「あぁ!お前に愛される俺って幸せ〜」
文字通り、まさに幸せ絶頂な亨。失恋が嘘のようである。
「おいおい、いつ俺がお前を愛してるって言った」
「だってぇ、息吹ちゃんったら誰とも付き合わないジャン?それなのに、一日だけでも付き合ってくれるなんてっ!」
「何、ただの同情だ」
「・・・ノリ悪いよ?せめて、『傷ついているお前を独りにしたくなかった』とぐらい言ったらどうなのよ」
同情であることくらい知っている。そして、ノリであってもそういうことを言えない男であることくらい知っている。言ったら、自分がこの男に傾いてしまうから。倉科もそれを分かっているから。平常時では平気であっても、今みたいに心に穴が開いているときは何が起こるか分からない。でも・・・
「もしお前が好きだったら・・・お前・・・ひく?」
「もしお前が本気で俺を好きなら、俺も本気で考えてやる」
「あら、意外な答えね?俺はごめんと言うかと思ったのに」
「傷口に塩を塗るほど俺は悪人じゃないぞ。でもまぁ・・・白状する。もしお前が本気だったら、俺もお前にいかれちまったかもしれない」
妙に照れくさそうな顔は、それがリップサービスでないことを物語っていて。いつもと違う空気に慌てて亨は言葉を捜す。
「黒木くんに言いつけるよ?」
「それはよしてくれ。呪われるのは嫌だ」
本気で嫌がっている倉科を見て、つい吹き出す。
「倉科、いい子知らない?」
「俺がいるのにほかの奴の事を考えるのか?」
どうやら恋人モードに突入したらしい。本気で浮気したら殺すという顔をしている。
「倉科くんってそんな淡白なお顔して、やきもち焼きなのね。でも、明日以降のね」
「そうだな。どんな子がタイプか?」
「そうねぇ、お前に任せるわ。ま、今日は恋人として付き合ってよ」
「了解」

そんなこんなで二人は(大学をサボって)ひたすら遊びまわった。亨はいつも家庭のことを考えていたので、何もかも忘れて遊びまわれたのは久しぶりだった。ゲーセンにも行った。買い物もした。風俗にも行った・・・が、倉科に首を絞められたので、それは未遂に終わる。
「お前、俺がいるのにそんなとこに行くのか!」
「うぐ・・・俺を殺す気か!」
「お前を殺して俺も死ぬ!二人で地獄に行こう?あは・・・あはははは・・・というボケでいいか?」
首を絞めたのは本気だが、その後はボケていたらしい。ボケるならもっと手加減してもいいと思うが。
「オッケーオッケー。でも、ちと痛かった」
「悪い悪い。でも、自棄にはならないほうがいい。後で後悔する」
風俗に行くというのは別段意味があったわけではないが、倉科はそれを失恋して自棄になっていると勘違いしてしまったらしい。真面目な親友に苦笑し、弁解する。
「別に自棄にはなっていないよん。お前がいるのに、どうして自棄になるの?」
「俺がいるならどうしてここに行く?」
「お前の反応を楽しみたかったから。冗談でも怒ってくれて嬉しい」
「馬鹿者。親友が風俗に行って喜ぶ俺じゃない」
「ま、お前はそういうの好きじゃなさそうだからな。ただでさえ譲歩してもらってるのに」
「気にするな。これは俺の意思だ」
「・・・本当にお前に恋しようかな・・・」
自分が自棄になっているわけではない。弟のことはそういうものだと割り切っているつもりである。それでも開いた心の穴は大きくて、どうしても何かにすがりつきたくなる。目の前の男は魅力的だ。それでも・・・
「やめとくわ。お前の心は俺には向かないだろ?」
「俺も同じ質問を返すよ」
結局二人はこれ以上距離が近づかないことを思い知り、爆笑した・・・。

「少しは気が晴れたか?」
「そうだな。あいつの顔を見たくないとは思わなくなったくらいにはな」
そうか・・・それから倉科は黙り込む。いつになく強がっている亨が痛々しくてならなかった。ずっと大事にしてきた弟に嫌われたのだ。泣いたって誰も責めないはずだし、自分も優しく受け止めてやろうかと思う。それでも彼は泣くことを選ばないだろう。泣くのがみっともないから?違う。もし春樹がそれを知ったら・・・それを考えているから。どんなに嫌われても、亨は春樹を護ることを選ぶのだろう。
「お・・・お前・・・」
気がつけば亨を抱きしめていた。少なくとも今自分ができることはこれしかなかった。
「言うな。気の迷いだ。どうしてお前はそこまであの子を気遣う?何故嫌われても・・・」
「それでも・・・好きだからだよ!笑えるだろ!どんなに嫌われたって春樹の側にいたいんだよ、俺は。そのうち、俺にも恋人はできるんだろな。それでもな・・・」
それでも春樹が好きなことには変わらない。そんな心の叫びが聞こえてくる。
「笑わないよ。それだけ好きなんだからな。・・・でも、悔しいな。お前はこうやって苦しんでいるのに、俺は何もしてやれない!」
「ばーか。俺はお前に充分すぎるくらいもらったよ。それに、俺のほうがお前が辛いとき何もしてやれなかった・・・差し引きゼロだ」
「そうか・・・何か辛いことがあったらいつでも泣きついて来い。慰めてやる」
「それ、本心?」
「お前にしかそんなこと言わない」
「サンキュ。やっぱ俺、お前が好きだわ」
「それは光栄だな。お礼にいい子を探しとく」

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