Nummer fuenf〜在リシ日ノ恋ワズライ〜


『光輝兄・・・ずっと、好きだった・・・』

『瞬?本気か?お前ってホモだったの?』

『分からない。光輝兄だから好きになったんだ・・・』

『悪いな。俺、野郎と付き合う気は全くないから』





俺は玉砕した。考えてみたらこれが普通だ。俺も兄も、男なんだから・・・。





『光輝兄、この問題の答えって何?』

ちょっと手が触れてしまい、あからさまにびくっとした。そんなに気味悪がられると、傷つくよ・・・。

『俺のこと、そんなに気持ち悪い?』

俺と彼との関係は、本当に最悪としか言いようが無かった。
兄が俺を避けている。
まぁ、実の弟に好きだと言われたら普通は気持ち悪くなることは分かっているけど、そんなに避けなくてもいいじゃないか・・・とも思う。
自業自得と言われると返す言葉がないんだけど。





『いや、俺もどうしたらいいのか分からないんだ。お前は俺を・・・どうしたいんだ?』

『わからない。でも・・・抱いてほしいのかもしれない・・・』




俺はただ好きなだけで、
ただ側にいたかっただけで、
ぎゅっと抱きしめて欲しかっただけで、
甘い声で俺の名前だけを呼んで欲しかっただけで、
今までそういう生々しいことを意識しなかった。
いや・・・もう逃げられないか。無意識にそれを追い払っていた。
でも・・・俺が兄を好きだということは・・・俺は兄のモノに手を触れた。
キスして欲しかった。
細くて長い指で触って欲しかった。
そして・・・俺はこれに貫いてほしいんだ。





『やめろ!頭いかれたのか!?』






実の兄を好きになった代償は、とんでもなく大きかった。
どうして俺は「好きだ」と言ってしまったのか?この気持ちを黙っていれば、俺はあの人の弟として側にいられたのに。こんな結果になることは判っていたはずなのに、俺は、弟では我慢が出来なかった。もしかしたらという期待をしてしまっていた。


俺はもう・・・あの人の隣にいることが出来ないよ。






最初は遊びに来てほしいと言われたので部屋を訪れた。
社交辞令だと思ったら、本気で喜んでくれた。だから俺はちょくちょく行くようになった。
さりげなく自分のものを増やしていったら、俺の荷物のほうが多くなってしまった。
そんなときだったな、引越しの話が出たのが・・・。






『引っ越そうと思うんだけど・・・お前はどうする?』

『え?俺?どうするって?』

『もしよければ、お前も住まないか?』

『嬉しいけど、光輝兄に迷惑はかけられないよ』

『いや、お袋の条件なんだよ。俺が自堕落にならないように監視役をつけるってのが』

恐らくそのときから好きだったんだろう。親に干渉されたくなくて家を出た兄が、俺だけは側にいるのを許してくれた。
それが嬉しかった。兄のことを知っていくたびに、どんどん惹かれていった。
勿論兄の、兄弟とは思えぬほど背が高くて引き締まった身体も好きだけど、そんなのは二の次だった。片想いでも、想っているだけで幸せだったから、ただ一緒にいるだけで幸せだったから・・・あえてそんな欲望は無視してきた。

でも、今から考えると、この幸せは砂上に立っていたのかもしれない。立場が危うく、崩れるときも脆く砕け散る幸せ・・・そのツケを支払わなければいけないようだ。俺は家を出る決意をした・・・。






「今まで本当にありがとう。俺、ここ出るよ」

俺たちはあの日から話すことはなかった・・・それどころか、顔すらも合わさなかった。
勿論、面と向かって罵り合うようなことすらしなかった。
俺たちがやったのは、どうお互いの存在を視界から外すか、それだった。
お互いその原因を意識しているから、余計に始末が悪かった。
俺も兄も機械のように割り切れる人間じゃないから、更に始末が悪かった。
でも、そんな息苦しい空気から解放されるんだ。光輝兄はほっとため息をつくだろう。

「別に・・・出て行く必要はないだろう?」

「だって、俺の理性が持たないもん」

ちょっと笑いながら言った。本当は笑えるはずがなかった。でも、こういうときは笑うしかないんだ。笑っていないと泣いてしまいそうで嫌なんだ。

「そうか。俺はお前を傷つけてしまったんだな・・・」

しかし、予想とは裏腹に、兄の瞳は違う苦しみにあふれていた。
どうしてそんな顔をするの?
あなたの嫌いな俺が出て行くんだよ?
もっと喜んだ顔を見せてよ。
お前がいなくなって嬉しいって言ってくれよ!

「そんな顔しないでよ。実家に戻るだけだって・・・」

「本当に・・・悪かった」

「謝るのは俺のほう。気持ち悪い弟で、ごめんなさい・・・」

「誰も気持ち悪いなんて・・・」

俺の気持ち、解ろうとしてくれたんだね。
普通はホモに理解なんて示さないものだよ。
だから、それだけで嬉しいんだ。
でも、もう俺のことで苦しまないでよ。
光輝兄が俺のことで苦しむのは見たくないんだよ。
俺は昨日買ってきた一鉢の花を手渡した。ふと引き寄せられた。




名を、ワスレナグサと言う。




「この気持ちがあなたの負担になるのなら、俺が言ったこと、忘れてください。
俺も、この花が枯れた頃にはきれいに忘れるから・・・だから、せめて俺のこと、弟として見て下さい。





・・・俺のこと、嫌いにならないでください




もうこの気持ちは忘れるのだ。
好きだから、忘れたい。
嫌われたくないから、忘れてほしい。
あまりそういうのに興味のない彼はこの花を枯らせてしまうだろう。
そのときには俺もこの人も笑って話せるようになりたい。心の底からあの時馬鹿な恋をしたと言い合いたい。


でも・・・これぐらいは望んでもいいよね。



「でも・・・頼みがあるんだけど、いい?」

「俺にできることなら・・・」

「デート・・・してほしい。一回だけでいいから・・・」

兄との最初で最後の想い出とともに、俺の気持ちも封じ込めるから。
全てを・・・忘れるから。

「あぁ・・・わかった。だから・・・そんなに泣きそうな顔をするな」



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