最初は、雲雀の年上の親族ということもあるかもしれないと、声をかけた。
だが、華奢で儚げな身体つきながら、凛とした佇まいは、あまりに雲雀に似すぎていた。振り向いた顔は潔癖でありながら艶やかで、それはディーノが知る限り、雲雀以外に持ちえなかった。加えて、こちらの問いに答える言葉のひねくれ具合と気位の高さときたら!
間違いない、恭弥だ。本人は違うと言うけれど、恭弥でないはずがない。ディーノの胸を確信が満たす。と同時に、見過ごせない疑問が湧いてくる。
どうして自分から着たとは考えにくいドレスを着ているのか。どうして化粧をしているのか。どうして他人のフリをしているのか。そもそも、このパーティに、どうして出席しているのか。なにか知られたくない事情でもあるのだろうか。恋人であるという面でも、社会的地位という面から見ても、自分は充分頼れる存在だと思うけれど、そんな自分に話したくない事情といったら、何があるのだろう。
まさか、見合い!?
たどり着いた結論は、ディーノにはいちばんありそうに思えて、いちばんショックなものだった。
確かに恭弥は美人だ。まだ15歳だというのに、ドレスもジュエリーも化粧もよく映えて、そのあたりの大人よりもずっといい女だ。
だが、見合いだけはダメだ。自分以外の男が触れるなど、あってはならないことだ。女としての雲雀は、自分だけのものなのだから。
「悪ぃ、ロマーリオ。後は任せたぜ」
近寄ってきた腹心に後を託すと、ディーノは雲雀を追って駆け出した。
歩きながら草壁の報告を聞いた雲雀は、つかの間立ち止まり、こみ上げてきた様々な感情を深呼吸とともに心のうちに沈めた。
「雲雀様」
草壁が気遣わしげに呼びかける。雲雀は一拍の間を置いて、口を開いた。
「タクシーを呼んで、並盛に帰るよ」
「わかりました」
フロントに向かって草壁が踏み出した、ちょうどそのときだった。
「恭弥!!」
後ろから、ディーノの声がした。雲雀が自分を呼んでいるのだと気付くかどうかのうちに、雲雀の身体はすっぽりとディーノに抱きこまれていた。
「な…ん、で……」
ディーノが自分を追ってくるなどとは予想もしていなかった雲雀は、驚きで言葉を詰まらせる。気付かれていたのか。では、なぜディーノは、あの場では何も言わずに、いま追ってきたのだろう?
「ダメだ、恭弥。行くな。オレは認めねーぞ、そんなこと」
息を切らしながら、雲雀をがっしりと抱きしめながら、ディーノの言ったことは、残念ながら雲雀には、理解もできなければ、理解する手がかりの心当たりもないものだった。
「…は? なに言ってるの、あなた、自分の言ってることわかってる?」
今の今まで、正体を隠し通すつもりでいた雲雀は、しかし突拍子もないディーノのセリフに、他人のフリをすることも忘れて聞き返した。
「わかってる。いや、あんまわかってねーかもしれねーけど、恭弥が好きだってところは大丈夫だ。ブレてねー」
思わずディーノの顔を見上げてしまった雲雀の頭を左手で押さえて、ディーノは細い黒髪に口付ける。だから雲雀からはディーノの顔は見えなくて、何にそんなに必死なのかはわからなかったけれど、まともな会話を成立させることが困難なことはわかった。
「そこが大丈夫かどうかはどうでもいいよ。とりあえず、恥ずかしいから、離して」
「嫌だ、離さねー。離さねーぞ。恭弥はオレのもんなんだからな」
まるで子供のように繰り返しながら、ディーノは雲雀の顔中にキスの雨を降らせる。
「恭弥、好きだ…。愛してるから、どこにも行くな…」
ロビーのど真ん中で、誰もが振り返る美男美女の熱烈なラブシーンに、もちろん周囲の視線は釘付けになっている。雲雀は恥ずかしくて仕方がないが、ディーノの腕がしっかりと雲雀を抱いて離さないので、距離を取ることはもちろん、トンファーで殴って正気に戻すこともできない。
それに。これだけ好きだと示されて、幸せでないはずがない。恥ずかしいのと同じくらいに、ただ嬉しかった。ディーノがいるなら、多分ここが並盛の真ん中でも、かまわない。
「…っ」
顎を上向かせられた瞬間、唇を塞がれる。噛みつくような激しいキスを、雲雀は柔らかく受け止めた。
いつしか、雲雀の腕はディーノの首に回っていた。ディーノのキスを覚えこまされている雲雀は、条件反射でディーノの舌を迎え入れる。ディーノがさらに深く雲雀を貪る。
どうしよう。
夢中になってディーノのキスに応えているうちに、雲雀はパーティで見た光景も、草壁から聞いた話も、なにもかもがどうでもよくなっていくのを感じた。
どうしよう。僕、やっぱりこの人のこと、愛してる。
