「まさか、恭弥とこんなとこ来ることになるとはね」
優雅な雰囲気のサロンで、ゆったりとした応接ソファセットに腰掛けて、ディーノが居心地悪そうに辺りを見回す。その横にいかにも恋人らしく座る雲雀は、ふてくされて視線を足元に落とした。
「僕だって、来る予定なんか、これっぽっちもなかったんだけど」
周囲には、シチリアやコルシカの海の写真や、コモ湖やアルプスの緑の写真が飾ってある。どれも瀟洒な教会が写っていて、とてもロマンティックな構図だ。
「お待たせいたしました」
ディーノと雲雀の妙な雰囲気を知ってか知らずか、やたらとにこやかで親しげな女性が、分厚いファイルを持って近づいてきた。二人の座るソファの向かい側に腰を下ろすと、隙のないきれいなお辞儀をする。
「お二人を担当させていただきます、エリッセと申します。全力でお手伝いさせていただきますので、お聞きになりたいことや御心配なことがおありでしたら、どうぞ御遠慮なく、御相談くださいね」
お辞儀を返すディーノと雲雀にそれぞれ名刺を渡して、エリッセは持ってきたファイルの中から１冊のカタログを取り出し、テーブルの上に広げた。
「それでは、改めまして」
まさにマニュアル通りの話の切り出し方なのだろう。エリッセはいったん言葉を切り、少し間を置いてから、続けた。
「ディーノ・キャバッローネ様。雲雀恭弥様。この度は、御結婚おめでとうございます」
延々とエリッセの説明を聞いて、ようやく外に出たディーノは、ぐーっと腕を突き上げて伸びをした。
「うえ～っ、肩凝った。結婚って面倒くさかったんだな」
「本当。こんなことでもなかったら、絶対に来ない」
結婚を控えた女性に見えるように、雲雀は化粧とスカートとパンプスを強いられていた。全身を黒で統一しているのが最後の抵抗だが、それでもスーツに比べればはるかに華やかな出で立ちだ。
「で、どこの教会なんだっけ？」
「その話、ここじゃなきゃダメ？ 戻りたいんだけど」
いらいらと慣れないスカートの裾を気にする雲雀は、のん気なディーノの問いかけにつっけんどんに答える。仕方なさそうに笑ったディーノは、うなずいてタクシーを拾った。
「しかし、恭弥と結婚式することになるとはね……」
ディーノは感慨深げにつぶやいたが、結婚する予定がミジンコほどもなかった雲雀には、たとえこんなことでもなくては挙げなかっただろう結婚式も、ただ面倒なだけだった。
「あ、おかえりなさい、ディーノさん。ヒバリさん。どうでしたか？」
ボンゴレ本部のサロンで、お茶のテーブルを囲んでいた綱吉が二人を出迎えた。サロンには、綱吉のほかに山本とクロームがいる。他の守護者は仕事で出払っているようだ。
万が一の尾行を警戒して、何度かタクシーと地下鉄を乗り換えて帰ってきたディーノと雲雀は、クロームの差し出したお茶を一気に飲み干す。
「一般的な結婚式って、面倒くさかったんだな」
「僕、今すぐ止めたい」
「そっちじゃない方の感想、お願いします」
ふかふかのソファに気持ちよさそうに身を沈めたディーノと、身ごなしを気にしなくてもよい場所へ戻ってこられてほっとした様子の雲雀に、綱吉は苦笑いした。
「悪ぃ、ツナ。さきにあいつらやってくれ。オレ、ちょっと休憩」
「僕、着替えてくる」
お茶のおかわりに手を伸ばすディーノと着替えのためにふらりと出て行く雲雀を、どうしたらよいかわからなくて見ていたクロームに、綱吉は苦笑いのままの顔を向けた。
「じゃあ、山本とクローム、先に報告頼めるかな」
「了解、ボス」
「いやぁ、結婚式の打ち合わせって、照れるのな！」
「だから山本、そこ聞いてないから」
綱吉に突っ込まれて、山本が「あはは」と笑う。そののどかなやり取りを聞くとはなしに聞きながら、ディーノはそもそもの発端を思い返していた。
悪質な臓器売買をするファミリーの情報を得たのは、ランボだった。
結婚を目前にした男女が次々と失踪しているとは少し前からニュースになっていたが、それが実は臓器売買のための誘拐なのだと聞き込んだランボは、それを綱吉に報告。一般市民を食い物にするマフィアの根絶を固く決めている綱吉は、即座に事件の解明と実行ファミリーの排除を決断した。
問題になったのは、結婚を控えたカップルが標的になるという条件だ。花嫁役ができるのは、守護者の中では雲雀とクロームしかいない。さすがに、女装した花嫁はまずかろう。
そして、雲雀がキャバッローネ・ファミリーと強い繋がりを持っていることは、裏社会では常識だった。雲雀とて、いくら仕事でも、ディーノ以外の男と結婚式の話をするのは無理だ。
結果、囮はディーノ・雲雀ペアと山本・クロームペアで行うことになった。クロームの相手が山本になったのは、単純に、消去法によるものだ。ランボは年齢的に無理、笹川兄は腹芸ができず、獄寺は新婚オーラが出せない。
というわけで、本日朝一番で雲雀はディーノに協力を求めに行った。
キャバッローネの城で「結婚式して」と雲雀が言ったとき、ディーノは天国の両親に泣いて感謝したいくらい喜んだ。次の瞬間の「仕事で、だから」という雲雀の言葉で、夢は無残に砕け散ったけれども。
それでも、忙しいボス業務の合間を縫ってディーノがボンゴレに協力することにしたのは、ただひたすら、ウェディング・ドレスを着た雲雀を見たい一心からだ。
こうなったら、もう、打ち合わせの試着でもいい。恭弥の白ドレス！！
