「どうしてそんなに不機嫌なんだ」
「どうしてって、俺らのラブシーンを邪魔しやがって。後一歩でするとこまでこぎつけたんだぜ?」
「あぁ、それはいいタイミングだった。元恋人がほかの男と一緒にいかがわしいことをするのを許容していられるほど、俺は器の大きい男じゃないからな。お前らがやってるところを想像して、どれだけ俺が苦しかったか・・・。ま、そんな冗談はさておき、本当にやったらそれはそれで問題になるんじゃないか?」
「それは分からないけどな。ま、それでよかったと思いたい」
不機嫌な一方では、感謝もしている。もしあのまま進んでいたら、自分たちは傷つけあうだけで、修復不可能な関係になってしまっただろう。出る前に電話して家に来るように言っておいたので、全ては弘平が上手く振舞ってくれると信じている。よって春樹の心配はしていない。
「あ、いらっしゃい。その・・・」
だから行きたくなかったんだ。鉄壁の笑顔の裏で、ひそかにため息をつく。沙耶が倉科目当てだということは、よく分かっているつもりだ。だから、亨はお邪魔な存在に過ぎない・・・はずだが。どうしてか呼び方を迷っているようにも見える。
「亨でいい」
「えっと・・・あ、亨さんもいらっしゃい」
全開の笑顔を見せられ、そうであることを確信する。とりあえず邪魔ではないみたいだ、安心して亨は倉科の後に続いた。
「なるほど・・・俺は料理要員なのね」
テンポよくフライパンを動かしながら、独り毒づく。倉科も料理できるはずだが、彼は家庭教師をしているため、その余裕はないということか。ぶつぶつと可愛い少年を独占している親友に恨み言を言いながらも、手際よく料理を完成させる。
「ほれ、出来たぞ。食材があまりないから炒飯にしといた。好みに合えばいいが」
「お、完成したか。沙耶くん、食べてみるといい。こいつの腕は一流だ」
「ほんと・・・母さんのよりおいしい」
だろ?だろ?褒め言葉に一気に有頂天となる。
「でも・・・本当に・・・いいんですか?」
申し訳なさそうに沙耶が言う。別に料理をすることは構わない。喜んでくれる人がいると、つくり甲斐がある。だからそんな顔をすることはないのに。
「あぁ、俺、少し用があるから帰らないといけないんだ。ってことで、宗像、悪いが泊まってやってくれないか?」
本当の目的はそこだったか。料理はあくまでもカムフラージュ。してやられたり。というか、泊まらなければいけないのか?自分は健全な男。目の前にかわいい子がいれば狼にもなれるわけで。倉科の姦計は気に食わなかったが、目の前で何か訴えかける沙耶に帰るとも言えず、泊まらせて頂くことにしたのだった。
「いやぁ、俺で残念だったな」
前に紹介すると言ったため、最初はわざと仕掛けたのかと思っていたが、本当に忙しかったようで倉科がそそくさと帰ってしまい、苦笑する。沙耶は本当に残念だろう。
「どうしてですか?」
「どうしてって、あいつのことが、好きなんだろ?」
色素の薄かった肌が、一気に真っ赤になる。
「はい・・・。僕は学校で会ったことはないけど、噂は未だに残っていて、一度会いたいな・・・そう思ったら、父さんの紹介で家庭教師に来てくれて、本当に優しくて、寂しさを埋めてくれて・・・男だって知っていたけど・・・」
はにかんだ笑みを見せる彼に、可愛いと思いつつ胸を針で突かれたような痛みを覚えたが、それには無視をした。目の前の少年の可愛さに心を奪われたことにした。
「そうだよな。あいつは優しい。上手くいくと・・・いいな」
「いえ。いいんです。僕の片想いですから・・・」
「分からないぞ?君はあいつのタイプみたいだし」
どうしてか応援したくなかったが、その一方で彼が幸せになるといいなとも思った。
「あの人には好きな人がいるんです・・・。先輩はそれを僕に重ねてみてるんです・・・多分亨さんが」
本人は元恋人と言ってしまったせいで、重ねて見ている人と勘違いしてしまったらしいが、なるほど、倉科の好きな奴に似ていなくもない、そのことに気づく。
「だから、ホントはあなたで良かったかな、と。先輩と二人っきりになっても苦しいだけですから。あの人は僕が本当に望めば手を出してくれるだろうけど・・・」
「あ、誤解するなー。俺たちが恋人だったのは一日だけだ。それに、そういう気持ちは入ってない・・・」
湯から出て、いざ寝るとなるとどうすればいいのかという疑問が生じる。教授殿の布団を借りればいいのだろうが、自分は客人なので、あまり図々しいことはしたくない。
「俺、居間で寝るから、何かあったら呼んでくれ」
すると沙耶は寂しそうな瞳で訴えかける。何か言いたいことがあるのだろうが、口に出せない、そういった雰囲気だ。
「あー、寂しいから添い寝してほしいとか」
冗談のつもりだった。親が二人とも不在で、倉科もいない。だから寂しいだろうことは分かっていたが。素直にうなずくのを見てしまい、数秒間凍り付いてしまった。ここは否定するとこだと思っていた・・・いや、否定してくれないと話が進まないところだったのに。
「迷惑・・・ですか?」
「迷惑なことはないけど・・・それ以前に敬語はやめない?」
すったもんだの末に、一緒の布団に入らせてもらうことにした。自分より一回り小さいせいか、沙耶は自分の胸にすっぽりと収まった。どうも弟と重なって見えてしまう。彼が中学のころまでは、よく添い寝をしてやったものだった。
