覚悟はいいかね、ディーノ君 02

 絶句した雲雀の手を、ディーノは安心させるように握り、説明する。

「恭弥の帯に、ガラスの管が挟まってるんだ。オレはよく知らなかったから、そーゆーもんなんだと思ってたんだけど、いますみれさんの帯の写真を見たら、そんなガラス管なんか使ってねーからさ。それで、おかしいと思ったんだよ」

「……じゃあ」

「ああ。恭弥の帯に、爆薬が仕込んである」

 雲雀が目を瞠り、すみれがひっと息を飲んだ。ディーノはまるで自分自身に理解させようとするように何度もうなずきながら、言葉を続けた。

「試験管に、薬品が入って、帯の合間に挟んである。たぶん、帯を解こうとした時に仕掛けが作動するようになってて、着物ごと恭弥を焼くようになってる」

 自分の命が狙われていると決定的に突きつけられて、きゅっと、ディーノが握っている雲雀の手に力が入る。

「……恭弥?」

「許さない」

 ディーノの手を握る力がぎりぎりと強くなって、ディーノは痛みに一瞬顔をしかめる。暗殺を計画した、名前さえ知らない誰かへの怒りを、雲雀が持て余しているのだとすぐにわかった。ディーノは痛みの表情を顔から消すと、口を開いた。

「いま、ロマーリオに着付けした奴を探させてる。それと、連れてきてる部下の中でいちばん爆発物に詳しいのが誰か、確認させてる。無事に除去できたら、一緒に返礼に行こうぜ」

「うん」

 当面の結論が出たところで、ディーノはすみれに目を向けた。すみれは発火装置にされてしまった雲雀のふくら雀の帯を、痛々しそうに見ていた。

「あんたは、もう戻ってくれ。これ以上オレたちといたら、もし暴発したとき、巻き添えになっちまう」

「キャバッローネさん……」

「あんたにひでーことしたオレに、こんな親切にしてくれて、本当に感謝してる。だから、なにも起きてねーいまのうちに、行ってくれ」

 まだ手伝えることがあるのなら手伝いたいと思うすみれは、口添えを求めて雲雀を見る。雲雀はすみれの意図に気付いたが、首を振って拒んだ。すみれはこちら側に来ていい人間ではない。

「わかりました。おふたりとも、どうかご無事で」

 すみれは残念そうな表情でうなずくと、二人にお辞儀をして出て行った。

「さて、恭弥。オレたちも行こうぜ。この部屋じゃさすがにマズいだろ」

「そうだね。あなたのホテルに戻った方がよさそうだ」

 なにせ、マフィアが集合して発火装置を解体する、絵面的にも状況的にも非常に物騒な展開になるのだ。

 ディーノは部下に迎えの車を頼むため、携帯電話を取り出した。




 並盛のディーノの定宿のホテルでは、ロマーリオを筆頭に、ディーノと一緒に日本に来ているすべての部下が集まっていた。

「…なにこの群れ」

「まあまあ、いーじゃねーか。廊下にいるだけで、部屋には全員は入ってこねーからよ」

 雲雀の機嫌が一気にななめになったが、何とか宥めすかして部屋に入る。部下たちはこれから起こることを心配して集まっているのだ。いくら雲雀が群れを嫌いでも、いま部下に散開を強いることは、ディーノはできない。

「ボス。やっぱり、オレがいちばん詳しいみてーだ」

 そう言って、ロマーリオだけが入ってきた。もしも暴発したときには、ボスの自分と一緒に無二の片腕もいなくなってしまう。ファミリーの今後を考えたディーノは顔をしかめたが、ロマーリオがいちばん詳しいのなら仕方がない。

