8月01日:記入者 樋口裕也
「裕也くん・・・もうこんなことはやめよう・・・」
やつれた顔で懇願してきた。それは遠慮がちであるけれども・・・和真さん、言いたいことは分かってるよ。
そんなことをしたって恭祐兄は喜ばないと言いたいんでしょ?
でもね、こんな関係になってしまった以上、この手段を用いた以上、僕だってもう引き下がれないんだよ。
貴方のすべてを手に入れることにしたんだから・・・。
今は身体しか手に入っていないけど、心も手に入れてみせる。
兄を失った僕の痛み、身体中に刻んでもらうよ。僕は一本のテープを出した。
「これ、あの時のが映ってるんだ。出すところに出していいんだよ?そうしたら、貴方はどこも歩けなくなるね・・・」
「いいぜ?どこに出しても構わない。警察?マスコミ?それを出すのが俺の償いになるなら・・・」
想像外の答えに、僕は追い詰められる。何でそう言うんだよ!普通は恐がるんじゃないの?
お願いだから渡さないでって言うべきじゃないの?
僕だけが空回りしているみたいじゃないか・・・。
・・・本当はこんなことは言いたくなかったけれど・・・僕は禁じ手を使った。
「貴方はそれでいいかもね。でも、おじさんやおばさんはどうするの?犯罪者の親と罵られながら生きていくんだね・・・」
「そうだよな・・・俺はあいつを殺したのと同じなんだよな・・・。いいぜ?どうせ俺にはお前を抱くしか道は残されていないんだからな・・・」
彼は哀しそうに笑った。それが哀れみだと知ったのは、すぐ後だった。でも・・・それでいいんだ。
こうでもしないと、和真さんは手に入らないから・・・。
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同日:記入者 朝比奈和真
あの日から俺はずっと同じ夢を見ている。眠ってはその夢を見て目を覚まし、再び眠っては同じ夢を見てまた目を覚ます・・・その繰り返しだった。
俺の腕の中で冷たくなっていくあいつの姿、そして何もできなかった俺を・・・忘れたくてもそうすることができない。もしこうなることがわかっていれば、俺はどんなことをしても止めたのに!
でも・・・俺はあいつが死ぬのを止められなかった!
そして俺は毎晩のように布団を抜け出し、手を洗いにいく。
あの日から纏わりついている血を落としたい。
目が覚めると、俺の両手はべとついている。
それは寝汗だということは判っているけれど、どうしても恭祐の血に見えてならない。だから落とそうとする。
だが、何度洗ってもそれは落ちてくれない。
水を増やしても、強くこすっても・・・消えるのはその場限りで、眠って覚めると、またそれが蘇る。
あの時の『感触』は未だに俺の手に残っている。決して消えることはない。
周りは事故だ、お前は悪くないと言うさ。それは、客観的に見れば事実なのかもしれない。
でも・・・本当は裕也くんの言うとおりだ。俺があの時強引にあいつの家に行っていれば、恭祐は巻き込まれることは無かった・・・。俺は一生かけて償わなければならないのだ・・・。
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