●日本の自衛権は米国と同等

  −日本は既に集団的自衛権を行使している−

 

 一、歪曲否定されている憲法九条解釈

 

 六月二十八日、連合軍暫定当局から完全なる主権がイラク国民に移譲された。この日から自衛隊は多国籍軍に参加して活動を続けていくことになった。だが民主党も共産党も社民党も憲法九条違反だと非難攻撃している。そこで、再び憲法九条について論じることにしたい。

 周知のとうり憲法九条の原案は、自衛のための武力行使を認めるものの、軍隊(戦力)の保有を否定するものであった。国際法上、主権国家の自衛権は軍隊によって行使されるものであるから、軍隊を保有できないとなれば、日本の自衛権は全く不完全な内容になるしかなくなる。そのために、芦田均氏は一九四六年夏に議会において九条の原案の修正を行なったのであった。それが今日の憲法九条である。

 憲法九条二項により、自衛のための軍隊の保有が容認されているから、日本の自衛権は法的に十全であり、アメリカの自衛権と同等である。芦田修正によって、日本は主権を回復すれば自衛のための軍を持つことができるようになったのである。この認識は、当時日本を占領していた連合国に共通のものであり、ソ連も例外ではなかった。これは歴史的事実である。

 主権回復を控えた一九五一年一月末、米国特使ダレス氏は、吉田首相に主権回復後の日本の再軍備を迫っている。軍国主義を否定した新生国防軍の創設である。ダレス氏は一九五二年四月二十八日の日本の主権回復後も同様に求めている。米国が日本に求めた戦力は、陸軍兵力だけでも一九五四年三月までに三十二万五千人から三十五万人というものであった。

 ところが吉田首相がこれを拒否したのである。吉田内閣は一九五二年十一月に、「憲法九条二項は、侵略の目的たると自衛の目的たるとを問わず、『戦力』の保持を禁止している」との政府統一見解を出したのであった。歴代内閣もこの見解を踏襲してきた。だがこの政府見解は、「永遠の真理」たる法に違反し、憲法九条にも違反していて無効である。これが文明国家の原則である「法の支配」だ。

 「法治主義」「法治国家」といわれる思想は、ここでいう「法」とは法律のことだが、制定された法律がたとえ悪法であっても順守しなくてはならないという完全に誤った政治思想であり、「法の支配」の思想とは全く別個のものである。法の支配とは、永遠の真理である法に反する法律は制定してはならず、仮に制定された違法な法律は無効であるとする思想だ。米国や英国の法思想であり、憲法原理である。日本にもかつては力強く存在していた。

 中川八洋教授の著書から引用しよう。「日本にも、この英国に発祥した『法の支配』に類似な思想が、英国の法思想的な表現ではないが、存在していた。皇室(天皇)が連綿として守りつづける『祖宗の遺訓』がそれである。明治憲法の告文は、『皇祖皇宗の遺訓を明徴にし・・・』『皇祖皇宗の後裔に貽したまへる統治の洪範を紹述する・・・』としているから、記録や記憶をこえての『皇祖皇宗の遺訓』こそが〃法〃で、憲法とはこの〃法〃を文字でもって条文とした最高の法律だと考えていることになる。このためであろう、明治憲法には、英米的な『法の支配』が香水の香りのように爽やかに漂っている」(『国民の憲法改正』二00四年七月一日刊、七0頁以下)。

 歴代内閣の憲法九条解釈は、憲法九条の歪曲否定であり、法と九条に違反していて無効である。小泉内閣は直ちに違法違憲の従来の九条解釈を是正する責務を負っている。法と九条が命じていることで、不作為は違法違憲である。一日で是正できることである。何年先になるかも分からない「憲法九条改正」を唱えることは、右責務の放棄以外のなにものでもない。保守派の方々は以上のことを認識して頂きたい。

