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彼は優しく俺の眼を見つめて言った。大好きな兄の瞳であり、前まで見ているのが辛かった『兄』の瞳だった。
暗くてもその右目は一点の曇りもなかったけれど、それでも俺は聞いてしまう。
「光輝兄は・・・後悔してないの・・・俺と付き合って・・・」
そんな気持ちはすでに無くなったと思っていたけれど、どうしても俺は卑屈になってしまう。
兄が嘘を言うということはないはずなんだけど、やっぱりクリスマスということもあって、どうしても不安に思ってしまう・・・。
しかも、俺と兄を結びつけるきっかけとなった勿忘草は、冬を待たずに枯れてしまった。
それは俺の想いそのものであり、光輝兄の気持ちでもあった。
兄が俺のことを愛してくれているということは、理屈では分かるんだ。
だけど、確固としたものがなく、曖昧なものだから、本来は障害になるであろう『兄弟』という絆に縋るしかない。
兄に抱きしめられて幸せだと思いつつも、いつ彼がその手を離すのか・・・それに怯えている自分がいつもいる。
片想いであっても、受け入れてくれていても、なんだかんだいって不安は消えない俺。
哀しいけれど、光輝兄は本当に魅力的だ。
その時折見せる、燃えるような輝きはどんなことがあっても失せることがないだろう。
だから、本人はそんなに意識していないけれど、常にいろいろな人が彼を見ている。
実を言うと・・・俺もそんな魅力に取り付かれたうちの一人だ。
運良く(光輝兄にとっては運が悪かったのかもしれない)、今年のクリスマスは一緒にいることができたけど、来年はどうなのだろうか・・・?来年のことは、誰にも分からない。
「後からするから後悔なんだけどな。
でも、俺は後悔してないよ・・・いや、正直言うと、これでいいのかと思うときもあるけどな。
俺も、瞬も男だ。
普通に嫁さんもらって、子供を儲けるのが普通だろう?
だけど、瞬が喜んだり嬉しそうな顔をしたりするのを見てると、俺の選択は正しかった、そう思えるんだ。
それより、お前こそ俺なんかでよかったのか?お前こそ・・・」
他にいい女の子がいるから?そう聞きたいわけではないことは解っている。
俺のほしがる気持ちに応えてやれない光輝兄でいいのか?そう聞いているのだ。
そんな必要なんかないのに、未だに彼はそれを負い目に感じているらしい。
そんな『優しい』彼に、つい苦笑してしまった。
「優しいね、光輝兄。そうだな、最初のほうは後悔って言うより・・・なんでこの人を好きになったんだろうって思った。
俺も、光輝兄も男だからさ。
兄弟だったらずっと一緒にいられる・・・わけでなくても、『弟』の立場を利用して側にいれるのにね。
そして、光輝兄もブラコンの弟に仕方ないと思ってもその通りにしてくれたんだと思う。
だから、本当は心の中に閉じ込めておくべきだったのかもしれない。
だけど、今は後悔してないよ。
光輝兄を好きになってよかったと思う。
というか・・・後悔していたら光輝兄なんか好きになれない」
いろいろ辛いこともあったし、まだ不安なこともあるけど、光輝兄を好きになってよかったという俺の気持ちは嘘ではない。
そんな俺の言葉に、そうかと言って光輝兄は黙り込んだ。
俺は何か悪いことでも言ったのだろうか?
そんな不安が胸を支配しかけたら、兄は俺に目をつぶって手を差し出せと言う。
何をするのかはわからなかったけれど、クリスマスだし、プレゼントでもくれるのだろうか。
手を差し出せと言うんだから、飴玉かもしれない。
俺をガキ扱いしやがって・・・そう思った時点で俺はガキなのか?ということに気づく。
とにかく、そんなことを思った途端、手ではなく、唇に何か柔らかなものが当たる。
それは俺のそれと同じくらいの固さで、
漠然とだけど光輝兄のそれであることを理解する。
恐る恐る目を開けてみると、
光輝兄はうっとりするほどかっこよく、
そして本当に魂が抜けてしまうほど優しげなまなざしで俺を見つめていた・・・。
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