7月30日:記入者 樋口裕也

いつの間にか和真さんはうちに居着くようになった。
どうやら、できるだけ長く恭祐兄との思い出に浸っていたいらしい。
僕にはそれが痛いほど伝わってきた。
だって・・・あの人は兄の遺影を見つめて、ただひたすら涙を流していた・・・。
あの和真さんが涙を流していたんだ・・・!




それは、まるでダイアモンドのよう・・・いや、ありとあらゆる金剛石すらも彼の涙の前では輝きを失うだろう。
たった一人のために造られる、どんなものよりも硬く、そして美しい宝石。
何も声をあげることはなかった。多分、最愛の人を失って声すらも失ったのだろう。

純粋に兄を想っている・・・痛々しい。

だけど、それはそれで僕の心の中で一つの歪んだ感情を生み出すことになる。
そこまで想ってるんなら、どうして恭祐兄を・・・見殺しにしたんだよ!
和真さんは恭祐兄のところにいたというじゃないか。
僕がそれを知ったとき・・・本気で和真さんを殺してやろうかと思った。
これが他人だったら、そこまでは思わなかった。



大好きな和真さんだからこそ、許せなかった・・・。






「祐・・・也くん・・・?」

こっそりとドアから覗いていた僕に気付いたみたいだ。

「兄のために泣いてくれて、ありがとう・・・きっと兄も浮かばれると思います・・・」

これには嘘偽りはなかった。この人はここまで兄のことを愛している。
自分が死んだことを認識しているかは不明だけど、もし気づいているのなら、きっと人に好かれるのが好きな恭祐兄は喜ぶ。

だけど、それと同時に・・・いいことを思いついた。

大切な人を失った苦しみ、和真さんに味わってもらう。


「でも・・・そんなに泣いてると、恭祐兄は安心してこの世を去れないかもね・・・」

「俺は・・・どうすればいい・・・?」

僕は悪魔のように微笑んだ。これから言うことは、他界した兄、それを一途に想う和真さん、そして・・・和真さんを想う僕全てを呪う結果になることになる。



「僕を・・・抱けばいいんだよ・・・」



すると和真さんは苦しそうな顔をする。もちろん、それは計算に入っている。
そりゃそうだよね。大好きな人の弟を抱くことなんて、出来るはずがないのだから・・・。
それが出来るような人だったら、恭祐兄が友達になろうなんて思うはずがないし、僕が恋するはずもない。


「悪い・・・そんな気分じゃないんだ・・・」

勿論そう言うことは分かっているよ。でも、和真さん、貴方は逃げられない。

「兄さんね、いつも僕のことばかり優先させていたんだ。だから、僕を抱けば、きっと兄さんは喜ぶよ?
それに・・・僕も何か激しいことをしていないと、恭祐兄のことを忘れられないんだよね。大好きな兄だけどね・・・どうも僕のことを性的な視線で見つめていたんだよね。

実の兄から受けるなんて、屈辱だよ・・・だから・・・」


あの人のことを忘れさせて欲しい、そう言おうとしたけど、できなかった。
いきなり和真さんに、押し倒された。強い力で押さえつけ、僕は少しも動くことが出来ない。
だけどこれで計画通り・・・かと思ったけれど、そうではなかった。
和真さんは軽蔑するような視線で僕を見ていた。

心が張り裂けそうだった・・・でも、これは罰だ。

嘘をついたことのね。兄さんが僕のことをそういう眼で見るわけがない。
兄さんが好きだったのは・・・和真さんなんだから。


「あいつのことを悪く言うのは、いくらお前でも許さない!そんなにあいつのことを忘れたいのか・・・そんなら、忘れさせてやるよ!」

「でも・・・ここは止めてね。兄さんが見てる」

「ははは・・・余裕なんだな。お前、そんな顔して何人誘ってるんだ?」



余裕?そんなのあるわけない。かなり僕は追い詰められている。
だけど、そんなことを言うわけにはいかない。だから僕は相当遊んでいるように思わせた。
とにかく、僕の部屋についてからは、もうそれは言葉では表せないほど凄まじいものだった。
泣いて頼んでも許してもらえなくて・・・本当に痛かった。
僕はどうやら男同士に変な幻想を抱いているようだった。現実を思い知ったけれど、別に構わなかった。

身体だけでも手に入ったから・・・それは僕にとって大きな切り札となる。

僕の心についた、呪われた傷は見ないことにしたのだった・・・。



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