スクデーリアは、自分が年齢よりも大人びて見えることを知っていた。ファッション雑誌の真似をすれば、確実に少なくとも5歳は上に見えると、クロームから言われたこともある。
加えて、母譲りの絹糸のような黒髪とオリエンタルな美貌は、スクデーリアがまだ10歳と知りながら求婚する青年が後を絶たない2大要因の片方だった。一部のあいだでは、スクデーリアはキャバッローネの黒真珠という二つ名で通っていた。
けれどスクデーリアは、自分がどれだけ大人びて見えようと、どれだけ美少女と言われようと、見て欲しいと思う人が見てくれなければ意味がないのだということも、知っていた。
街角のショーウィンドゥに映った自分の姿を見て、スクデーリアはばっちりだと思った。高校生は無理かもしれなくても、小学生には絶対に見えない。背伸びして履いたヒールの高いブーツだって、一生懸命練習してやったメイクだって、なかなか様になっていると思う。
知っている人と出くわしても、自分だとバレる心配はないだろうと、スクデーリアは上機嫌で歩き出した。
いつもいつも、守り役として草壁がついてくることは、スクデーリアの悩みの種だった。草壁は大好きだが、出かけるときくらい1人で好きなように出たいと思うことだってある。しかし、草壁は絶対に、スクデーリアを1人で外出させてくれない。
さんざん悩んだ末に、相談した学校の友達の協力で、変装して抜け出すという手に出たのだった。
出かける先がいつも決まっていて、どこへ行くにも車でドア・トゥ・ドアのスクデーリアには、すれ違う人が誰も自分のことを知らないことはとても新鮮で、とても気分がいいものだった。
ディーノも雲雀もロマーリオも草壁も、口をそろえて外は危険だと言うけれど、実際にこうして外出しても、誰もスクデーリアに暴力を振るわないし、誰も持ち物や身体を狙ったりしない。周囲の大人の言うことは嘘ばっかりだと思った。
ジェラートのスタンドで、ミルクとチョコレートとストロベリーとヘイゼルナッツの4種盛りを買うと、食べながら歩く。買い食いも歩き食いも、草壁にきつく禁じられていて、一度はやってみたいとずっと思っていたことだった。
誰にも注意されずに好きなことをできるのが、こんなに楽しいなんて、知らなかった。お小遣いでジェラートを買って、ヒールを履いて歩き回って、いろんなお店のショーウィンドゥを覗いて、ここまでやったら、ディーノが絶対に譲らない門限だって破ってやる。
ジェラートを食べ終えたスクデーリアは、次はどこへ行ってみようかと通りを見回した。
ふと目にしたウィンドゥに、ネクタイピンとカフスボタンのセットが飾ってある。クリップタイプのピンと対のカフスボタンはどれも凝った作りをしていた。
しばらく眺めて、スクデーリアはウィンドゥを離れた。パパにプレゼントしようかと思いもしたのだが、店は高級感に溢れすぎていて、スクデーリアは入る勇気がなかった。
次に通りかかったジュエラーには、ママに似合いそうな真珠のピアスや、金糸雀に似合いそうなピンク・サファイアのネックレスが飾ってあった。スクデーリアの好きなルビーもある。けれどやっぱり店に入る勇気がなかった。
じーっとウィンドゥを眺めては離れるを繰り返すスクデーリアを見ていれば、少し目のある者は、スクデーリアが足を止めるのは一級品を扱う店ばかりだと気付くだろう。物心つく前から一級品ばかり置いてある城で生活しているスクデーリアは、意識しないうちに一流の鑑定眼を身につけていた。
スクデーリアはその後も、気になる店の前で足を止めては、また歩き出す。ふにふにと鼻歌を歌いながら歩くスクデーリアは、人相のよくない男たちが数人、後をつけてきていることに気付いていなかった。
「騒ぐんじゃねーぞ」
乱暴な声がそう言うのと同時に、口をふさがれて引き摺られたのは、バッグを見ていたウィンドゥの前を離れようとしたときだった。驚いたスクデーリアは、なにがどうなっているのか、少しもわからない。ただ、日ごろ草壁が気をつけなくてはいけないと言っていた事態になったことだけは、なんとなくわかった。
路地に引きずり込まれたスクデーリアは、ガラの悪い男に後ろ手に腕を押さえつけられた。そのあいだに、別の男がスクデーリアから奪ったバッグの中身をアスファルトにぶちまける。
「すげー! さすが跳ね馬の娘だ、高級品ばっかだぜ!」
「財布、フェラガモだぞ! 現金もぎっしり入ってやがる!」
スクデーリアの持ち物を漁る男たちは、カバンや財布などの転売できそうなものや現金を選り分けていく。一方で、男がスクデーリアを舐め回すように見つめていた。
「よう、黒真珠。売ったらいい値になりそうだな?」
もちろん、口を塞がれているスクデーリアが答えられるはずがない。口を自由にすれば叫ぶとわかっている男たちが、スクデーリアをしゃべらせるはずもなかった。
嫌だ、助けて!! パパ! ママ! ロマーリオ! 哲!
