ガツッという不吉な音がしたかと思った瞬間、大方の予想を裏切ることなく、机の上に積み上げられた書類がドサバサと雪崩れた。
「うわ、悪ぃ」
机の脚につまずいてこの事態を引き起こしたディーノは、雪崩れる書類を正面からかぶったイワンに慌てて謝った。
「ボス、ちょっと落ち着いてくれよ。これじゃ、とてもじゃねーけど、明日の昼の飛行機なんて乗れねーぞ」
呆れ顔のロマーリオに言われて、ディーノはすまなそうに散らばった書類を眺める。
「やっぱ、無理だったかな」
「ボスが書類をぶちまけねーで処理してくれりゃ、滑り込みセーフだけどな」
「……マジ悪ぃ」
クリスマスは仕事の後に会社のパーティと決まっていたディーノが、年末の予定を全部代理に任せて、自分は日本へ行くと言い出したのは昨日のこと。雲雀が24日に日本へ出張するという話を聞いてからだ。
当然、ディーノが本部を完全に空けるということになれば、処理を終わらせなくてはならない範囲は広がり、決裁書類の数も一気に増える。キャバッローネ本部は急遽、年末進行でもここまでではないだろいうというほどの超過密スケジュールに襲われた。
「で、ボスはどこに行こうとしてたんだ?」
「………」
そもそもつまずく原因になったディーノの行動をボノが問うと、ディーノは非常に気まずそうに押し黙った。
「ボス?」
「言えねーようなとこに行こうとしてたのか?」
側近3人がディーノに詰め寄る。問答無用の圧力に、ディーノは仕方なく白状する。
「……恭弥に、オレも日本に行くって、電話をしようと……」
「はい、ダメ」
「さあ、机に戻ってくれ」
有能な側近たちは、容赦なくダメ出しをすると、ディーノを執務机に追い立てた。実際、ここにある書類をすべて処理してしまわなければ、日本になんて行かせられない。電話を許す余裕もなければ、電話したところで本当に行ける保証もなかった。
「うわあぁぁぁ、オレ恭弥の声もう10日聞いてねー!」
「ボスが悪いんだろ、ちゃんと仕事してくれよ!」
「恭弥の声聞いてないせいで書類上がりませんでしたって、ボス、取引先に言えるか!?」
半泣きで机に就くディーノに、ロマーリオとボノの厳しい叱責が飛ぶ。イワンが拾い集めた書類をどす、と積み上げると、その高さで机の隅に置いてあった雲雀の写真が見えなくなった。
「きょーやあぁぁぁぁ」
「いいから仕事してくれ、ボス」
「日本に行ったら、正月明けまで帰って来なくていいから!」
雲雀の名前を呼びながら、ディーノはしぶしぶ書類を読み始める。ただし、ディーノの意識が完全に雲雀に会うことに向かっているため、作業は遅々として進まなかった。
「ボス! 恭弥に会いに日本に行くんだろ!」
「この山片付くまで、部屋から出られねーからな!」
ディーノが側近の叱咤をこのときほど有難迷惑だと思ったことは、なかったかもしれない。雑用をどんどん引き受けて片付けてくれるのは助かるが、声援はちょっとうるさかった。
「寝るな、ボス!」
「頑張れ、契約書はあとこれだけだ! その次は決算書だ!」
野太い声に励まされ、休憩なし、夕食も風呂も後回しで、ディーノはひたすら決裁書類の山に挑む。
「やべぇ、プレゼント用意してねー!!」
「後で考えてくれ、そんなもん!」
「日本で買え!!」
「いいから、こっちにハンコ押してくれ!」
「ボス、署名の綴り間違ってるぞ!!」
深夜0時を回ったとは思えない賑やかさで、ディーノの執務室はフル稼動する。
翌日、予約した便に間に合うラストリミットにディーノが城を飛び出していくと、部下たちは顔を見合わせて安堵の爆笑をした。
そして、飛行機の中で爆睡するディーノは、これから実現するはずの、雲雀との甘いクリスマスデートの夢を見た。