君、死にたもう事勿れ 01

 イタリアのボンゴレ本部で、山本は久しぶりに会う人に呼び止められた。

「ディーノさん」

「久しぶりだな。お前でいいや、ちょっと時間もらえるか?」

「いいっすよ」

 同盟ファミリーのボスであるディーノは、こうしてよくボンゴレ本部に出入りしている。中学生の頃からの付き合いだ、下手すれば身内であるボンゴレの構成員よりも親しい存在だった。しかし、ディーノがここへ来るときに用があるのはもっぱら綱吉で、別室に誘われた山本は違和感も少し覚えた。

 手近な部屋に入り、応接セットに向かい合う。ディーノなら、アポイントなしでも綱吉に会える。そのディーノが、綱吉ではなく自分に、しかし『お前でいいや』と言ったということは、山本でなくてもよかったということ。守護者に用があったということだろうか。ならば、ディーノの話は雲雀に関することだと、山本は推測の結論を出す。

「忙しいのに悪いな。恭弥のことなんだ」

「いいすよ。ヒバリはあんまりこっちに来ねーから、オレが知ってるかどうか、わかんねーすけど」

「いや、ボンゴレの仕事で出てるのは知ってんだ。この前会ったときに、それでしばらく会えねーって言ってたし。そうじゃなくて、恭弥が担当してる仕事の中身が、ちょっと気になってな……」

「ヒバリの仕事?」

「そう。オレがツナに訊いたら、どんな注意を引くかしれねーし、オフレコでちょろっと聞けたら、それでいいんだけど」

 ディーノの話を聞いた山本は、んーと眉を寄せて考える仕草をした。なにか不都合があるのだろうか。穏やかな表情だったディーノも、ふっと真顔になる。

「オレが聞いてる範囲じゃ、いま、ツナはヒバリに仕事振ってなかったと思ったぜ。守護者で出払ってるのは、ランボと笹川兄だけだったはずだ。獄寺は通常任務だし、骸…っつかクロームも、いつも通りだしな。…ヒバリ、振られた仕事ねーのをいいことに、また自分で勝手に動いてるんじゃねーすかね?」

「なら、いいんだけどな」

「珍しいすね、ディーノさんがヒバリの仕事気にするなんて」

 雲雀に限らず、ディーノはボンゴレの親しい面々と、いま関わっている仕事の内容を個人的な立場で話したことはなかった。山本の覚えている限りでは、こんなことは初めてだ。

「オレでよければ、ヒバリの現況、確認しましょうか? たぶん、ツナか草壁さんのどっちかは、把握してるはずだし」

 黙り込んでしまったディーノを気遣うように、山本が提案する。確かに、山本ならば、綱吉に訊いたところで大して注意も引かない。

 しかし、ディーノはゆっくりと首を振った。

「恭弥が言っていかなかったんだから、これ以上はやめとくよ。ただ、ここだけの話ってことで、頭に入れといてもらってもいいか?」

「ヒバリの所在っすね」

「いや、恭弥のことじゃなくて。ここんとこ、おかしな動きをしてるグループがある。アルトゥリ・カンパニーっていう、中規模の商社だ。マフィアとは関係ねー会社のはずなんだが、ここんとこ、裏のパーティやら何やらで、やたらと名前を聞くんで、ウチの方で、先日から調査を始めた」

