ボンゴレより愛をこめて 02

 ロマーリオの携帯電話に息子ほども歳の離れた友人から電話が入ったのは、ディーノの執務室で必要な書類を選っているときだった。

「おう、どーした? 恭弥のことか?」

 電話に出るなりそう言うと、通話相手の草壁は深々とため息をついた。

『やっぱり、恭さん、そっちに行ってたか』

「なんだ、恭弥の奴、誰にも言わねーでこっち来たのかよ。心配いらねーぞ、恭弥ならボスのベッドで熟睡中だ。起きるまで寝かせとくって話だから、しばらくあのままだな」

『悪ぃ、おっさん。恭さん、何日も寝てねーんだ。よろしく頼むよ』

 ほっとしたような、けれどどこなく悲しそうにも聞こえる草壁の声を聞きながら、ロマーリオは煙草を咥えて火をつけた。

「安心しろ、ボスがベッタベタに甘やかしてるからな。そっちに帰る頃には充電100%だろーぜ」

『ドンに、恭さんはいま仕事が立て込んでるので、御配慮くださいって伝えといてくれ』

「一応言っとくけど、期待すんなよ」

 ロマーリオがにやりと笑うと、草壁の苦笑いが響いた。

「とにかく、恭弥はこっちで責任もって預かった。なにかありゃ、連絡するよ」

『よろしく頼む』

 終話ボタンを押したロマーリオは、少しの間、手の中の電話を眺めていた。

 様子のおかしい、雲雀と草壁。

 兆候を、掴んだ。




 予告なしでやってきた雲雀は、次の日の昼前にふらりと帰っていった。

 雲雀がいるあいだ、ずっと寝顔を見守ることになったディーノは、帰る雲雀を見送りながら、オレは安眠抱き枕か、と内心で自分ツッコミする。もちろん、昨晩には逆襲させてもらったが。

「ボス。ちょっといいか?」

 玄関ホールから呼ぶロマーリオの声に、ディーノは中へ入ると執務室に向かった。

「悪かったな、面倒かけて」

 一歩後ろをついてくるロマーリオに謝ると、とっくに慣れてしまったロマーリオは肩をすくめて応える。

「それにしても、恭弥が眠れないなんて、初めてだ。昔っから、どこででもすぐ寝る奴だと思ってたのに」

「それなんだけどな、ボス。ボンゴレが動き始めたんじゃねーかと思うぜ」

 執務室のデスクに着いたディーノは、興味深そうにロマーリオを見上げた。

「もしかして、チフラの件か?」

「そうだ。それも、恭弥が担当で」

「っあ~! そう来たか!!」

 聞くなり叫んだディーノは、両手を前髪に突っ込んでのけぞった。執務室内にいた何人かの部下が驚いて振り向いたが、ロマーリオは気にするなと手を振り、人払いする。

「くっそ、すっげぇ警告。ツナの奴、絶対ぇ最近腹黒度上がってるぞ」

 苦虫を噛み潰したようなディーノの頭の中で、パズルのピースが勢いよく揃い始めていた。

 ボンゴレの反感を買ったチフラ。その確証がないうちは、関係を断てないキャバッローネ。チフラを敵視するボンゴレ。久しぶりに来た雲雀は眠れていなかった。状況証拠は充分だ。

「ちくしょう、ツナ、いくらおおっぴらにオレに警告できねーからって、恭弥使うことねーだろがよ……」

 前髪を両手でかき上げて、そのまま頭を抱えたディーノは、複雑な顔でうめいた。

 もう、本当に、綱吉はボンゴレという巨大組織を動かすのに必要な計算高さをどんどん身につけている。ボンゴレのボスという立場から離れた、綱吉個人は、いまでも素直で素朴なままの、優しい青年なのに。

