SECOND

「別にいいよ!俺のために休まれたって、困るのは俺だから・・・」




もちろん、光輝兄を気遣ったという部分もないわけではないけれど・・・それは、半分以上、俺の本音から出たものだった。
彼は俺のために、冗談でも、例えでもなく、どんなことだってしてくれる。
俺はもらうだけで何も返せてないのに、光輝兄は惜しげもなく愛を注いでくれる。
しかも、馬鹿な弟のために、性癖まで曲げてしまった。
確かに、そこまでされるのは、嬉しくないわけではない。普通に女が好きな光輝兄が、俺のためにいろいろやってくれるんだ。嬉しく思わないと、罰が当たるというものだ。


だけど・・・時々自分が惨めになる。


何故、兄はそこまでしてくれるのだろうか?
彼がそこまでして、何のメリットがあるんだろうか?
何度考えても、それは思いつかないし、聞いたところで答えてもくれない。


「いや、お前との約束が先だ」

それでも光輝兄は、固い意思を崩そうとしない。こう言ってしまった以上、意地でも休むつもりなのだろう。
理由は・・・解っている。俺だから、わかる。もし俺を置いて大学に行けば、俺が傷つくと思ってるんだ・・・。


あの日から光輝兄は『優しく』なった。俺たちが『兄弟』という枠を超えてしまった日から。
もともと優しい光輝兄だったけど、一層磨きがかかってしまった・・・そう思うのは、決して自意識過剰ではない。
時々しょうもないことをしたり、からかったりはするけど、いつも瞳は優しさであふれている。
時々甘い空気で俺を包んでくれる。必死に俺を守ろうとしている。
それが嬉しい反面、辛く思うときもある・・・俺は光輝兄にとって何なのだろう?






それは奇蹟といってもよいのだろうか?と、何度自問したことだろうか。
未来永劫叶わぬはずの想いは、想像不可能な運命の波によって叶うこととなった。

皮肉なことに、俺の記憶喪失だ。

光輝兄を好きになったことがきっかけで、記憶を失ったことがある。
だけど、俺が記憶を失ったからこそ、光輝兄は俺の想いを受け入れてくれた・・・それが事実だ。
忌まわしいことであっても、俺はそれに感謝しているし・・・感謝しなければならない。俺は幸せすぎるんだ・・・。


だけど、時々疑問に思うことがある。
この幸せはいったい何なのだろうか?
果たしてそれは真実なのだろうか?
俺は夢の中の住人なのではなかろうか?
向こうの世界の俺が光輝兄の恋人になった夢を見ているのだろうか。

いくら考えても、それにはきりがない。ずっと不思議でしょうがない。

何故、光輝兄は俺を受け入れてくれたのか?

光輝兄は口で言うよりも、どちらかというと態度で示してくれるような人だから、愛されているということは実感できる。抱きしめられているとき、スキンシップされているとき、俺はこの人に愛されているんだ・・・そんな幸せに浸る。だけど、彼が離れると一気に現実に戻ってしまう。

何故光輝兄はここまで俺を大切にするのだろうか?

それは俺が『弟』だからなのだろうか?


卑屈だとは解っていても、その考えを止めることは出来ない。
光輝兄を信じていないから?否。光輝兄が好きだから、どんどん考えてしまう。
だから、今のようにゼミよりも優先して俺のために休むと思うと、嬉しさよりも、そうされることによって生まれてしまう卑屈さのほうが勝ってしまって・・・




「でも、そんなに気を遣われても鬱陶しいし・・・」



もちろん、失言だった。俺のために気を遣ってくれた光輝兄に、鬱陶しいなんて言ってしまったのだ。
こんな馬鹿な弟を見て、怒ったに違いない。恐る恐る見上げると、彼は苦々しい顔をしていた・・・手遅れだと悟った。俺は光輝兄の厚意を無碍にしてしまったのだ。もうそんな俺を見限っただろう・・・。




「解ったよ。行けばいいんだな、行けば・・・」



『待って!』そう叫ぶ俺に振り返ることをせず、彼は部屋を出て行く。
俺が同居することになってそれなりの広さにはなったけれど、一人残されたアパートは、いつも以上に広く感じられた・・・。





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