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俺、鷺沼瞬と、兄、光輝は、一応は兄弟という枠を越えてお付き合いしている。好きになったのは、俺のほうだった。
もともと光輝兄はノーマルで、すべてを知っているわけではないけれど、普通に女の子と付き合っていた。
そのときには付き合っていなかったみたいだけど、告白されたときにやっぱり迷惑だと思っていたらしい。
当然のことながら、ギクシャクした仲となってしまった・・・。


普段は彼が兄であってよかったと思うんだけど、こういうとき、兄弟は辛い。
他人だったら離れれば済むけど、血のつながった兄弟だから、嫌でも顔をあわせることになる。
しかも、俺も光輝兄も面と向かって悪口を言えるほど器用じゃないから、不自然に顔をそらせることになり、そのせいでますます気まずい空気となっていく。



それこそ、顔を会わせる度に、俺たちの間にあったものが壊れていった・・・。




そんなときだった。その気まずい空気に耐えられず、俺はきっぱり彼への想いを断ち切るために、デートをしてもらうことにした。そんなことをして情けないとは思ったけれど、一日でいいから、そうして欲しかった。

それで俺は兄に対する気持ち全てを忘れるつもりだった・・・。


だけど、彼は一日だけ恋人になってくれると言った。
それは今となっては同情なのか、気まぐれなのかは分からない。本当に・・・兄自身もわからないようだった。
最初はそんな兄にいらだちも覚えたし、ひどい言葉を投げつけてしまったけれど、真摯な彼にほだされ、俺はその厚意に甘えることにした。

俺はそのデートの日のことを、死んでも忘れないだろう・・・それほどその日は俺にくっきりと刻まれている・・・。




確かに俺は、その日が終わったらこの気持ちを封じ込めるつもりだった。だ
けど・・・事故が起こってしまった。
それによって幸か不幸か、望んだとおり、彼に対する気持ちだけでなく、記憶までも失ってしまうことになった。
それだけならまだよかったのかもしれない。



光輝兄は・・・左目を失った・・・。



本人は、光は感じると言っているけれど、それでも使い物にならないことには変わらない。
でも、俺は表では気にしていないようにふるまう。そうでないと、光輝兄が悲しむから・・・。

そして、記憶を失った『俺』も光輝兄を好きになったせいで、問題はややこしくなった。
一度彼の言葉を拒絶してしまったせいで、互いに傷つけあうことになったけど、最終的には俺がそういう気持ちで兄を想うことを許してくれた。




そんな優しさに最初は嬉しいと思う部分もあったけど、心のどこかでは不満に思っていた。
兄に自分と同じような気持ちで思ってほしかった。恋してほしかった。触ってほしかった。



抱いてほしかった・・・。



もともとその願いが叶うはずなどないと解っているから、なおさらだった。兄が優しくすればするほど、幸せだけでなく、やりきれない気持ちが増えていった・・・。


だけど、ふと思った。恋愛感情ってそんなに大事なんだろうか?

兄は確かに俺のことをそういう目で見ることは出来ないかもしれない。
だけど、こちらが見ようとしなかっただけで、本当のところは、彼は俺のことを愛してくれていた。
弟に抱く以上の気持ちで愛してやりたいと言ったのは、ただの同情や気休めではなく―たとえその源泉がそうであっても―本気だった。俺はそれを知った。知ってからは、俺にあった兄に対する、歪んだ気持ちは消え去った。
俺たちには俺たちにあるべき関係が、確かにあるんだ・・・。






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「出かける準備はできたか?」

そんなことを思い出していたら、声をかけられた。
すでに俺の兄であり、大切な人である光輝兄は準備ができていたらしく、玄関で待っていた。
平均よりちょっと高めの俺よりも更に背が高く、すらっとしていて、どんな服を着ても似合う。
彼には彼の思うところがあるらしく、全体的に落ち着いた色で、別に派手ではないけれど、かえって魅力がアップしているような気さえする。
そんな彼と歩くのは嬉しい反面、変なのが寄ってこないか心配だ。
特に女の子。本人は『拒むから心配するな』とは言っているけれど、それ以前に寄ってほしくない。
邪魔されたくないという俺の気持ちをわかってほしいんだけど・・・残念ながら光輝兄には伝わっていないようだ。


「まだできてない」

そう言うと、光輝兄はあからさまにため息をつく。

「あのなぁ、そんなの適当に選べばいいだろう?」

やっぱり光輝兄は俺のそんな恋心をわかってはくれないようだ。好きな人の前で変な服装はしたくないんだけどな。
そりゃ、光輝兄が地味な人だったら俺だってそこまで悩まない。だけど、そうじゃないから困ってるんだ。


「お前は何着ても似合うんだから、そこまで悩むなっての」

「ちょっと待って!今行くから・・・」

そんな言葉に俺の気持ちは一気に浮上する。実は俺の気持ちが伝わってしまっていたようだ。
別に光輝兄はそこまでこだわる人間ではないから、本当はそこまで着飾る必要はないのかもしれないけれど、好きな人と歩くのだから、着飾りたい・・・というのが俺の気持ちだ。
どれを着ていくのか迷っていた俺に催促がきて、大慌てで俺は着替え、そしてコートを着て、待ちくたびれているであろう彼の元に駆け寄ろうとする。



だけど・・・アクシデントはそこで起こった。






それは俗に言う、不幸の手紙よりもはるかに性質の悪いものだった・・・。



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