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「君にも過ごす人がいただろうに・・・本当に悪かった」

大急ぎでコンビニに着いたところ、店長が深く頭を下げて謝ってきた。
うちのところは大きい道路に接していて客も多いため、常に3人以上はいるはずなんだけど、今日は彼の言っていた通り、本当に人は店長しかいなかった。
それを知ってしまうと、行くまでのイライラしていた気分は一気に失せてしまった。
店長にも奥さんと子供がいるから、本当はゆっくりと過ごしたかったはずなんだ。


「いえ、いいんです。俺は兄と過ごす予定だったから・・・」

だからそう言うことしか出来なかった。
今日は本当に忙しく、中々話す機会もない。俺たちは極まれに人がいなくなったときを見計らって会話している。
これが男と女だったら、まだ大変だったのかもしれない。


だけど、俺と光輝兄は男で、そして、兄弟だ。


確かに今日デートが出来なくても、明日がある。
それに、家に帰れば光輝兄がいるはずだから、俺はそこまで落ち込む必要はないのかもしれない・・・というか、実際のところは落ち込む暇がなかったというほうが正しいんだけれども。
忙しすぎて、時間が経つのが早く感じる。けど、早くてもなかなか終わらないから困る。


「そうか・・・それならなおさら悪いことをしてしまったね」

またもや店長は謝った。しかも、さっきより頭が低いような気がするのは気のせいでしょうか。

「別に・・・気にしなくても・・・」

「俺のお願いで二人の予定を狂わせてしまったからね。それに・・・アレほど素敵なお兄さんなんだ。君だって楽しみにしていたんだろう?」

俺の心の中に潜むその感情をつつかれ、返答に困った。確かに店長は優しい人だけど、だからって男同士に理解があるとは限らない。だから俺は当たり障りのない答え方しか出来なかった。

「まぁ、そりゃそうですけど・・・」

「俺は前に病院で見たことがあるんだけどね・・・本当に大事そうに見ていたよ、君のこと」

「そりゃ、兄弟だから・・・」





「はは・・・君はお兄さんのことが好きなんだな?」





今まではつつくようにしてきたけど、今度は明確に聞いてきた。
何を思っているのかは知らないけれども、何も考えていないのなら、そんな質問はしないはずだ。




「・・・はぁ」



「そうだよなぁ、兄弟っていいよな。俺は一人っ子だからね。男の兄弟がほしかったんだ。まぁ、ないものねだりなのかもしれないけど」

そこでその話は終わった。何か意味があるのかと思ったけれど、店長はその結論に持っていきたくて、そんな話をしたらしい。てっきりそういう意味かと思っていたから、俺は安心した・・・。





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「あ、瞬、今日休みじゃなかったんだ」

なぜか来た修一郎が、俺を見るなり素っ頓狂な声をあげた。
コンビニに来るのはまだしも、不思議なことに、クリスマスなのに隣には恋人である鷹司さんがいなかった。
だけど、何でか帽子代わりにサンタの帽子をかぶり、片手にはビニール袋に入ったポインセチア。
ぜんぜん似合わない。


「まぁ、いろいろあって。それより修一郎、鷹司さんは?」

すると修一郎は苦笑いした。どんなことでもネタにしてしまうような彼が心底から苦笑いするのは珍しい。



「・・・何というか・・・今、美少年ウォッチングに行ってて・・・俺にこの鉢を押し付けやがった」



もともと人格不明者である鷹司さんという人間が一層分からなくなった。
彼女はどうも俺をおもちゃにしたかったようで、光輝兄が警戒視していた。
それからその不健全な興味の対象は修一郎に移って一件落着・・・なはずだけど。



「美少年・・・ウォッチング・・・?」


「あぁ。さっきまで一緒にいたんだけど・・・クリスマスでいろんな男女がいるからとか言っちゃって・・・」


あぁ〜と哀れそうにため息をついたけれど、それに反して沈痛そうではない。
もともと自由気ままな人間であるためか、どうも鷹司さんのことは放任しているようだ。
そんな自由奔放な鷹司さんが好き・・・かどうかは知らないし、知る必要もない。知ったら、最後。
俺の末路は決まっている。


「というか、瞬、光輝さんは?」

家にいると答えると、彼は盛大にため息をついた。それこそ、オーバーアクションと言えるほどに。
ボディーランゲージをする外国人はみんなこうなのかと、本気で思ってしまったくらいだ。


「何で?世間はクリスマスよ?
盛り上がれるだけ盛り上がらなきゃ。
そりゃ、俺は今一人だから文句言えるわけじゃないけど。
でもねぇ、こんな日は好きな人と楽しむべきでしょう。

