誰がために鐘は鳴る 03

イタリアと日本では、一般的に認識されている結婚の考え方、結婚式のスタンスやスタイルなど、大きな違いがあると思います。
しかし、本作の展開上、あえて日本の考え方とスタイルで展開していきます。
よろしくご理解の程、お願いいたします。

「ねえ。本当にこっちでいいの? 礼拝堂、こんな遠かったっけ?」

長い廊下を、エリッセに先導されるままに歩いていた雲雀は、抑えきれなくなった不審を口にした。

エリッセは無言のまま、なおも廊下を歩いていく。

「エリッセ」

答を求めて名を呼ぶと、右からの廊下が合流するY字路でエリッセは立ち止まった。まっすぐ行った先には、礼拝堂のドアとは思えない鉄扉がある。

「しばらく、ここでお待ちくださいね」

エリッセの硬い声を聞いて、雲雀はそれが来たことに気付いた。自分はカップル失踪事件の標的に選ばれたのだ。

ならば、右からは間を置かずにディーノが来る。そう思ってそちらを見れば、ちょうど男性スタッフに先導されたディーノが来たところだった。

「恭弥…?」

呆然と雲雀を見つめるディーノは、白いフロックコートを着て、とてもノーブルでハンサムだった。全身白で統一しているディーノを見るのは初めてだったが、気品と風格のあるディーノの容貌に、白はとてもよく映えていた。

「すげー、恭弥。よく似合ってる。やっぱり、ダイヤモンドより真珠にしてよかったな。恭弥らしくて」

ぽかんとした表情で見つめる雲雀がたまらなく愛しくて、ディーノは目を細める。雲雀以外の誰かが同じものを着るかもしれないことが許せなくて、オートクチュールで誂えたドレスは、想像以上に雲雀に似合っていた。

「お取り込み中、ごめんなさいね」

いつの間にか手を取り合って、お互いに見蕩れていたディーノと雲雀に、無情な声がかかる。はっとして振り返ると、エリッセと男性スタッフがピストルを二人に向けていた。

「あなたたちはこれから、ある場所に行くの。ああ、心配しなくても、一緒にいられるわ。だけど、残念ね、そこは礼拝堂じゃないの」

そういうエリッセの声は、とても悲しそうで、同じくらい嬉しそうだった。ディーノは雲雀をかばうように抱き寄せ、エリッセに訊ねる。

「それなら、オレたちをどこへ連れて行くんだ。なぜ、こんなことをする」

「どこ……そうね、どこに行くかしら。まだ決まっていないのよ。でもそれまでは、こちらで滞在場所を用意してあるから大丈夫」

エリッセがしゃべる横で、男性スタッフが抜かりなく銃口をディーノに定めている。様子を見る限りでは、エリッセよりもそのスタッフの方が射撃の腕は上のようだ。

「恭弥、走れそうか?」

「あなた、どこまでおめでたいの?」

「やっぱ無理か」

エリッセとスタッフの二人だけなら振り切れるかという目算は、雲雀のドレスによる動きの制約で、不可能だった。

「エリッセ。ボートが着いてるか、確認してきてくれ」

「わかった。気をつけてね、チェルキオ」

チェルキオと呼ばれた男性スタッフの指示で、エリッセが前方の鉄扉を出て行く。ちらりと見えた景色から、扉の向こうは外だと知れた。

「さて、ディーノ・キャバッローネ。噂通りなら、鞭を持っているはずだな。出してもらおう」

チェルキオはにやにや笑いながら命じた。ディーノは鞭を取り出すのに時間をかけて牽制する。

「オレのことを知ってるとは、てめー、堅気じゃねーな?」

「まあな。いまはまだフィグーラ・ファミリーで鉄砲玉扱いに甘んじちゃいるが、てめーを手土産にのし上がってやるんだ」

「じゃあ、僕が何者なのかも、知っているんだ」

「知ってるとも、雲の守護者。別ファミリー所属なばっかりに、極秘結婚とは泣かせるね」

ディーノと雲雀はこっそり目を合わせて、うなずきあった。わざとらしくないかと危ぶんでいた極秘結婚の設定は、繋がりの薄いマフィア関係者にはもっともらしく聞こえたらしい。

「ほら、跳ね馬! 早く鞭を出しやがれ!」

「ベルトにひっかかって、ちょい手間なんだ。少しくらい待ってくれたっていいだろ?」

大声で恫喝するチェルキオを、ディーノは右手でフロックコートの背中側を探りながら宥める。左手でぐいぐいと雲雀を抱き寄せると、雲雀はディーノの上着の下に気付いて顔を上げた。

ディーノの左脇には、銃を吊ったホルスターがある。

一瞬のアイコンタクトの後、ディーノは鞭を取り出してチェルキオに差し出す。

「ほら、これでいいだろ」

雲雀はディーノに縋る仕草で自分の動きを隠すと、ディーノのフロックコートに手を差し入れる。

「よし。そいつをこっちに放れ」

言われるままにディーノが鞭を放り出した、その瞬間だった。

パァン!

