Le Nozze di Dino 02

 巨大なボンゴレの城のサロン。昼間ということと、親睦会ということで、会議というよりはパーティのような雰囲気のその部屋には、同盟に名を連ねるファミリーのボスたちが、それぞれの片腕を連れて、集っていた。

 最上席には、ようやく人前に出られるほどに回復した、ボンゴレ9代目の姿もある。元気そうな9代目の様子に、ディーノはほっと息をついた。

「しかし、先だってのボンゴレの継承者決定戦は、壮絶なものだったそうですな」

「しかも、それを制したのは、14歳の少年だというではないですか」

「いや、14歳にしてそれほどの力量を持っているとは、これでボンゴレ、ひいては同盟も、安泰というものです」

 酒や煙草を手にして世間話を交わす様は、マフィアの会合とはとても思えないほどのどかだ。それを聞くとはなしに聞いているディーノにも、世間話の矛先はやってくる。

「そう言えば、ドン・キャバッローネも、御活躍だったそうですな」

「早いうちから今回10代目と決まった少年の素質を見抜いて、継承者決定戦の激化を予想し、公平な立場での支援をなさったとか」

「ボンゴレ9代目のお命を救ったとも聞きましたぞ」

 半分くらいしか正しくない噂も、結果的に公平になっただけで、実は最初から全面的に綱吉に肩入れしていたことを隠せるのなら、どんと来いというものだ。ディーノは薄い微笑を浮かべて、賛辞に頭を下げた。

「キャバッローネ・ファミリーがこれほどボンゴレへの忠誠に篤いとなれば、あとは早く妻を娶り、後継者を育てていってほしいものですな」

「そうです、そうです。ドン・キャバッローネには是非、次代の育成も重要な同盟への貢献ということを、御理解いただきたいですな」

 来た、とディーノは身構える。ディーノに嫁をと言い出しているボスたちは皆、自分の娘やファミリーの幹部の娘を娶らせようとして言っていることは、ディーノにはわかっている。次代のドン・ボンゴレと懇意のディーノと、誼みを築きたいのだという下心は、とっくに見え見えだった。

 だが、ディーノはそのどれにも、うなずくことはできない。

「そういえば、ドン・キャバッローネには、意中のお方をお連れいただけるよう、お願いしていましたな」

「おお、そうでした。ドン・キャバッローネのお気持ちを無視して、縁談というわけにもいかなかろうということでしたな」

 同盟の老人たちが、今日の本題と言っても過言ではない話題を提起する。最上席のボンゴレ9代目が、心配そうな目を向けていることに、ディーノは気付いた。9代目がディーノの意に沿わない結婚を憂いていることは、ディーノには大きな助けだった。

「見たところ、女性をお連れではないようですが。いかがです、ドン・キャバッローネ」

 そう話が回ってきたところで、ディーノはおもむろに席を立った。ボンゴレ9代目の隣まで進み出ると、9代目は優しい眼差しでディーノを見上げる。その足元に、ディーノは勢いよく膝をついた。

「9代目にお願いがあります。10代目の雲の守護者を、オレにください!!」

 ざわっとサロン中にどよめきが走る。ロマーリオは覚悟をしていたのか、突然のディーノの行動にも驚くことなく、即座にディーノの右後ろに同じように膝をついた。

「非常識なことを申し上げている自覚はあります。でも、オレは恭弥以外の女を妻にすることは、キャバッローネの名と誇りにかけて、出来ません! もしもこの願いをお聞き届けいただけないのなら、キャバッローネをオレの代で終わりにすることも、辞さない覚悟です」

 ディーノはそこまで言い切ると、床に額を摩りつけた。

「お願いします! 恭弥をオレにください…!!」

 あまりのディーノの真剣さに、出席していたボスたちは言葉を失い、ただただ成り行きを見守る。前代未聞の直訴は、しんと静まり返ったサロンに、痛いほど響いた。

「……ディーノや」

 土下座したまま身じろぎしないディーノに、9代目が呼びかけたのは、どれほど時間が過ぎてからだろうか。とても優しい声に、ディーノは思わず顔を上げる。

「私は、ディーノが本気で愛している女性なら、それが誰であっても反対はしないよ。雲雀恭弥という子のことは、リボーンからもたくさん聞いている。凛々しいいい子だそうだね」

「9代目」

「お前が決めた相手だ。望みのままに、連れて行きなさい。ただし、綱吉君の了解は、得るんだよ」

 見上げた先には、慈愛に満ちた9代目の目があった。

「ありがとうございます!!」

 再び平伏したディーノの目には、涙が光っていた。





 DVDの映像が終わって、初期画面に切り替わる。雲雀は驚いた表情のまま、液晶を凝視していた。己の浅はかさを、見せ付けられた思いだった。一度でもディーノの気持ちを信じきらなかった自分が、いたたまれなかった。

 聞こえてくるイタリア語をすべて通訳した獄寺は、嗄れた喉を水で潤しながら、未だ自分の訳した内容を信じきれない思いでいた。それは山本も草壁も同じだったようで、茫然と雲雀とDVDプレーヤーを見つめている。その中でただひとり、綱吉だけが、嬉しそうな微笑を浮かべていた。

 ディーノが、綱吉が思ったとおりの人だったこと。綱吉の信頼を、裏切らなかったこと。雲雀を愛していること。どれもが、綱吉にはたまらなく嬉しかった。

 つと雲雀がソファから立ち上がり、綱吉の前まで歩み出た。膝を折り、床に手をつく。

「僕は別に、君の配下になったつもりはない。でも、どうやら僕は、君の許可を得なくてはいけない側面を、持ってしまったようだ。だから、このとおりだ。僕をあの人のところへ、行かせてくれ」