「ロマーリオ。本社の担当に連絡。チフラとの契約を白紙に戻して、該当物資は仕入ルートを再検討。チフラにはオレから謝罪を入れるから、アポイント取ってくれ」

「じーさんはどうするんだ?」

「じーさんにも、別個で挨拶に行く。じーさんなら、オレの恋人のためって言や、納得してくれるさ」

 心を決めたディーノは、次々と指示を出す。それらをすべて受け取ったロマーリオは、表の本社に連絡を取るべく、電話を取り上げた。





 午後、雲雀を出迎えた草壁は、キャバッローネの城に行く前とまるで違う雲雀の様子に、安堵のため息をついた。

 1日半ディーノと過ごして、雲雀は悠々と歩く黒豹のような迫力を取り戻していた。

「おかえりなさい、恭さん」

「ただいま。心配かけたね」

「……そう思うのでしたら、せめて置手紙くらいして行って欲しかったです」

 草壁の苦言に、雲雀はふっと軽い微笑を浮かべた。そのまま、執務室へ進んでいく雲雀の一歩後に、草壁が続く。

「なにか、動きはあった?」

「いえ、特にありません」

「そう」

 執務室に入り、デスクに着くと、雲雀は人払いをして草壁とふたりになった。

「今度のチフラの指令だけど」

「はい」

「哲は、僕があの人を殺してチフラを潰すと思ってる?」

「いいえ」

 草壁は間違いなく自分がディーノを殺すと思っているだろうと推測していた雲雀は、意外な草壁の返事を聞いて面白そうに草壁を見上げた。

 雲雀の視線の意味に気付いた草壁は、さらに言葉を続ける。

「今回の件、キャバッローネがチフラの支援から簡単には手を引かないだろうというきわめて確実性の高い予測から、ドンを殺すことが手っ取り早くて確実という方向が打ち出されていますが、根幹だけを見るとチフラを潰すことができれば方法はなんだってよいわけです」

「そうだよ。さすが、哲もそこに気付いたね」

「ドンを殺すというファクターが入ったのは、いわば派生的なものですが、しかしキャバッローネが現状のままでは、チフラを潰すことがままならないことも確かです」

「いいよ、続けて」

「すると、こういう発想が可能になります」

「うん」

「つまり…、ドンに、チフラに対して感じている恩義を、手放してもらえばいい」

「いい着眼点だ」

「その観点から考えれば」

「僕がチフラの誰か…できれば、社長か会長のどちらかに、彼の目の前で殺されるのがベスト」

 草壁のセリフを遮るように、さらりと恐ろしい内容を口にして微笑む雲雀に、草壁は息を飲んだ。

「…言ってみただけだよ。そんな顔しないでくれないか」

「冗談でも、言わないでいただきたかったです」

「わかったよ、もう言わない。そんなに怒るなよ」

「怒りますよ。趣味が悪いにも、程というものがあります」

 夜中にいなくなってさんざん心配した後とあっては、いくら草壁でも聞き流すわけにはいかない。お説教が始まりそうだと感じた雲雀は、急いで話を元に戻した。

「わかったってば。それで、その観点から考えたらどうなるの?」

「ドン・キャバッローネを殺す必要は、ないということです」

「それで?」

 雲雀に先を促されて、草壁はえっ? と言葉に詰まった。

「恭さん」

「なに?」

「それが結論じゃ、ないんですか?」

「違うよ」

 当然のようにそう言った雲雀を、草壁は困り果てた顔で見つめる。雲雀は仕方なさそうに口を開いた。

「あのね、哲。それが結論なんだったら、僕はあの指令を見たときにわかっていたし、何日も寝不足になったりなんてしなかったんだよ」

「では、いったい…」

「なんのために、あの指令はあれしか書いてなかったのか。沢田綱吉の考えを、彼を見縊らずに、想像してみることだね」

 微笑んだ雲雀は、ご機嫌な黒豹のように美しかった。




 晴れた冬の午後らしい、柔らかくて暖かい日差しの差し込む部屋で、ディーノはロマーリオに、チフラとの決別を決めた理由を説明していた。

「ツナは、オレに警告したかったんだ。このままチフラとの関係を保ち続けたら、ボンゴレの敵になるってよ。ツナは確かにボンゴレのボスだけど、キャバッローネがそうなように、ボンゴレもツナの個人的な感情だけで好きにできるほど小さな組織じゃねー。ボンゴレがチフラを敵視することを止められないなら、ツナに残された道はオレに警告して事なきを得ることだけだ」

「なるほどな」

「だけど、ツナにはそうできない事情があった」

 ディーノの話の向かう先が読めず、ロマーリオは首を傾げる。



 雲雀から綱吉の思惑を聞いた草壁は、確かにその通りだとうなずいた。

「チフラは、キャバッローネと繋がっているからという理由で見逃すには、やり方が悪すぎました。もし沢田が見逃しても、他の幹部が指摘していたでしょう」

「さて、そこで訊くよ。哲、マフィアの掟を覚えてる?」

 楽しそうにも見える雲雀の問いに、草壁は当然だとうなずく。

「もちろん、すべて覚えていますよ。とりわけ象徴的なものと言うなら、『裏切り者には死あるのみ』ですね」

「なら、沢田綱吉がどういうジレンマに陥ったのかは、わかるね?」

 雲雀の指摘しているものがなにか、ようやくわかった草壁は、あっと叫んだ。



「そう。キャバッローネに警告することは、ボンゴレを裏切ることになる。裏切り者には死あるのみ。ボスであるツナも、その掟から免れはしない。いや、ボスだからこそ、誰よりも厳密に行動と掟の整合性を問われる」

