● 謀略の南北首脳会談

 

 一、「平和」攻撃こそ最も有効な戦争形態

 

 戦争とは火器を用いるものだけをいうのではない。火器を使用しない冷たい戦争もある。情報心理戦争である。謀略戦争だ。西側自由世界ではこの認識が余りにも薄弱である。だから去る六月平壌でおこなわれた南北首脳会談で、韓国をはじめ西側自由世界は金正日の北朝鮮に完敗することになったのである。

 韓国民の意識は会談のわずか三日間で百八十度と言ってよい程様変わりしてしまった。金正日に親愛の情を抱くことになり、「南北の和解と協力」と「南北の平和統一」を信じ込むことになってしまったのである。韓国民は敵国に騙されて精神的に武装解除されてしまったのである。これは軍事的に敗北したということである。また七月の沖縄サミットでも、朝鮮半島情勢に関する特別声明が出され、「南北首脳会談による肯定的な進展を全面的に支持する」と謳われたのだった。

 しかし謀略の「平和」攻撃こそ最も有効な戦争形態なのだ。後述するが、この「平和」攻撃という謀略戦術を金正日に入れ知恵したのはロシアである。何度か主張してきたが、ロシアとは、ソ連共産党が西側自由世界を騙すために偽装をした国家なのである。

 「敵を知り、己れを知れば百戦危うからず」と『孫子』は言う。西側がこの「平和」攻撃に負けてしまったのは、共産主義国家=全体主義国家である北朝鮮を知らず、また自国の自由主義国家体制を守り(保守し)、全体主義国家体制を解体してその国民を解放していくという真正な保守主義=真正な自由主義とそれに立脚した正しい戦略論・軍事論を獲得できていないという己れ自身の弱点を認識していないからである。

 

 二、北朝鮮・共産主義国家の本質

 

 共産主義国家は全体主義国家である。北朝鮮では朝鮮労働党(共産党)が国家を私有し、国民(人民)を奴隷として独裁支配している。国民には自由と権利は全くない。全体主義国家の典型である。朝鮮労働党によって北朝鮮国民は垂直侵略されているということである。

 だから北朝鮮労働党は、永遠に国民を独裁支配し続けなくてはならない。民主化は、労働党の死を意味するからだ。文字どうり生命を奪われることになる。従って金正日は絶対に民主化をおこなうことはない。

 金正日には、韓国を侵略し韓国民を奴隷支配することに対する倫理的なためらいなど微塵もない。北朝鮮の国民に対して日々実行していることを外延的に拡大するにすぎないのだから、倫理的障壁があろうはずはないのである。金正日は在韓米軍・在日米軍・本国の米軍そして韓国軍また兵站基地の日本の存在によって、つまり軍事力によってその侵略行動を抑止されているにすぎないのである。だからこれらの抑止力がなくなれば、あるいは弱体化すれば、侵略するのだ。

 さらに金正日は「韓国は北朝鮮を打倒して併合せんとしている」と考え、従って「その前に我々から侵略して併合してしまおう」と考えているのである。もちろん今日の韓国では、対北武力解放を考えている者はほとんどいない。しかし韓国政府と国民世論はこれまで、北朝鮮の共産党独裁支配体制を非難攻撃し、北朝鮮の民主化を要求してきたし、平和統一を目標にしてきたのである。これは金正日から見れば、韓国による北朝鮮壊滅作戦に他ならないわけである。だから韓国の存在を許しておくことはできない、先制攻撃によって壊滅し支配してしまおう、となるのは当然のことなのである。

 全体主義国家(共産主義国家)は必然的に侵略国家である。

 西側自由世界の指導層には、このような敵・全体主義国家に対する正しい認識を持つことが求められている。そうすれば敵国が仕掛ける謀略戦争にも負けることもなくなる。だが現実はさにあらずなのである。

 

 三、北朝鮮の立場を文章化した共同宣言文

 

 南北共同宣言文には「南北首脳は分断の歴史上初めて開かれた今回の対面と会談が、互いの理解を深め、南北関係を発展させ、平和統一を実現するのに重大な意義をもっていると評価し、次のように宣言する。/一、南と北は国の統一問題をその主人公であるわが民族だけで互いに力を合わせて自主的に解決していくことにした。/二、南と北は国の統一のために、南側の連合制案と北側の緩やかな連邦制案には共通性があると認定し、今後この方向において統一を志向していくこととした」と謳われている。