「・・・どうしたの・・・?」
「俺にも君と同じくらいの弟がいてね。昔はよくそうやったものだ」
だから彼が他人に見えなかったのだ。こんなときにも大好きな弟を思い出す。結局過去に出来ないことを思い知り、自嘲する。
「ふぅん・・・僕兄弟がいないから分からないんだけど、弟って可愛いものなの?」
「手がかかることは確かだな。俺んちはお袋が結構前に死んじまったし、親父が単身赴任でいないからな。長兄である俺様が三人の面倒を見ているわけよ。口うるさいのもいるけど、やっぱり可愛いなぁ。でも、俺のお気に入りは一番下の子でね」
「その人のこと・・・好きなんだ」
心なしか表情が暗くなったような気がしたが、気のせいだろうか。
「お袋の命と引き換えに生まれてきた子なの。あいつが母がいなくてぐれちゃわないように、できる限りそばにいてやったんだよね・・・。普通の兄弟愛だと思っていたんだけど、ある日違うって気づいちゃったんだよね」
それで?と聞かれて一瞬答えに詰まる。いくら過去にしたことだといっても、言ったら傷つきそうで恐かった。しかし、全てぶちまけてしまうのもよかった。
「気づいてからは大変だったさ。実の弟だからな。まぁ、そんなことはいいんだ。それよりも・・・俺は、押し付けていたのかもしれない。あいつのためと思って色々してきたけど、それが嫌だったのかもしれないな。俺から・・・逃げた。今は恋人を作って幸せになってるみたいだけど」
「亨さんは・・・諦めるの?好きなのに?」
沙耶の言いたいことは分かっている。沙耶の想いは叶うことがないのに、自分は諦めたままでいいのかといいたいのだろう。
「好きだから諦めるんだよ。せめてあいつには最後の逃げ道くらい、用意してやりたいんだ・・・。お兄さまと付き合ったら、相談相手がいなくなるだろ?」
ははは、と乾いた笑いをあげたが、一転、見ているほうが切なくなるくらい真面目で、沈痛な面持ちになる。
「というのは、ま、建前だな。ほんとのところはどんな形でもあいつを失いたくないんだ。あいつが側にいてくれるんだったら、兄弟としてでもいい。俺の気持ちは・・・そんな程度なんだよ。でも、彼は恋人として弟が必要なんだろう。だから俺は譲ったんだ・・・そうすれば弟もそれに負い目を感じて俺の側から離れないだろう。俺は卑怯な奴なんだよ。弟のためとか言いながら、ほんとは裏で逃げさせなくしただけだ・・・愛想つかされるのも自業自得だよな」
「そうなんだ・・・でも、多分その人嫌じゃなかったと思う。きっと気持ち、届いてるよ。亨さん、それだけ本気だったんだもの」
あーもぉ、どーしてそんなに可愛いこと言ってくれるんだ!理性が吹き飛び、力いっぱい抱きしめる。
「く・・・苦しいよ・・・」
「だって・・・可愛いんだもん」
「可愛い・・・僕が・・・?」
信じられないといった風な顔で見てくる。照れた様子もないことから、本当に無自覚であるようだ。なるほど、これは誰も手が出せないな、亨は苦笑する。
「うん。何かぬいぐるみみたい」
更に力を込めて抱きしめる。ほかの人間をここまで抱きしめたくなったことが、あっただろうか。それだけ抱きしめ心地はよかった。弟以外の少年にここまで執着するのは自分でも不思議に思ったが、それだけ沙耶は魅力的だ、そう結論した。
「あ、悪い。スキンシップ、激しすぎたな」
照れ隠しもあって、慌てて離れようとする。会ってからそれだけ時間も経っていないのに、抱きしめてしまうのはさすがに馴れ馴れし過ぎる。まして相手は倉科のお気に入りである。変なことをしてはいけない。
「・・・離れなくていい。亨さんがそうしたいなら・・・」
その言葉に一瞬息が止まるかと思ったが、別にそれ自身には意味がなく、ただ寂しいから為すがままにされているのだろう。そう結論して亨は優しく抱きしめることにした。片親しかいなくても幸せな自分、両方親がいるのに寂しい沙耶。運命って皮肉なものだな・・・優しく髪を梳いてやる。
「倉科との仲、取り持ってやろうか・・・?」
寂しい子供にはその気持ちを受け止めてやれる人間が必要だろう。倉科なら・・・彼の気持ち、受け止めてやれるだろうか・・・?
「いいよ。亨さんに悪いし?」
「え?どして?」
「恋人・・・だったんでしょ?」
心なしか拗ねているような気がする。ひょっとして、ずっと気にしていたのだろうか?
「俺とあいつが?だから、一日だけだって。失恋して辛かったから慰めてもらったの。ま、今は吹っ切ったから平気だけどねぇ。だから、気にしなくていい」
「そっか・・・」
安心した様子を見せた。叶わないと割り切っていても、好きな人に恋人は出来てほしくないものである。
「ま、あいつじゃないけど、我慢してくれよな・・・って・・・もう寝たの?」
ついさっきまで会話していたはずなのに、気づいたら眠ってしまっている。本当に寝つきの早いことだ。優しく背中をなでてやる。もう一人弟が出来たみたいだった。倉科のお気に入りにそんな気持ちを抱くわけにはいかないとは分かっていても、もっと仲良くなりたい、そう思った。
「お休み、沙耶ちゃん・・・」
優しく、包み込むような体制をとってから、とんでもないことに気づく。
「ね、眠れん・・・」
長く永い一夜だった・・・。
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