さりげなく願いのレベルが低いところは、つっこんではいけない。ディーノだって、雲雀との10年間の付き合いで、どこまでなら確実に実現できる望みなのかを量れるようになっている。
ちなみに、白ドレスという専門用語をなぜディーノが知っているかというと、エリッセの受け売りである。
今日のエリッセの説明から考えると、衣装を決めるまであと何回かはあのサロンでエリッセと打ち合わせをしなくてはならないようだ。それはとても気が重かったが、雲雀の白ドレスのためなら、ディーノは耐えられる確信があった。
「これ、山本武の報告？」
山本が口頭で報告した内容を丁寧にクロームが書きとめたレポート用紙を見つけて、黒スーツに着替えた雲雀は手に取った。ディーノが、いそいそと雲雀を自分の横に招き寄せる。
レポート用紙に目を落としたまま、雲雀はディーノの座るソファに近寄ると、ぽすんとディーノの膝の上に腰を下ろした。当然のように雲雀の腰に手を回して、ディーノは雲雀の肩越しにレポートを覗き込む。
「へぇ、僕らとほとんど同じだ。サン・ミシェルも上手く申し込めたようだね」
読みながらの雲雀の感想に、山本はうなずいた。
「ああ、もー楽勝。そっちと違ってな」
10年間の積み重ねで、ディーノと雲雀の密着度が高くても、綱吉たちはまったく気にしなくなった。もっとも、クロームが動じないのは、いまいちわかっていないせいのようだが。
「こっちは馬がいたからじゃない？ そっちは24歳と23歳だろ。こっちは一応片方が30代なわけだから、あんまり強引な話運び、できなかったってことなんだと思うけど」
「30過ぎを強調するなよ……」
雲雀の無造作な年齢指摘で、最近自分だけ30代という現実がちょっと切ないディーノがうめいた。
「それで、ヒバリさんたちもサン・ミシェル教会にしてきたんですね」
「そうだよ。キミの指示があったから、最初からサン・ミシェルを考えていたわけじゃないってフリもしてきた」
「オレらなんて、もっとすごかったのな。まだそこにするとも言わねーうちから、教会の予約が空いてる日まで出してくれたんだぜ」
山本の言葉に、クロームもこくんとうなずく。クロームがこんな調子だったので余計強引だったのだろう。
失踪したカップルの共通点は、小さな湖の中の島のサン・ミシェル教会を申し込んでいたことだ。依然不明な点は多かったが、その点を考慮に入れても、サン・ミシェルを暴けば事件は解決すると綱吉は結論を出した。
サン・ミシェルは普通の教会ではなく、正規の教会で式を挙げられないけれど教会での式を希望するカップルのための、結婚式専用教会だった。ウェディング・コーディネーターでなければ、予約を入れることができない。
そこで、ディーノ・雲雀と山本・クロームがそれぞれ別の大手ウェディング・コンサルへ行き、どちらかが上手くサン・ミシェルを予約して入り込むという段取りをつけた。
「それにしても、初回から飛ばしてくれんな」
「そういう意味では、勝負は次回以降かもね」
自分たちの状況と照らし合わせながら山本の報告書を読んでいたディーノと雲雀は、真顔で目を合わせあった。
「どういうことですか？」
「次回の打ち合わせのときには、向こうが警戒し始めてるかもしんねーってことだ」
綱吉の問いかけに、ディーノが説明する。自分たちにも直接関わってきそうな話なので、山本とクロームも心配そうにディーノに向き直った。
「今回はほぼ飛び込みみてーにして行ったから、現場の対応をしただけだろう。けど、時間を置けばオレら…つまりボンゴレやキャバッローネが客として来たってことが、黒幕に伝わる。曲がりなりにもマフィアなら、どんだけ零細でも、オレらの名前を知らねーはずがねーし、恭弥や山本、クロームが守護者だってことまで知ってたっておかしくねー」
「つまり、どういう意図であれボンゴレの守護者が自分たちに関わってきたと、敵は知ることになる。それでも、標的にするのかどうか。そこが勝負の分かれ目だ」
雲雀を膝に乗せて腰に手を回しているディーノと、当然のようにディーノの膝の乗ってディーノの胸に背を預けている雲雀の図は、ただのバカップル以外の何者でもなかったが、話す内容はやはり百戦錬磨のマフィアのものだった。
「よしっ！ そういうことなら、クロームの判断は大正解だったってことだな」
「クロームの？ なにしたの、クローム？」
ぱんと大きな音を立てて、山本が手を叩く。全員の視線を一気に集めたクロームは、もともとほんのりピンクの頬をさらに赤くして、口を開いた。
「偽名にしたの。日本人なのは見ればわかっちゃうけど、少しでも目立たない方がいいと思ったから」
「咄嗟だったから、次行く時に、その名前の偽ＩＤ作ってかねーといけねーんだけどな」
「そうだったんだ。…ディーノさんとヒバリさんは？」
やはり山本を担当にしてよかった。クロームの機転を活かす判断は、さすが山本というところだ。綱吉はディーノと雲雀に目を向けて、もう一組の首尾を訊ねる。
「僕たちは本名」
「オレが表の仕事で顔知られてる可能性あったからな。恭弥は偽名でもよかったかもしんねーけど…」
「下手に小細工するより、疑われにくいと思ってね」
つまり、ディーノ・雲雀ペアは直球勝負で乗り込んだというわけだ。
「ということは、向こうの出方を試せるね」
「名前で気付くかどうかと、気付いてどうするか、だな」
綱吉の言葉に、山本がうなずいた。