 金正日が言う「南北の統一」とは、北朝鮮の体制を韓国にも拡大することである。赤化統一だ。すなわち韓国を軍事占領して韓国民を奴隷として独裁支配し収奪することである。金正日が「平和統一」と強調するのは、「平和」という嘘宣伝によって韓国民を安心させ、かつ精神的に武装解除してしまい、そうしておいて隙を衝いて韓国を軍事占領するためである。だからその時期がくれば軍事力が行使されるのだ。北朝鮮の「平和統一」とは「韓国の侵略支配」を言い替えたスローガンなのである。それが共同宣言文に謳われたのである。

 また北朝鮮は次のような赤化統一方式も狙っている。すなわち、これまでに韓国へ潜入させてきた多くのスパイと韓国内の左翼に指令を出して、韓国において親北朝鮮の共産主義革命を成功させ、その赤化韓国との間で統一するという形である。この可能性は今回の会談成功でますます大きくなった。だがこれもすぐに北朝鮮による韓国の軍事占領ということになっていくのである。韓国の左翼のうち多くは、北朝鮮の共産主義に幻想を持っている者たちだが、金正日は彼らをも利用し、その後は他の韓国民と共に奴隷支配してしまうわけである。

 北朝鮮はこれまで「自主的統一」と称して在韓米軍の撤退を要求してきた。共同宣言文の第一項は、国の統一問題を「わが民族だけで互いに力を合わせて自主的に解決していく」と謳うのだから、北朝鮮は自らの立場を文章化するのに成功したのだと言いうる。今後、北朝鮮は共同宣言文を根拠に韓国に対して在韓米軍の撤退を迫っていくことになるし、韓国の左翼もまたそういう戦いを展開していくことになる。金正日は、在韓米軍と米韓相互防衛条約が存在しなくなれば韓国を軍事占領・赤化統一できると考えているのである。

 共同宣言文の第二項だが、ここでは金正日は目的達成のために柔軟に対応している。韓国の統一案は国家連合制と言われても、第一段階こそ二国制の国家連合だが、第二段階では一国制の連邦制となり、北朝鮮の連邦制と重なってくるのである。だから金正日にすれば最初から連邦制を主張して対立するよりも、「緩やかな連邦制」にして韓国を早く「平和統一」へ向かわしめる方が得策なのだ。韓国を騙して警戒心を解き、精神的に武装解除させて「平和統一」へ向かわしめることが目的であるからである。

 「南北の和解と協力」が進められていけば、在韓米軍と米韓相互防衛条約は、南北が連邦国家(一国)を形成する前に無くなってしまっているかもしれないが、連邦国家形成の時点では確実に無くなるのである。そして連邦国家になれば、「北朝鮮」が軍事ク−デタ−をおこなって「韓国」を軍事占領しても、それは国内問題なのであり、米国も国連も介入することは極めて困難になるのである。金正日はこれを狙っている。

 共同宣言文の第三項は「三、南と北は(・・・・・)非転向長期囚問題を解決するなど人道的問題を速やかに解決することにした」となっている。「非転向長期囚問題の解決」とは、韓国の国家保安法に基づいて逮捕された北朝鮮から派遣されたスパイたちを北へ送還することであり、金正日が要求していたことである。金大中大統領は早々と六月末に、北への帰還を望む非転向長期囚全員六二人を九月初めに送還する、と決定したのであった。

 北朝鮮は一貫して韓国の国家保安法の廃止と国家情報院の廃止を要求してきた。韓国における親北の共産主義運動を合法化させ、運動を発展させて共産主義韓国を誕生させていくためである。そうすれば「統一」ははるかに簡単になり、北による南の軍事占領も同様になる。

 国家保安法は自由主義の韓国を守るための中核的な法律である。その法に基づいて逮捕した北朝鮮のスパイを送還してしまえば、同法は有名無実化し、次には同法の廃止が日程に上るようになっていくのは必然である。左派の金大中政権は、国家保安法を有名無実化し廃止していくことを考えていると見てよい。国家情報院の改組=廃止も考えていると見てよい。従って今後、韓国内の親北の共産主義運動等は益々進展していくことになる。

