Page−7

店を出ると、かなりひんやりとした空気が俺をなでる。
暖房になれた俺には新鮮ではあったけど、そんな空気も長く浴びると肌にはきついものがある。
だけど、そんな寒さも光輝兄を見つけたときに、吹き飛んだ。


「・・・早かったな」

光輝兄は俺を見つけてすぐ、こう言った。
この言い方だとどうやらもっと遅くに終わると思ったらしいけれど、もし俺がこの時間に出てこなかったら、後何時間待つつもりだったんだろうか。
それを聞いてみようかと思ったけれど、驚くべき答えが返ってきそうだったので、やめておいた。




「・・・まさかずっと待ってたの・・・?」



「まさか。今来たところだよ」



彼はいかにも『今すぐ着きました』という感じに言っていたけれど、本当は違うんだろう。
手には自販機で買ったであろう缶コーヒーが握られている。
そして、微妙に耳が赤く、息も白い。
この分だと、恐らく店長の言っていたことのほうが正しいだろう。
俺が気づかなかっただけで、光輝兄はずっと俺を待っていてくれたんだ。
俺は前に似たようなことがあったのを思い出した・・・。




ちょっと前の話だけど、何を思ったのか、大学とは正反対の場所であるここに、俺を迎えに来てくれたことがあった。
そのときも彼は待っていたとは言わずに『偶然』を装っていた。待ったことを知られたくはないんだろう。
そんなことを知れば俺が申し訳なく思うことを知っているから。
そんな彼の優しさに、つい俺は苦笑いしてしまう。終わった時に電話しようかと思ったのに・・・。


「俺がどれだけ待とうと構わないだろう?」

俺がその事実に気づいてしまったせいか、彼は開き直ってしまった。

「構わないって・・・光輝兄、風邪引く」

もともと長時間待たすこと自体どうかとは思うけど、これが夏だったらまだ夜は暑いか涼しいかのどちらかだからいいのかもしれない。

だけど、今は冬だ。

コートを着ても寒いものは寒い。しかも夜に外に立っていたら、確実に風邪を引くことになる。
俺が引くのならまだしも、好きな人に風邪なんか引いてほしくない。




「そしたら、お前に面倒見てもらうからいい」



そんな俺の気持ちも知らずに、光輝兄はこうのたまった。
前迎えに来てくれたときも、同じことを言っていた。
どうやら彼にとって当たり前のことであるらしく、目が泳いでいない。
ちなみに、その時は俺が風邪引くことになったという、かなり笑えない話になったけど・・・。


本当に風邪を引いたら光輝兄が看病してくれたから嬉しかったけど、風邪が移るのは嫌だったから困った覚えがある。
しかも、汗を拭くのに直に俺の身体に触れるから・・・タオル越しだとはいえ、彼が触れた場所が熱く、痺れるような甘さとなり、俺がどれだけ下腹部の物体を隠すのに必死だったかは知らないだろう。
ただ熱でうなされたとしか思っていまい。


「光輝兄・・・待つのが好きなの・・・?」

と、根本的にずれたことを聞いてしまう。だけど、場違いな質問をしてしまうのも、仕方のないことだろう。
ぎりぎりの時間で出てくればいいのに、彼は当たり前のように待つことをするから・・・。


「まさか。だけど・・・まぁ・・・お前だからかもしれないな」

嘘だな。光輝兄はもともとそういうタイプだ。
人を待たせるより、自分が待つことを選ぶ。
そして、それを当たり前だと『思っている』わけではない。
本当に自然にそう振舞うのだ。
だけど、それで人生何度損をしているのだろう?決してそれは教えてくれないけど・・・まぁ・・・最大の損は・・・俺と・・・。


「そんなことはいいだろう?それより、今からでも遅くはない。どこか行こう」

俺がどんなことを考えているのかを理解してしまったのか、それとも、勝手に想像したのかは知らないけれど、わざとらしく時計を見、頭を掻きながら苦笑いした彼に、俺は素直にうんと言った。

「いい子だな」

彼は『素直な』俺の頭を軽くなで、俺はそんな幸せに浸った・・・。





----------





今年のクリスマスイブは、本当に輝いているような気がした。
いつも同じように輝いているはずのイルミネーションが一段と輝きを増しているような気がするし、ツリーもいつも以上に瑞々しく感じる。
真紅のポインセチアが俺たちを祝福しているのかどうかは知らないけれど、その赤さがいつもと違う。
いつもが『赤』であるのなら、今年は『真紅』と形容するのがふさわしい。
毎年当たり前のようにこの日は過ぎてきたけれど、今年は本当に特別だった・・・。






俺の隣に瞬がいる、その事実がここまで愛しいものであるとは思わなかった。いつものようにそこにいて、常に俺を追いかけてきた。そして、俺に嫌われないために、弟として見てもらうためだけのために、自分の気持ちを捨てることを選び、そして、気持ちだけではなく、記憶すらも封じ込めてしまった彼・・・。



どうしてここまで俺を愛することが出来るのだろうかと何度も自問してきた。
もともと顔立ちは整っている瞬だ。ただ可愛いだけの男みたく、マスコットで終わるわけではないだろう。
しかも、結構尽くす部分があるようだから、クラスの女子が放っておくはずがない。
俺よりもふさわしい相手など、山ほどいるだろう。

だけど、それは俺にも、そして、彼にも解らないのかもしれない。

だけど・・・はっきりした確信はないんだけれども・・・やはり『俺だから』なのかもしれない。

確かにあの時瞬の気持ちは受け入れたけれども、想いを返せない後ろめたさもあって、前まではそれが辛かった部分もあった。
だけど、最近は純粋に嬉しいと思えるようになった・・・本当に俺も変わったものだ。前と比較し、沈黙する。


「光輝兄、どうしたの?」

何も言わない俺に耐えかねたのだろう。瞬が沈黙を破る。そういえば隣に恋人がいるのに、何も話をしていなかった。

「いや・・・」

「いや・・・?」

「あぁ、今日俺たちがこうやって共にいるのが不思議で」

「不思議・・・?」

しかし、彼にとっては俺の言葉のほうが不思議だったらしい。
まぁ、瞬にとっては脈絡のない話だから仕方のないことかもしれない。
それを言うのは恥ずかしかったから、軽く煙に巻こうと思ったけれど、口に出さねば伝わらない思いもあるだろう。
俺は思いなおす。俺が口に出さなければ、瞬はいらぬ気持ちに苦しむことになるだろう。
少しでも彼には楽になってほしい。


「去年の今頃、こうしていると想像できたか?」

「それは・・・」

彼は即答することが出来なかった。当然のことだろう。いつものこの日に瞬は何かしらいなく、彼がいるときには俺がいない、そんな繰り返しだったから。そして、俺に対する気持ちもあって、ますますそれを考えなくなったのだろう。・・・というか、それ以前の話だな、これは。

「出来なかっただろう?もちろん、俺だってそうだ。でも、今『当たり前』のようにこうやって歩いている。そう思うと不思議だろう?」

くすりと笑って締める。瞬はどう思っているのだろうか?そう思ってみたが、彼は答えることはしなかった。だけど、ほのかに・・・いや、かなり赤くなっているその横顔がどんな言葉よりも雄弁に物語っていた・・・。



NEXT



TOP   INDEX