Nummer elf


結局俺は光輝兄のアパートを出て実家に戻った。
ひそかに引き止めてくれることを望んだけど、
今度こそ光輝兄は止めることをしなかった。
持ち込んだ荷物は想像以上に多かったので、
持ち帰れない部分は処分を頼んでおいた。





ついでに、勿忘草も持ち帰ってきた。
これは自分の気持ちそのものだったから、
置いていくわけには行かなかった。





兄の家に自分の跡を残したくなかった。





「久しぶりだね、瞬くん」

失恋の傷が癒えぬまま、せめて気晴らしにと街を歩いていたら、鳩山先生に会った。
病院は?と聞いたら、医者じゃないから病院じゃないと笑われた。どうやら彼はカウンセラーだったらしい。
今日は非番らしく、食事に誘われた。


「結局・・・どうするのかい?」




「もう・・・どうでもいいです。もう俺には・・・」

「どうしたの・・・?僕でよければ話を聞くよ。別料金でね」

食事をおごれと年上の大人に言われ、俺はその人の温かさを実感した・・・。





「・・・そんなこと、言われたんだ」

「最低・・・だって。俺って・・・本当に最低だよ」

「自分をそこまで悪く言うのはどうかと思うよ。君は悪くない」

「俺が悪いんだ!俺が・・・兄を好きになんかなるから!」

そうだ。俺が男を好きにならなければ、俺は弟として彼に愛されていたはずなんだ。兄だって俺の対処に困らなかった。

「・・・違うよ。誰も悪くはない。君も、そしてお兄さんも。





誰も悪くないから・・・余計ややこしくなる。





・・・こういう職業には守秘義務というのがあるんだけどね、あまりにも見ていられないから君には教えてあげる。
あくまでも僕の邪推だけど・・・光輝君がどうして君にああいうことを言ったかを」


鳩山先生は光輝兄のことを知っているのだろうか?そんな疑問が浮かびあがったけれど、名刺を思い出し、納得する。


「あの子は優しすぎる。確かに最初は実の弟に好かれたのは嫌だったみたいだけど」


俺は耳を塞ぎたかった。いくら他人の口から出た言葉とはいえ、今の俺には痛くてたまらない。
だけど先生は優しく俺を諭した。いいから聞いてと。


「でも・・・底からは突き放せなかったんだって。
やっぱり大事な弟だったからなのかな。そんな態度が君を苦しめた、そう言っていたよ。
徹底的に突き放すのが最良の策だとは知っていても・・・弟がそれで傷つくのは見たくなかったのかもしれない。
この分だと、君が記憶喪失になった本当の理由も気づいていたんだろうね。


僕は今あの子が君にどういう感情を抱いているのかは分からない。
でも・・・僕は純粋に君を嫌いだから突き放したとは思えないんだ。

鵜飼先生が言っていたことがある。

救急車で運ばれているとき、自分の怪我のほうがひどそうなのに『弟を助けてやってくれ!こいつが助かるなら、俺は後回しでいいから。死んだっていいから』って言っていたらしい。
普通は無意識に自分の身体を心配するものだよ。でも・・・そうじゃなかった。
それなら君の事、大切に想っていたってことなんじゃないかな。




だから・・・何か訳がある、そう思いたいんだ。





僕はこういう仕事をしているけど、本当はあまり他人の人生に口は出したくない。
僕みたいな職業の人間の一挙一動は人の人生を左右しやすいから、言葉には気をつけているつもりだし・・・何より僕自身がその人の人生を背負えるほど強い人間じゃないんだ。でも・・・今回ばかりは言わせてもらうね。
兄弟がいがみ合っているのは悲しい。仲直り・・・しようね。さて、君に一肌脱いでもらうよ」




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