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俺は本当に大切なことを見失っていた。
俺が光輝兄を好きであるということ、そして、何らかの形で光輝兄が俺のことを想ってくれているということを・・・。
だから、不安に思う必要はないんだ。どんなに情けない俺でも、光輝兄は俺を見捨てないでくれる。
こちらの準備が出来ていないだけで、俺が本当に望むのなら、いつでも彼は手を差し伸べてくれる。

それに、不安に思っても・・・光輝兄がそこにいてくれる。



そんな兄だから、俺は好きになったんだ・・・。




「ねぇ、光輝兄?」



キスや抱き合いが終わったあと、一度離れたはずなんだけど、俺はいつの間にか再び光輝兄に抱きしめられていた。
耳もとでは、彼の生きている証が聞こえる。
この体勢は妙に恥ずかしかったけれども、光輝兄は離してくれるつもりはないようだ。でも、大好きな人の腕の中は、やっぱり温かかったから、大人しく俺は光輝兄に身を預ける。
暗いから俺がどんな顔をしているかはわからないだろう。
わかってもらっては困るのだ。恥ずかしすぎる・・・。


「ん・・・どうした・・・?」

何も文句を言わない俺を心配でもしたのだろうか。


「いや・・・なんでもない」

今日の光輝兄は、いつもよりとてつもなく変だ。気前がよすぎる。
そんな彼に『俺のこと、本当はどう思っているのか』そう聞こうとしたけれど、やめておいた。
言葉にしてほしい想いもあるけれど、言葉にしてはいけない想いも、確かにそこにあったから。

言葉にしたら、それしか意味を持たなくなってしまうから。

そんな気持ちは胸にしまい、俺は代わりにこう聞くことにした。


「夢なんかじゃないよね」

大好きな人とのキスは嬉しいし、今まで知らないうちに抱えていたもやもやとした気持ちもなくなったような気はするんだけれど、だからこそ、現実には思えない・・・という贅沢な悩みを持ってしまった俺だった。
足元がふわふわとしていて、どうも地上に立っていないんではないか、そう思ってしまう。
あまりにも幸せすぎて、自分は夢を見ているのではないか、そんな気分になってくる。
夢でないのが望ましいけれど、夢であるのなら、醒めてほしくはない。




「・・・何度つねればいいんだ?」



何度も幸せなことがあったときにこう言ってきたから、光輝兄のほうもつねる前にこう聞いてきた。
学習能力・・・とはちょっと違う。何度も同じことをするのは面倒くさいのかもしれない。
無駄な労力を割きたくないという光輝兄の気持ちがわかってしまい、俺は苦笑するしかない。


「何度でも」

夢でないことを示してほしいから。今これが現実であるということを確認したいから。
そんなことを思っていると、想像を超えた激痛が俺を襲った。それは今までで一番痛いものだった・・・。




「い、いだだだだ」



「お前が夢だとほざくからだ。何ならもっと痛くしてやろうか?」

「や、優しくして・・・」

自分でも何を言っているんだという自覚はある。
でも、夢じゃないと分かったから、つねる手を離してほしい。
別に俺はいたいのが好きって訳じゃないんだ。ただ、夢でないことを確認したいだけで。
だけど光輝兄はつねる手をゆるめることをせずに、力を更に強くした。






「俺はいつも優しいけど?」





その言葉に嘘偽りのないことは知っている。
光輝兄はいつでも優しかった。
本当は気持ち悪いはずであるこの気持ちも、真っ向から否定するんじゃなく、真剣に考えてくれていた。
そして、事故が起きたとき、彼の怪我のほうがひどいのにも構わず・・・片目を失ってまでも・・・俺のことを護ってくれた。
忘れたいと思ったこともあるし、すっかり忘れてしまったこともあったけれど、今は嬉しいことも、悲しいことも、光輝兄のくれたもの全てこの胸に刻んでいる。
いろいろと辛いこと、泣きたくても泣けなかったことがあったけれども、光輝兄のくれたものだから、全てが愛しく感じる。



例え再び記憶を失ったとしても、この胸に刻んだものを消すことは無理だろう。




本当にいつでも光輝兄は優しかった。彼のくれる優しさは嬉しいけど、いつも護ってもらうだけで、何も出来ない自分が嫌だと思うこともまた事実だ。どうもフェアに感じない部分がある。
俺にできることは、何だろう?彼にとって俺の存在意義は、一体何だろう。
そう考えたことは何度もあるけれど、彼自体なんでもできる人だから、やっぱり思いつかなかった。


「光輝兄にはもらってばっかりで、俺、何も出来ないな」

これは独り言のつもりだった。別に彼に聞かせるつもりは全くなかった。だけど彼はしっかりと聞いていたようだ。





「そうか?俺にはお前がいてくれるだけでいいんだよ」



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