それを聞いて亨が余計に固まる。弘平のことはよく家に来ていたこともあったので、紹介されなくてもよく知っている。イメージはちょっと幼さを残したさわやか好青年。だからこそ気に入らなかった。変な男だったら堂々と反対するのだが、そうでないからどうしようもない。
「お久しぶりです。『お義兄さん』、このたび付き合うことになりましたので」
普段はそんなことをしないのだが、強敵を相手にしているためか、弘平の口調が少し皮肉を帯びたものとなっている。
「あぁ、『俺の』世界で一番可愛い弟が付き合い始めたと聞いたんで誰かと思っていたが、君だったか・・・なるほど」
亨の受け答えは一見穏やかだけれども、両者の間に不穏でしかない空気が流れ出したのに春樹は気づいた。弘平が挑発をして、亨がそれを受け取っているという構図である。静かだが、邪念が渦巻いているので、逆に背筋が凍る。
「はい、だからこれからは俺に任せて、あなたはあなたの恋愛をしてください」
「おやおや、それは実にありがたい申し出だ。ありがたすぎて涙が止まらないな。君はそれなりに立派そうな男だけど、お兄さまとしてはちょっと不安なんだよね」
「あぁ、可愛い弟が自分に見向きもしなくなるのが不安なんですね」
「そりゃ、弟の幸せがかかっているからな」
「『兄』なら弟の幸せを考えないといけないですからね」
不穏な空気は、次第に冷え込んでいき、その寒さは容赦なく春樹を蝕む。この二人は以前はそんなに不仲ではなかったはずだったが、気がつけば二人の仲は悪くなっていた。どう見ても反目しあっているのである。原因は・・・知ってはいけない。知ったら全てが台無しになる、そんな気がする。
「その・・・兄さん、反対・・・しないよね・・・?」
「それより君、ここで油売っていていいのかい?」
痛いところを突かれたらしく、弘平は軽く舌打ちして去っていった。

両者とも、料理の味は全く分からなかったのが実情だった。亨は目の前に現れた弟の恋人が目障りで、春樹は目の前の兄の機嫌が悪いのを気にして食事がのどを通らなかった。
最悪のデートだ、口には出さなかったが、亨の気持ちはその一つだけだった。弘平の余裕綽々の態度も気に食わなかったが、それ以上に弘平を庇おうとする弟の態度が気に入らなかった。人の気も知らないで・・・。
「やっぱり・・・反対・・・?」
不機嫌を通り越して、怒りを押さえつけているような亨の顔を見れば、答えは明らかである。本当は賛成するはずが無いことも知っている。それでも、大好きな兄には自分の味方をしてほしかった。自分の選んだ道を進むように言って欲しかった。
「そうだな、俺はちょっと賛成できないな」
「弘平はいい奴だよ。兄さんが思う奴じゃない!」
今まで亨は自分の気持ちを優先して、そのうえで悪いことは悪いと言ってきた。しかし今回は頭ごなしに反対している。そのため、自分を否定されているような気持ちになり、悲しいだけでなく、段々腹が立ってくる。それが自分にとって大切な兄だから、なおさらである。
「俺じゃ・・・ダメなのか?どうしても柊くんじゃなければいけないのか・・・?」
半分諦めの入った顔で、亨は弟の髪に触れようとする。昔から当たり前のようにしてきたものだった。しかし、その手を春樹は払いのける。
「兄さんなら分かってくれると・・・思ったのに!もう・・・大嫌い!」

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