乾いた音がして、チェルキオの銃を持った手が正確に撃ち抜かれる。雲雀の手に、ディーノのホルスターから抜いたベレッタがあった。

「わあぁっ!!」

撃たれた手を押さえ、叫びながらチェルキオはあとずさった。鞭を拾い上げたディーノが、チェルキオの落とした銃を踏みつけて仁王立ちする。

「オレたちがこんな程度でどうにかなるとでも?」

睨みつけるディーノの目は、冷たく冴えていた。

「安心しろよ、殺しゃしねー。てめーには、洗い浚い吐いてもらうことがたくさんあるからな」

「チェルキオ、さっきの音はなに……きゃあっ!?」

奥の鉄扉が開いて、慌てた様子のエリッセが戻ってくる。チェルキオが手を撃たれて銃を奪われている状況に、真っ青になって自分が持つ銃を構えた。

「よ…、よくもチェルキオを撃ったわね? この島には、他にもフィグーラの人間がいるのよ。あなたたち、これで助かったと思わないことよ」

銃を持つ手がカタカタと震えるのを抑えられないエリッセが、わななく声で言うのを、ディーノと雲雀は表情ひとつ変えずに聞いた。

エリッセは、素人だ。相手にすることはない。

「銃を下ろせ。女相手に、手荒な真似はしたくねー」

ディーノは警告したが、エリッセは大きく首を振って拒んだ。

膠着状態のその場に、バタバタバタ…と控え室の方から足音が響く。振り向いた先を見て、ディーノはよしっと力強い笑みを浮かべ、雲雀はきりきりと目つきを険しくした。

「ボス、恭弥!! 無事か!?」

「チェルキオ、エリッセ! 大丈夫かっ!?」

新郎控え室の方からはロマーリオたちキャバッローネの部下たちが、新婦控え室の方からはチェルキオの仲間らしい男たちが、それぞれ走ってくる。

「ロマーリオ、それ寄こせ!」

ロマーリオが片付ける予定だったサブマシンガンを持っていることに気付いたディーノが叫ぶと、この方が早いと判断したロマーリオがディーノに向かってサブマシンガンを投げつけた。

「恭弥!」

ディーノは鞭を振ってサブマシンガンを絡め取ると、それを雲雀に向かって放る。

「ワオ、いいものあるじゃない」

雲雀は持っていたブーケをディーノに投げてマシンガンを受け取り、駆け寄ってくる男たちに向かってドパパパパ! と撃った。

それはとても様になっていたけれど、ウェディング・ドレスでマシンガンを現実にしたいと思っていなかったディーノは、ちょっと頭が痛かった。




「ボス、女が逃げるぞ!」

 部下の言葉にディーノが振り向くと、エリッセがチェルキオを連れて、鉄扉から出て行くところだった。

「いいよ、行って」

 Y字路の壁に隠れ、身を乗り出してドパパパ、ドパパパと音をさせる雲雀が、振り返ることなく告げる。

「頼むぜ」

 ディーノは首元を少し緩めると、短く答えて走り出した。ディーノと合流したキャバッローネの側近たちは、二人残してディーノと一緒に鉄扉を飛び出して行く。

「弾幕、途切れさせないで。僕が動かなきゃならなくなったら、こっちの負けだ」

 ドレスの雲雀は、両手でスカートを持たないと、素早い移動ができない。接近戦に持ち込まれては、分が悪いのはこちらだ。

「ボンゴレの応援が来るまで、持ちこたえるんだ。いけるかい?」

「一応、装備はそろえてきました。こんなのありますよ」

 ディーノの部下が差し出したのは、アボカドの親戚のような物体だった。手榴弾だ。

「ワオ。キミたちいい仕事するって、馬に報告しとくよ」

 サブマシンガンを撃ちながら、ピンを咥えて引き抜き、ディーノの部下たちと3人揃って弾幕のただ中へ投げる。

「Buona fortuna」

 雲雀はサブマシンガンをディーノの部下に預けてスカートを持つと、二人を身振りで促して、鉄扉へ走った。



 ちゅどーん!!!!