「さて。それじゃ、恭弥。帯のところを見せてくれ」

 ロマーリオに促されて、雲雀はロマーリオに背を向けた。すると、ディーノが雲雀の正面に立ち、手を伸ばした。

「ごめん、恭弥。終わるまで、こーしててくれねーか」

 雲雀が返事をする間もなく、ディーノは雲雀の体を抱き寄せる。布越しに、ディーノの心臓の早鐘が聞こえた。

「バカ馬。もしものとき、一緒に燃える気?」

「だって、恭弥だけバンビーノと一緒はズルイだろ」

 軽い口調とは裏腹に、雲雀を抱く腕にはしっかりと力が入っている。ディーノは本気で、雲雀と同じ運命を行くと決めているのだ。

 雲雀は呆れたため息で、涙が出そうなほどの嬉しさをごまかした。

「それじゃ、恭弥。ちょっとボスの肩に手を置いてくれ。全体の様子を調べる」

 ロマーリオに言われて、雲雀は手をディーノの腋の下から肩に回した。その腕に、ディーノが袂を掛けると、ふたたび雲雀を抱きしめる。

「どうだ、ロマーリオ?」

「薬品自体は、この試験管1本だけみてーだな。あとは発火させる仕掛けがどうなってるか、だが……」

 雲雀越しに、ディーノとロマーリオが言葉を交わす。ディーノの胸ですっかり視界が塞がれている雲雀は、自分の頭上で進む展開を、ただ聞いているだけしかできない。

「前に配線が回ってるかな?」

 つぶやきながら、ロマーリオが雲雀の帯を前に向かって辿る。

「あっ、こら! オレの恭弥だぞ、そんなとこ触ってんじゃねーよ!」

「わかってるよ、ボス。調べるためなんだから、ちょっとくらい目つぶってくれよ」

「ダメだったらダメだ。いま、恭弥の胸に触ったろ!!」

「触ってねーって!!」

「いーや、絶対ぇ触った! 恭弥の胸触っていいのは、オレだけなんだぞ!!」

「だから触ってねーって!! 配線は細かくて難しーんだから、静かにしててくれよ、ボス!」

「うるさいよ、耳元で騒がないでくれる」

 ディーノとロマーリオの不毛な言い争いは、雲雀の鶴の一声でぴたりと止む。ディーノは気まずそうに口を噤み、ロマーリオは気を取り直して発火装置の確認に戻った。

「そういや、恭弥の着付けをした奴、見つかったか?」

 話題の軌道を修正しようと、ディーノは命じていた件の結果を尋ねた。ロマーリオは残念そうに首を振り、「ダメだった」と答えた。

「ホテルに確認させたが、恭弥を着付けたら、すぐに姿を消したそうだ。何人かに後を追わせてるが、どーだろーな。発火装置の作成が得意で、着物の着付けができる奴を、同業のネットワークで探したほうが早そうだ」

「…そうか」

「そっちももう指示してある。…で、ボス。どうやら、帯の結びを解かなけりゃ、大丈夫みてーだ。帯を切って、結びを残したまま恭弥から外して、その後は帯ごと処分だな」

 中腰になったり膝をついたりして、目の高さを合わせて帯を調べていたロマーリオが、立ち上がってごきごきと腰を鳴らした。

「…恭弥によく似合ってたから、ちょっと残念だがな」

「仕方ねーな。恭弥の命にゃ代えられねー」

 緻密な織模様の帯は、振袖に負けず劣らずの一級品なのだろう。ダメにしてしまうのは惜しいと雲雀は思う。なにしろ、自分ではたぶん、必要になっても手を出しはしない価格の代物だ。

「ねえ。なんとかして、切らないで解くことはできないの?」

「できなかねーが、勧めねーぞ」

 訊ねると、ディーノではなくロマーリオが、実に苦い顔で答えた。

「帯結びそのものが装置にされてる。薬品の種類もわかんねーし、装置を解体するにはオレじゃ手に余るな。この手の方面が得意な奴はイタリアにおいてきちまった。奴を呼ぶか、それとも今回の殺し屋を探し出して解体させるか、どっちにしても今日明日は無理だ。発火装置は方法が見つかるまで恭弥の背中にくっついてることになる」

「それはダメだ。絶対にさせられねー。いつ発火するかわかんねーもんを、恭弥につけたままなんて…!」

 ロマーリオの説明が終わるかどうかのうちに、それを遮るようにしてディーノが声を上げた。大事なクマさんを誰にも取られまいとする子供のように、雲雀をぎゅっと抱くディーノの剣幕に、雲雀は降参する。

「わかったよ。余計なことを訊いた。もう言わないから、頼むよ」

「了解」

 ロマーリオがスーツのポケットから、よく手入れされているナイフを取り出した。雲雀の帯に手を掛け、刃を立てる。

「あ、待てっ!」

 そのまま切ってしまおうとするロマーリオに、ディーノが鋭く制止をかけた。いったい何事かと、ロマーリオと雲雀が顔を上げる。

「着物って、この帯で脱げねーよーにしてるんだろ? だったら、ここで帯切ったら、ロマーリオに恭弥の裸見られちまうんじゃねーか!」

 がんっ!

 間髪いれずに、雲雀の拳がディーノの顎に炸裂する。

「そんなわけないでしょ。腰紐使ってるから、帯がなくても脱げたりしないよ」

「……悪ぃ」

 アッパーカットを喰らっても雲雀を抱く腕が緩まなかったのは、さすがディーノだ。若干涙目になっているのは、至近距離のアッパーカットに耐えたことを思えば、仕方がないだろう。

「じゃ、やるぜ、ボス」

「お、おう」

 そして、帯にざっくりとナイフが入った。




 ロマーリオが帯を持って部屋を出ると、雲雀はあらかじめ用意してあった服に着替えようと、ディーノから離れて腰紐を解き始めた。

「げっ! 振袖って、帯の下でそんながっちがちに縛ってあったのかよ」

「そうだよ。じゃなくちゃ、いくらあんな厚くて重い帯でも、崩れないようになんてできないじゃない」

 何本もの腰紐でしっかりと留めてある振袖を見たディーノは、がっくりと肩を落とす。理由に心当たりがない雲雀は、いったいなんなのかと不思議そうにディーノを振り返った。

「信じられねー…。帯を切ることがなくっても、オレの夢って叶えらんなかったってことじゃねーか……」

「あなたの夢?」

 なにを楽しみにしていたのかと、雲雀は手を止めて訊ねる。

「ほら…、時代劇でよくあるじゃねーか。帯を引っ張って、町娘がくるくる回るヤツ。んで、着物が脱げて、布団でしっぽり……」

 べしっ!

