春樹は乾いた声で笑うしかなかった。倉科と亨の仲が親密なのは、周知の事実。両者は高校のときは絶大な人気を誇り、男女共に困ることはなかったはずだが、どちらも誰かと付き合うことはなかった。そのため、一方で彼らが恋人同士という噂もたった。もちろん、二人をよく知っている彼はそうではないことは承知だったが、今になると、そんな関係に陥っても不自然には感じなかった。
「どっちもかっこいいからね。先輩くらいになると兄さんでないと満足できないのかもしれない・・・」
もやもやとしたものが浮かび上がってくる。これは嫉妬だ。亨に何かあると、いつも側にあるあの人、彼には懐いていたので、まさか嫉妬することになるとは思わなかった。
「いや。あいつにはちゃんと好きな奴がいる。『片想い』で終わってしまったようだけど・・・」
亨の空気が沈んだ。倉科が好きだからではない。もっと自分の知らないところで何かがあるらしい。とりあえず彼との関係がないようなので安心した。
「でも・・・そうなると先輩のファーストキスは・・・?」

もし呪いが存在するのなら、確実に自分に降りかかる。そう覚悟した瞬間だった。
「いや・・・それは・・・まさか・・・」
全身に冷たいものが流れ落ちるのを感じる。まさかこの年でキスをしたのが初めてということはないだろうが、倉科は遊ぶような男ではない。好きな人一人だけを見つめるようなやつだ。とすると・・・?
「ま、まぁ、それは俺の知ったことじゃないな」
「そうだね、あは、あはははは」
この話はとっとと終わらせたいという両者の思惑が見事に一致し、倉科キス疑惑は強引にだけれども、幕を閉じることになる。
「兄さん、俺だけを見てよね」
甘くねだる春樹。
「その言葉、そっくりと返すよ」
ちょっときつい一言とは裏腹にその顔は愛情に満ち溢れている。
「うん、分かった」
兄に身を任せようと、春樹は目を閉じる。そんな艶の含んだ彼の唇に軽くキスを落とす。本当に軽いものであったが、何物にも換えられぬほど、幸せなものだった・・・。

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