Page−8

瞬がいれば寒さも吹き飛ぶ・・・そう思ったけど、やっぱり寒いものは寒い。
冬なんだから仕方がないのかもしれないけれど、容赦なく吹いていく風は、時にゆっくり、時に鋭く俺の身体にぶつかっていく。
夏かと勘違いしてしまうほど暖かかったときもあったと思ったら、急に凍えるほど寒くなってコートが手放せなくなる。

今年の冬はいつもと違う。本当に不思議な冬だ。


「寒い・・・」

初霜に当たってしなびた葉っぱみたく、隣で瞬がわずかに震えている。
彼はもともと寒がりでもないが、暖房の効いたコンビニから出たんだ。それは仕方ないことなのかもしれない。




(今抱きしめたら・・・どうなるんだろうか・・・)



往来だけど、周りはそこまで俺らに注意は払っていないだろう。
だから、そうしたって問題は起こらないはずだ。

だけど、瞬にとっては問題かもしれない。

真っ赤になって怒るだろう。

まぁ、考えてみたら俺も恥ずかしいから実際には行えないだろう。

あくまでも、思うだけにとどめておく。


暖まるには人肌が一番いいんだけどな・・・という考え方はオヤジくさいのだろうか。
だけど、困ったことに一度(だったかどうかはこの際どうでもいいけれども)抱きしめてしまった弟のあのしなやかな肌を忘れることは出来ない。


まるでそれは麻薬のようだ。


心地いいだけならまだしも、一度味わったら二度と断ち切ることができないという・・・本当にたちの悪い麻薬。



「光輝兄・・・温めて・・・」


その言葉を聞いて、俺の心臓が凍りつくかと思った。
まさか俺の心を見透かしてしまったのか?そう思ったけれど、瞬はそうでなかったみたいだった。
かじかんでいる右手でバッグを指す。


「カイロ・・・あったのね?」

心の中でほんの少しだけ落胆し、仕方なく中を開けてみると、カイロが入っていた。
どうやら彼は寒さ対策をしてきたらしい。だけど、あまりにも手が冷えすぎてビニールの封を切れないようだ。
苦笑しながら俺は封を開けてやる。


「ありがと・・・あ・・・」

しかし、震えている状態で渡されたものだから、落としてしまうことになる。だから俺は拾ってやった。
手のかかる弟だが、悪い気はしない。しかも、貼れるタイプのようだから、内側にぺたぺたと貼ってやる。


「・・・温かい・・・」

効き目は早く現れてくれたようだ。震えている彼もいいが、暖かそうにしている瞬もなんか可愛い。

「だけど、光輝兄の手のほうが・・・温かかった・・・」

頭上にとんでもない破壊力の爆弾が落とされたような気がした。瞬もその自覚があったのか、カイロのせいでなく真っ赤になってしまった・・・。





----------





周りを見回すと、どこもかしこもクリスマス一色だった。
店先ではホールケーキが売っていて、親子連れが買っていくのを見る。
冬なのに寒そうな街路樹も、この日ばかりは暖かく、そしてまぶしい服を着飾っている・・・。


「どこもかしこもクリスマスだな・・・」

別に全ての家や店がクリスマスを祝っているわけではないんだけれども、クリスマスにかける人のエネルギーはすごく、どこを見ても同じように見えて、圧倒されてしまう。
そんなところを二人で歩くのもいいけれど、にぎやか過ぎるところだと二人きりになれないのが困る。
友達とだったらこういうところのほうが好きだけど、大好きな兄とは、落ち着いた刻を過ごしたい。


「本当に・・・どこもかしこも・・・」

人だらけ。静かな時間を過ごしたいとは思うけれど、目の前の現実から、それはどう考えても不可能だと思い直す。
まぁ、そういうのは嫌いじゃないけれど、光輝兄とデートするときくらいは、のんびりしたい。


「そりゃ、12月24日だからさ」

当たり前のように、兄が答える。その日付自体はキリスト教徒以外にはまったく意味を持たないはずなんだけど、誰もの気分を変えてしまうような、不思議な魔力がある。
だけど、考えてみたら、クリスマスは明日なのに、どうしてイブのほうが盛り上がるんだろう。
なぜかクリスマスその日は、大して騒がれない。元の静かな生活に戻っているところも多い。


「クリスマスは一日あるけど、イブは夜の数時間に限られてるからな。
あと、祭りの前夜って、結構楽しみな人も多いよな。やっぱり、イブという響きに弱いというのが多いのかもしれないけど」


確かに光輝兄の言うことには一理あるかもしれない。
でも、考えてみたら、ここまで浮かれる人が多すぎる。
これがクリスマスでなければもう少しいろいろとやりやすかったのかもしれない。


「イブ・・・ねぇ・・・」

「おいおい、お前は嫌いなのか?」

「嫌いじゃないけど・・・浮かれる人多すぎ」

「別に多くたっていいじゃないか・・・」

苦笑いして彼はそう答え、それに付け加える。

「実は俺もその一人なんだけどな」

光輝兄は優しく俺の手を握り、俺はぎゅっと握り返す・・・大好きな人の手は、やっぱり大きくて温かかった。



NEXT



TOP   INDEX