雲雀が目を覚ますと、そこは豪勢な洋室だった。一目で高級とわかる調度品にも、スタイリッシュな内装にも、見覚えはない。
いったいここはどこなのかと身体を起こせば、自分が広いベッドに寝ていたことに気付く。窓際のティ・テーブルに、トンファーが置いてあり、その縁に風紀の腕章をつけた学ランが、ハンガーにかけて下がっていた。
どこだかわからないが、少なくとも、敵の手に落ちたわけではない。直前の記憶と現在の状況を総合して、そう判断すると、雲雀はベッドを降りた。
自分の足で立つと、意識がすっと晴れる。そして、部屋に別の誰かがいることに気付いた。
振り向いた部屋の向こう側、ソファセットの一角に、ディーノが眠っていた。ブランケットのような布地を抱き締め、頬を摺り寄せて、疲れを吸い取られているように無防備に身体を伸ばしていた。
ああ、ここは、ディーノの部屋か。
少しだけ安心して、雲雀はソファに近寄る。見える角度が変わり、ディーノの陰になっていて見えなかった、抱き締めている布地がしっかり見えるようになった。その布地に見覚えを感じて、雲雀はまじまじと布地を見つめる。
それは、あやめ色の着物だった。初めて男を食まされた夜になくした、雲雀の着物。
ディーノが持っているだろうとは、思っていた。だが、眠るときに抱き締めるほど、大切にしているとは…。
「ん…?」
人の気配を感じたディーノが、身動ぎして目を覚ました。すぐ傍に雲雀の姿を見つけて、くつろいだ表情で微笑む。
「おはよう、恭弥」
「おはよう。いまは夜中みたいだけど」
「……ああ…」
雲雀の冷静な突っ込みに、ディーノは寝ぼけた頭がすっと醒めたように表情を改めた。
「昼間は、手荒な真似して悪かった。痛むところはないか?」
「おかげさまで」
昼間のことを思い出して、雲雀は途端に機嫌を悪くした。返礼をするはずの男を目の前にして、ディーノに阻まれるなど、許しがたい事態だ。
「あいつ、どうしたの?」
「ロマーリオが片付けた。イタリアン・マフィアにも仁義がある。それに、恭弥の手を汚させたくなかった」
言いながら、雲雀の手を取り、恭しく口付ける。雲雀はその手をばっと引いて、ディーノをにらみつけた。
「僕は、あいつを自分の手で始末したかった」
「わかってる」
ディーノはその激しい眼差しを正面から受け止めて、穏やかに続ける。
「オレのわがままだ。恭弥が血で汚れるのは嫌だった」
「別に、僕は構わなかったよ」
「だから、オレのわがままなんだ。オレは恭弥の手が綺麗なまま、また舞うのを見たいんだ」
手を伸ばし、もう一度、雲雀の手を取る。雲雀は、今度は手を振り払わなかった。ディーノはふっと苦笑いを零して、言葉を続ける。
「まだガキみてーな年の頃からマフィアなんて仕事してると、近くに人がいるだけで眠れねーし、だんだん、気持ちが荒んでくる。女なんて誰でも同じに思えるし、自分の人生さえどーでもよくなることもある。…けど、恭弥に会って初めて、特定の誰かのことを、舞ってる姿が綺麗だとか、声をもっと聞きたいだとか、思ったんだ。傍にいて欲しいとか、隣にいることが幸せだとか、そーいう風に思ったんだ。だから、守りたかった。危険からだけじゃなく、恭弥を汚そうとするもの全てから」
昨日までなら、言えなかった。けれど、昼間、雲雀が自分の感情を見せてくれて、確信が持てたいまなら。雲雀の気持ちを知ったいまなら、ディーノは、裏稼業に雲雀を引きずり込む後ろめたさに負けることなく、告げられると思った。
ディーノは雲雀の手を握っていないもう片方の手も伸ばして、驚いたようにディーノの言葉を聞く雲雀の手を、両手できゅっと包み込む。
「きっと、オレは順番を間違えたな。先に、これを言わなくちゃいけなかった。…恭弥、愛してる。後生だから、オレの女になってくれ」
「…………。……だ」
「ん?」
雲雀がぽつりとつぶやき、ディーノは確かめるように訊き返す。雲雀はふたたび、小さく唇を動かした。
「嫌だ。僕は、マフィアの愛人になんか、ならない」
「わかってる。愛人になんかするつもりはねー」
雲雀の意地っ張りな物言いに、ディーノは思わず、微笑を零す。
「オレだって、愛人なんか要らねー。オレが恭弥を欲しいのは、妻としてだ」
