Nummer zwei


「俺って、どんな弟だった?」

結局写真を見せてもらい、やっと俺はこの人が兄さんだと心から信じた。
兄さんはそのことに呆れ返っていた。こればっかりは百聞は一見に如かずというやつだと言うと、投げやりな感じになった。
そんな彼にちょっと申し訳なく思いながらその写真を見ると、何故か胸が痛くなるくらい幸せそうな俺がそこにいた事に気づく。

夏休みということもあって、兄さんは本当に忙しいときと、俺に用がある人がいるとき以外はつきっきりでいる。
そんな兄さんにしちゃいけない質問かと思ったけど、想像を裏切って優しい笑みを見せて教えてくれた。

「そうだな。生意気な弟だった。俺が借りてる家のくせに、文句言い放題だからな。でも、反面、いい子だった部分もあるよ。文句は言っても我侭は言わない。遠慮してたんだな。もっと俺に甘えてもいいって思ったよ」

何となく分かる。多分俺のことだから、一歩退いていたのかもしれない。兄さんが大好きだから。じゃないと、便利な実家を出て兄弟二人で暮らそうなんて思わないだろうな。
それで、我侭言えなかったのかもしれない。俺が同じ状況ならそうするね。
文句言うのは、それが不満なんじゃなく、構ってもらいたいから。兄さんは甘えてもいいと言っているけど、俺は俺なりに甘えていたんだと想像する。

「俺・・・兄さんのこと、好きだったんだな・・・」

しみじみと言った。やっぱり前言撤回。記憶がないのが悔しい。

「さぁ。それは・・・お前にしか・・・分からないさ」

肯定するわけでも否定するわけでもない。分かったのは、兄さんが何かを隠しているということ。
淡々と話しているように見えて、瞳は寂しさで満ち溢れている。でも、それを見せたら俺が傷つくと思っている。俺はそんな重い空気を振り払いたかった。

「兄さん、そこのマンガ、とって」

あいよ、そう言って取ろうとしたところ、何かにつまずいた。

「大丈夫?」

「・・・どうも、調子が狂うな・・・」

「後遺症、あるの?」

まだ俺は入院している。軽症とかいっていたけれど、数日間意識不明だったのがいけなかったらしく、しばらく検査入院が必要みたいで、俺はこうしてベッドにいる。
見かけは兄さんのほうが重症そうだけど、俺の意識がなかった間に退院が出来たみたいだ。だから、ただの怪我だと思ってたんだ。

「いや、それはないけどな。まぁ、ちょっと疲れているのかも」

それもそうか。兄さん、ずっと俺の世話をしてくれていたからな。

「帰って休んでいいよ。俺記憶が変なだけで、身体が悪いわけじゃないから・・・」

兄さんのことを気遣ってみた。でも、ホントのことを言うと、俺も複雑な気持ちなんだ。甲斐甲斐しく世話をしてくれるのは嬉しいんだけど、彼の望みどおり思い出してあげることが出来ない。
彼は今は思い出せとは言わなくなったけれど、それが無言の圧力に感じて、俺は焦ってしまう。だから、今は独りになりたいんだ・・・。

「悪いな。窮屈に感じちまったか・・・」

俺の心中を察してしまったのか、申し訳なさそうに謝る。

「その・・・ごめん・・・俺、自分自身が分からないから・・・」

正直に言ったけど、兄さんは俺を見捨てるようなことはしなかった・・・。

「そうだな。俺が急ぎすぎたな。だから今日は帰るよ。何かあったら連絡しろよ。これ、携帯の番号だから・・・」

じゃな、それだけ言って彼は病室を後にした。俺は彼に手渡されたメモを見た。書きなぐられているように見えて、丁寧な文字。あの人のだと思うと、心が温まる。

目をあけて初めて見た人。彼は俺の兄だと言った。でも、俺にとっては彼が兄であってもなくても関係ないのだ。
俺は純粋に鷺沼光輝という男に魅かれはじめている。真っ白な俺に、色々な物を与えてくれる。嬉しいこと、寂しいこと、いろいろな事を教えてくれた。

(お前はあの人のこと・・・どう思っているんだ?)

心の中の俺、記憶があった頃の俺に問いかけてみる。勿論、答えは返ってこなかった・・・。




それでも俺を独りにしておくのが心配だったのか、それともただの偶然なのか、入れ替わり立ち代り女の人が入ってきた。可愛いというよりは、存在感のある美人。
しかし、いかにも美人というのではなく、何かを秘めているという妖しい魅力のあるタイプ。

「瞬くん・・・だったわね。元気かしら?」

「どちら様ですか・・・?」

記憶喪失の俺が知るはずがないのは当然だけど、年齢的に俺が知り合うのにも無理があることは解っている。

「はじめまして・・・ということにしておくわ。私は鷹司響子。あなたのお兄さんとは・・・そうね・・・」

俺の心に潜む何かをつつくような響きだった。恐らく俺がどういう顔をするのかを計算している。

「『ただの』『仲がいい』『お友達』ということにしておくわ。とにかく、記憶がなくなったのは悲しむべきなのかもしれないけれど、生きていることには感謝しなくちゃね・・・ふふふ」

この人は俺の何かを知っている。しかし、それを聞いても軽く意味ありな笑みを浮かべただけで答えてくれなかった・・・。



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