 共同宣言文の第四項は「四、南と北は経済協力を通して、民族経済を均衡的に発展させ云々」となっている。これも極めて重要なものだ。すなわち金正日はこれによって、韓国に経済協力を要求する〃権利〃を得たのであり、韓国は逆に経済協力する〃義務〃を負ったのである。韓国は「民族(南北)経済を均衡的に発展させるため」に、現在の極端な経済格差を埋めるべくどんどん経済協力をしなくてはならなくなったのである。「南北経済共同体構想」を持つ金大中政権はそうしていくつもりなのである。

 金正日は第四項によって韓国から資金と技術と物資を「奪い取って」、それによって北朝鮮のインフラ・エネルギーと工業・農業なによりも軍需産業を再建・強化し、韓国を軍事占領するための軍事力の強化と近代化を図っていくつもりなのである。

 このようなものが南北共同宣言文である。金正日は外交戦争に完勝したのである。火器を使わない戦争に完勝したのである。保守主義=自由主義の真の韓国民から見れば売国的な宣言文なのである。

 

 四、真の韓国の指導者たちがなすべきこと

 

 敵を知るとは、既述してきたことが理解できるということである。理解できない方は、国家の指導層という重責を担う資格を欠いているから、速やかにしかるべき有能な人と交代しなくてはならない。

 真の韓国の指導者たらんとする人々(政府)は、北朝鮮の「南北の和解と協力」の呼びかけや「南北の平和統一」の提起を冷厳に無視しなくてはならない。そして韓国民に対して北朝鮮の隠された狙いを明らかにし、教育していくのである。もちろん韓国の側から、南北首脳会談の呼びかけや南北の平和統一の提起など断じてしてはならない。また南北の「平和共存協定」や「不可侵協定」も断じて結んではならない。なぜならばこれらの協定は、北朝鮮の全体主義侵略国家という本質を隠蔽して、韓国の対北警戒心を解体していくことになるからである。そして「平和統一」を幻想するようになっていくからである。

 韓国から見たとき、「南北の和解」や「南北の統一」は、共産党の金正日独裁政権を打倒して北の自由主義化を実現しなければありえないのである。従って金正日独裁政権が存続している時に、「南北の和解」や「平和共存」さらに「南北の平和統一」の政策を掲げることはナンセンスである以上に、北朝鮮の全体主義侵略主義を隠蔽・否定して、北朝鮮を平和志向国と見なして韓国を精神的に武装解除してしまう危険極まりない亡国的な行為なのである。

 北朝鮮には市民など存在しない。共産党に独裁支配されている奴隷がいるだけである。世論が存在しないから、金正日はどのような騙しの協定や共同宣言をも結ぶことができる。またいつでも好きなときに破棄することができるのである。全体主義国家=侵略国家の外交の基本は騙しである。

 そうした騙しの中で最大のものが「平和」である。北朝鮮にとって「平和」とは、侵略支配のことなのである。ロシアや中国にとっての「平和」も全く同様である。こういう用語法を「転倒語法」や「反対語法」というが、全体主義国家の用語法は全てこれだ。しかし西側自由主義国家ではこのような基本的な認識が全く出来ていないのである。またそうした謀略外交を可能にする全体主義国家と、それがほとんど困難な自由主義国家という、国家の非対称性についての認識も全く出来ていない。敵を知り己れを知らなくてはならない。

 真の韓国の指導者たちがなすべきことは、米国や日本など国際社会と共同して対北経済制裁を断行し北の国力を弱体化していくことであり、韓国が自由で豊かな社会であることを北の軍人をはじめ国民に知らせる宣伝戦を推進して洗脳を解き、北において民主化をめざす打倒金正日の軍事クーデターを準備していくことであり、もちろん韓国民の警戒心を高め軍備を強化し、米韓日同盟を創り上げて、「北の侵略を抑止し、韓国を防衛し、共産党の金正日独裁政権を打倒して北の国民を解放していく」という「解放戦略」を樹立していくことである。もちろん米国、日本の指導者たちも同様である。

 

 五、売国・亡国政策を推進する金大中政権

 

 ところが金大中政権は、北朝鮮の国内における独裁支配や韓国に対する侵略戦争や侵略行動等を非難せず(刺激せず)、かつ一方的に韓国の方から経済支援を続けていくならば、金正日政権は改革と開放に転じ民主化が進んでいくはずだと妄信して、「包容政策」=「太陽政策」を推進しているのだ。また北朝鮮の統一案と重なる三段階統一案によって「南北の平和統一」に執念を燃やしているのである。

