この恋の境界線

兄、宗像亨と弟、春樹は仲のいい兄弟だった。家族は二人の間に秋良と由美子が居て、それぞれ大学1年と高校3年生。春樹が生まれてからすぐに母が病死、父親が単身赴任という状態なので、大学3年の亨が保護者の代わりをしている。もともとそんな境遇のため、長男だった彼は春樹が寂しがらないように自分が出来る限りの愛情を注いでいたつもりだった。そして春樹のほうもそれを感じていたので、彼を特別な存在だと思っていた。しかし、そんな兄弟に転機が訪れる・・・。
「春樹、俺と付き合わない?」
春樹の親友、柊弘平が突然告白してきた。いつものほほんとしている弘平が、珍しく真剣な、思いつめた顔をして「話がある」と言ってきたので、断ることが出来ずに人気のないところに行ったところ、前触れもなく言われた。
ちょっと童顔で線の柔らかそうな春樹に比べ、弘平はさわやか好青年という言葉が似合いそうな少年である。かなりブラコンの気があり、ちょっと付き合い方の難しそうな春樹に比べ、弘平のほうは人当たりもよく、それなりにクラスの人気者でもある。そんな彼がどうして自分にそう言うのかという疑問が春樹にはあった。
「俺、男なんだけど。それに、俺のどこがいいの?」
弘平に好かれるのは悪くはないし、嬉しいとも思う。しかし、それは友達としてであって、恋人として付き合うこととは根本的に問題が違う。春樹がすんなりと返事をしないのも無理はないし、それが普通だろう。
「そんなこと、分かってる。俺だって何度も考えた。分からなかった!でも・・・多分春樹だから好きになったのかもしれない・・・」
最初はからかわれていると思った。何で俺を?というのもあるが、それはまぁ、親友だからということで片付く問題だ。たまたま親友を好きになってしまったのである、と。
もちろん本気に思えなかった理由はちゃんとある。男が男を好きになるということを春樹は他人事にしか思っていなかったのだ。まさか自分が当事者になるとは思いもよらなかった。でも、すぐに冗談ではないと分かった。弘平は、そんな冗談を言う人ではなかった。自分の言動が人を左右することもあるから、まったく思っていないことは言わないという男だ。そんな彼が目の前で、ひょっとしたら泣いちゃうんじゃないのか?という表情をしながら返事を待っているのだから、本気だということが嫌でも分かってくる。
どうしようかと思う。自分のことだから自分で考えるべきなのだが、兄の顔が浮かんだ。もし自分たちが付き合うことを知ったら、過保護な彼はどう思うだろうか。心の広いというか、順応性の高い兄は男同士であることに怒る人間だとは思えないが、それでも後ろめたいものがあって、大好きな兄を裏切ることになるんじゃないかという気持ちが大いにあった。

「やっぱり・・・亨さんのことを考えてるのか?」
目の前の恋する男は、自分のことを見抜いていたらしい。どう返事したらよいのか分からなかった。そうだ、返答できないのも至極当然のことだ。物心がついていたときから春樹は兄、亨の後についていった記憶がある。彼は母の顔を覚えていなかったので、亨が母親のようなものだった。亨を知る同級生は華やかな人、上級生は、ちゃらんぽらんで、いかにも軽そうに見えると言うが、本当はとても優しく、家族の・・・いや、春樹のことを誰よりも考えている。春樹は時折見るそんなところが好きだった。しかし、ずっとこのままでいいのかと思い続けていたことも事実である。
兄がモテることは知っていた。卒業しても学校内で写真の取引がされているし、よく自宅前を怪しい女(だけでなく、男も多い)がうろついていることも知っている。しばしばラブレターを渡されるくらいでもある。しかし、付き合ったのを見たことはない。そんな暇がなかったのもあるが、自分がいたからじゃないかとも思う。それなら、付き合うことになれば、兄は安心して誰かと付き合えるだろうか?
「いいよ。でも・・・友達からってことじゃダメ?」
兄離れをするために彼は目の前の男と付き合うことを選んだ。今はまだ友達の段階だけれども、時間をかけて好きになりたい。正直にそれを言うと弘平は少しため息をついたものの、仕方ないかと笑って許してくれた・・・。

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