ダイヤモンドは永遠に 02

 まっとうな法人の主催するパーティ。参加者は、当然のことながら、そんな企業と付き合いのある法人ばかり。そんな中で、銃火器を当たり前のように所持できる、パーティの参加者。

「………トルド」

「え?」

 ディーノのつぶやきは低くて、ロマーリオも雲雀も聞き逃す。そうしている間にも、ディーノの中では状況が繋がっていく。

「トルドだ。たぶん、だけど…。わざわざ、挨拶にまで来たのは、そういう意味だったんだ」

「そういう意味って、どういう意味だ、ボス? トルドは、挨拶に来て、何を話していったんだ?」

 この会場ではトルドと顔を合わせていないロマーリオは、当然、トルドが挨拶に来たときの会話の内容を知らない。ディーノは、トルドには雲雀を偽名で紹介しただけだと説明した。ただひとつ、ひっかかることがあるとすれば。

「ゆっくり楽しんで行けと、トルドは言ってた。そんときは、トルドは堅気だと思ってたから、主催側の人間だと思ったんだ。だけど、トルドが招待客側の人間なんだとしたら、こんな不自然な言動はないよな」

「そうか…。オレらは表の仕事でトルドと関わったから、トルドも堅気なんだと思ってきたが、堅気じゃねーって恭弥が見破った。堅気じゃねーんなら、堅気であるここの主催者とは、まず無関係だ。主催でもねーのに、ゆっくりして行けとは、普通言わねーな」

「彼女の声明、あるいは予告、…それとも」

 ロマーリオと雲雀にも、ディーノの考えが読めてきた。もちろん、この推測は、トルドが裏の人間だという前提が必要だ。だが、現時点で、もっとも疑わしいことも、間違いなかった。

「あなたを狙う、宣戦布告」

 雲雀の言葉に、ディーノはごくりと唾を飲む。表の顔を使わなくてはならない場所以外では、ディーノは厳重に部下に守られていて、手出しができない。だが、表の顔で出席しているこのパーティになら、いるのは形式的な警護だけ。むしろ、ある程度の油断さえ期待できる。現に、ディーノは何を措いても守りたい存在を、のこのこと連れてきている。

「仕事絡みのいざこざ? 痴情の縺れ? 理由なんてどうでもいいけど」

 敵の存在を認識した途端に、マフィアの顔つきになったディーノとロマーリオに、雲雀は不敵に微笑んだ。

「僕に刃向かうなら、咬み殺す」



 臨戦モード寸前の雲雀を後ろからすっぽりと抱きかかえて、ディーノはロマーリオに指示を出す。

「思いがけずにオレの暗殺計画疑惑が出たが、現時点じゃ、トルドが首謀者かどうかってとこから、推測の域を出てねー。とりあえず、パーティに出席して義理は果たしたし、もし銃を持った奴らの狙いがオレらじゃねーんなら、後の事も知ったこっちゃねー。帰るぞ」

「了解、ボス」

 頷いたロマーリオは、会場を警戒していた部下たちを、帰り道の安全確認へ差し向ける。

「帰っちゃっていいの? 本当にあなたが狙われてるかどうか、確かめないんだ」

「オレが狙われてるなら、向こうからついてきてくれるさ。どっちにしたって、長居は無用だ」

「で、あなたはいつまでこうしているつもり?」

 自分を包み込む腕を鬱陶しそうに掴んで、雲雀は後ろに立つディーノを見上げた。雲雀に目線を合わせたディーノは、うっかり間近で雲雀の顔を見てしまい、キスしたい衝動と戦う羽目になる。

「だって、こうしてないと、恭弥、トルドを咬み殺しに行っちまうだろ?」

「っ、だからって!」

「ダーメ。取引先にバカップルだって思われるのはいいけど、銃撃戦やれるってバレんのはマズい」

「僕はマズくないよ」

「オレがマズいの。ほら、機嫌直して、大人しくしてくれって」

 きりきりと眉を吊り上げる雲雀を、ディーノが背中からすっぽりと抱きこんで宥める様は、端から見たら立派なバカップルだ。周囲の注目の的になってしまっていることに、雲雀が気付いていないのが最後の救い、といったところか。

