「で、今度は嫌われたのか?」
「うー・・・手を・・・払われた・・・」
生気が全く抜けてしまった親友を見て、倉科は心底同情する。バイトが終わって帰ろうとしたところ、亨が働いている居酒屋の主人から「亨が腐ってる」と電話が来たのだ。口に出すのもはばかられるほど相当辛いことがあったことは、聞かなくても分かる。油断すると、自分も腐ってしまいそうで、このまま放っておくと、彼のバイト『先』にかなり支障をきたしそうだった。
「あ、こいつ持って帰っていい?」
「うちは基本的にそういう仕事はしてないけど、ま、倉科君はお得意様だからいいよ。泊まりは3万と行きたいけど、君には色々お世話になってるからロハで持ってっていいから」

「俺が・・・お世話したのか?」
何のことかわからない倉科に、亨はにんまりとした笑みを向ける。
「お前さんが来ると、売り上げが一割上がるの。お前の顔見たさに店にいる時間を長引かせるんだよな」
「あぁ、だから接客のバイトのくせに俺にまとわりついていたわけか」
「そういうこと。俺たちがそろうと、絵になるんだとよ」
亨は別に倉科にそういう気持ちを抱いているわけではないが、そう噂されるのはいやではない。清風高校のプリンスとも評される男と噂になるのは、なかなか刺激的だった。
「まぁ・・・お持ち帰ったんだから、それ相応なことはするんだろ?どうする?」
本人はあまり考えていなかったようで、しばらく考え込んでから言う。
「全ては帰ってからだな」

「あー・・・俺、押し倒されてるよ」
感慨深げに亨が言う。
「あぁ、俺も、押し倒してる」
更に感慨深げに言うのが倉科。
「出来れば、リードしてくれると嬉しいんだが・・・」
戸惑いを隠さずに倉科が言う。その様子はまるで彼が初めてであるかのようだ。
「え?まさか・・・倉科って童○?」
本人は軽い気持ちで言ったつもりだったが、倉科はそう受け取らなかったようで、顔はおろか、全身が茹蛸のように赤くなる。
「わ、わるいか!」
開き直ってしまう倉科が可愛く見える。こんな姿は誰にも見せなかったと思うと、逆に○貞である倉科に感謝してしまうほどだった。
「別に、悪くないさ。でも・・・俺でいいの?」
「気にするな。傷ついた親友を放っておきたくないという俺のエゴに過ぎない」
シチュエーションとしては、最高だった。恋に破れ、失意のどん底にある男と、それを心配する親友のラブシーン。二人とも一定の距離を保っていたはずだったが、一人の男の失恋を機にその均衡が崩れ、どちらもその気になってしまった。
「・・・ありがとな。こんな情けない俺に付き合ってくれて」
「馬鹿。そんな泣きそうな顔するな」
しかしその一方で、どうしてもその気になっていないモノがあった。
「・・・勃って・・・ないな」
「そういうお前こそ」
ついているモノと同じくらいに二人はへなへなと崩れ落ちる。
「あー、俺って情けない」
「言うな。押し倒しておきながら役に立たない俺のほうがもっと情けない・・・」
二人して同時にため息をつく。本番以前の問題だったため、失笑すら出来ない状態だったが、逆にそんな状況がおかしくもあり、やはり吹き出してしまったのだった。

「俺の失恋に巻き込んじまって、本当に悪かった!」
平身低頭で亨は謝る。ただでさえ倉科に迷惑をかけてしまったのに、行為不能という倉科のプライドを傷つけるようなことをしてしまったのだ。
「気にするな。別にお前とやるのは悪くなかったから」
「あ、それに質問。もしお前のが勃っていたら、そのまましたってこと?」
「そうだな。しっかりと最後まで続けていたさ」
「俺でよかったのか」
やっぱりそこが気になった。欲しているわけではないとはいえ、自分が倉科にされることは全く構わないと思ったのは事実だ。しかし、倉科が手を出すということは、それだけの価値がある人間だということになる。自分が現在は倉科に近い存在だということは認めているが、それは二人がそういう関係になるはずがないという前提があるからに他ならない。二人の距離と、恋人としての距離は、全く違うものである。
「馬鹿が。お前じゃなかったら親友が失恋しても手を出さない」
「あはは。つい俺もお前にいかれちまうとこだった」
「そうならなくてよかったな」
普通は残念がるところであるはずなのに、倉科は心の底からほっとしているため、彼もその場の勢いだったことが分かる。しかし、その言い方が倉科の暖かさにも思えて、亨の心が癒されるのを感じる。
「うん、そう思う。お前だけは失いたくないから。でも・・・一日くらいはお前の恋人になりたい。それからは元の親友に戻るからさ」
自然とその言葉が出てきた。別に戸惑ったりはしない。もともと倉科をそういう目では見ていないが、そういう気持ちとは別に、親友として倉科のことを好いていることも確かである。期間限定で宗旨替えをしてみるのも面白い。
「仕方ないな・・・。一日だけだぞ」
苦笑しながらも倉科は優しい仕草で亨を抱きしめ、キスをした・・・。

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