スクデーリアは目にいっぱい涙をためて、心の中で助けを求める。思いつく限りの名前を思い浮かべて、誰かが来てくれないかと、祈るように願った。
誰か助けて!! ドン・ボンゴレ! 獄寺さん! 山本さん! ランボさん!
スカートに男の手がかかり、スクデーリアの目が大きく開かれた、その瞬間だった。
「おい、無事か!!」
路地に飛び込んできたのは、スーツを端整に着こなした、獄寺だった。大人っぽい服装をして、たとえ知り合いであってもとても自分とはわからないだろうと思っていたのに、獄寺はあっさりとスクデーリアだと見抜いていた。
「うわっ!」
「逃げろ!」
慌てて逃げようとする男たちを捕まえて殴り倒し、獄寺はあっというまに全員を打ちのめした。追いついてきた部下たちに連行する指示を出したところから、男たちはおそらくこのあと、キャバッローネのボスの娘に手を出した報いを受けることになるのだろう。
「大丈夫か!? なにもされてねーか?」
座り込んでただ獄寺を見上げているスクデーリアの前に、獄寺は膝をついて心配そうに訊ねた。涙をいっぱいにためたままのスクデーリアがうなずいた拍子に、たまっていた涙がぼろぼろっと零れ落ちる。
「そうだよな。なにもされてなくても、怖かったよな」
気遣わしげに言った獄寺が、手を伸ばしてスクデーリアを抱き寄せる。ぽんぽんと安心させるように頭や背を叩かれて、スクデーリアは堰を切ったように泣き出した。
スクデーリアがしがみついた勢いで、獄寺は尻餅をつく。しかし、しっかりと胸でスクデーリアを受け止めて、獄寺はそのままスクデーリアを抱きしめていてくれた。
わんわん泣くスクデーリアが、涙と涙で流れたメイクでシャツを汚すのになにも言わずに、獄寺はスクデーリアが泣き止むまでそうしていてくれた。
「落ち着いたか?」
ボンゴレ本部へ向かう車の後部座席で、隣に座る獄寺の問いかけにスクデーリアはこくんとうなずいた。
獄寺がハンカチで涙ごと拭ってくれたので、メイクはもう残っていない。泣きすぎて腫れた目のスクデーリアは、すっかり落ち込んでいた。
「跳ね馬やヒバリが、守り役をつけてまでてめーを1人で出さなかった理由が、わかったろ?」
ふたたび、スクデーリアはうなずく。獄寺はひとつため息をついた。
「リア。てめーが自覚してるしてねーに関わらず、てめーは有名人なんだ。それこそ、街のチンピラだって知ってるくれーにな。これに懲りて、もう草壁を撒いて出かけたりすんじゃねーぞ」
ディーノの指示と雲雀の要請で、キャバッローネとボンゴレが総出で探していたのだと聞いて、自分が知らなかっただけでディーノと雲雀が思いつく限りの配慮をしていてくれたのだとわかったスクデーリアの目に、申し訳なさと情けなさでふたたび涙が浮いてくる。その髪を、獄寺が優しく指で梳き上げた。
「安心しろよ。跳ね馬とヒバリには、オレからも一言言ってやる。年頃の娘を舐めんなってよ」
かばってもらえると思っていなかったスクデーリアが驚いて獄寺を見ると、獄寺は微笑んでうなずいた。
「いつも草壁付きじゃ、息が詰まって当然だもんな。たまにはオレが護衛でも出かけられるように、話つけてやるよ」
「獄寺さん……」
ぱしぱしと瞬きするスクデーリアに、獄寺はにかっと笑う。
「隼人でもいーぜ。その方が、気楽に一緒にいれんだろ」
獄寺に深い考えがあったわけではなく、ただ年頃で反抗心も芽生えてきた少女に懐かしい共感を覚えただけだということは、スクデーリアにもわかっていた。けれどこのときから、獄寺はスクデーリアの特別になった。