「ボス」

 安全確認が完了して、ロマーリオが呼びに来た。頷いたディーノは、雲雀を解放すると、手を引いて会場を出る。

 会場を出るなり、ロマーリオの他に2人、部下が現れた。ロマーリオたちが前後左右に目を配り、ディーノと雲雀は彼らに護られる形で廊下を進む。

「ロマーリオ。ボノは?」

「いつでも大丈夫だ」

 早歩きで地下の駐車場に向かう道すがら、ディーノの確認にロマーリオは力強く頷く。それを聞いて、ディーノは並んで歩く雲雀に目を向けた。

「恭弥は、ここからボノと一緒に帰れ」

「え?」

「オレと一緒だと、戦いに巻き込んぢまうかもしれねー。1台、恭弥用に用意させたから、恭弥はそれを使って帰れ」

 まさかディーノがそんなことを言い出すとは、思いもよらなかった雲雀は、睨むようにディーノを見上げた。

「ちょっと待ってよ」

「護衛に、ボノと、もう1人つける」

「やめて、そんなこと」

 ただでさえ少ない、ディーノの今日の警護。そこから2人割くということがどういうことか、雲雀にだって想像はつく。

 しかし、ディーノは険しい表情のまま、無言で階段を下りていく。全身から、雲雀を護るためならどんなことも厭わないという雰囲気が、滲み出ていた。



 地下駐車場では、ディーノの部下たちが、周囲を警戒していた。ディーノの愛車と、部下たちが分乗してきた車は、エンジンをかけた状態で待機している。

「ボス、こちらです!」

 部下の声に導かれて、ディーノたちはそちらへ足を向ける。ディーノの頬を、チッと銃弾が掠めたのは、そのときだった。

 条件反射で、ロマーリオがディーノの壁になり、ディーノはかばうように雲雀を抱え込む。ロマーリオたち部下が銃を抜くのと、サングラスで顔を隠した一団がディーノたちを取り囲むのは、ほぼ同時だった。

「何者だ、てめーら!!」

 ロマーリオの誰何にも答えない彼らの後ろから、トルドが現れる。期待を裏切らない展開に、ディーノは鼻で皮肉に笑った。

「トルド。今すぐ謝って帰るなら、なかったことにしてやるぜ?」

 雲雀を離して、ディーノはロマーリオのぎりぎり一歩後ろまで出る。その顔は、1ファミリーを預かるボスの顔であり、護る者の為なら命さえ躊躇わずに張る男の顔だった。

「冗談言わないで。これくらいで謝れるなら、最初からこんなことしないわ」

 一方のトルドは、悲しい笑顔でディーノに言い返す。その手には、オートマチックの拳銃が光っていた。

「あなたがいけないのよ。私がこんなに好きなのに、そんな女と婚約なんてするから」

「オレは最初から、お前には本気にならねーって、言っておいたぞ」

「ええ、そうね。でも、私には自信があった。あなたは絶対私を愛するようになるって信じてた。それを裏切ったのはあなたよ」

 部下たちが、ディーノを護るように、銃を構えて周囲を固める。ディーノも、上着で隠してベルトに挟んでいた鞭を手にした。トルドが正気にせよ狂気にせよ、本気でディーノを殺そうとしているのは確かだ。

 ディーノは背後にいる部下をわずかに振り返る。

「ボノ。今のうちに恭弥を連れて…」

 だが、その視線の先には、戦闘態勢の雲雀がいた。ストールを腰に巻いてスカートのヒラつきを押さえ、さらに胸に挿していたコサージュを使ってストールを固定した雲雀は、パンプスを脱いでトンファーを構えていた。

「恭弥っ!」

「勘違いしないで。僕は、僕に武器を向けた奴を、咬み殺す」

 そこには、ドレスを着てディーノに大人しくエスコートされていた、華奢な雲雀の姿は見えない。体格は華奢でも、ボンゴレの守護者の風格を纏った、違いなく戦うマフィアの姿があった。