 金大中大統領は去る三月上旬「ベルリン宣言」を発表して、大規模な経済支援をするからといって金正日との対面を要請した。その後、金正日を「相当な識見と判断力を持った指導者だ」と称賛して、南北首脳会談を求めていったのである。北朝鮮がこれを見逃すわけはなく、かくして六月の南北首脳会談となっていったわけである。

 『SAPIO』八月九日号の産経新聞ソウル支局長の黒田勝弘氏の文が明らかにしていたが、金大中政権は南北首脳会談を成功させるために、韓国のマスコミに北朝鮮批判をしないよう「協力要請」をしたのである。その結果、首脳会談前頃から『朝鮮日報』を例外として韓国マスコミから北朝鮮批判が姿を消したのである。八0年代後半以降の韓国の民主化の流れの中で、若い世代を中心に対北宥和ムードが広がり、そういう意識を持った世代が今や各マスコミの一線のほとんどを占めているという。また金大中大統領の同郷者がマスコミ各社の要職についているのだそうだ。こういうわけで政府の協力要請は深く浸透した。

 だから首脳会談では、韓国マスコミは『朝鮮日報』を除き金正日礼賛一色になったわけである。そのため韓国民もわずか三日間で洗脳されて金正日礼賛になってしまったのである。

 八月六日から「韓国報道機関社長団」が平壌を訪問し、北の報道機関との間で「共同合意文」を交わして発表した(十一日)。「南北の報道機関は民族団結と統一実現に寄与する方向で言論活動をし、和平と団結を損なう誹謗中傷は中止する」ことを合意したのである。もちろんこれは金大中大統領の許可の下でおこなわれたものだ。これによって韓国の報道機関は完全に北朝鮮批判ができなくなる。それは同時に、親北朝鮮政策を進める金大中政権への批判もできなくなることも意味しているのである。

 こうなれば、もはや国家保安法も国家情報院も有名無実化することになる。既にそれは現実となっている。金大中左派政権はこれらの廃止を狙っていると考えてよいのだ。韓国ではこれから金正日万歳の左翼や左派がどんどん勢力を拡大していくことになる。

 八月六日、韓国国防省は「南北を結ぶ鉄道『京義線』の中断部分の連結工事を今秋に着工するが、それに先立って、その部分(南側)に敷設されている地雷十万個を撤去する」と発表した。京義線は将来、北朝鮮が南を軍事占領する時に利用される軍事鉄道となる。これを批判することもできなくなる。

 三章で見た如く南北共同宣言文は、自由主義の韓国から見ればまさに売国・亡国の内容である。ところが金大中政権と韓国マスコミはこれを大成功だと評価するのである。会談中金大中大統領は、北朝鮮がこれまでにおこなった韓国侵略戦争や数々の侵略行動の責任を追及することも全くなかった。

 はっきりさせなければならない。金大中政権の思想や政策は、もし北のスパイが政権中枢への浸透を果たしているとすれば、スパイがそれをもって大統領を巧みに説得していく思想や政策と全く共通しているのだ。つまり金大中政権の思想と政策は、主観はどうであれ客観的には、金正日の代理人の思想や政策と同じなのである。金大中政権は自由主義の韓国を北朝鮮に売り、韓国を亡ぼしていく政策を推進しているのである。私たちはこのことを深く認識しなければならない。

 繰り返そう。北朝鮮を刺激しないようにして経済支援をおこなえば、金正日政権は良い方向に変わっていくはずだという包容政策=太陽政策は、共産党独裁の北朝鮮を知らない者が考えるものだ。北の国民は自由ゼロの奴隷である。金正日は絶対に民主化をおこなわないし、許しもしない。「離散家族の相互訪問」もしかるべく管理して実施するから、北の体制の維持に何の支障もきたさない。韓国からの経済支援活動についてもしかりである。太陽政策は北朝鮮の民主化すなわち北の韓国化を促す政策だとされるが、ナンセンスである。逆である。金正日は韓国等から経済支援を奪い取って自らの独裁体制を強化し「強盛国家」を建設していくのだ。さらに太陽政策の下で韓国の国家保安法は有名無実化されていくから、韓国における共産主義勢力の拡大つまり韓国の北朝鮮化が推進されていくのである。売国・亡国政策なのである。

 敵国の存在は確かに恐ろしい。しかし自国政府が賢明であれば正しい政策を立て対処していくことができる。だが自国政府が、憲法が要求する国家の存立と国益を守る正しい政策を実行せず、主観はともかくも客観的には敵国の代理人と何ら変わらない売国・亡国の政策を推進していくときは、国家は存立の危機に直面することになるのである。一番恐ろしい存在がそのような自国政府なのである。金大中政権がまさにそれである。