そして、獄寺がスクデーリアを愛しいと思うようになったのも、この瞬間からだった。
「リア!!」
ボンゴレ本部に着くなり、スクデーリアはディーノと雲雀に抱きしめられた。涙ぐむ両親をスクデーリアが目にするのは、これが初めてだった。
「バカヤロー! なんでこんなことしたんだ!!」
「なんのための哲だと思ってたの! 心配させないで!!」
バシッ! バシッ! と、ディーノと雲雀から一発ずつ平手打ちを喰らう。感情的に叱る両親も、初めてだった。それだけ心配させてしまったのだと、スクデーリアは改めて思い知った。
「待てよ、跳ね馬、ヒバリ。リアにだって、事情ってもんがあるだろ。ちゃんと聞いてやれ」
スクデーリアの肩を抱いて、獄寺が約束どおり味方になってくれる。両親がこれだけ心配していたのだとわかったスクデーリアはたまらない申し訳なさを感じたが、獄寺は真剣にスクデーリアをかばってくれていた。
「年頃の娘に監視みてーな護衛つけて、窒息させる気かよ。冗談じゃねー。もっと自由に社会を学ばせてやるのも、親の務めってもんじゃねーのか」
「馬鹿なこと言うな、スモーキン・ボム。リアの危険を考えれば、1人で街になんて出せるはずがねーだろ」
「キミだってわかるだろ、獄寺隼人。リアは、僕らの娘だってだけで、どんな目に遭うか知れない。これでも、世間を見せるために、譲歩してる方なんだ」
「ふざけんな。リアは人形じゃねー、1人の女の子だ。友達とだって出かけてーし、気楽な買い物だってしてー。当然だ。雁字搦めに守るばかりが愛じゃねーだろ!!」
バチバチと火花が散りそうなほど、ディーノと雲雀と獄寺がにらみ合う。獄寺が代弁してくれるのは嬉しかったが、両親の言い分ももっともなのがわかるスクデーリアは、口を挟むこともできずに、ただその口論を見守るだけだった。
「ディーノさん、ヒバリさん」
それまで無言で成り行きを見ていた綱吉が口を開いた。
「オレは、獄寺君の言うことも、一理あると思います。たまにはリアちゃんにも息抜きが必要なんじゃないでしょうか」
雲雀がむっとして言い返そうとするのを、雰囲気を察したディーノが手で制した。だって…と見上げる雲雀に、ディーノは首を振って、まずは聞こうと促す。
「確かに、リアちゃんの単独行動はきわめて危険です。リアちゃんは、自分の身を守る方法を身につけていない。でも、気楽な外出だって、確かに必要なんです」
「ツナ…」
「ディーノさんとヒバリさんが心配するのは当然ですが、たとえば、リアちゃんを守れる誰かが一緒なら、草壁さんがついてなくてもいいですよね?」
「どういう意味?」
雲雀の問いに、綱吉はにっこりと微笑んだ。
「手の空いている守護者が護衛でも、問題ないんじゃないかと思うんですけど、どうでしょうか。リアちゃんがそのときに気楽に一緒にいられる誰かがついていれば、充分ですよね?」
それは、ゴッドファーザーの鶴の一声だった。ディーノも雲雀も、文句のつけようのない護衛を提示されては、うなずくより他ない。
「リアちゃん」
綱吉の呼びかけに振り向いたスクデーリアは、綱吉の優しい笑顔を見つけた。
「オレでも、獄寺君でも、誰でも、いつでも遠慮しないで言ってね。守護者のスケジュールなんて、リアちゃんの安全に比べたら、ゴミみたいなものなんだから」
綱吉の言葉を聞いたスクデーリアは、両親だけではないたくさんの人に大事にされているのだと知って、綱吉に抱きついて泣いたのだった。