 大人しく、護られてはくれない、か。それでこそ、恭弥なんだった。

 何を張ってでも雲雀を護ろうとしていたディーノは、自分の心得違いに一瞬自嘲の笑みをこぼす。そう、自分が惚れたのは、誰あろう、譲れぬものを護るために武器を取る、気高い雲雀恭弥その人だったのだ。

「バックアップ、よろしく」

「ああ。フォワードは任せたぜ」

 短いやり取りの後、雲雀がコンクリートを蹴って飛び出す。反射的に雲雀に向いた銃を、ディーノの鞭が弾き飛ばした。その隙を狙って、雲雀のトンファーが繰り出される。

 雲雀の攻撃と、ディーノの援護。それは正に一心同体の正確さで、敵を撃破していった。部下さえいれば敵なしのディーノと、そんなディーノに鍛えられた雲雀のタッグに、太刀打ちできる敵などいようはずもない。

 数分後、トルドは倒れ臥した男たちの向こうで震えていた。愕然とディーノを見る彼女に、キャバッローネの銃口が集まる。

「無力な女を撃つほど、オレたちゃ零落れてねー。二度とオレに関わらねーと誓えるなら、見逃してやる」

 トルドを見据えるディーノの眼は、無慈悲なマフィアの眼だ。もしも拒めば、間違いなく殺される。それがわかったトルドは、ガクガクとうなずいた。その手から、ロマーリオが銃を取り上げる。

「残念」

 雲雀がトルドに目を向けたままつぶやいた。聞きつけたディーノは、問うように雲雀を見る。

「最初から僕だけを狙ってたら、完璧に咬み殺してたのに」

 このとき雲雀の心にあったのは、紛うことなく、ディーノの命が脅かされたことへの怒りだった。




「で、恭弥さ…、いったいどこに、トンファーなんて持ってたんだよ」

 帰り道、ロマーリオの運転する車の後部座席で、ディーノは呆れ顔で雲雀に訊ねた。キャミソールタイプのボディスには、袖がない。制服のときのような、袖の中に仕込む隠し方はできなかったはずなのだ。

「スカートの中」

「は?」

 ディーノの疑問に、雲雀は素っ気なく答えた。雲雀にとっては、別段、特別な方法で隠していたわけではない。

「だからミニ丈は嫌だって言ったんだよ。なのに、あなたはミニばかり着せたがって…」

「なんだ。オレが選んだのが嫌だったからじゃ、なかったのか」

「どっちにしろ、僕は嫌いなデザインだったから、同じことだけど」

 自分の見立てがことごとく却下だったのは、雲雀の都合に合わなかったからなだけだったのかとほっとしたディーノを、雲雀はさっくりと一刀両断した。

「パニエでかさばりをわかりにくくして、ホルダーで脚に吊ってたんだよ」

「そこまでして、トンファー手放したくねーのかよ」

 呆れたため息をつくディーノに、雲雀はちらりと視線を投げかけると、ぷいとそっぽを向いた。

「護られるだけなんて、ごめんだからね」

「恭弥」

 考えてもいなかった雲雀の言葉に、ディーノはわずかに目を瞠る。一方的に護られるより、一緒に闘いたい。そんな雲雀の気持ちに、ディーノはあらためて気付いた。

「もしかして、戦闘になっても大丈夫な仕度を、していたのか?」

「当然でしょ」

 ディーノの確認に、雲雀は事も無げに答える。

「……じゃあ、まさか、まだ何か隠してるとか?」

 それまで優雅に見えていたドレスが、途端に武器庫のように思えて、ディーノは恐る恐るスカートをめくる。雲雀は慌ててその手をぺちっと叩いた。

「トンファーだけだよ。変なことしないで」

「変なことって、どんなことだよ?」

 雲雀の慌てぶりに、ディーノは思わずくつくつと笑う。笑われてむっとした表情が、また可愛くて、ディーノは手を伸ばすと雲雀の頬に触れた。

 雲雀が心底ドレスが嫌いなことも、今夜はその嫌いなドレスを着てでも、ディーノは自分のものだと誇示したかったことも、ディーノにはわかっていた。

 ディーノから打ち明けたことはなかったけれど、雲雀は敏感にディーノの女性回りが派手だったことに気付いていて、今回のようなことがあるたびに、わかりにくいけれど嫉妬をしている。そして、それを察したディーノの心もまた、雲雀を苦しめた自責に苛まれるのだ。