「アルトゥリ・カンパニー」

「ああ。恭弥が仕事だって言って出たのは、その話をした後なんだ。もしかしたら、ボンゴレの方にもなにか動きが出てくるかもしれねー」

「了解っす。アルトゥリの話が出たら、気をつけときますよ」

「頼むぜ」

 ディーノは立ち上がり、山本の肩をぽんと叩く。うなずいた山本は、ディーノを玄関まで送っていった。



「アルトゥリ? 聞いたことあるよ」

「確か、先週のレセプションのときだったっけな」

 午後のコーヒーブレイクで、それとなく話題にしてみたら、反応はあっさりと返ってきた。綱吉と獄寺の様子で見る限りでは、そう気にするほどの存在でもなさそうだ。しかし。

「どうしたの、山本? あの会社が、どうかした?」

「いや、なんかあるってほどじゃ、ねーんだけどな」

「なんだよ。気になることがあるなら、ちゃんと10代目に報告しろ」

「いや、まだそこまでの話にもなってねーからよ。も少しはっきりしたらな」

 綱吉が自ら出席するレセプションに、まっとうな中規模会社は参加しない。綱吉と獄寺の問いをかわしながら、山本はディーノの勘は案外当たっていそうだと思った。





 メタルフレームの眼鏡越しに、雲雀は部屋の奥で新聞を読む男を盗み見る。

 アルトゥリ・カンパニーの代表である、タッソ・アルトゥリ。ディーノより、10歳は上だろうか。穏やかで優しそうに見えるが、冷たい目つきの男だ。

「シニョリーナ・チリエージョ。午後の予定は、どうだったかな? 買い物をして帰りたいんだが、時間はありそうか?」

「はい、社長。午後は、1時から企画会議で来期の新規取引について最終決議をいただいた後、2時半からベネッセレ専務と打ち合わせ、3時にディセーニョ社のレダットーレ様がお見えになります。お客様がお済の後、決裁書類に目を通していただいて、本日の予定は終了となります」

 淀みなく予定を読み上げた雲雀に、アルトゥリは、買い物のために夕方は早く社を出ると告げた。うなずいた雲雀は、社内サイトにアルトゥリの予定を入力する。

 雲雀が〝チリエージョ・カヴァッロ〟という名でアルトゥリの秘書になって、今日で半月になる。雲雀はここで、メタルフレームの伊達眼鏡で変装し、社長秘書らしく黒いビジネススーツに身を包んで、密かに情報収集をしていた。

「社長。営業部から上がってきた、会議の資料です」

「ありがとう」

 誤字と乱丁のチェックを済ませた資料を、アルトゥリの机まで持っていくと、アルトゥリは手を伸ばして受け取った。ついでに手を握られそうになって、雲雀は無表情に手を引くと、自席へ戻る。

 女を強調して採用を手に入れた以上、アルトゥリが雲雀を愛人にしたがっていることは気付いていた。虫唾が走るが、円滑な情報収集のためには手札は多い方がいい。多少のセクハラには耐えるつもりだが、接触は御免だ。

 懐かない猫を手懐ける楽しみを見出したのか、そんな雲雀にアルトゥリは含むところのある笑みを浮かべて、資料を読み始めた。




 アルトゥリが会議や来客で席を外している時間が、雲雀の貴重な活動時間だ。IDでパソコンの使用状況をシステム部に把握されている以上、調べ物は閲覧記録の残らないペーパー資料しか使えない。雲雀は少しでも使える時間を多く残そうと、資料室に急ぐ。

 社内にもアジア人は少なくなかったが、雲雀のようなオリエンタル・ビューティとなると、目立ってしまうことはやむをえない。だが、そんな視線に無頓着な雲雀は、気にすることなく資料室に滑り込んだ。

 営業資料の柵まで行って、先日の続きのファイルを抜き出す。そこには、取引先の業績調査の結果と担当者所見が記載されていた。今年に入ってから、ボンゴレやキャバッローネの表会社の情報が加わっていることを見つけ、記載内容を確かめにかかる。

 資料は着々と集まっている。アルトゥリがマフィア社会への進出を狙って、地固めをしていることは明白だった。

 雲雀は、新規参入自体は、好きにすればいいと思っている。見過ごせないのは、アルトゥリが裏社会への進出に当たって、ボンゴレやキャバッローネが確保している既存市場の秩序を乱し、侵食していることだった。

 雲雀がアルトゥリの話を聞いたのは、ディーノからが初めてではなかった。だからこそ余計に気になった。結果、直感を信じて大正解というわけだ。

 キャバッローネに手は出させない。そのためには、盟主であるボンゴレ諸共守らなくては。そう決めて、雲雀は運良く行われていたアルトゥリ・カンパニーの社長秘書の募集に、偽造した履歴書で応募したのだった。

