Nummer sechs〜カエラヌ日ノ恋歌〜
俺自身はただデートをしたかっただけなんだけど、彼は今日一日だけ恋人になってくれると言った。
それは、救いようのないほど気の狂った俺に対する兄なりの優しさであることは、聞かなくても分かる。
「本当に・・・よかったの?」
「何が?」
「うん・・・」
聞こうと思ったけど、聞けなかった。
いくらまぎれもない事実であっても、お情けで付き合ってると口に出して言われたら俺は立ち直れない。
事実でないことを言われても、傷ついてしまいそうで嫌だった。
そんな俺自身を見られるのも嫌だった。
「ばか・・・今日くらいおとなしく甘えろ」
くしゃっと髪をかき回す。
「うん・・・ありがと。それと・・・気持ち悪い弟でごめんなさい」
すると兄はむっとした。俺、何かまずいこと、言った?
「そんなに自分を卑下するのはやめろ。聞いててあまり・・・」
いくら俺が悪くても、その言葉には腹立ちを覚えた。
光輝兄には俺の気持ちなんて分からない。
男を好きになってしまった俺がどんなに苦しいか!
そうやって自分を貶めることで傷をなめている俺のことなんか!
それが八つ当たりだとは知っている。
でも、どうせ後戻りは出来ないんだ。ありったけの想いをぶちまけてしまっても・・・
「いや・・・俺のせいか・・・」
そんな俺の気持ちを察してしまったのか、兄はため息をつく。これ以上俺には何も言うことは出来なかった。
「そんなことはいいよ。だから今はデートを楽しもう?」
沈み込んだ空気をどうにかしたくて、泣きたくなる気持ちを押さえ、俺はわざと明るく振舞った。兄もそれに乗ってくれた・・・。
「く・・・取れない・・・」
数年ぶりに『兄さん』とゲーセンに行った。
普段は友達と行くから、何か不思議な感じがする。
そのせいか、ただ今UFOキャッチャーで1000円以上すってしまった。あのぬいぐるみ、どうしても欲しいんだけどな・・・。
「瞬は下手だなぁ・・・貸してみろ」
兄さんはレバーを俺からひったくって、あっけなく取ってしまった。俺の1000円は一体なんだったんだろう。
「兄さん、上手いねぇ」
俺が『兄さん』と呼んだことに気づいたみたいだけれど、あえてそれを気にしないようにしていた。
「そりゃ、お兄さまだからな。これ、プレゼント」
ぽんと投げてよこした。俺はそれを受け取る。
「ありがと・・・大事にする」
「大事にするって・・・どうするんだよ?」
苦笑しながら言う。まぁ、いい年してぬいぐるみを大事にするなんて、変かもしれない。
「兄さんの代わりだと思って・・・」
ぽかりと殴られた。殴るならもっと力を加減して欲しい。
いや、そういう問題じゃない。
『冗談』なんだからそんなに怒らなくてもいいのに。
「俺はその不細工なぬいぐるみと同レベルか?」
しかし怒っている理由は、俺のそういう意味の言葉じゃなくて、ぬいぐるみと一緒にされたからであるらしい。
「何言ってるの?兄さんはぬいぐるみよりずっとかっこいいよ」
このくらいは許されるかな?という程度の言葉を選んだ。
兄さんはその言葉が嬉しかったらしい。俺の頭を満足そうになでる。
その手が本当に心地いい。恋人であると勘違いしてしまいそうだ。
嬉しいけれど、
それをされるのが今日で最後だと思うと、泣きたくもなる。
「お世辞言っても何も出ないぞ?」
そうは言っても、にやけている。
「別にお世辞じゃないって。本当に兄さんはかっこいい・・・」
「ほーんと、お前って物好きだな。俺じゃなくても可愛い女の子が大勢いるだろ?」
純粋な疑問。何も深い意味も皮肉もない。純粋に女が好きである彼だからこそ浮かぶ至極単純な疑問。
それを彼は朝食が何だったかというのと同じくらいの軽さで聞いている。当たり前だからそれを口に出す。
しかし、俺を傷つける意図がないからこそ、馬鹿みたいに俺は傷つけられる。
しかも、彼はその言葉がどれだけ俺の心を抉るかは知らない。
でも、知る必要はない。最大の譲歩をしてくれている兄さんに文句を言ったら罰が当たる。
「うん。そうなんだけどね。でも、兄さんは別」
それを知られたくなかったから、俺は怒られることを覚悟で抱きつく。
しかし彼は、哀しそうにため息をついただけで、引き剥がすようなことはしなかった・・・。