「ヒバリさんっ!?」

「頼む。僕には、君に頭を下げるしか、あの人の誠意にこたえる術がない」

 そう言って、雲雀は深々と頭を下げた。綱吉はうろたえて、雲雀に手を伸ばす。

「頭を上げてください、ヒバリさん。オレは、ヒバリさんさえ嫌じゃないのなら、喜んでうなずきます。だから、そんなこと、しないでください」

 冷やしては身体に障ります、と言われて、雲雀は顔を上げると促されるままにソファに上がった。

「土下座なんて、ヒバリさんには似合いませんよ」

「でも、約束したからね。君には僕が頭を下げるって」

 うっすらと微笑んだ雲雀の表情には、綱吉に反対されなかったことへの安堵があった。なんだかんだ言って、雲雀は本気でディーノを愛しているのだと、綱吉はそれだけで実感できた。

「オレは、ボス振って偉そうにするつもりなんてないです。でも、オレがうなずくことでヒバリさんが幸せになれるなら、オレはいつだって何度だって、うなずきます」

 綱吉の言葉を嬉しそうに目を閉じて聞いた雲雀の眦から、涙が一滴零れ落ちた。



「恭弥!!」

 そこへ飛び込んできたのは、ディーノその人。息せき切って雲雀に駆け寄ったディーノは、驚く面々に構わず、雲雀を高々と抱き上げた。

「オレの子、できたって!? ホントか!?」

「ちょっと! 力、強すぎるよ」

 ぎゅうっと抱きしめるディーノに慌てて、雲雀はディーノを宥める。

「そんなにお腹圧迫しないで。まだ不安定なんだから」

「あ、悪ぃ」

 急いで腕の力を緩めたディーノは、雲雀を抱えたままソファに腰を下ろす。ディーノに解放されることなく、その膝に座ることになった雲雀は、気恥ずかしさで視線を彷徨わせた。

「ディーノさん、イタリアにいたんじゃなかったんですか?」

「9代目のOKもらって、すぐに飛行機に乗った」

 綱吉の問いに、ディーノはあっさりと答える。では、いつの間にどうやって雲雀の懐胎を知ったのか。そんな周囲の疑問を、ディーノはたった一言で掃った。

「草壁。連絡グラッツェな」

「いえ。委員長のためにしたことですから」

 控えめな草壁の答に、雲雀は草壁の忠義の深さを、改めて感じた。

「草壁。感謝する」

「もったいないです」

 雲雀の言葉にも、草壁は低頭する。それはまさに、主君に仕える臣の姿だった。

「恭弥。順番が難しいことばっかりで、心配させちまって、悪かった。でも、もう心配はなにもねーから。だから、結婚しよう」

 ディーノの腕にすっぽりと包まれて、雲雀はディーノの言葉を聞いていた。

 『結婚しよう』。

 それは雲雀がずっと待ち望んでいた、最後の一言。

「結婚しよう、恭弥。…返事は?」

「うん…、喜んで」

 そして雲雀は、ディーノの首に腕を回して、愛しい存在にしがみついた。



「なあ、赤ん坊はどっちなんだ? バンビーノか、バンビーナか」

「まだわからないよ。気の早い人だね」

「名前考えねーとな。なんにしようか」

「男の子か女の子かもわからないのに、なに言ってるの」

「だって、生まれそうになっても決まってなかったら困るだろ」

「そうだけど、後何ヶ月あると思ってるの」

「わかんねーけど、待ちきれねー」

「しょうのないパパだね」

「あ、いいなその響き」

「そう?」

「うん、最高」

「じゃあよかったね、これから一生そう呼んでもらえるよ」

「恭弥、男の子にしよーぜ。男の子だったら嫁に行ったりしねーだろ」

「まだわからないんだから、無茶言わないでよ。どっちだっていいじゃない」

「よくねーよ。女の子だったら嫁にやらなきゃいけねーんだぞ。オレ、そうなったら、絶対泣いて嫌がる自信あるぜ」

「変な自信持たないでよ。ほんと、しょうのない人」

「おいコラ、そーいうのは家帰ってやれ」

 ディーノの膝の上に乗ったままディーノに寄り添う雲雀と、その雲雀を抱きしめてキスの雨を降らせるディーノに、たまりかねた獄寺がつっこんだ。

 どこを見たらいいかわからなくてうろたえている綱吉も、苦笑いして窓の外を眺めている山本も、ニヤニヤしながらふたりを見ていたシャマルも、さりげなく廊下に出ている草壁も、ドアのところで周囲を警戒しているロマーリオも、みんなそろって大きくうなずく。

 しかし、すでに二人の世界に突入したディーノと雲雀には、獄寺の言葉は届いていなかった。

「なあ、草壁さん。ヒバリ、あんなんだけど、風紀の方って大丈夫なのか?」

「オレが代わるから問題ない」

「ロマーリオさん。ディーノさん、世界に入っちゃって帰ってこないけど、いいんですか?」

「ああなったボスは、もう手が付けられねーからな」

 部下ふたりにも請け負われては、できることはなさそうだ。綱吉たちは困り果てた顔を見合わせて、そして。

「じゃ、オレたち帰るんでー」

「ディーノさん、ヒバリさん、お幸せに」

「跳ね馬、ちゃんとヒバリの手綱持っとけよ」

「お嬢、ちょっとでも体調おかしいと思ったら、いつでも保健室来いよ」

 口々に言って、談話室を出ると、その扉を草壁とロマーリオが閉じた。

 結局、収まるところに収まったのだと、綱吉はほっとして病院を後にした。


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