 アルトゥリが女としての雲雀に興味を持ったと感じたのは、最終面接で顔を合わせたときだった。咄嗟に利用できると思った雲雀は、アルトゥリの気をさらに引いた。思わせぶりに目を使い、ストイックな色気を演出し、けれど素気無くアプローチをかわして。連日のセクハラには時折キレそうになるけれど、目的を達成するためには多少は仕方ない。そうして、アルトゥリの口が軽くなるのを、雲雀は虎視眈々と待っている。

 キャバッローネとボンゴレのページを読み終えた雲雀は、一般的な内容に留まったそのページを放置することに決めて、ファイルを柵に戻す。そろそろ、アルトゥリが会議から戻ってくる時間だった。社長室の自席で、彼を迎えなくてはならない。

 眼鏡を掛けなおし、雲雀は資料室を出た。




「シニョリーナ・チリエージョ、たまには一緒に食事でもどうかな?」

 夕方、退社直前のアルトゥリが、食事の誘いをかけてきた。雲雀はずっと睨んでいたパソコンのモニターから目を上げると、アルトゥリを振り返る。

「申し訳ありません、社長。まだ、社のことを理解しきっていませんので、残って勉強したいのですが」

「社のことなら、私が教えるよ」

 アルトゥリが食事だけを目的にしてはいないことは、雲雀もよくわかっている。ここで誘いに乗れば、たぶん翌朝は彼の隣で目覚めることになるだろう。冗談ではない。

 ボンゴレに属するマフィアとして、雲雀はこれまで、様々な局面で自分が女であることを活用してきた。だが、誓って、ただの一瞬も、ディーノに恥じるようなことをしたことはない。それが雲雀のプライド。

 だから、アルトゥリの誘いを利用すればもっと楽に核心を探れるとわかっていても、雲雀は誘いを受けない。

「せっかくなのですけれど。早く、社長のお役に立てるようになりたいのです。今日は失礼させてください」

 重ねて辞退する雲雀に、あまりしつこくするのも得策ではないと判断したのか、アルトゥリは仕方なさそうに諦めた。

「それでは、お先に失礼するよ」

「お疲れ様でした」

 退出するアルトゥリを、立ち上がって雲雀は見送る。扉が閉まると同時に、ジーという低い電磁音が室内に響くのを雲雀は聞きつけた。

 彼が帰った瞬間に、室内の監視カメラが作動することは、調査済みだった。予想通りに動き出したそれが、雲雀の行動のみならず、手許で閲覧している書類の内容さえ捉えていることも、わかっている。

 雲雀は堂々と、自分に閲覧を許されている資料を広げて、その内容を研究し始めた。

 カメラには、雲雀の研究の方向性までは、写らない。





 山本がディーノから聞いていた話を綱吉にしたのは、結局、それを聞いてから3日ほど後のことだった。

「お兄さんの報告でね、最近、銃火器の流通がおかしいらしいんだ」

 ボンゴレ本部の、綱吉の執務室。雲雀を除いた守護者が全員、顔をそろえていた。綱吉発案の円卓に、それぞれ好きなように席についている。

「おう、極限調べてきたぞ。全部忘れたがな!」

「それはもういい」

 自慢げに言い切る了平に、聞き飽きた獄寺がつっこんだ。綱吉は報告書があるからねと言って、話を続ける。

「以前は、どこからいくつ仕入れたものが、どこへいくつ行くのか、コミュニティでちゃんと把握できてた。それがいまは、完全に混乱して、流れどころか数量さえ、はっきりとした数字がわからない。それがいまの市場の状況だ。で、ランボ」