 

 六、ロシアの南北首脳会談への関与と狙い

 

 今回の「平和」攻撃作戦を最初に考えついたのは金正日ではない。なぜならば金正日はほんの少し前まで「武力南進」を言って乱暴な行動をとっていたからだ。この作戦を提起したのはロシアの独裁者たちであると断じて間違いない。中国共産党ではない。台湾に対してすぐに軍事力の恫喝をおこなう中国にはこのような高等な戦術を提起する能力はない。

 ロシア(=ソ連)には、金正日の従来の対外政策を抑えて変えていかなければならない理由があった。アメリカのNMD(国家ミサイル防衛)計画を阻止するためである。SDI計画に代るNMD計画は九三年からあったものの、ロシアによる「冷戦終結」の嘘プロパガンダが成功して極めて低調のままであったのだった。しかしその後、共和党が議会で多数派になり、そして金正日がテポドン1型を発射したために、議会は俄然勢いづいて九九年三月に上下両院とも大差で「NMDを二00五年と言わず出来るだけ早期に配備すべきである」との法案を可決したのである。もしも金正日がより射程の長いテポドン2型を発射することになれば、クリントン大統領も配備決定の決断を下すことになるだろう。それはアメリカがABM制限条約から脱退することを意味する。NMDがまずなによりも偶発的な誤射によるロシアと中国の戦略核ミサイル(ICBM、SLBM)を対象にしているのは公然の秘密である。

 もしNMDが配備されれば、別の文で書いたがロシアは全ユーラシア大陸を征服し続いて世界を征服するという秘めた目標を実現することが出来なくなってしまうのである。なぜならば、ロシアの戦略弾道ミサイルはNMDによって無効化されることになるから、アメリカはロシアの全ヨーロッパ、東アジア、中東への侵略に対して核の傘を提供することが出来るようになり、従ってロシアは侵略を抑止されることになるからである。

 だからロシアは九九年三月にイワノフ外相を北朝鮮に派遣し、「露朝友好善隣協力条約」を仮調印(本調印は二000年二月)して、北朝鮮の安全を保障するなどしてテポドン2型の発射を停止させていったのである。同じく、NMDによって自らの戦略核を無効化されるために東アジア征服の目標を実現できなくなってしまう中国も、同年六月に北朝鮮との間に「中朝の伝統的な友好関係」を復活させて北朝鮮の安全を保障するなどして、テポドン2型の発射を停止させていったのである。北朝鮮のテポドン2型の発射準備作業は同年六月でストップした。

 だがロシアや中国にとっては、北朝鮮がテポドン2型の発射を停止してくれさえすればよいわけではない。既に実戦配備されているノドン1型は沖縄を除く日本全域を攻撃できるし、テポドン1型は沖縄が射程に入るのである。米国、日本、台湾はTMD(戦域核ミサイル防衛)を日本、台湾へ配備する計画を進めているから、北朝鮮が武力南進の侵略主義政策を続けるならば、日本へのTMD計画を促進することになってしまうのである。当然のことながら米軍の日本、韓国への前方展開も固定化される。また北朝鮮の対外政策が変わらないなら、アメリカは「北朝鮮は再びテポドン2型を発射しようとするだろうし、ICBMも開発するだろう」としてNMD計画を推進していくことになるのである。

 これらは全ユーラシア、世界の制覇を密かに狙うロシア(=ソ連)の世界戦略にとって決定的な障害になるものだ。だからロシアは金正日に平和志向へ政策転換する(謀略の芝居を演じる)ことを要請していったのである。金大中政権の対北の思想と政策を分析した上で、ロシアは金正日に「平和」攻撃をアドバイスしたのだ。謀略はロシアにとってはお手の物である。金正日もロシア、中国との関係で従来のやり方を変更しなくてはならなくなっていたし、九九年五月末のペリー調整官のアメとムチ政策もあったから、「平和」攻撃作戦を採用していくことにしたのである。中国も自国の戦略上、歓迎するところであった。

