Nummer sieben〜愛シキ者ヲ護ル腕〜


兄さんとの最初で最後のデートは、思っていたよりも「和やかに」進んでいった。
俺にそういう気持ちを持ってくれるようなことはないけど、否定するような言葉は出なくなったのが最大の収穫・・・ということにしよう。

しかし、傍から見るとそれは滑稽な二人に映るかもしれない。
和やかではあるが、その和やかさこそが不自然なのだ。
俺も、兄さんも道化を演じている。
そのちぐはぐさを知っていながら、あえて気づかない振りをしている。
相手に気づかれないように、嘲笑うしかない努力をし、お互い愛し合っている恋人を演じている。
更に泣けてくることに、この演技、とても下手なのだ。俺も兄さんも役者には向かない。




「ファーストフードでデート・・・なんか高校生のお付き合いみたいだな」

苦笑いしながら言う気持ちは解る。俺もむずがゆい気持ちがしてくる。

「じゃぁ、兄さんの言うデートってどういうのだよ」

兄さんは非情にモテる。デートの一つや二つ、したことがあるはずだ。
特にあの鷹司とかいう女の人。1、2回会ったことがあるんだけど・・・あの策略家は俺の気持ちに薄々気づいている。
今は接触自体がほとんどないけれど、そのうち何をしだすかわからない。

「やっぱ・・・ホテルか?」

俺はつい口に含んでいたジュースを吹き出してしまった。
だって、兄さんの言いたいことって、そういうことだろ?俺は想像して鼻血を出すかと思った。




「ちょ・・・ちょっと・・・い・・・いくらなんでも・・・え、ほ・・・ほて・・・る」



「吹き出すなよな・・・。恋人ならそうすべきだろ?」

そりゃ、恋人ならえっちなことをしても全くおかしくない。むしろ、そのほうが正常なのかもしれない。



だけど・・・




「兄さんは俺を抱けないでしょ?」

「何を言うんだ。俺だって努力すれば・・・」

口ごもる。ほら、兄さんは男を相手することは出来ない。
デートは出来ても、そう簡単に同性とのセックスなんて出来ないものなんだよ?


それが普通だ。


好きでないからこそできるという人も多いけれど、兄さんはそういうタイプには見えない。だから、はっきりできないと言ってくれたほうが望みを抱かなくて済む。

「勘違いするな。もしお前が弟じゃなければ、多分そこまで抵抗がなかった・・・と思う。でも、お前が弟だから、本当に大切な弟だから手が出せない。お前が女だって一緒だよ。




気持ち悪いとか・・・そういうんじゃないんだ。それだけはわかってくれ・・・」



俺が弟でなかったら、兄さんはただの変態として俺を切り捨てる。
だからこれは兄さんの精一杯の愛情と思いやり。

そして、完全なる失恋。

もう俺の心は諦めで満たされていたので、今更悔しいとも思わなかった。
心から俺のことを思ってくれていることが分かるから。
でも・・・やっぱりほんのちょっと思う。

もし俺が兄さんの弟でなければ・・・って。

どうしても兄さんの言葉を信じてしまいたくなるんだ・・・。






「まだ行くのか?そろそろ帰らない?」

体力のつきかけている兄さんが俺に懇願した。

「今帰るんならキスでも何でもしてやるからさ」

一瞬だけ天秤にかけてしまった。そんな自分が憎らしい。

「まだ日付は変わってないよ。今日いっぱいは楽しむことに決めたから」

まさか俺とのデートが嫌なの?その言葉に完璧に拗ねてしまった俺を見て、あぁそうですか、諦めの境地に達した兄さんは、仕方なくハンドル回し、方向を変える。

「どこ行けばいい?」

「人気のないとこ」

冗談交じりに言うと、やれやれと言いながらも行くことにしてくれた。
しかし、ツケは払わなければならない。それは突然起こった。
突然目の前から乗用車が近づき(兄さんはしっかり左車線を走っていた)、よけたところ、バランスを崩して・・・!




「兄さん・・・兄さん・・・!」



気がつけば俺の上に兄さんが覆いかぶさるような形で倒れていた。
背中には兄さんの腕・・・?まさか・・・守ってくれたの?
俺は頭をぶつけただけでかすり傷だったけど、兄さんは割れた硝子で顔が傷ついたのか、血まみれだった・・・。まさか・・・

兄さん!死んじゃ嫌だ!まだデートは・・・」

そんなことを言っている場合ではないことくらい知っている。
でも、何か言っていないと兄さんがこの世の人ではなくなってしまいそうで嫌だった。

「馬・・・鹿、勝手に・・・殺す・・・な。・・・それよりお前は・・・」

「俺は平気だよ。でも兄さんは血が・・・」

「俺のことは気にするな・・・お前が無事でよかった・・・お前に何かがあったら俺は・・・」

どんなに自分が傷ついていても、自身ではなく、俺の心配をする。そんな優しさはいいから、今は自分の心配をしてほしい。
兄さんの左目からは真紅の涙が滴り落ちている。その紅い想いが俺を侵食していく。その血が俺を絞め付ける。
凄惨な光景だった。俺が、俺があの時帰ると言っていれば、事故には巻き込まれなかった。
普通に家に帰れていたのに!
俺のせいだ、俺がこの事故を起こしたんだ!
俺さえいなければ!



約束どおりデートもしたので、思い残すことはない。だから、もう・・・消えてしまいたい、そう思うと同時に意識が薄れていく・・・






「瞬・・・俺が・・・俺がお前を守ってやる!」






好きな人に包まれている・・・そんな不思議な安堵とその言葉を胸に秘め、俺の記憶は途切れることになる・・・。



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