の上でしゃがみこんで泣く姿は、このSP編一番の悲劇かも知れないね。だってドラマを見る限り、だーれもこのお母さんのフォローしてあげてないんだよ? 大事に育ててきた娘がさ、いってみればようやく蕾をつけた苗みたいなもんじゃない。それが咲くことも許されずにじりじりと枯れていくさまを、お前はそこで黙って見てろって訳だからね。可哀相なんて言ってる場合じゃない。まさに慟哭だよね。陰惨なる悲劇だよ。」
「灰色の空と暗い川と、手すりにこびりついた雪という風景も悲劇性を助長していますね。このお母さんのエピソードはもう少し膨らませてもよかったんじゃないかって気がしますけれども、それもまとめてあとで語るんですか?」
「うん。そうしたいと思う。このSP編における『嘘の考察』ってことで。」
■ バー 〜 直江の部屋 ■
「飯山にもこんな店があるんかい、というようなシャレた店で、直江と千鶴子が会話するシーン。千鶴子は見るからにしっかり者って感じの女性だね。ケンカしたら七瀬も危なかろう。」
「危ないって何がですか(笑) 最後の考察をしようというシーンに、まずは笑いから入るんですね。」
「だってそうしないと重たくなるじゃんよぅ。イントロは軽くいかないと。えーっとまずは風に揺れる蝋燭の光が画面に映る。これは真琴の命の象徴でもあるだろうね。消えゆくそれを見つめている直江の前に、訪れたのは意外にも七瀬夫人だった。前に出てきた七瀬邸のシーンのセリフで、千鶴子も直江を学生時代から知っていたのは判るよね。多分、当時の千鶴子はひとりで酒なんか飲みにくるタイプじゃなかったんだろうから、直江もびっくりした様子だけど、さらに驚くべきことに千鶴子は、最近膵臓ガンの手術を受けていた。しかも夫の七瀬には内緒で…というクダリから、『嘘』について直江は考えさせられることになるんだね。」
「バーのシーンから直江の部屋へと、場面はなだらかに転換していきますね。千鶴子との会話によって直江がずっとそのことを考え続けているのが、よく判る演出だったと思います。」
「転換する時の映像も綺麗だったね。直江の部屋の窓の外は雪で、洗い髪らしい直江の姿がオーバーラップする。ノートに色々書きこまれた文字は、これは中居さんの直筆だな。石倉さんの診断書のサインはえらく達筆だったけども。」
「でもこのシーンでは、直江は大きく『嘘』という文字を書きますからね。同じページの他の文字だけが、達筆だったらおかしいでしょう。」
「ま、医者の字なんて汚くていいんさね。カルテに書くのはドイツ語なんだから。それに直江にペン習字なんてやってほしくないし。…とそんな雑談はこれくらいにして、『嘘』についてなんだけどね。よいしょ。」
「座り直しましたね(笑) 気合入れて語る気ですか。疲れそうだな…(笑)」
「ウルセーな(笑) だったらお茶でも飲んでなさいよ。えーっとね、SP編における『嘘の考察』だなんて仰々しいコトをゆったけども、この座談会第2回を書くまではさぁ、私、嘘っていうのはSP編においてそんなに大きなテーマではないと思ってたんだよね。」
「ああそうですか。なるほどなるほど。ずずー。」
「ホントに茶ァ飲んでやがるコイツ(笑) だったらアタシにも入れなさいよ、途中で口を潤すんだから。」
「はいはい気が利きませんで、どうぞ。」
「おおサンキュウ。…んでね? 思うにこのSP編において、『嘘』に関係するキャラクターは4人いると思うのよ。まずは千鶴子。膵臓ガンという真実を知ってなお、強く自分を保っている人。でも、彼女の中にも矛盾と苦悩はあって、夫には嘘をつかれたくないし、医者には嘘でもいいから信じさせてほしいと言っている。この2つを切り分けるために、千鶴子はダンナの病院ではなく市立病院に行ったんだよね。」
「そうですね。七瀬は嘘をつくのが下手だし、さりとて上手に嘘をつかれたらそれはそれで嫌だし。医者の言うことはまっすぐ信じたい、信じていないと目の前の明日のことも見えなくなってしまう…。これはつまり要するに、七瀬に診てもらったのでは、医者の顔と夫の顔の狭間で自分も七瀬も苦しいだろうということを、千鶴子は言いたいんですよね。ちょっと判りづらい表現だと思うんですけれども。」
「うん。ちと判りづらいセリフだったね。しかも結局のところ千鶴子は、赤の他人である市立病院の医者からあなたは膵臓ガンですよと言われちゃった訳だから、てことはいったいこの人は何を信じているんだろうという気もするんだけどさ。ま、とにかく千鶴子は真実を知り、そのことをあっさり直江に話せるくらいには、達観できている訳だ。これが嘘のパターン1。」