光輝さんも光輝さんだ。

どうせ瞬は断れないんだから、こういうときくらい、兄上様の権限を・・・」


そこまでまくし立ててから、にやりと悪逆な笑みを浮かべる。

「そうか、光輝さん今一人か・・・。なるほどなるほど・・・」



勝手に一人納得し、俺の背筋を冷たい何かが襲う。
こういうときの修一郎は、何か企んでいる。
彼はあらゆることに楽しみを見出すという、超絶ポジティブな人間だ。
そんな彼に救われたときもあるけれど・・・度を過ぎると困るときも多い。
特に最近は困る機会のほうが多い。


「家帰ってシャワー浴びてこう」

そう言って帰ろうとした彼の肩をぐいとつかむ。

「ちょっと待て。シャワー浴びて何すんだ」

すると彼は即答。

「え?抱いてもらうに決まってるじゃん。
瞬がいないからとやさぐれている光輝さんの心に付け込み・・・そして彼は自棄になって俺を押し倒す。
ここで俺は少し拒むけれども、彼はそれにすらも煽られて・・・。
既成事実を作ったら最高だな。後はずるずると昼ドラも真っ青なただれた関係が続いて・・・」




彼の趣味はともかく、性癖はノーマルなはずなんだけど、どうも光輝兄にちょっかいを出すことを生きがいにしてしまったらしい・・・困ったハマリものだよ、まったく。
多分・・・いや、どう考えても今のは俺を煽るための演技なのかもしれないけれど、そうと分かっていても、俺はイライラするのを隠せない。


「あ、俺が光輝さんにしか目を向けないから拗ねてるんだ?」

「んなわけあるか」

そんなことに拗ねてません。こいつは絶対俺が今どう思っているかを知って挑発していやがる。
今ここがコンビニでなければ、半殺しにはしていただろう。ここがコンビニであることを感謝してほしい。


「・・・冗談だよ。そこまで怒らなくていいのに・・・全く瞬くんは冷たいんだから」

一通り俺で遊んで満足したのか、苦笑して彼は『独りで食う』と愚痴をこぼしながらホールサイズのケーキを買っていった・・・。





「けど・・・本当に今日は人が多いですよね」

今日はクリスマスイブだけあって、人も多い。
いつもこの時間にはどちらかと言うとトラックのドライバーや、会社帰りの人が多いけれど、今日は予約したケーキを引き取りにきた人や、カップルが多かった・・・。


「まぁ、今日はクリスマスイブだからね。今日休んだ馬鹿どもも今頃楽しんでいるだろうよ」

苦々しく吐き捨てるように言ったので、つい噴出してしまった。何人にも断られ、相当嫌な思いをしたらしい。



「仕方ないですよ。彼らには共に過ごしたい人がいるんでしょう」



「そういう君にはお兄さんがいるじゃないか」



「確かに。でも、俺がその理由で休んだら、多分光輝兄、怒ると思うんです」



さっきの光輝兄は不機嫌だったけど、多分無理やり休んだら、それはそれで怒るような気がする。
最近妙に俺に対して???といったことをするときもあるけど、基本的には常識人だ。
自分のすべきことをしろ、そう言うかも知れない。俺はそんな常識人である彼も好きなんだ。


「まぁ、今日は君が来てくれて本当に助かったよ」

「いえ、いつも店長にはお世話になっているから・・・」

「そんな、気にしなくてもいいよ。それより、気がつけばもう九時だ。もう帰っていいよ」

時が経つのは早いもので、いろいろとお客さんの相手をしている間にそんな時間になっていた。俺が帰ったら店長はどうするんだろう?

「だけど・・・まだ忙しいんじゃないですか?」

「仕方ないさ。十時まで働かすわけにはいけないからね。それに・・・」

苦笑いしながら軽く店の外を指差した。その方向には一人の男性が立っていた。その人はまさか・・・。

「中に入ってくればいいのに、さっきからずっとあそこで立っているんだよね。
さすがにこのまま一時間待たせるのは酷だからね」


苦笑いした後、彼は懐をまさぐり、何か出した。

「まぁ、少ないけどお小遣い。二人で何か食べるといい」

俺の手には5千円が握られていた。返そうとしたけれど、『持っておいてくれ』と断られた。

「その・・・ありがとうございます・・・」

「せっかくのクリスマスだ。楽しんだ者勝ちさ。それと、あのお兄さんにとって君は数時間待つほどの価値があるようだ。じゃ、お疲れ様」

最後の言葉を信じていいのかは分からなかったけれど、俺は『お疲れ様です』と返して、店を後にした・・・。



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