Side Koki

確か待ち合わせの時間はあと20分後だったな。想像以上に早く用事が終わり、ほっとする。と同時に、デートの日に用事が重なって申し訳なくも思う。瞬の寂しそうな顔を忘れることが出来ない。恐らく彼は家から一緒に行きたかったのだろう。でも、何も文句は言わなかった。仕方ないとおとなしく引き下がった。俺に嫌われないために、必死で彼はいい子でいる。俺がわがままを封じている。せめて今日くらいは好き放題わがままを言ってほしい・・・俺はそう思う。





「おにーさん、一人?」

そんな感傷を破る、無粋な声がかかってきた。声の主を見ると、俺よりも数歳年下の男の子。容姿はきれいというのがふさわしい。

「いや、連れがいる」

「今忙しい?」

今は瞬に会うことだけで頭がいっぱいだし、別に答える義理はなかったけれど、その子は妙に切羽詰っている様子だったので、むげにしては可哀相だった。

「いや、後15分くらいなら」

「じゃ、ちょっと付き合ってくれない?」

上目遣いで、両手を合わせてお願いしてきた。これは新手のナンパか?残念ながらどんなに綺麗な少年でも、男である以上手を出すつもりはない。そんな俺の考えに気づいたのか、彼は慌てて弁解した。

「いや、そういうのじゃなくて!待ち合わせに遅れたからちょっと協力してほしいな・・・と」





彼の拙い(要領を得ず、本当に理解するのに時間がかかった)説明をまとめると、こうなる。待ち合わせの相手はとても恐い人らしい。ちょっと遅れたりするとかなり恐ろしい仕打ちが待っているそうだ。だから「困っている俺」を助けていたということにしてほしい、とのことだ。つまり、俺に弁解の手伝いをしろということである。俺から言わせると、この状況こそが困った状態で、それをどうにかしてほしいのだが・・・。

「いや、やめたほうがいいんじゃないかな」

彼の言いたいことは何とか解ったけれど、どうしても賛成は出来なかった。

「どーして!困ってる俺を助けてよ!」

「だからだよ。嘘はやめたほうがいい」

嘘が悪いと言うんじゃない。一度嘘をつくと、それを隠すためにまた嘘をつかなければいけなくなるから。更にそれを誤魔化すために、またもや嘘で塗り固めなければならなくなる。気がつけば手遅れになった・・・というのでは遅すぎる。それに、もし俺の想像が正しいのなら・・・。

「君にとってその人は大事な人なんだろう?」

瞬間、彼の全身が真っ赤になる。初々しい反応だ。口では否定しているけれど、動き全てがその人が好きだと物語っている。

「なら、怒られるのを覚悟で行くしかないな。自分を守るために嘘はついてほしくないんだ・・・」





俺も瞬もそうだったから。俺は瞬に付き合ってほしいと言ったことがあった。同情で言ったつもりはなかった。俺は俺なりに悩んで結論を出したつもりだった。でも、彼は俺のことを「キモい」と言った。あの時は瞬も女と付き合うのが正しいと思い直した・・・そう思った。だから俺は再び告白されたときに手ひどく傷つけた。その時にそれが嘘だと気づいていれば、俺は瞬が傷つくのを止められたのかもしれない。

「おにーさんもそんな経験が?」

「鷺沼光輝、だ。君の言うとおりだよ。俺もあいつも自分を守りたかったから嘘をついて、その結果俺はあいつのことをどうしようもなく傷つけた。多分今でも傷は癒されていないだろうな。だから、見過ごすわけにはいかないんだ」

「その・・・聞いていい?光輝さんはその人のことを・・・」

「可愛い・・・弟だよ・・・」

そう、沈痛な面持ちで少年佐伯光は黙り込んだ。

「本当に俺はダメな兄貴だよ。弟一人幸せにしてやることが出来ない・・・」

「いや、弟さん、幸せだよ・・・って、時間時間!」

慌てふためかれ、俺は仕方なく光くんについていった・・・。



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