「……!」
ディーノの臆することのない言葉に、雲雀は息を飲んだ。甘い痛みで胸が締め付けられ、そのとき、雲雀は自分が無意識のうちにこの言葉を望んでいたことを自覚した。
「恭弥。返事が欲しい」
ディーノに請われて、雲雀は苦しい胸に無理矢理息を吸い込み、声を出す。
「待ってた」
なにを、は、言わなくても伝わっていた。握っていた雲雀の手をぐいっと引いて、ディーノは雲雀を抱き締めた。
「もう一生離さねー」
「うん」
熱っぽいディーノのささやきに、雲雀も縋るようなうなずきを返す。会話をするのももどかしく、ディーノが雲雀を抱き上げると、雲雀は甘えるようにディーノの首に腕を回した。
数歩歩いて、ベッドに雲雀を降ろす。雲雀は無防備に横たわり、誘うようにディーノを見上げた。召ばれるままに雲雀に覆いかぶさり、ディーノは雲雀の唇を深く貪る。
唾液を混じり合わせ、舌を絡め合わせてキスに没頭しながらも、ディーノは躊躇いのない手つきで雲雀の服を剥いでいく。キスに酔わされた雲雀が一糸纏わぬ姿になると、ディーノは自分も服を脱ぎ捨てた。
「恭弥」
「なに?」
「愛してる」
「僕もだよ」
言うと同時に抱き締め合い、ふたたび密着して舌を絡め合う。雲雀の肌を弄り、肌理の細かい肌特有の吸い付くような手触りを堪能しながら、ディーノは雲雀の胸を揉みしだく。
初めて会ったときから何度も身体を重ねているけれど、こんなに丁寧に愛し合うのは初めてかもしれない。
ディーノも雲雀も、相手がどんな感情でいるのか、知らなかったし、知ろうともしなかったから、愛撫は濡らすため、勃たせるための行為でしかなかった。相手の肌に直に触れること、触れられることが、こんなにも幸せなことなら、もっと早く気付けばよかった。
「あん…っ」
すっかり硬くなった胸の頂を口に含まれて、雲雀が啼き声を上げる。いままでとは全然違う甘い響きを含んだそれが、ディーノはたまらなく愛しかった。
「あ……ん、ぁ…っ」
いままでは、草壁に聞かれるかもしれないと、雲雀はいつも声を殺して抱かれていた。けれど、今日はそんな心配も要らない。思うままに喘ぐ雲雀の啼き声をもっと聞きたくて、ディーノは片手で胸を揉みながら、もう片方の手で雲雀の秘処を探る。熱い蜜を溢れさせて、どろどろに溶けているそこへ指を差し入れると、蜜壷の襞はねっとりと絡み付いた。
「すげーな、恭弥。もう欲しいのか?」
「うん…、早く欲しい」
すっかり慣れた雲雀の体は、ディーノの指に容易く溶かされて、指が動くたびにびくびくと締め付けて、ぷちゅぷちゅ音を立てる。
襞を撫で回しているうちにかくんと体から力が抜けた雲雀の、ゆるりと開いた脚をさらに開かせて、ディーノは熱い蜜を零す中にずぶずぶと楔を埋め込んだ。
「ぁう」
くったりと目を閉じている雲雀が、喉の奥で啼く。うねる襞に促されるまま、ぬちゅぬちゅと音を立てて、ディーノは雲雀の秘処を楔でかき回す。
「ぅん…ゃう……ふぁ、あっ、あぁぁ…っ」
翻弄されるままに啼く雲雀を、ディーノは硬く太い楔で容赦なく穿つ。雲雀はいじらしいまでにディーノにしがみついて、襲い掛かる快感に攫われまいと耐え続ける。
「やぁぁんっ」
「…っ、恭弥…っ」
「あぁっ、はぁ…っ、……ぁぁんっ」
最奥まで突き上げると、雲雀は一際大きな啼き声を上げた。がっしりと雲雀を抱き締め、ディーノは本能の赴くままに雲雀の秘処を蹂躙する。
何度も何度も最奥を攻めると、とうとう雲雀は「きゃ、あぁぁぁっ!」と叫んで、気を飛ばした。思いがけない快感に、ディーノも短く呻く。雲雀の胎内に、白濁がぶちまけられた。
荒い息を吐きながら、ディーノが繋げたままの身体を離す。どろぉっと白濁が溢れ出し、雲雀の秘処とディーノの楔の先端の間に白い糸がかかった。
マフィアとして生きている間に、女を抱いたことは何度もある。雲雀とも、何度も身体を重ねた。けれど、自分が放った白濁を子宮で受け止めた女がこれほど愛しいものだと知ったのは、いまが初めてだった。
「やっぱりダメだ……恭弥、愛してる」
「ひゃあっ」
独り言のようにささやいて、ディーノは猛る気持ちのまま、ふたたび雲雀に萎えない楔を埋め込んだ。
