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本来なら俺も瞬も休みで、この日をずっと楽しみにしていたんだけど、神様とは実に不公平なもので、子孫繁栄とはまったく関係のない男同士というのは、あまり・・・いや、全然祝福してくれないらしい。
俺が止めなかったこともあって、結局瞬は大慌てでコンビニに行ってしまった。




別に涙を見せたわけではないけれど、ほんの少し「泣いてしまいたい」ような顔をしていたから、俺が怒っているとでも思っているのだろう。
勿論、何も思わないわけではない。何も思っていなかったのなら・・・ここまでの苦労なんかしていない。
今日はせっかくのイブだ。引き止めたくて仕方がなかったし、今日ドタキャンで休んだ奴を見かけたら少なくとも半殺しくらいはするだろうし、そのくらい許されるだろう・・・
と、クリスマスに似合わない物騒なことを本気で思っているくらいだ。


だけど、ものには優先順位というものがある。
バイト先でいろいろお世話になっているんだから、たまには返してやったほうがいい。
自分だけ要求して、向こうの要求には応えないような人間にはなってほしくない。
バイトとはいえ、その店に雇ってもらっているんだから、そういう自覚は持っておいてほしい。


俺とはまぁ、今日でなくても行けるだろうし、それ以前に瞬は高校生なんだから、日を越えるはずがない。
終わってからならどこにでも行けるだろう。まぁ、仕方ない。
そういうのを断りにくいのが瞬のいいところなんだから・・・と、無理やり思うことにした。
現状に怒っているよりも、そうしておいたほうが精神衛生上ベターだろう・・・というのは、ある意味不毛であるかもしれないが。




瞬は、妙なところでわがままになることがあるけれど、基本的には俺に対してわがままを言わない。
大人しい・・・わけではないけれど、ある程度で止めてしまうのだ。
おそらくさっきも俺に引き止めてほしかったのだろう。
だけど、そうしなかったから悔しそうに行ってしまった・・・。


その根底には俺を好きになったという『負い目』があるのだろう。
だから最後の最後には遠慮してしまう。
片想い・・・とは言えなくなったから、今となってはそれを感じる必要はないはずなんだけど、長い間かけてできてしまった性格はそこまで急には変わらないみたいである。


まぁ、男同士ということもあるし、辛い恋をしているのだから、仕方がない。



俺を好きになってしまったせいで、彼は苦しんでいる。



まだ過度のブラコンであるのなら救いはあっただろう。
しかし、俺はその想いが己の記憶を封じ込めてしまうほど深いことを知っている。
瞬が楽になるためには俺がその気持ちに応えてやる―この手で瞬を抱いてやること―のがベストな選択なのかもしれないけれど、人の気持ちはそこまで簡単に変えることが出来るわけではない。
好きになろうとして好きになれるものでもない。そして、お情けで付き合うことがいいことであるとも思えない。


それ以前に・・・確かに俺は段々瞬に惹かれている。
悔しいけれど、今更それを偽るつもりはないし、偽れないところまできていることも確かである。
ひたむきな彼にほだされたのか、もともとそれに準ずるほどの感情を持っていたのかは分からないけど、そこは重要ではない。





重要なのは、俺が瞬を大切に思っている、その事実だろう。






だけどその一方で、恋にこだわる必要があるのかと思っている。
人にはいろいろな感情がある。友情もそうだし、恋だってそうだ。
決して恋だけが強いとは思わない。俺たちには俺たちにしかないものがあるはずだ。
それは俺の言い訳なのかもしれないけど・・・瞬もほんの少しでいいからそれに気づいてほしい。
一応は男同士だから、様々な選択肢があるだろうし、恋だけを見て、ほかの大切なものを見失わないでほしい。




でも・・・せっかくのイブだ。少しくらい境界線を越えてもいいのかもしれない。
そのくらいなら神様も許してくれるだろう。


仮に許してくれなくても、俺が許せばいいだけの話だ。


その線は俺が越えないと、瞬は越えるようなことはしないだろう。
彼はそういう子だ。甘えていても、常に俺から離れる用意が出来ている。
嫌われたくないからと、一歩引いている。

だけど、俺はそんなことをさせるつもりはない。

人としての道を踏み外してしまったんだ。女を好きになることが出来なくなった責任は取ってもらわないと困る。
例え瞬が俺を嫌いになったとしても、解放してやるつもりはない・・・と、考えてみたら、肝心の瞬より、俺の心の方が燃えているような気がするのだが・・・それは気のせいだ・・・と断言できないところが哀しい。
どうも俺のその気持ちはあながち嘘ではないだろう。今思い出すと、手を出しかけるのは、いつも俺のほうだ。


何はともあれ、バイトが終わったころには相当空気も冷えることになる。
周りが浮かれる中一人で帰るのは、いくらなんでも寒いだろう・・・。
俺は彼が終わる時間を見計らって家を出ることにした・・・。




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