 それは、綱吉と同じくボスであるディーノも日ごろから常に持っている意識だ。ボスだからこそ、誰よりも。ディーノには、綱吉のジレンマが痛いほどよくわかる。

「それじゃ、ボンゴレの10代目ボスは、なにを考えて恭弥にこの任務を…?」

 雲雀にチフラへの制裁の任務を任せたところで、それが直接キャバッローネへの警告になりはしない。

「そりゃ、恭弥がオレに警告することを期待…いや、予測してたってほうが、正しいか。もっとも、昨日の恭弥はただ、眠かっただけだけどな」

「恭弥が眠いことが警告なわけはねーだろ、ボス」

「当然。そうじゃなくて、恭弥が眠れなくなったってオレに教えることが、ツナにできた精一杯だったってわけさ」

「それが警告だって? 恭弥が眠れなくなんねーで、ボスのとこにも来なかったら、どーなってたかもわかんねーのに?」

 ロマーリオの問いかけに、ディーノは私見だけどと前置きしてから、答えた。

「ツナは、恭弥とオレの関係に、賭けたんだと思うぜ」



「沢田は、そこまで考えたと言うんですか。恭さんなら、誰の咎にもならないようにキャバッローネへ警告すると、そこまで読んで恭さんにこの任務を振ったと……」

「そうだよ。なにがなんでも…それこそ、命を懸けてでもキャバッローネを助けたいと思うのは、彼の他なら僕だからね」

 絶句する草壁に、雲雀は説明を続ける。

「最初は暗殺指令かと思ってぎょっとしたけど、確認したら好きに処理していいって言うからさ」

「恭さんの好きに…。なるほど」

「だから、僕は寝ないで考えたよ。誰も裏切り者にならずにキャバッローネに警告する方法をね。失敗すれば、僕かあの人のどちらかが死ななくちゃならなくなる」

「それで、ドンを殺すのか訊いた私の言葉に、答えなかったのですね…」

「殺したいわけじゃなくても、最悪、僕があの人を殺すことになること自体は、間違っていなかったからね。おかげで、最後にはあの人をこの手で殺す夢まで見始めて、余計に眠れなくなったけど」

「そして、それほど恭さんが考えた結論が、ドンのところへ眠りに行くことだったというわけですか」

「あの人なら、僕の睡眠欲のことはよく知ってるからね。たぶん、何かを感じ取ってくれるだろうと思ったよ。もっともこれは、あの人の家で起きたときに気付いたんだけどね」

 眠りたくて衝動的に向かう先がディーノのベッドとは、これでは綱吉に上手く利用されても仕方ないか、と、雲雀は笑った。



「なんにせよ、オレはツナの警告に気付けた。だから、この件はもう終いだ」



「僕がボンゴレにいたからできた、まあ、荒業というか裏技というか。成功したからなんだっていいよ」





 12月始め、ボンゴレ本部では、前回の守護者会議でそれぞれに割り振られた任務の進捗状況の報告がされていた。

「…よって、チフラ・カンパニーは主幹事業からの撤退を余儀なくされ、事実上の廃業が確定した。この任務の遂行に当たって、ボンゴレ側の損失はゼロ」

 ディーノがチフラから手を引いて、雲雀は易々とチフラの事業を停止に追い込むことができた。

 淡々と報告書を読み上げた雲雀は、「明日のお天気は晴れです」と言っただけのような顔で席に着く。損害ゼロの言葉に、山本やランボは感嘆の眼差しを雲雀に向けた。

「お疲れ様でした、ヒバリさん」

「本当に疲れたよ。ニュー・イヤーが過ぎるまで、僕もう仕事しないから」

 労う綱吉を振り向きもせず、雲雀は書類をさっさと片付けると、円卓を立つ。

「あっ、ちょ、おい! 勝手に帰んな!」

「貴様、来月中旬まで勝手に休暇とは、どういうつもりだ! 極限納得いかんぞ!!」

 獄寺と笹川兄の怒鳴り声も意に介せず、雲雀はキャリーケースを小脇に挟んで、「じゃ、よろしく」と座を見回した。

「おい、ヒバリ! てめー、クリスマスすっぽかす気か!」

「極限許さん!! プレゼントを楽しみにしてる奴らはどーするんだ!?」

「うるさいね。君たちと違って、僕はクリスマスも新年も、一緒に過ごすアテがあるんだよ。僕と一緒に草壁も冬の休暇に入るから、なにかあったら馬に連絡して」

 最後の一言は綱吉に向けて言うと、雲雀はすたすたと歩き出した。これから1ヶ月半丸々、ディーノとふたりで冬期休暇だ。

 年末年始はディーノが出席しなければならないパーティも多くて、パートナーとして同行する雲雀もなかなか多忙になる。どのくらい城でゆっくりできるかな、と、雲雀の意識はすでにそちらへ向いていた。

 後に残った獄寺と笹川兄は怒り叫び、山本は「雲雀とディーノさん、ほんと、ラブラブなのな」と笑い、ランボは仕方なさそうにため息をつき、クロームは「いいなぁ。私も骸様とクリスマスしたい」とつぶやく、そのどれもを鮮やかに受け流して、雲雀は退出する。

 その背中を見送って、ディーノと過ごす冬を雲雀がどれだけ楽しみにしているか想像がついた綱吉は、満足そうに笑った。


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