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携帯に着信があった。
こういうときの電話にはろくなことがない。今出たら絶対厄介なことになる。
そんな嫌な予感がしてしまい、無視しようかと思ったけれど、それは決して切れることはなかった。
それほど大事なのかな?不思議に思ってみると見覚えのある番号だったため、仕方なく出ることにする。




「もしもし・・・」

『鷺沼君?本当に・・・悪いんだが・・・今日、来てくれないか?』

「店長・・・すみません・・・今日はちょっと・・・」

困ったことにその予感は的中してしまった。電話の主は、バイト先の店長だった。
人手が少ないから来てくれというお願い・・・らしい。
いつもだったら俺は行くという。雇われている身でもあるから、出来る限り店長の頼みには答えるようにしているんだ。それが去年の今日でも同じだろう。
だけど、今年はどうしても光輝兄と一緒にいたくて、断るしかなかった。


『すまない・・・君に都合があることはわかってるんだ。
でも・・・お願いだ。
今日来る奴が休んじまって、俺一人じゃ・・・』


「別に俺じゃなくても・・・」

店長は引き下がるようなことはしなかった。だけど、今日休みの人は俺だけではないはずだ。
相当前から休みを申告しておいた俺にあたらなくとも、他の人間に頼めば何とかなるだろう。


『いろいろと当たったけど、皆断られた。君だけが頼りなんだ。頼む!この通りだ!』



どうやらすでに手を尽くしていて、俺が最後であるらしい。
ここまで頼み込まれたら、俺には断ることができなかったし、冷徹にはなれなかった。
この店長さんは俺の恩人で、かつて事故で入院していたときに、俺の身体を気遣ってくれた人だ。
退院しても、俺が本調子になるまで休むことを許してくれた、本当にいい人だ。
だから俺は・・・こう言うしかなかった・・・。






「わかりました。今すぐ行きます・・・」





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「どうした?」

電話が終わった俺に、光輝兄は不思議そうに尋ねてくる。
ただ、純粋に不思議というよりも、少し怪訝そうな顔をしていたから、会話である程度のことは想像しているのかもしれない。




「その・・・ごめん・・・デート・・・行けなくなっちゃった・・・」



俺は断腸の思いでさっきの電話の内容を説明した。
コンビニが人手不足であること、他の連中には断られてしまって、俺が行かないといけないこと・・・を。
話している間、俺は、ずっと下を向いていた。光輝兄の顔が見れなかった・・・。
彼は静かにその内容を聞いていたけれど、その静寂が怖い。せっかく時間をとってくれたのに、ドタキャンしたんだ。怒っているに違いない。




「断ることは・・・できないのか・・・?」



少し口調がゆっくりとなり、少しトーンが低くなった。
あからさまに怒るわけではないけれど、安心は出来ない。
必死に何かこらえているようで、こんなときの彼は、本当に機嫌が悪い。


「その・・・いろいろとお世話になってるから・・・」

自分でもおかしいと思うけど、半泣きだった。
今俺は好きな人とのデートよりも、コンビニでのバイトを優先させようとするのだ。
ふつう、どんな恋人だってそんなことはしないだろう。それ以前に、俺が付き合ってもらっているのに・・・。


「・・・なら、仕方ないな。がんばって行ってこい」

だけど光輝兄は、苦笑してぽんぽんと俺の頭をたたいた。

「怒ってる・・・?」

俺は最近、光輝兄の顔色をうかがう回数が増えてきたような気がする。
光輝兄はそんなことをする必要はないと思っているみたいなんだけど、俺はやっぱり光輝兄に嫌われるのが辛かったし、怖かった。
彼に相手にされなかったとき、冷たい言葉をかけられたとき、俺は冗談抜きで死んでしまうかと思ったくらいだ。
本当はもっと自立するべきなのかもしれない。
金銭面ではあまり依存はしていないんだけど、俺の心はすっかり彼に依存している気がする。
もし光輝兄が目の前からいなくなったら・・・それを考えてしまうと、夜も眠れなくなる。


「怒ってたら・・・行ってこいなんか言わないさ」

怒っている様子は見られないので、とりあえず安心したけれど、引き止めてくれなかったのが悲しくて仕方なかった。

「・・・でも、光輝兄はそれでいいの?」

と聞いてしまうのも仕方がないだろう。怒られなくて良かったはずなのに身勝手な言い分かもしれないけれど、どうしても引き止めてほしいと思う。
引き止めてくれたら俺もどうにかできる・・・かもしれない。




「俺だって我慢してるんだよ」



彼は我慢してくれている。だから俺はわがままを言うわけにはいかなかった。

「ごめんなさい・・・」

「あの店長なら仕方ないだろう?」

光輝兄も彼のことは知っているのか、ため息をつきながら言った・・・。



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