 ディーノの頬がいい音を立てて張り飛ばされる。いってぇ…とディーノが頬を擦っているあいだに、雲雀は腰紐を解く手をふたたび動かし始めた。

「真面目に聞いた僕がバカだった。言っとくけど、お腹に赤ちゃんいるのにくるくる回されたら、絶対危ないから」

「あ……」

 絶句したディーノに、雲雀ははぁ…と心底呆れたため息をついた。自分の子が相手のお腹にいることを忘れる父親というのは、どうしたものだろうか。

 と、ぐいと腰を抱き寄せられて、雲雀はディーノの胸に倒れこんだ。ディーノが近すぎて、どうにも腕が使えない雲雀に代わり、ディーノが嬉々として腰紐を解き始める。

「ちょっと…、自分でできる」

「いいって。くるくる回れねーんだから、このくらいやらせてくれよ」

「は!?」

 そう言う間にも、ディーノはしゅるしゅると腰紐を解いて、雲雀の肩から振袖を滑り落とす。そして、長襦袢姿になった雲雀を抱き上げると、ベッドの上にそっと降ろした。

「悪ぃ…。オレのどーでもいい憧れは、別にして……恭弥が無事でよかったって、いまはそれで頭がいっぱいで……もー、恭弥にしたいことしか、考えられなくってよ…」

「したいことって」

 ディーノがベッドに横たえられた雲雀に覆いかぶさるように迫るので、腹の子のことが気になる雲雀は困ったように眉を寄せた。

 そんな雲雀に、ディーノは腹を圧迫しないように気をつけながら圧し掛かってキスをすると、雲雀の腹に顔を摺り寄せた。

「赤ちゃんなら、まだなんにもわからないよ」

「いーんだよ」

 ディーノが腹の子の様子を探っているのかと思った雲雀は、ため息混じりにたしなめる。ディーノは機嫌よさそうに口元を緩めた。

「こーして、恭弥がいるって感じられるのが、たまんなく幸せなんだ」

「ふぅん」

 腹にぺったりくっついている金色の頭を見下ろして、そういえば、この場合は子供の髪の毛って何色になるのかなぁと、雲雀はのどかなことを考えた。

「恭弥」

「なに?」

「今日さ。オレ、ちょっと、恭弥の強さに甘えてたなって、思った」

「なにそれ。僕が弱いってこと?」

 むっとした雲雀は、ディーノの髪を引っ張った。ハゲたらどーすんだ、とディーノは引っ張られたところを擦る。

「そうじゃなくて。恭弥が強いのはよく知ってるけど、オレはそれに安心してちゃいけねーんだなってことさ。…だって、恭弥と結婚するって、子供出来たって、それだけですぐに恭弥に殺し屋が向けられるなんて、考えてもなかったんだ」

「普通は考えないものじゃないの?」

「普通ならな。けど、オレは考えてなきゃいけなかった。キャバッローネ・ファミリーそのものも、ファミリーの跡継ぎができるってことも、そんなに軽いはずがなかったんだから」

 起き上がって向かい合わせになったディーノの懺悔を、雲雀は眉ひとつ動かさずに聞いた。そこには、責める表情も、醒めた表情もない。ただ、ディーノの悔恨を一緒に噛み締める。

「オレがもっと、浮かれたりしねーでいれば、恭弥をこんな目に遭わすことはなかった。本当にすまなかった。謝って許してもらえるような、そんな簡単なことじゃねーって、わかってるけど、でも……」

「それで?」

「……え?」

「それで、どうなの。謝罪なんていらないよ。弱音はもっといらない。あなたはいまどう思ってるの。これからどうするの。僕はそれだけ聞ければ、充分」

「恭弥……」

「ほら。いまなら、聞いてあげる」

 雲雀の口調は素っ気なかったけれど、ディーノにはこの上なく優しく聞こえた。ディーノの顔に、嬉しそうな、誇らしげな笑顔が浮かぶ。

「オレ…、恭弥を守れてよかった」

 それが、いまこの瞬間の、ディーノのいちばんの本音だった。ようやくのことで引きずり出した言葉を聞いて、雲雀はくすりと笑みをこぼす。

「お疲れ様。赤ちゃんが生まれるまでにまた同じことになったら、そのときもよろしく」

「おう、任せとけ」

 気持ちを持ち直したディーノに、雲雀は労いのキスを贈る。ディーノは恭しく受け取り、答礼のキスをした。

 そうしてキスの応酬はすぐに互いに貪りあうキスに変わり、ディーノと雲雀は大切なものを守り抜いた歓喜に溺れたのだった。


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