亨のいない生活、それがどれだけ意味を成さないのかを春樹はやっと知った。周りの空気が色を帯びていない。自分だけが取り残されたような気になる。亨がいない間は秋良と由美子が料理してくれるが、味は何も感じない。砂を食べているような気さえする。自分はなにをしているんだろうという気にもなってくる。
弘平も秋良も悪いのは誰であるかは気づいているはずなのに、自分を責めることはなかった。気遣っていることは分かるものの、それで春樹の心が癒されるはずがない。弘平という恋人がいても、春樹の心はずっと亨にしか向いていないのだから。弘平をそういう目で見ることが出来るようになった今でも、それは変わることがない。いや、弘平と付き合ったからこそ、気づいたのかもしれない。「亨が春樹を嫌いになった」ということは春樹の心を閉ざすには充分すぎた。
そもそも、恋愛は当事者で行うものである。亨に反対されても、春樹は自分の気持ちを貫けばいい、彼とてそれは理解できる。理解が出来るから苦しいのだ。
「俺が・・・弘平と別れたら・・・兄さんは帰ってきてくれる・・・?」
しかし、春樹はそれが出来ない。出来ないほど弘平が好きだから?残念ながら違う。亨のために自分たちが別れたらどう思うだろうかというのがある。いくら自分が嫌いでも、亨の性格から考えればそんなことをされて喜ぶはずがないことが分かるから・・・。
夜中、窓の外を見つめることが多くなった。もしかしたら帰ってくるかもしれない、そんな願望のあらわれだ。どこにいるかは予測できる。亨の親友のところだろう。比較的実家と大学は近いけれど、意味があって一人暮らしをしている彼。優しそうな瞳が印象的なその男に遊んでもらったこともある。だから、亨が頼るのならその人以外にはありえないことは知っている。しかし、居場所を聞くことは出来なかった。自分たちの事情を知っていれば教えるはずがない。それに・・・会ったところで、もし「お前なんか嫌いだ」と言われたら?もし「春樹なんか弟でもなんでもない」と言われたら?それを考えると彼は動けない。
「でも・・・謝らないと・・・」
とにかく謝って許してもらうのだ。簡単に許してもらえるはずがないことくらい、知っている。それでも、ひたすら謝って、許してもらおう・・・どんなことをしてでも・・・春樹の決意は固かった。

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