8月06日:記入者 樋口裕也
待ちに待った和真さんとのデートの日。
建前上は身体以外で初めて僕らはつきあう日。
今日だけは僕らの間に刻まれている呪いを忘れられそうだ・・・いや、忘れたかった・・・それが僕の本音だった。
そんなわけで、僕は和真さんが迎えに来るのを待っていた。
だけど、時間になっても来なかったから、底知れぬ不安に襲われた。
とんでもなく悪いことが起こるんではないか。和真さんもあの時こんな気持ちになったのかな・・・と思ったら、
「・・・遅れて悪いな」
全身汗だらけで和真さんが来た。そんな苦しそうな顔もかっこいい。
遅れたことを責めようとしたけど、急いで来てくれたのが分かったので、止めた。
今日は身体の付き合いじゃないから、そうやって和真さんを縛り付けたくない・・・なんて、僕は甘いのかな。
ただ、どうしても文句を言う気にはなれなかった。
だから、僕はちょっと拗ねただけで許してあげた。
僕は高校生になっても遊園地というものが好きだった。
恭祐兄はそれを知っていたから時々連れていってくれたけれど、普通この年で行きたいって言うのは、何か恥ずかしいよね。だから、僕は和真さんと行くことにしたんだ。
そういうのには笑わない、そんな感じがしたんだ。
僕の予想通り、遊園地についても笑わなかった。だけど・・・とんでもなく寂しそうだった・・・。
「ここは・・・俺が初めてあいつと遊びに行った場所だよ・・・」
浮かれていた僕の心は、一気に沈みこむ。
僕が考えた場所に先に恭祐兄と二人で行っていた事なんてどうでも良かった。
それよりも、二人の想い出の場所に連れて行ってしまったことを後悔した。
それを知っていたら、他の場所を選んだ。だって・・・和真さんには辛すぎるよ。
僕はいつの間にか和真さんに抱いていた恨みがなくなった。
もう憎むことが出来なくなった。考えてみたら、悪いのは和真さんじゃないんだ。
和真さんは、自分が血で染まっても兄が亡くなるときに側にいて抱きしめてくれた人なんだ。
本当は感謝しなければいけなかったんだ。本当は・・・頭では分かっていた。
でも、恭祐兄が家を出なければ・・・ということで僕は勘違いな憎しみを彼に抱いていたんだ。
だけど・・・自ら壊れようとしている和真さんを見て、恨む気にはなれなくなった。
いつの間にかそれはただ恨んでいる振りになってしまった。
「恭祐は俺を楽しますために誘ったつもりだったらしいけどな、その俺を忘れて自分が楽しんでるんだ。
俺を怖がらせるつもりで乗ったジェットコ−スターも、自分のほうが震えていたし、お化け屋敷では絶叫しまくり。つい噴き出しちまったら、あいつ本当に嬉しそうに『やっと笑った』って言うんだ。
あいつも俺を笑わせるためにここまで身体を張らなくてもよかったのにな・・・」
壊れた蓄音機と化した和真さんは、今はすでにいない自分を止める相手を想いながら、所々紡ぎだすように語った。懐かしそうで、優しげな瞳をしていたけれども、やはり哀しそうだった。
僕は生まれて初めて恭祐兄を恨んだ。どうして・・・死んじゃうんだよ。恭祐兄が死んだから和真さんはここまで苦しんでいる。僕はもうこの場所にいたくなかった。
「無神経でごめんなさい・・・。もう・・・帰ろ・・・」
すると和真さんは首を横に振る。
「遊園地・・・行きたかったんだろ?だったら・・・楽しもう」
和真さんは無理やり好きな相手を思い出させられ、身を斬られるほど辛いはずなのに、僕のためにその傷を見せないようにしている。だから僕は素直にうんと言った・・・それしか和真さんに出来ることはなかった。
「はぁ・・・はぁ・・・お前・・・はしゃぎすぎ」
体力の限界か、和真さんがダウンした。彼は思ったよりも体力がないらしい。
おかげで僕らはベンチでまったりと休んでいる。我を忘れて楽しみまくったから、和真さんには悪いことをしちゃったな。
「ごめんなさい・・・すっかり和真さんのこと、忘れてた・・・」
すると、和真さんの口の端が、ほんのちょっと上がる。どうやら僕は笑われたらしい。
「楽しかったんだろ?なら・・・良かった。ずっと思い詰めていたからな、お前・・・」
僕の心の闇を、この人は見抜いているのだろうか。そんな僕に構わず和真さんは淡々と続ける。
「隠してるつもりはなかったけど、どうせ俺が恭祐を好きだったって気付いてるんだろ?
やっぱりホモは嫌だったか?」
「うん・・・。知ってた。でも、和真さんならいいと思った。
大好きな恭祐兄を取られるのは寂しかったけどね。だけど・・・」
本当は和真さんが恭祐兄に取られるのが寂しかった。
でも、それは言えなかった。
こんな関係になって言えるはずはないし、それ以前に、兄が連れてくる時しか接点がなかったんだもの。
向こうが僕を覚えているなんて思っていなかった。
だから、振り向かせようなんて思えなかった。こっそり好きでいれればよかった。だけど・・・
「お・・・お前・・・」
ついキスしてしまった!今の今までセックスしてもキスすることはなかった。
和真さんがしようとすると、僕はあえて拒否してきた。
これが愛の無い行為だということを強調するために、そういうのはしなかったんだ。
「ごめんなさい・・・。僕はずっと和真さんのことが好きだったんだ。
貴方の心が手に入らないって知ってたから、身体だけ手に入ればよかった。
でも、どんどん苦しくなってくんだ。だから、今日で終わり・・・。
今まで和真さんには苦しい想いをさせて、ごめんなさい」
僕はすぐにそこから逃げ去った・・・。和真さんの顔が見れなかった・・・。
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