9話

俺が生まれて初めて聞いた貴之くんの熱い想いだった。
彼はいつもおとなしい。感情を出さないわけではないが、その変化はやわらかく、静かな漣のようだった。
しかし、彼にも嵐のような気持ちが眠っていたのだ。
神崎が貴之くんへの気持ちで苦しんでいた一方で、貴之くんも独り想いを抱えてもがいていたのだ。

そして、俺に対してそんな感情を抱いているとは思わなかった。
今まで俺と貴之くんは気まずくなったことなどなかったし、会えば普通に話していたから、神崎ほどではなくても懐かれていると思っていた。
でも、実は彼は俺に嫉妬していた。神崎とケンカして、俺を頼ってきたあのとき、彼はどんな気持ちでいたのだろうか。

「そりゃ、時々『来ないで』っていいますけど、あの時は本当に自分が許せなかったですけど・・・ホントは・・・あぁ、でも・・・あっちゃんの心にこれ以上入ったら、僕が消えたときあっちゃんは・・・」



(まさか・・・)



神崎ラブ!!であるくせに、時々理由をつけて神崎を遠ざけていたのは、それが理由なのか?
これ以上自分の中に入り込んで、何かあったときに神崎が傷つかないようにするためか?
神崎のためを想うからこそ、大人しい少年でいたのか?

だが、それなら、森川という少年のことは・・・そうだ、そこが問題だ。
何故貴之くんは森川と付き合うことにしたんだ?
神崎が好きならば、何故森川と付き合うことを選ぶのか。
好き合って付き合うのならまだいい。
だが、貴之くん自身が神崎を好きで、森川が本命でないのであれば、いくらなんでも彼が可哀想ではないか。

「森川には全て話しました。
僕が病気がちであること、
仮に付き合ってもその時間には限りがあって、
森川には辛い想いをさせてしまうだろうこと、

そして・・・あっちゃんが好きなこと・・・

だから、彼とは付き合えないことを伝えました。
でも、彼はすべて受け入れてくれました。
それでも付き合いたいって言ってくれた。
本当は受け入れるべきじゃなかったのに、何が何でも断るべきだったのに・・・僕はその優しさに甘えてしまったんです。
僕にはもったいなすぎて本当に申し訳なくなる・・・」

何となくわかった。貴之くんにとって森川のことも特別なんだろう。
で、悩みながらも結論を出したわけだ。そんな彼を責めることなどできない。

「ホントはあっちゃんは一生僕のことを想っていてほしい。
他の人には渡したくない!
あっちゃんはバカみたいに優しいから、お願いすればその通りにしてくれるんでしょうね。
でも、それじゃあの人がだめになる・・・やっぱりあっちゃんには笑っていてほしいです。
あの人には幸せになってほしい。
誰かのためにじゃなくて、自分のために生きてほしい。
それも、僕の嘘も偽りもない気持ちなんです。その・・・清原さん、僕のお願いを聞いてくれますか?」

貴之くんが、神崎に話さずに、俺に自分のことを話した理由。
ただ単に自分のことを話したかったわけではないということだ。
さっき神崎のことをお願いしていたが、それだけではないだろう。

「悔しいけれど、あっちゃんが全面的に信頼しているあなたなら・・・僕なんかがいなくても、あっちゃんの心の支えになれると思います。
それで、僕が死んだ後は・・・僕の分まであっちゃんを愛してやってください。あの人を独りにしないであげて下さい。
何でもかんでも自分でため込むのがあっちゃんの悪い癖だから、どんなに辛くても、決して顔には出さないと思うんです。
だから、清原さんの力で抱え込まないようにしてあげてください。
残念だけど、それは僕じゃなくて清原さんにしかできないんです」

神崎、お前、ずっと片想いだと言ってたな?
でも、貴之くんはお前のことを見てるよ?
そして、ちゃんと愛してるよ?
本当に幸せな奴だよ、お前は・・・。

「でも・・・ちょっとだけあっちゃんを僕に貸してください。
最期の想い出を作らせて下さい。
出来る限りあの人の姿を目に焼き付けておきたいんです。
自分勝手だとはわかってますけど、本当にお願いします・・・」

貴之くんは俺に頭を下げる。まさに命をかけた、彼のお願いだった。



「あぁ・・・分かった・・・。だが、お前もしっかり生きろ!後悔するな」



俺の人生を変えてしまいそうなほど強い彼の想いに、俺はそれしか言うことができなかった。





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