「で、俺に何の話?」
わざわざ会いたくない相手に呼び出され、亨の機嫌も自然と悪くなる。いくら春樹を弟として見ることが出来るようになったとはいえ、わざわざ傷口に塩を刷り込むような真似をしなくてもいいのではないか。本当だったら顔をあわせたくなかったが、向こうが真剣である以上、こちらが逃げるのはルール違反のように感じた。
「あの時はちゃんと言えなかったから・・・。春樹を俺にください!」
余裕の塊であった男が、土下座までしてお願いする。彼にもそれなりにプライドはあるはずなのに・・・。それほど弟のことが好きなんだな、亨はそれを穏やかな気持ちで認める。しかし、それでも兄の意地は残っている。
「君に春樹を幸せにすることが出来るのか?」
「絶対幸せにして見せます!だから・・・あなたには負けない男になってやる」
「無理だな。俺を超えることは一生不可能だ」
あっさりと断言され、弘平はうなだれる。春樹を一喜一憂させるほどの存在だ。その言葉がはったりや自意識過剰ではないことは分かっているつもりだ。亨は決して春樹を甘やかしているだけではない。春樹にふさわしい愛し方をしてきたから、春樹も甘えている。だから恋人の一言よりも亨の言動に喜び、傷つく。だからこそ、自分も苦労しているのだ。

「だけど・・・君が本当に弟を大事にしてくれるというのなら、兄として弟のこと、お願いするよ」

弘平が面食らってしまうのは当然のことであるが、その一方で亨も驚いている。こんな穏やかな気持ちで春樹のことをゆだねることが出来るとは、思ってもいなかった。全てはあの男のおかげか、親友のことが頭に浮かぶ。彼がほんの瞬間だけでも全身で自分を愛してくれたから、全てを受け入れることが出来たのかもしれない。恋人がダメなら、兄として弟を守ってやればいい。弟が困難に直面し、恋人でも越えるのが難しい問題であれば、自分が手を貸してやればいい。考えてみれば、単純な問題だった。亨と弘平の違いは、想いの大きさではない。その方向性だった・・・。
「はい、ありがとうございます・・・でも・・・」
強敵に認められ、弘平は照れくさそうな笑みを見せる。そんな顔を見たのは数年ぶりだろうか。気がつけば弘平は亨を敵視するようになっていた。その理由は考えなくても分かるほど簡単なものだった。弘平のことはもう一人の弟のように見ていたため、敵視されたのがショックでこちらも辛く当たるようになってしまった。自分を嫌う奴に弟は渡すものかという意地もあった。しかし、弘平の心のうちを知った今、別に意地を張る必要もない。
弟の選んだ道だ。彼らの恋は彼らに任せるのが兄の役目だろう・・・そう結論しても、それでも一言言わないと気がすまない自分がいる。どんなに諦めても、春樹のことが好きであることには変わりない、はっきりとそれを自覚したから。
「いいんだよ。俺は嫌われたから。もう俺の役目は終わりだ。でも、可愛い弟を泣かせたらすぐ奪い取るからな?」
「だったら・・・帰ってやってください。春樹が泣いてるかどうかなんて、側にいないと分からないんじゃないですか?」
咎めるように言う。春樹を心配しているからこそそういうことを言いたいという弘平の気持ちは分かる。
「言いたいことは分かる。でも・・・もう少し、時間が欲しいんだ。俺もあいつも必要以上に依存してしまったんだと思う。だから、今は離れて頭を冷やしたいんだ。そういうわけで、もしあいつが俺の所在を聞くようなことがあったら、適当にかわしておいてくれよな」

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