10話

「神崎・・・大丈夫か・・・?」

目の前にいた親友に声をかけてみる。
俺が貴之くんの命に関することを知った数日後、神崎の纏う空気がちょっとだけ変わった気がする。
今まで『片想いのブラコン青年』というよりは、『覚悟を決めて見守る青年』というものとなっていた。
多分それは貴之くんのことを知ったからなのだろう・・・とまで思って、俺は自分の考えを改める。
神崎は自分の気持ちを隠すのがうまい男であることを失念していた。
つまり、俺がそう見えてるってことは、神崎は俺らがそう見えるように見せてるってことだ。


「まぁ・・・そうだな。正直今でも混乱してるんだ」


だが、彼は正直に自分の想いを吐露する。
そりゃそうだな。いきなり自分の想い人から『自分の余命はそろそろ尽きます』と言われても『はいそうですか』と素直に受け止められるはずがない。

「でも、俺なんかより貴之の方が辛いんだからな。俺がしっかりしないと。
それに・・・もしそれが避けられないのであれば、俺も後悔なんかしたくない。
ま、俺ができることは・・・ただあいつの側にいる・・・それだけだけどな」

とはいえ、やはり神崎も彼なりに覚悟を決めていたようだ。
自分が世界で一番大切にしている存在が、もうそろそろこの世界から旅立っていく・・・俺でさえ辛いのに、神崎がなんとも思わないはずがない。
でも、お前が貴之くんのそばにいるのは、彼にとって一番嬉しいことだろう。
ここで俺の中に疑問が浮かぶ。

「お前さ、貴之くんに告らないのか?」

それだけ近い仲だ。今なら告白しても上手くいくのでは?そう思うのは俺がまだこの二人のことを知らないからなのだろうか?

「はは・・・それも考えた。だけど、貴之は今は森川と付き合っているんだ。俺が告って煩わせる必要もないだろう」

となると、完全に貴之くんのことは諦めたのか?そう思ったが、彼には彼で思うところがあるらしい。

「まぁ、今まではちょっと気を遣ってはいたが、もう遠慮はしてやらないけどな。思いっきりベタベタしてやる。
鬱陶しいと思っても、『もう来ないで!』と言っても、言うとおりにしてやらない」

つまり、神崎のやり方で貴之くんを愛する・・・ということだ。

「あぁ、それでいいと思うよ。お前は色々と気を遣いすぎだ。もっと自分のやりたいようにやればいい。
自分を抑えすぎて後悔はするな」

それが、貴之くんにとっても喜ばしいことだろうから。例え神崎が手を出したとしても、あの子は拒まないさ。

「そうだな、お前の言うとおりかもしれない・・・今までは全然そんなことは考えなかったのに、なんか今ならそう思えるんだよな。
だが・・・お前、いつの間に貴之と仲良くなったんだ?」

ジト目で神崎に見られ、俺に一筋冷や汗が浮かぶ。

「前から何かおかしいと思ったんだよな。あいつ、俺には何かと言ってくるくせに、お前の言うことは結構従ってるし。
そうだ!あの時だってあの時だって・・・」

『あの時』とは、神崎と貴之くんが喧嘩した時と、貴之くんの病状の件のことを指しているのは明白だ。
その理由は本人に確認したわけではないけれど、ただ単に『神崎を困らせたくないから』といったところだろう。
神崎は俺たちのことを仲がいいと思っているみたいだけど、実のところじゃ俺と貴之くんの関係は恋敵だけど相談相手・・・というかなり複雑なものだ。
とはいえ、そんなことを今言うわけにもいくまい。

「安心しろ。俺はあの子にそんな気持ちを抱くつもりはない」

俺にとって貴之くんは可愛い弟のようなものだ。
だからこそ、貴之くんも俺に懐くのかもしれない。
それよりも、俺にとっては神崎の方が一人の人間として・・・もし、それを今ここで言ったら、彼はどう思うだろうか?



「俺はお前の方が大切だからな」



この言葉に嘘偽りはない。
貴之くんは確かに可愛いけれど、俺にとってはあくまでも『神崎の従弟』だ。
でも、神崎は俺の大切な友達だ。ずっと一緒に遊んで、バカやって・・・替えのきかない存在なのだ。



「サンキュ。でも、なんか口説かれてるみたいで照れくさいな」



頭をかきながら照れくさそうに話す神崎。その頬に若干朱がさしているような気がするのは気のせいか。

「冗談。俺は好きな奴がいる男を口説くほど趣味は悪くない。ま、お前が大切なダチであることは事実だけどな」

そもそも、男を口説く趣味自体がない。
だが、神崎が相手ならそれもアリか?と思ってしまうのは、俺が神崎に毒されたか、それとも神崎に対して友達以上の感情を抱いているからなのか。

「なんだ、そういうことか・・・残念。ひょっとしたら俺、落ちるかもしれないぞ?」

そう言うのは、逆にその気がないから茶化せると見ることもできるが・・・神崎の様子が若干おかしいのは気のせいか。
口調は軽いのだが、一方で心底残念がっているようにも見えるのだ。

「いくら俺が貴之を好きだからって、この気持ちが叶うわけではないからな。
誰でもいいと言うつもりはないけれど、もし俺を本気で愛してくれるやつがいれば、今の俺だったら確実に身も心も預ける・・・と思う」

貴之くんが一番・・・そんな神崎らしくない言葉。
だが、それほど彼の心は不安に包まれているのかもしれない。
貴之くんのことを愛していこうと覚悟を決めている一方で、彼自身が何かに救いを求めているように見えた。
不謹慎だと分かっていたが、俺は・・・。

「じゃ、俺が本気で愛してたら、お前は俺のモノになるのか・・・?」

真顔で、神崎を見つめながら迫ってみる。

「さぁ、どうだろう?お前だったら・・・うん、ありかもしれない」

そう答えるのは、それだけ神崎が弱っているからなのだろう・・・俺はそう結論した。
平静を取り繕っているが、神崎は悲鳴を上げている。
だが、本当に辛いのは貴之くんだから・・・と、それを声に出さない。

「付き合う気もないくせによく言う。
ま、お前の決めたことだから、俺は何も言わない。
ただ、独りで溜め込むな・・・それがお前の悪い癖。
辛かったら俺に言えばいい。話くらいは聞いてやる」

残念ながら、俺にできるのはそれだけでしかないけれど、俺はできることは全てしてやりたい。
そんな俺の気持ちは神崎には伝わったようで、彼は『わかった』とだけ答えてくれた。



そしてそれから一ヵ月後・・・桐生貴之は神崎への想いを心に秘めたまま、常世の世界へと旅立ってしまったのだった・・・。




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