「恭弥。ありがとな」

 うっすらと化粧を施している雲雀の頬を、幾度も撫でる。ドレスを着てくれたことはもちろん、そもそもの…自分を好きになってくれたことから、すべて。ディーノの眼差しが、ありったけの愛情と感謝を浮かべる。

「別に、あなたのためじゃない」

 困ったように視線をさまよわせる雲雀は、つれない言葉を口にしながら、けれどディーノの手に頭を預ける。雲雀の頭の重みを片手で支えて、ディーノは覆いかぶさるようにキスをした。

「でも、いい加減にはして欲しい。あなたの昔の女と出くわしそうになるたびに、ドレスを着てあなたの隣に立たなくちゃいけないなんて、面倒くさいことこの上ない」

 雲雀の唇を深く吸って離れたディーノに、雲雀は恨みがましい目で訴えた。この件に関して全面的に非があるディーノは、返す言葉もない。

「僕がこれ以上迷惑しないで済む方法、責任持って考えてよね」

「あっ、それなら、手っ取り早い方法がひとつあるぜ」

 ため息混じりで雲雀に言われて、ディーノは即答した。ずいぶん前から温めていたアイデアなのか、雲雀に話せるのが嬉しいらしい。先ほどのしおらしさはどこへやら、キラキラした表情で身を乗り出す。

「恭弥が、オレと結婚して、子供を産めばいい」

「はぁ!?」

 極端な発言に、雲雀はぎりり、と眉を吊り上げた。ディーノに圧し掛かられているので、スカートの下のトンファーを取れないのが腹立たしい。トンファーが手にあれば、即座に咬み殺すところなのに。

「そうだ、そうしよう、恭弥。結婚して、恭弥がオレの子を孕んだって話が広まれば、今日みてーなことはなくなるし、オレは最愛の嫁さんを獲得、キャバッローネは跡取りに恵まれて、いーことずくめじゃねーか!」

 自分で言っていてテンションが上がってきたディーノは、雲雀の腰に腕を回してシートに引き倒すと、慣れた手つきで雲雀の脚のホルダーからトンファーを取り上げる。

「ちょ…っ、バカ馬! ふざけないで!!」

 なにをされるのか、即座に理解した雲雀は暴れるが、すでに制空権を取られている状態では、形勢の逆転は難しい。雲雀の扱いを心得てもいるディーノに、あっさりと押さえ込まれた。

「ふざけてねーよ。楽しみだな、オレらのバンビーノ」

「楽しみじゃない!」

「安心しろ、オレの溢れる愛で百発百中だ」

「そんな命中率、求めてない!」

 雲雀はディーノの肩と言わず胸と言わず、ばしばしと殴りつけるが、ディーノは雲雀の拳など物ともせずに、キスの雨を降らせながらドレスのファスナーを下ろす。トンファーを取り上げるときにそれと気付かせずに雲雀の脚を割っていたディーノは、既にベストポジションを確保していた。

「バカっ、ここがどこだかわかってるの!?」

「んー、車ん中?」

「わかってるなら、どいてっ! こんなところで励むなっ!!」

 ディーノに敵わない悔しさと、運転席のロマーリオに全部聞かれている羞恥で、雲雀の目に涙がにじむ。

「じゃあ、ここじゃなけりゃ励んでいーのか?」

「っ!」

 揚げ足を取られて、雲雀が絶句する。にやりと笑うディーノは、雲雀が本心では嫌がっていないことを、見透かしていた。

「ホテルに戻ったら、夜通し励もうな」

 優しい声でささやいたディーノに、雲雀は「種馬」とせめてもの意趣返しでつぶやいた。


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