「ちゃんと、調べてきましたよ。市場の混乱と、アルトゥリ・カンパニーの参入は、ほぼ同時期です。巧妙にカモフラージュされてますが、武器商を何軒か回ったら、しっぽらしいものが見えてきましたので、辿れるところまで辿ってきました。アルトゥリ・カンパニーの仕業と確定して、問題ないでしょう」

 戻ってきたばかりのランボは、書面で提出するより先に、口頭で報告をした。聞いていた獄寺が、あごに手を当てて考える。

「となると、次に問題になるのは、奴らの目的…」

「そうだね、獄寺君。ここまで流通を混乱させられて、アルトゥリ・カンパニーがコミュニティに受け入れられるとは思えない。彼らは、なにを狙ってこんなことをしているのか…」

「それなら、たぶんヒバリが使えるぜ」

 割って入ったのは、山本だ。ディーノに聞いた話を、全員に聞かせる。

「正確な時期は知らねーけど、オレがディーノさんと会ったのが3日前だ。そのときの様子と、ヒバリのスケジュールから、ヒバリは1ヶ月近く前から動き始めてたと見てまず間違いねーと思う。あいつなら、それだけの期間があれば、充分使える情報を手に入れてるはずだ。オレらがいまから動くより、あいつの指示を受ける方が早い」

「ということは、ヒバリ待ちだな!」

「それがいちばん、確実そうだね」

 了平の言葉に、綱吉はそう結論を出して。

「これから、ボンゴレ・ファミリーはアルトゥリ・カンパニーを敵対組織として認定する。山本。ディーノさんに、ボンゴレはヒバリさんを待つってことと、連絡があり次第いつでも動けるってこと、連絡してくれるかな」

「了解、ボス」

 綱吉の決断に、守護者たちは最敬礼で答礼した。





 電話でも済ませられる用を、わざわざ会いに行って伝えたのには、少しディーノと話をしてみたかったからだった。

 山本は、キャバッローネの城の奥、ディーノの執務室で、ディーノとコーヒーを飲んでいる。

「話はわかった。ツナには、キャバッローネもこの件には関心を持ってて、こちらはこちらで調査を進めてるってこと、改めて伝えてくれ。いまのところ、こっちで掴んでる情報はボンゴレとほぼ同じだけど、一応、報告書のコピーを送っとく。今週中には、オレ自身が、アルトゥリ・カンパニーに接触してみようと思ってるから、その結果も、報告するな」

「オッケーす。…それにしても、ディーノさんてすげーすよね。オレなら、恋人と何日も音信不通って、堪えらんねーすよ」

 ブラックのコーヒーに口をつけながら、山本は心底感心する口ぶりで切り出した。それは、先日話を聞いたときから、ずっと山本の中にある感想だ。自分なら、行かせないかついて行くか、どちらかにすると思う。

「んー…、正直、オレもきついときあるぜ。会いてーと思っても、連絡がつけばラッキーで、本当に会えることはそうなかったりする時期もあるしな。無茶してねーかとか、心配なこともあるし」

「それでも、ヒバリをボンゴレから抜けさせることは、しねーんすね」

「それが、恭弥の魅力のひとつだからな」

 そう言いながらも、ディーノの本音では、城の奥深くに住まわせて、外には出したくないのだろう。危険かどうかも関係なく荒事に飛び込んでいく雲雀の性格を考えれば、無理もないことであり、同時に無理なことでもあるけれど。

「恭弥は剣で、オレが楯。それがオレたちなんだと思う。キャバッローネにも、ボンゴレにも、な」

 自信に満ちたディーノの微笑みは、それが昨日今日に培われたものではないことを伺わせる。それこそ、初めて並盛中の応接室で出会った、あの頃からずっと続いているのだと。

「いいっすね、そういうの」

「だろ? ま、プライベートじゃオレが剣で恭弥が鞘なんだけどな」

「それ、ヒバリが聞いたら、咬み殺されますよ」

 照れ隠しでおどけたディーノに、山本はひどくもっともなつっこみを入れた。途端に、ディーノは慌てて付け加える。

「そこのところは内緒な方向で」


Page Top