 教会にありえない爆音を聞いて、エリッセとチェルキオを追って走っていたディーノは、勘弁してくれ! と心の中で叫んだ。

「やったな、ボス」

「ああ。間違いなく、な」

 苦い声のロマーリオに、ディーノも同じくらい苦い声で応える。雲雀がブーケ・トスならぬグレネード・トスをしたことは、確かめるまでもない。

 鉄扉の外に広がっていた林を抜け、エリッセとチェルキオの姿を探す。

「ディーノさん! こっちです」

 呼ばれて振り向くと、そこには綱吉と、他の守護者、そして草壁の姿があった。草壁がエリッセを、山本がチェルキオを、捕まえている。後ろには桟橋があり、ボートが係留していた。

「ツナ!」

「間に合ったみたいですね。フィグーラ・ファミリーの方も、ヴァリアーを向かわせました。これで、今日できることは終わりでしょう」

「あ、いや、まだだ。教会の方は恭弥がやってる」

 ディーノが急いで綱吉の言葉を訂正すると、綱吉はにっこりと笑って言った。

「さっきの爆音、手榴弾3個分ですね。おそらく、教会は半壊していると思います。大丈夫ですよ」

「……………」

 爆音の規模で手榴弾の数まで判別した弟分に、ディーノは数瞬言葉を失う。

「ツナ」

「はい」

「…サン・ミシェル教会、制圧完了だ」

「はい」

 脱力してその場にしゃがむディーノの後ろに、多少煤の汚れがついているものの、無事か無事でないかという括りで見れば立派に無傷の雲雀がやって来た。





 身支度を整え直して、雲雀は打ち上げパーティの会場である大広間へと足を向ける。

 めったにない銃撃戦でテンションの上がってしまった一行は、事後処理を本部の部下に丸投げすると、その足でキャバッローネの城に集まっていた。

 この数時間のうちに神業のようなクリーニングで汚れを落としたドレスに、雲雀はふたたび袖を通している。

 ウェディング・ドレスをもう一度着る気はなかったのだが、ディーノの白いフロックコートはもう一度見たかった。ディーノがフロックコートを着る交換条件で、雲雀もドレスを着ることになったのだ。

 広間に入ると、集まっていた全員から拍手を受けた。雲雀からサブマシンガンと引き換えに受け取ったブーケを大切に確保していたディーノが、近づいて行って雲雀に渡す。

 これじゃまさしく花嫁じゃないか、と顔をしかめた雲雀に、ディーノは宥めるようなキスを頬に落として、ブーケを持たせた。

「そうだ。ツナ、あのあとどうなった?」

 結婚式ではないので、そんな雰囲気になってしまう前に、ディーノはいちばん関心のある話題を振った。全員が揃うまで説明を待っていたので、その場の注目はすべての報告書を読んだ綱吉にいく。

「はい。あのあと、フィグーラ・ファミリーは壊滅が確認されました。ヴァリアー・クオリティでの確認ですから、間違いありません」

「エリッセとチェルキオは?」

「本部で尋問中です。二人とも、もう外に出ることはないでしょう」

 エリッセとはこの数週間、何度も打ち解けた会話をしてきていただけに、ディーノと雲雀は一瞬、悼むように目を伏せた。

「あれ、でも、エリッセってディーノさんとヒバリを担当した堅気のコーディネーターなんだろ? チェルキオとどういう関係だったんだ?」

 テーブルに並ぶ料理は、キャバッローネの厨房を預かるシェフの力作だ。その中からチキンを取ってかぶりつき、山本が質問した。

「エリッセとチェルキオは、姉弟なんだそうですよ。ファミリーで名を挙げたいチェルキオにせがまれて、臓器売買のために、参列者がいなかったり、失踪しても騒がれにくそうだったりするカップルを攫わせていたんだそうです」

 エリッセの尋問に立ち会っていたランボが、綱吉に代わって説明する。

 肉親の情の深さは何物にも勝るのだと、聞いた者たちは切なげに目を伏せた。

「それにしても、ヒバリさん。すごくお似合いですね、そのドレス」

 場の空気を変えようと、綱吉が雲雀に水を向けた。まんざらではない雲雀は、そうかい? とその場でくるりと回る。

「高そうなドレス…」

 見蕩れたクロームが、ポツリとつぶやいた。

「そうか? …んー、そうなのかもな。新車くれーだ」

 雲雀の為の出費なら金額のことは一切お構いなしのディーノが、ははっと軽く笑いながら応えると、途端に全員が声をそろえて叫んだ。

「新車ー!?」

 さすがに、着ている雲雀さえ、そこまでの値段とは思いも寄らない。そのあと、大広間は雲雀のドレスを汚さないように気を張って、なんだか落ち着かない雰囲気に包まれた。





 そして、今回の役目を終えた純白のドレスは、いつかまた出番の来る日まで、雲雀のクローゼットに大切に仕舞われている。


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