Cherry-blossom〜Sakura-Sakura〜

ひらり、ひらりと頭上から舞い降りるソメイヨシノ。日本人が最も愛するといわれるこの木の下に俺は立っている。

散り際が美しいから、花が一斉に咲くから・・・それがこの木が愛される理由であるらしいけれど、俺にとっては「節目に咲く」のが好きな理由であるといえるかもしれない。今年の桜は俺にとって本当に特別だから・・・。

一年前此処に行ったときは、俺一人だった。最愛の兄は彼女とデートをしていたらしく、俺が誘っても共に行くことはなかった。
そして、今年もそれはないだろうと、諦めていた。俺は光輝兄にとって、「弟」でしかない・・・ずっとそう思っていたから・・・。
そういう意味で、俺の気持ちを受け入れてくれてから初めて見る桜だから、本当に特別なんだ。
だけど、どんなに俺を受け入れてくれても、彼の予定に口を出すことは出来ないし、それ以前に・・・所詮この汚れた気持ちは綺麗な桜には似合わない。
俺がここにいるのはふさわしくないから・・・。
光輝兄は知らない。俺がどれだけ汚い気持ちを抱えているか。たまった欲望を晴らすために、彼を想いながらやっていることなんか・・・。
だから、俺なんかの気持ちに応えてくれる。彼なりに俺を愛してくれる・・・。もし俺が夢の中で光輝兄に抱かれていることを知ったら?

ソメイヨシノと、俺のこの想いは、どこかで似ているのかもしれない。

未来に残すことが出来ない想い・・・。

ソメイヨシノは、種を作ることが出来ない。出来たところで、芽は出ないという。そして俺は・・・光輝兄の子供を作ることが出来ない。

光輝兄はそれに気づいているのだろうか?だけど、気づいたところで俺にはどうすることもできない。
人に愛されてきたソメイヨシノが己の運命を変えられないように、俺の気持ちが自身でどうのこうのできるはずがない。
彼の愛に依存して生きていると考えると、恥ずかしいのと同時に・・・不思議と笑えてくる。本当に俺は・・・光輝兄が好きなんだって思い知らされて。だけど、そんな自分も悪くはない。後ろめたい想いに身を焦がすより・・・今できる精一杯のことをしていけばいい・・・かなり強がっている部分はあるけれども。

ふと、一陣の風と、春の精霊が俺の前を通り過ぎていく。突然のことに目を一瞬つぶり、再び開くと、そこには・・・。

「光輝兄・・・?」

何故か最愛の人がそこにいる。彼は出かけていたはずで、予定では違う日に行くはずだったのに。

「どうした?俺の顔に何かついてるか?」

「なんで?どうしてここに?」

そんな質問に光輝兄は目を泳がせる。

「お前の顔を見たかった・・・それじゃ不満か?」

不満であるはずはない。嬉しくて仕方がない。だけど・・・別に家でも顔は見れるのに、いつでも会えるのに、何故そんなことを言うのだろうか。
いつも光輝兄は態度で示してくれる。口でそういうと、現実とは思えなくなってしまう。
俺は桜の精霊に騙されているのだろうか?目をこすってみたけれど、やっぱり目の前にいるのは、光輝兄その人だった。

「でも・・・」

「様子が変だったからさっさと用を済ませて帰ってきたら・・・家にいなかったからな。心配だったんだよ。また何か悩んでいる・・・違うか?」

図星だったけど、否定しておいた。優しい光輝兄は俺が悩んでいることを知れば、自分のこととして受け取り、一緒に悩む・・・そういう人なんだ。
これ以上彼の負担にはなりたくない。もう・・・情けないところなんか見せたくない。

「そうか・・・。それなら聞かないよ。言いたくないのなら、俺には聞く権利なんかない。でも・・・桜が何故綺麗か知っているか?」

寂しそうに呟く光輝兄。俺はその真意がわからなかったから、答えることは出来なかった。
だけど・・・彼は俺に答えは求めていなかったようだ。淡々と続ける。

「簡単だ。散るからだよ。どんなに綺麗であっても、いずれは終わってしまう・・・」

それは紛れもない事実。だけど、「終わりが存在する」ことは、俺には痛すぎる事実だった。

「だが・・・散らない桜は美しくないだろう?終わりがあるからこそ、価値があるんだよ・・・」

光輝兄の真意は俺が最も聞きたくなかったことなのかもしれない・・・。でも、彼は優しいから、それを口に出せないでいる。
だから俺は身を切られる覚悟でそれを口にした。

「光輝兄は・・・俺とのこと、終わらせたいと思ってるんだ・・・」

光輝兄は暗に俺と別れたいと言っているのだろうか?やっぱり俺の気持ちは重荷でしかないのだろうか・・・。
気がつけば頬から一筋滴り落ちた。あれ、俺、何で泣いてるんだろう?いずれそうなるって覚悟はしていたはずなのに・・・・。
俺は常に光輝兄から、一歩離れていた。いつでも彼から離れることが出来るように、彼が別れたいと言ったら、いつでも笑って受け入れることが出来るように・・・。
でも・・・そんなこと、できるわけがなかったんだ・・・。好きで、好きで、好きで・・・・・・。
光輝兄の望むことは、何でもする・・・だから俺を見捨てないで下さい・・・。



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