「兄さん、ごめんなさい・・・」
後数日は倉科にかくまってもらおうかと思ったが、可愛い子を見れたことと、万が一にもそれで弟が自分の責任に思わないようにと、ちょうどいいタイミングを見計い、上機嫌で家に帰った。家をかき混ぜたことに秋良と由美子が口うるさかったけれど、それは表面的なもので、必要以上には追求しなかった。大体何があったのかは、問い詰めて春樹に口を割らせて知っていたらしく、柄になく気遣っていることが分かる。
珍しいことがあるものだ、鼻歌を歌いながら夕飯の支度をしようとすると、弟がいきなり謝ってきた。
「兄さんは本当は真剣に俺たちのこと考えようとしてくれてたのに、あんなこと言っちゃって・・・」
自分ではすぐに過去になってしまったあのことも、春樹にとっては今も続いていることだったらしい。それで全て納得した。それを見かねて弘平が会いに来たのだ。色々弁解の言葉は用意していたものの、亨はあえて思いのままを口に出す。
「そりゃ、兄だから弟の幸せは考えるさ。でも、押し付けるような物言いはしてほしくなかったな。お前たちは俺に理解しろと言っているようなものだ。それは、お前たちが取るべき態度じゃないだろ?理解してほしいのなら、それ相応の態度で臨まなければ、相手に気持ちは伝わらないさ。
お兄ちゃんは春樹が幸せならそれでもいい。本当は反対するべきじゃないことくらい知っている。春樹の選んだ道を尊重してやりたい。だけど、俺が育てた弟だ。ずっとこの目で成長を見てきた。ずっと後をついてきて、この手でおしめを取り替えて。ずっと一緒にいたわけ。それを、そんないきなり現れたほかの奴にとられるのはいい気がしないんだよ。俺が認めた奴じゃなきゃ付き合ってほしくない。この俺が認めるやつなんていないから、誰とも付き合うなってことなんだけど」
少し含みを持たせて言うと、春樹の顔が困惑と悲しみが混ざった顔になる。いじめすぎたか?亨は頭をかきながら続ける。
「でも、まぁ・・・あいつなら仕方ないな」
春樹が付き合うことを決めたあの男なら、目の前で恥を捨ててまで土下座してのけたあの男なら弟を幸せにしてくれるだろう。
「兄さん・・・ありがと・・・」
その顔があまりにも愛くるしかったため、ついつい照れ隠しに押し倒してしまった。
「そんな顔をすると、押し倒すぞ?」

「すでに押し倒してるよ。でも・・・兄さんになら食べられてもいいかもしれない」
押し倒された春樹は愛しそうに、大事な宝石を扱うかのように兄の頬に手を触れる。気づかない振りをしていたし、恋人にも言えなかったが、本当はうすうすとではあるが、兄のそういう気持ちに気づいていた。血のつながった兄だが、嫌な気はしなかった。むしろ、自慢である兄にそう思われて幸せでさえあった。兄は自分の目標だった。同じ清風高校に入学したのも、亨が生活していた学校だからである。
しかし、幸せであったけれど、自分の気持ちが違うことが苦しかったのも本当である。兄のことはセックス「してもいい」ほど好きであるが、セックス「したい」好きであるかどうかは分からなかった。少なくとも言い切れるのは、純粋に兄としての好きだった。だから兄の気持ちには気づかないようにした。自意識過剰だと思うことを選んだ。告白を自然と冗談にした。
だから・・・兄から離れた。惜しげもなくくれる愛が痛すぎた。見返りを求めている振りをした愛情が。もらってばかりで何も返すことの出来ない自分が嫌だった。だから・・・いま自分が出来るのは、身体で返すことだけだった・・・。
しかし、抱かれてもいいのは本当のことだ。亨が求めてくれるなら、自分は喜んでそれを受け入れる。この誰よりもかっこよく、きれいな兄は、優しく抱いてくれるだろう。そして自分を溶けて、輪郭がなくなってしまうまで愛してくれる。春樹が兄に溺れるのは、客観的に見ても想像に難くないし、春樹自身それもありだと今は思う。しかし、実際にここから先に進まないことも、容易く想像がつく。大体この後言うこともまた、簡単に頭に浮かぶ。無駄に弟をやっているわけではない。
「隙だらけなのも、困ったものだな。ちっとは抵抗しなさいよね。じゃないと、襲い甲斐がない・・・」
最初から「冗談」なのだ。どんなに求めていたとしても、行動に移すことはない。春樹に宿る罪悪感を少しでも軽くするためだけと思わせているが、本当は春樹の気持ちが揺らいでいるのを見抜いて兄は二重に演じているのだ。それで自分が悪者になろうとしている。馬鹿みたいに優しい兄だ。何故だか知らないけれど、涙があふれてくる。
「お・・・おい・・・悪かった・・・だから泣くな・・・」
自分が押し倒したのが原因だと誤解し、亨がおろおろとする。そんな姿が可笑しくて、切なくて、涙も止まらなくなる。
「別に兄さんは・・・悪くない。俺が・・・俺が兄さんを好きになれれば良かったのに・・・!」

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