顔に光が当たっているのを感じて、雲雀は目を覚ました。カーテンが開け放たれた窓から、朝陽が差し込んで、ベッドに降り注いでいる。
あまりに眩しくて、カーテンを閉めたいと思ったが、明け方までディーノを受け入れていた身体はすっかり腰が立たなくなっていて、自分で閉めに行くことはできそうになかった。
すぐ隣には、ディーノが熟睡している。のん気な寝顔に一瞬ムッとしたが、隣に人がいると眠れないと聞いてしまったいまは、無理に起こすのも忍びない。白濁と蜜でぐちゃぐちゃの下肢を清めたいが、それもディーノが目を覚ますまで待つしかないようだった。
「………恭弥?」
仕方なく、横になったままぼんやりしていると、まだ眠たそうな声が雲雀を呼んだ。
「あなた、やっと起きたの」
「ん……」
眠そうに目をこすって、ディーノが雲雀に深いキスをする。雲雀も、目を閉じてそのキスに応えた。
「おはよう、恭弥」
「おはよう。…ねえ、目が覚めたなら、シャワーに連れてって」
「ん…、わかったからもうちょい待ってくれ」
眠気の醒めきらない声に言われては、雲雀も食い下がりかねて、仕方なくうなずいた。その代わりと言うのも変だが、ディーノの目覚めを促すのと暇つぶしとで、雲雀は昨夜から気になっていたことをひとつ訊ねる。
「あなた、あの着物、抱いて寝てたの?」
すると、ディーノはゆるりと目を開けて、答えた。
「ああ…。あれを抱くと、よく眠れるんだ。…悪かったな、大事な着物、しわくちゃにしちまって」
「別に、それはいいんだけど……」
「ちゃんと綺麗にして、返さなきゃな」
「いいよ、いらない」
即答で返ってきた答が思いがけなくて、ディーノは「ふぇ?」と間抜けな声を上げた。その声がおかしくて、雲雀はくつくつと笑いながら続ける。
「僕はいいから、あなたが持ってて。そのかわり、僕はあなたがあの日置いてった上着をもらったから」
「…そうか。Grazie」
ほっとしたのと、照れくさいのとが混じりあった顔で、ディーノが微笑む。雲雀はふふっと笑って、ディーノに悪戯しようと口を開く。
「ああ、でも。ひとつだけ訊かせて。…あの着物と僕、両方目の前にあったら、あなた、どっちを抱いて寝る?」
「そんなの、恭弥に決まってる」
「正解」
躊躇いなく返ってきたカウンターに、満足そうに微笑んだ雲雀が驚くほど可愛くて、ディーノは雲雀を抱き締めると、気持ちを伝えるためのキスをした。
料亭なみもりの掛行灯に火が入る。
待ちかねたように一組、二組と客が訪れ、今夜も大看板に違わぬ繁盛ぶりだ。
「よぉ」
年季の入った重厚な玄関に足を踏み入れて、気安い挨拶をしたのは、黒スーツの中年男性だった。
「あっ、こんばんは!」
帳場から顔を出した綱吉が、明るい笑顔を浮かべてロマーリオを迎え入れる。
「久しぶりだな。うちのボスは離れか?」
ディーノが日本とイタリアを行き来するようになって、数ヶ月。結局、ふたりはまだ結婚してはいない。だが、やむを得ない状況のときだけイタリアで仕事をし、それが片付き次第日本にやって来るディーノは、なみもりの亭主役にも馴染みつつあった。
ロマーリオも、仕事の連絡役として出入りするうちに、すっかりなみもりの一員になっている。
「ええ。この時間なら、夕飯も終わって、ヒバリさんと一緒のはずですよ」
靴を脱ぐロマーリオの背中に向かって綱吉が答えると、ロマーリオはぴたりと動きを止めた。
「マズい時に来ちまったな……」
苦虫を噛み潰した表情のロマーリオに、綱吉も同情的な苦笑いを浮かべた。
先日、同じ頃合でロマーリオが離れに行ったところ、ディーノは雲雀の膝枕で横になっていて、照れた雲雀にディーノ諸共咬み殺されたのは、ロマーリオの記憶に新しい。
「……どうします? 出直されるのなら、明日の朝がいいと思いますけど……」
「そこまで待てねー。……仕方ねーな、ひとつ咬み殺されるとするか」
「お仕事、お疲れ様です」
「まったくだぜ」
渋々、離れに向かって歩き出すロマーリオの背に、綱吉は「ご武運を!」と合掌する。
数分後、離れから盛大な打撃音が響いた。
料亭なみもりの陰の支配者雲雀恭弥と、その金髪の亭主が界隈の仕切り役として名を轟かせるのは、それから間もなくのこと。