 なお、保守を自称する反米右翼の言論人たちは、米国は日本を弱体化するために軍隊保有を否定した憲法九条を強制し、主権回復後も日本が九条を改正することを許さなかったと、事実に反することを分かっていながらプロパガンダし続けている。新たな反米主義者を生み出すためにである。米国は自由主義国日本と同盟関係を結び、日本が精強なる国防軍を持つことを求めてきた。しかし日本政府がそれを拒んできたのだ。米国は主権国家日本の意思を尊重してきた。これが事実である。

 保守主義者と右翼は全く別で、敵対関係にある。日本のためには、左翼も右翼も解体していかなくてはならない。

 

 二、自衛隊の多国籍軍参加は当然だ

 

 自衛隊は六月二十八日以降、多国籍軍に参加している。当然のことであり、歓迎したい。だが野党は一斉に非難して、以前にも増して一段と強く自衛隊の撤退を要求している。

 日本共産党と社民党について言えば、彼らは日本が、日米同盟を強化し、正常な国家へと向うことを徹底的に阻止したいのである。また米日など自由主義諸国が創り出し維持する世界の自由・平和秩序を徹底的に破壊したいのである。なぜならば彼ら左翼は、海外の全体主義侵略国家と結託して自由主義国家日本を打倒して乗っ取り、独裁国家を建設することを究極目標にしているからだ。政府、与党、保守主義勢力は、左翼の隠されたこの政治目標を暴露し糾弾すべきである。彼らは内なる侵略勢力であり、違法違憲存在である。マルクス・レーニン主義の用語が使われていなくても(戦術)、彼らは決してマルクス・レーニン主義を捨てていないし、捨てられない。洗脳されているからだ。

 民主党も「武力行使を伴う多国籍軍への参加は憲法上許されないとしてきた政府見解を逸脱する」として、多国籍軍参加に反対し撤退すべきだと政府・与党を攻撃している。民主党が主張する自衛隊派遣の要件は、イラク国民による公正な選挙によって政府ができ、かつテロが収まり、戦闘、非戦闘地域の峻別が可能になり、イラク政府が派遣を求めた場合である。これは、危険で困難な時期の活動は他国にやらせ、安全になってから自衛隊は出ていけばよいというものだ。米国にもイラク国民にもその他の支援をしている国々にも全く評価されないばかりか、強く非難されるだけである。民主党は責任ある野党とは到底言えない。民主党内の保守派はなぜそんな党に留まっているのか。

 政府は六月十八日、「自衛隊は、多国籍軍の中で、統合された司令部の下にあって、同司令部との間で連絡・調整を行う。しかしながら、同司令部の指揮下に入るわけではない。自衛隊は、引き続き、わが国の主体的な判断の下に、わが国の指揮に従い」活動を行うものであるから、「他国の武力行使と一体化するものではない」との見解を出した。

 だが、この政府見解は国際法規と国際慣例的に誤っている。政府は「日本人人質事件」の際にも、自衛隊は「人道復興支援活動」のみをやっているかのようなごまかし発言をしていたが、航空自衛隊による「安全確保支援活動」もなされている。政府はこれも「武力行使との一体化」ではないとの見解をとっているが、米軍兵士等を運んだり、米英軍等に物資を運ぶ自衛隊の「安全確保支援活動」は、国際法規と慣例からは「武力行使との一体化」そのものである。従って、これは集団的自衛権の行使なのである。政府見解は、特殊な国である日本国内でしか通用しない明確に誤った見解だ。

 政府は、ごまかし続けることをもういいかげんに止めなくてはならない。六月二十七日以前のイラクでの自衛隊の「安全確保支援活動」も「武力行使との一体化」であったし、それ以前からのインド洋でのタリバン・アルカイダに対するテロ対策特措法の「対応措置」も「武力行使との一体化」である。周辺事態安全確保法の「後方支援」等の「対応措置」もしかりだ。兵站活動が武力行使と一体化であるのは、世界の常識である。だから、それらの活動は集団的自衛権の行使である。つまり、日本は既に集団的自衛権を行使してきているのである。かつてのベトナム戦争でも日本は兵站活動を担い、集団的自衛権を行使しているのである。