「なるほど。パターン1ですね。」
「で、次は真琴の母親。どこにも救いのない残酷な真実を真正面からグサリと突きつけられて、慟哭する悲劇のキャラクター。『嘘』について深く掘り下げるんだったら絶対に見過ごせないはずのこの人の苦しみが、全くといっていいほどSP編では描かれていないんだけどね。」
「まぁそれを描き始めると、お正月SPのTVドラマにしては、ストーリーがちょっと重たくなりすぎる気はしますけれども…。でも確かに『嘘』をテーマにするのならば、真実を突きつけられた者の苦しみを無視しては成り立ちませんよね。」
「うん。だからこのSP編において嘘は大したテーマじゃないのかなと、私も最初は思っちまったのよ。
そして3人めは真琴。手術が済んですぐの一時だけは、直江の嘘を単純に信じていたんだろうけど、最後はこの子も石倉と全く同様に、自らの死期を悟って直江に感謝しつつ逝っただろうことは、この先のストーリーでよく判るよね。」
「そうですね。最終的には真琴も、直江が優しい嘘で自分を包んでくれていたことは理解していたと思います。」
「…で、問題の4人め。これが誰なのかというと、救いようのない真実を突きつけられて一番びびったのは、真琴のお母さんというよりも、当の直江本人なんだよね。こりゃもうオレの体は手遅れだと自分で悟っちゃったもんだから、いやはやそれから取り乱す取り乱す(笑) しかし最終的には自分の生き方をきっちり見据えて、それに従うためにこそ直江は長野を去っていった訳でしょ? んで続く本編においては、一番嘘をついてほしいのは自分であるというその苦悩を昇華させるかの如く、石倉と、SP編ではメチャクチャに傷つけてしまった真琴の母親の立場である石倉の奥さんまでも、直江は優しい嘘で包んでやった…。そう考えるとSP編も本編も、すっきりとストーリーが落ち着くんだよ。
かくして鳥観してみるとだね、『嘘』というテーマはこのSP編において、オモテ立ったストーリーとして語られるんではなく、裏側にスルリと回りこむような感じで、奏でられていたんだなーということが判った。まぁひょっとしたら深読みかなという気も多少するけど、こう解釈した方がドラマの味わいが深まるのなら、迷わず採択するべきだと自分で思うんでね。勝手にそのように考えさせて頂きます。はっ。ずずー。」
「なるほどねぇ…。お茶、冷めてませんか?」
「すっげ冷めてる(笑) 足して? ああどうもどうもそのくらいで。ずずー。…って落ち着いてる場合じゃないよヤエガキ。忘れちゃいけないこのシーンの最後に、直江の腰にはまたあの嫌な痛みが走るんじゃんか。こないだより少しだけ痛みが強くなってるのも、中居さんの表情でよく判るよね。『駄目だ、僕が疲れている訳にはいかない…』 って、そんなことゆーとらんとレントゲン撮れ直江―! 今ならまだ間にあうんだようー! とそんなことも叫びたくなるこのシーンは、色々と盛り沢山の感想になったねぇ。
あ、あと1つ言い忘れてた。バーで会話してる時の直江の背中、あれもサービスカットだなぁ…。千鶴子という人生キャリアのある女性と並んでも、ひけをとらない貫禄があったよね。いいなぁ中居さんのお背なって…。素敵なんだよねぇ…。ああこのとめどない溜息をいかにとやせん…。」
「とめどなくお茶でもすすっていたらいかがですか? ―――はい、えー、という訳で第2回もね、何とか予定のシーンまではクリアできたんですけれども…。この先をあと2回に分けて、引き続き語ってみたいと思います。忙しいのは判りますけれども、頑張りましょうね智子さん。」
「へーい。何とかイケると思いまーす。ッとに最近アンタあてのファンレターが多くってさぁ。かつてない八重垣人気だよ? かと思うと誰だか判ってない方もいるって話は最初にした通りだけど、ご存じの方々には支持されてるよアンタ。」
「そうですか、ありがとうございます。僕は昔から来るものは拒みませんので、そのあたり、よろしくお願いしたいと思います。はい、ということで次回までご機嫌よう。パーソナリティーは私、八重垣悟と、」
「緑茶カテキンをせっせと摂取して、大脳の活動効率を上げようと計画中の木村智子でしたぁー! また来週―! ほれ八重垣八重垣、もっとお茶おくれ。あああんまり濃くなくていいからね。」
「え? まだ飲むんですか? 全く、縁側婆さんじゃないんですから…。―――痛い痛い痛い! 茶卓でこづくのやめて下さいっ!」
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