Nummer neun


どこをどうやって来たかは解らないけれど、俺はそこにいた。
兄さんとのデートの最後の目的地だったけれど行けなかった場所。
小さいころから兄さんと一緒に行った、人気のない夜の公園。
俺は最後にそこでキスしてもらおうと思っていた。その天罰が下ったのかもしれない。




普段は緑が清清しいけれど、夜はそれが心細くさえ感じる。
本当に俺は何て馬鹿な人間なのだろう。兄さんを好きになり、左目を奪った挙句に、修一郎までも怒らせた。






もう・・・何もかも忘れ・・・いや、この世そのものから忘れ去られたい。







「瞬・・・どこにいる?」

遠くから何か聞こえるような気がする。俺の幻聴かな。その声の主は兄さんだった。本当に俺って頭がおかしいよな。

「いたら返事しろ・・・」

しかしそれは俺の気のせいではなかった。目の前には兄さんがいた・・・。

「兄さん・・どうして・・・」

光輝兄と呼びそうになったので、言い直した。

「あぁ、お前が消えたと修一郎くんに泣きつかれた。どうしてか居場所は言わなかったけど、恐らく俺の知っている場所にいると思った・・・色々探し回ったら・・・」

そうか、その分だとある程度の予想はついているようだね?だったら俺は隠さず話そう。それで兄さんに裁いてもらうのだ。



「光輝兄、俺、記憶戻ったんだ・・・」



そうか、彼はそれだけ言って黙り込む。大方の予想はついた上で、話の続きを待ってくれているらしい。

「光輝兄、左目、見えないんでしょ?
俺のせいだね・・・ごめん。
俺があの日デートなんかしなければ、こんなことにはならなかったんだよね」




全てを思い出した俺を、兄さんはどう思う?
何も知らない『俺』には弟として見てくれたけど、全てを取り戻した俺になんて言うつもり?
気持ち悪い?
どうもそうは言わないような気はする。
でも、本当は憎らしくて仕方ないはずだ。



俺は・・・事故の元凶なんだから。




「ばーか。左目一つでお前の命が助かったのなら・・・本当に・・・安いものだ。
お前が意識を失ったとき、どれだけ俺の心臓が止まりそうになったか分かるか?

俺のせいだ・・・そう思ったよ。

俺がお前の気持ちに応えていれば・・・あんな事故は起こらなかった。

だからお前が記憶を失ったとき、寂しかったのと同時に、ほっとした。責められるんじゃないかと思っていたから・・・」




隠されていた兄の思い。
俺が彼を好きになって苦しかったのと同じで、彼もまた俺に好かれて苦しんでいた・・・。




友達はみんな幸せそうな恋をしているのに、
どうして俺はこんな想うだけで身体が引き裂かれるような恋をしなければならなかったんだろう。
恋って甘くて優しいものじゃなかったの?
好きな人を想うだけで幸せ・・・そのような恋をしたかった。そんな甘い恋をしたかった!
片想いであっても『秘めた恋』に浸りたかった。
俺はいつでも血を吐きそうな思いをしている。
俺の血にまとわりついたこの想いは、忘れることを許してくれない。
忘れようとすると、戒めるかのように、『忘れるな』と叫ぶんだ!





「責めるわけ・・・ないじゃないか。それに、光輝兄は悪くない。俺が・・・俺が実の兄を好きになるから!ねぇ、兄さん?俺を責めてよ!お前が悪いって言ってよ!」

そんな慰めの言葉なんかいいから、俺を傷つけてほしい。そうすれば俺は・・・そんな呪われた恋に上塗りすることができる!

「そうだな。この傷はお前がつけたんだな。つまり、お前が俺を好きにならなければ、俺の左目は今見えていたんだ」



兄はきっぱりとそう言った。
もちろん、そういわれる事は覚悟していた。
でも、実際に言われると、すごく苦しい。
身体がガタガタするのを隠せなくなる。口も震えて『もう言わないで!』とすらも言えない。
そうか、俺、兄さんならそういうことは絶対言わないと過信していたんだな。
だから言われても平気だと思っていた。
でも、平気なはずがないよな。

好きな人に言われて何も思わない人なんている筈がないんだから・・・。







「おまけに・・・人のこと、勝手にかき回しといて、勝手に忘れやがるからな。責任、取れよな」



der Naechste(次頁)