 これを裏付ける記事がある。産経新聞七月二0日付は「ロシア外務省筋によると『南北対話の一層促進』はプ−チン大統領が首相に就任した昨年夏ごろから、ロシア側から直接、間接的な北朝鮮側への働きかけが始まり、これが六月の南北首脳会談実現の一つの遠因になったとしている」と報じていた。もちろんロシアの働きかけはプ−チンの首相就任(八月九日)よりもずっと前からなされていたのであるが。

 かくして南北首脳会談となり、前述の如く金正日は完璧に勝利したのである。北朝鮮は金日成時代にも「平和」攻撃を実行したことはあるが、その時はもう一方で武力南進を唱えるという拙劣な戦術であった。だが今回のものはロシアも関与しており、ロシアのアジア戦略、世界戦略も関係してくるから、従来とは異なる正真正銘の「平和」攻撃戦術であるはずである。金正日は何年にも渡って「平和」攻撃を継続していくことになるのだ。だからこそ韓国に対する最も有効な侵略戦争になるのである。アメリカや日本その他に対しても同様である。それは沖縄サミットの特別声明にも表れている。

 既にコ−エン国防長官は七月一日CNNテレビに出て、「南北関係の改善がある程度進めば、米軍の駐留規模を考えることがある」と述べて在韓米軍削減の検討を示唆した(『VOICE』九月号一六0頁。武貞秀士氏「金正日の巧妙な手品」)。クリントン政権は、この夏にもNMD配備決定の決断をする構えでいたが、二回目の実験に続いて七月八日の三回目のNMDの迎撃実験も失敗したこともあり、配備決定の決断を来年一月に発足する次期政権に持ち越すことにしたのである。

 ロシアは金正日に「一八0度の政策転換」(演技)をさせることによって、クリントン民主党政権の対北朝鮮関与政策は成功したのだとして、親露的でNMDなど安全保障・外交で穏健な立場をとる民主党のゴア副大統領を次期大統領に当選させることも狙ったのである。ロシアはこれからも中国とも共同しつつ、NMD配備を阻止し、さらにアメリカにNMD計画そのものを断念させていくための策動を実行していくことになる。TMDについてもしかりだ。

 ロシアが「朝鮮半島の和平実現」(演技)によって目論むのは、これまでに述べてきたことだけではない。重要なことがある。ロシアはそれによって、日本の左翼マスコミと左翼政党・議員・団体を中心とする左派を援助してその戦いに力を持たせ、一層拡大させて、日本の親米保守政権を倒し、「民主・平和・非同盟・中立」を掲げる(中間)政府を誕生させていくことを中長期的に追求していくのである。この政府によって日米安保条約を解消し、在日米軍の撤退を実現させていこうと狙っているのである。(これは全体主義侵略国家の中国が狙うものでもある。)日米同盟がなくなれば、日本はあっという間に全体主義侵略国家のロシアに呑み込まれてしまうことになる。日本国民は奴隷化されるのだ。

 

 七、平和の正しい概念化が求められている

 

 私たちは平和を正しく概念化しなければならない。世界には常に自由世界を征服せんとしている敵が存在する。ロシア(=ソ連の偽装)や中国や北朝鮮やイラクやキューバ等々の全体主義国家である。全体主義国家は侵略国家である。だから人類社会では永久に、自由主義国家と全体主義国家(=侵略国家)の善と悪の戦いが続いていくのである。

 平和はあくまでも自由主義国家のみが使う資格を持つ言葉である。侵略国家たる全体主義国家にはその資格はない。平和とは、敵国である全体主義国家との熱い戦争にならない冷たい戦争状態を言うのである。「東西冷戦」のように、全体主義国家に対して冷たい戦争を戦っている状態が平和なのだ。だから常に敵の監視を怠らず、敵国に優位する精強なる軍隊を保持しなければならない。

 ソ連=新生ロシアの「ソ連消滅、東西冷戦終結」という謀略に負けて、敵は存在しなくなったと盲信して冷たい戦争を止めてしまった自由主義国家の状態は、平和なのではない。この時、全体主義国家の側は謀略の「平和」攻撃等(冷たい侵略戦争)を継続しているから、自由主義国家は日々侵略されているのである。全体主義国家の尖兵が自由主義国家内の左翼である。このことは韓国と北朝鮮の今を見れば明白である。

 敵との戦いの土台は思想戦である。自由主義国家のリーダーたちは真正な保守主義=真正な自由主義を獲得し、それに立脚した敵を凌駕する戦略論・軍事論を持たなければならない。国内の左翼は当然非合法化しなければならない。

 

                                     二000年八月一九日記


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