 これが実体であり、これまで出されてきた政府の様々な見解の方が実体に反しているということだ。では、政府は法と憲法九条に違反することをやってきたのであろうか。断じてそうではない。法と九条により、日本の自衛権は米国と同等である。自衛隊が国防軍であることは世界中が認めていることだ。日本は自衛のために、また国連議決に基づいて、海外でも武力行使することができるし、もちろん集団的自衛権を行使することもできる。攻撃的兵器を持つこともできる。すなわち日本は実体として、法と九条に基づいて行動してきたのである。周辺事態安全確保法やテロ対策特措法やイラク特措法という法律の方が、法と九条に違反していて無効なのである。

 六月十八日の多国籍軍参加に関する政府見解も誤りである。政府は全く新しい論理で多国籍軍参加を正当化して、国民に説明しなくてはならない。自衛隊が多国籍軍に参加したということは、日本政府が内外に自衛隊が国防軍であることを高らかに宣言したということに他ならない。つまり小泉内閣は、自衛隊を軍隊(戦力)ではないとしてきた従来の政府見解を実質的に是正する閣議決定をしたことになっている。それはとりもなおさず、従来の憲法九条二項解釈を是正する閣議決定をしたことに他ならない。

 だから日本政府は堂々と、「従来の憲法九条解釈は誤りであり、是正することにした。日本は九条二項により自衛のための軍隊を保有でき、自衛隊がそれである。従って日本の自衛権は十全であり、米国と同等である。海外での武力行使もできるし、集団的自衛権も行使できる。日本を品格ある国家、名誉ある国家に高め、日本の自由と独立を守り抜き、祖国を子孫に立派に相続していくために不可欠であるので、今回の是正を行った。この新たな立場で、自衛隊を多国籍軍にも参加させることにした」と国民に説明すればよかったのである。

 

 三、統治エリートは法的・法律的に戦え

 

 その場合、イラク特措法や基本計画また実施要項それと部隊行動基準は、法と憲法九条に違反していて無効であるから、これに拘束される必要はない。法律によって明示的に授権されていないことは一切できないという考え方は、英米法にはない。日本も英米法である。法や法律が禁止していないことは、行政権においてなすことができる。つまり日本政府は、自衛権(個別的・集団的)に基づいて必要なことをなすことができる。もし自衛隊がテロリストに攻撃されたら、断固反撃して殲滅すればよい。他国の部隊が襲撃されて救援を求められたら、直ちに駆けつけて敵を撃退すべきである。

 米国や英国などどの国も、アフガニスタンやイラク等に軍を出すのに、いちいち個別の法律を策定するような馬鹿げたことはしない。自衛権と基本的な法律に基づいて行なっている。個別の法律を制定して対処しているのは日本だけであろう。もちろん私たちは、可能な限りすみやかに自衛隊法他の基本的な法律を抜本的に改廃して、また欠落している法律を制定して、立派な法律体系を整えて、平時(領域侵犯対処等)と有事に直ちに対処できるようにすべきである。法律に基づいた政治・軍事が好ましいことは言うまでもないことであるからだ。当然にも国際法規と慣例に基づくROE(交戦規則)も策定しなくてはならない。

 野党等の反対行動は許されない。なぜならば、国民には法と九条等を順守する義務があるからだ。批判は、それを厳守した上でなされる健全なまた建設的な批判でなくてはならない。統治エリートが、法と道徳と九条その他の憲法秩序を破壊して自由主義日本を打倒しようとしている左翼マスメディアや日本共産党や社民党やその他の左翼を規制せず、放置しているのも、法と道徳に違反し、憲法九十九条に違反し、放送法にも違反している。行使すべき権力を行使しないのも違法違憲である。

 日本の根本問題は、法の支配(法主権)の思想が無くなってしまっていることだ。だから原理、正義がなく、声の大きさや数の多さに左右されてしまう。全体主義侵略国のロシアや中国は、西側との協調を偽装しつつ、世界やアジアを征服するための経済力=軍事力増強に余念がない。日本の自由と独立を守るために残された時間は多くはないのだ。統治エリートも国民も法が命じる責務を果さなくてはならない。

                 二00四年七月六日記


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