部屋に入って他に人目がなくなると、ディーノは雲雀の腰に回していないもう一方の手で、ドレスの胸元をひょいと下に引いた。
「あ、ばか…ひっぱらないでよ」
「なんで、ひっぱらないと覗けない」
「だから、覗かなくていいんだってば…」
ロビーからずっと、大人しく抱き寄せられていた雲雀は、これには赤くなって抗議する。だが、散々キスに酔わされてしまった声はすっかり甘くて、ちっとも効き目がない。
一方のディーノは、先ほどから何度も視界に入る胸の谷間を、もっと見たくて仕方ない。いつもは潰して、男子生徒用の制服に隠されているから、服の合間から覗き見える今のうちに、もっともっと見ておきたい。
「バカ馬、そのうちヘンタイ馬って呼ぶよ?」
「ん~? 恭弥にしかしないから、変態じゃねーよ」
それでも、本当に変態と呼ばれたらさすがにショックなので、ドレスから手を放して、かわりにやわやわと胸に触れる。ディーノの大きな手には、雲雀の胸は少し小さいけれど、それでもだんだんに育ってきている。最近では、浅いけれど谷間もできてきて、将来が楽しみだった。
「本当に僕だけ? なにか話しておくことあるんじゃないの?」
雲雀は雲雀で、大好きなディーノの広い胸板に頬を寄せている。上着が邪魔なので早く脱いで欲しいのだけれど、そのためには一度離れなくてはいけないので、それも嫌だ。胸を揉む手も、腰を抱き寄せる腕も、ディーノに愛されているという実感を得られるので、心地よかった。
だが、ここだけははっきりさせておかなくては。
「あの人は? 今日、一緒にパーティに出ていた人。あの人は、あなたのイタリアの…」
その先は、自分の口では言いたくない。それでも、ディーノには雲雀が訊きたいことが正確に伝わった。
「そっか。それが気になって、今日来てたのか」
見合いでなくてよかったと、ディーノは大きく安堵する。雲雀も、ディーノの勘違いを知って、ようやくロビーでの発言が腑に落ちる。仲人もいないのに見合いだと思うなんてと、雲雀はくすくす笑った。
胸を弄るのを止め、ディーノは雲雀の背と膝の裏に腕を差し入れて抱き上げると、部屋の中央に設えられているベッドまで移動する。ソファ代わりに腰を下ろし、そのまま膝の上に雲雀を乗せる。
「シニョリータ・リンチェは、長い付き合いの取引先の社長秘書なんだ。そことの契約に絡んだビジネスを、今度日本でやることになってな。社長本人は都合が悪くて動けねーってんで、彼女が来たんだ」
ハシバミ色の瞳が、優しく、けれどまっすぐに雲雀を見つめる。雲雀も、つまらない嫉妬を消し去ってしまいたくて、まっすぐにディーノを見つめ返した。こういう風に話をするときのディーノが信じられることは、頭ではわかっている。だから、一人歩きする負の感情をねじ伏せるために、話を真正面から聞くのだ。
「それじゃ、恋人じゃないんだね?」
「当然だろ。オレの恋人は、恭弥だけ」
ディーノの膝の上は少し不安定で、雲雀は支えを求めてディーノの肩に手を置く。ついでに、邪魔くさい上着を脱がせようとすると、ディーノも袖から腕を抜くのに協力してくれた。
「日本では、っていう但し書きは?」
「あるわけない。本当は、今すぐ恭弥と結婚したいくらいなんだぜ」
目の前の紅い唇に、軽く啄ばむキスを落とす。雲雀が上着を脱がすのに協力し終えると、ディーノは雲雀を支えるフリをして、スリットから露わになった太ももへ手を滑らせた。
「じゃあ、どうして僕に、日本に来てるって教えてくれなかったの?」
ディーノのネクタイを解きながら訊ねると、ディーノは太ももを撫でていないほうの手でドレスのファスナーを探りながら答えた。
「俺だって恭弥に会いたかったけど、シニョリータ・リンチェに恭弥のことを知られたくなかったんだよ。今は取引先でも、今後は商売敵になるかもしれねー。そのときに物を言うのは、相手の弱みをどこまで知っているかなんだ。恭弥の存在を、教えたくなかった」
「その会社、信用できないんだ」
「ウチの系列会社じゃないからな。ビジネスだけで繋がってる相手なんて、そんなもんだ」
雲雀の手は休まることなく、ディーノのシャツを脱がせていく。反対に、ディーノの手はファスナーを下ろすと、それ以上脱がさずにドレス越しにボディラインをなぞり始めた。
「僕は、あなたの弱みなの?」
「いや。オレは恭弥が隣にいれば、怖いもんなんてひとつもねぇ。奴らが恭弥をオレの弱みだと思って、恭弥に手出ししてくることが怖いんだ」
「そんなの。僕が大人しくやられると思う?」
「そういや、そうだったな」
改めて目線を合わせて、そろってくすりと笑みをこぼす。
そしてひとつキスをすると、ディーノは雲雀ごとベッドに倒れこんだ。